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『狭間より願う』
メンカルka5338)&アルマ・A・エインズワースka4901

「お兄ちゃ〜ん、早く早くです〜!!」
 守るためならば命をすら賭けてやれる最愛の弟、アルマ・A・エインズワース(ka4901)の高い声音が空に弾け。
「おまえは自分の歳を弁えろ!」
 弟の敬愛を一身に受ける兄、メンカル(ka5338)のいつにない怒声が迎え討った。
 邪神戦争から50年。アルマが妻、フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)と共に営む孤児院の子らも初代はすでに壮年期にあり、そろそろ人生の終末を考える歳になっているというのに――
 アルマはあのときからまるで変わらない。エルフである母の血をメンカルより色濃く受け継いだこともあるのだろうが、それにしてもだ。
「……若いを通り越して幼いぞ。アル、なにかあったのか」
 メンカルの低い問いへ、アルマは「んー」、笑みを傾げ。
「お兄ちゃん、昔いっしょに、こーんな感じの遊園地行ったの憶えてるです?」

 ここは要塞都市ノアーラ・クンタウのほど近くに設営された移動式遊園地である。その売りは、アトラクションの動力兼マスコットキャラとして多数の幻獣が雇用されていること。
『問題がなければ、うちの領地へも呼びたいんだ。今、領民を対象とした福利厚生の施策を一から計画している余力がないのでな』
 東方の一国で領主を務めるメンカルにとって、こうした施策は不可欠である。しかし税の行き先はすべて決まっていて、なんとか用意できた予算は微々たるものに過ぎなかった。
『わふ。来てもらうだけならお金、少しですみますもんね。これからのこともあるですし』
 伝話の相手であるアルマはすぐに兄の事情を察し、うなずいた。
 造るよりも完成品を持ってくるほうが当然、金はかからない。そしてきちんと金になることがわかれば、次回以降はこちらから呼ばずとも、遊園地のほうから来てくれるようになる。
 自分が隠した意図まで弟が読んでくれたことに笑みを漏らし、メンカルは言葉を継いだ。
『ついては視察がてら体験したいんだが、院の子どもたちも招待したい。彼らの率直な意見こそ参考になるだろうしな』
 そんなわけで当日。
 孤児たち全員を引き連れてやってきたフリーデリーケと挨拶を交わし終え、メンカルはアルマに言おうとしたのだ。
 急な話に乗ってくれて助かった。払いのことは気にせず、子らを思いきり遊ばせてやってくれ。
 しかしアルマはメンカルの前でにこにこしたまま、動かない。子らのすべてをフリーデリーケへ託し、ただひとりで。
「今日の僕はエインワーズ孤児院の院長でも、ガーディアンでも魔王の卵でも天秤でもない、お兄ちゃんの弟です!」
 言葉に詰まりながらも、メンカルは胸中でこれはこれでありかもしれんなとうそぶいた。
 遊園地とは大人も子どもも同じ楽しみを分かち合える特別な場所だ。こうしたコピーを打ち出すことで、領民の遊園地行きを促進できる可能性がある。
 それに俺は……いや、今はいい。
 果たして。メンカルはアルマに引っぱられて園内を練り歩かされ、やっとベンチに腰を落ち着けたと思いきや。
「お兄ちゃん、アイスはなにあじにしますですかっ!? パイナップルブルーベリーレモンオレンジアップルと、チーズケーキショコラココナッツミルクシフォン!」
 だから、おまえはいったいいくつになった。そう叱りつけることも忘れ果て、メンカルはげんなりとかぶりを振った。
「その二択、なのか……」

「……甘くて酸い」
 黄・紫・橙がマーブル状の混沌を映すアイスの味はひたすら甘く、酸っぱかった。というか、酸味をここまで複雑にこじれさせる必要がどこにある?
「こっちは甘くて濃いですぅ……」
 アルマもまた、白と黒と茶の混沌を絶望的な表情で見下ろし、呻く。組み合わせを聞くだけで知れる味のくどさは、どうやらメンカルの想像をさらに上回っているらしい。
 と。
「お兄ちゃん、半分こ」
 アルマがずいっと、自分の分のアイスを突き出してきた。
「正気か!?」
 これ以上ないほど端的且つ素直なひと言を返すメンカルだったが、アルマは強い覚悟で引き締めた面をぐいとうなずかせ。
「ここまで来たらどちがマシか知りたくなってきたです。僕の命のいくらかをかけてでも」
 妙なところでアルケミスト根性を出すな。思いつつ、自分の混沌を渡して弟の混沌を受け取るメンカルだった。

 続いては、ここまで物色、吟味してきたアトラクションを体験する番だ。
 イェジドたちによる計算ショー――犬が数字パネルを使って足し算や引き算をしてみせるアレ――や、ピエロ役のポロウが他の幻獣と繰り広げる猛獣使いコントをながめ。紅茶カップなるアトラクションで妙な感慨を味わい。お化け(ほぼ幻獣、時折人間)屋敷をくぐり抜けて。
 兄弟が辿り着いたアトラクションはメリーゴウランドである。
「昔はこんなの、なかったですよね?」
「当時の遊具は人力だったからな。幻獣のおかげでずいぶん大がかりにできている」
 感心しながら、膝を折って待つグリフォンへ跨がった。
 どこか郷愁を感じさせる調べをなぞり、グリフォンたちはゆるやかに駆け、上へ跳ねてはふわりと着地、大きな円を描く。
「グリフォンなら子どもを抱えて乗れる。より安全を考えれば専用の鞍が欲しいところだが――なんて、考えてないですお兄ちゃん?」
 前を行くグリフォンの上から振り向いたアルマに、メンカルはひとつ鼻を鳴らしてみせ。
「ここへ来る前にほとんどのことは考えて、まとめておいた。うちへ来てくれた際、礼として進呈するつもりだ」
 領主の表情を解き、薄笑んだ。
「ひとりで乗るんだと駄々をこねる小さなおまえを説得できず、俺はいつおまえが落ちてもいいよう、横を自分の足で走ったっけな」
 言われて思い出したらしいアルマは眉を困らせる。
 いつも兄は、自分たち弟妹のために自らへ大人であることを強いてきた。
 それは今も変わらない。そう。今はまだ。

「わぅぅぅっ!? リアルブルー直輸入の“ぜっとこすた”ですっ!? お兄ちゃっ、あれっ、わふっ」
 興奮するアルマを「落ち着け」となだめつつ、メンカルはつい周りを見回してしまう。幸い、今日はほぼ貸し切り状態。だれかに見られている感じはなかったが、それにしてもだ。こんなにでかくて綺麗な男が、それなり以上にはでかい渋面の男へ子どもさながらまとわりついている絵面はとにかく辛い。他人事ならぬ我がことなればなおさらに。
「そもそもジェットコースターどころじゃないユニットに乗っているだろうが」
 噛んで含めるように言ってみれば、アルマはふんすと鼻息を噴いた。
「あれとそれは別腹なのです!」
 ぬう、さっぱりわからん。だが、かまわんと決めた以上はわからんことにかまわず、為すだけだ。
 メンカルは生暖かい係員の目を仏頂面で撥ね除けて進み、目の前に来ていたライド(客席)へ腰を――下ろす前に、アルマから止められた。
「わっふ! いちばん前に乗るです! 特等席です!」
 もちろん、メンカルに拒否権はなかった。
 空を行くワイバーンたちがくわえたワイヤーに引っぱられ、ゆっくり坂を上がっていくライド。メンカルなどは機械で動かすほうがリアルブルーらしく、なにより楽だろうにと思うのだが、これこそリアルブルー風のクリムゾンウェスト流雇用策なのかもしれない。
「お兄ちゃん、来るですよ――!」
 アルマの声音が尾を引き、流れ去る。それと同時、ライドはサイクロンからのコークスクリュー、垂直ループの勢いに乗ってキャメルバックを駆け上がり、逆落としでゴールまで駆け抜けた。
 その間中、兄弟は無言。そして無表情である。
「別腹かなって、思ったですけど」
 アルマのこぼした言葉に楽しませられなかったことを察し、あわててワイバーンたちが舞い降りてくる。
 彼らへすまないと告げ、メンカルは息をついた。
「おまえたちのせいじゃない。ユニット乗りは最悪の緊急機動を幾度も味わっているものだからな」
「わふ。子どものころだったら、いっぱい怖かったですけど」
 力なく鳴いたアルマは、ふと歳相応の賢さ(さかしさ)を面に映し。
「同じようにはできないですね。どれだけはっきり憶えてる“あのとき”でも、経て、識って、弁えた大人の僕たちじゃ、なぞることもできなくなっちゃったです」
 アルマの言葉に込められた寂寥は、底知れず深い、
 しかしながらそこに在るだけの感傷だから、逃げてしまえば追いかけてはこまい。それを知りながらも目を逸らさずにいるのは、アルマだけを寂寥の底へ残していきたくないという一心からだ。
 せめてこのときだけは。
 共に在ることのできる、今だけは。
「ジュースを飲むか。いかにも体に悪そうな色のやつを。せっかくの機会だ、俺も体験しておきたい」
「わん! 色がちがうだけで味いっしょのやつがいいです!!」

 食べて飲んで見て、遊ぶ。
 それを繰り返している内、朝だったはずの時間は夕にまで押し進んでおり、閉園の時刻が迫っていた。
「さて、そろそろ出るか。夕飯はノアーラ・クンタウに店を予約しておいた。まだ少し時間はあるが、子らの足を考えれば早めに行動しておく」
 べきだろう。メンカルが言い終えるより先に、アルマが遮った。
「わふーっ! 遊園地は最後の最後まで粘るのが礼儀です!」
 そういえば、昔もこんな風に帰るのを拒否したな。思いながら、メンカルはため息をつく。あのときはどうやってなだめたんだったか?
 正解は、アルマの口からもたらされた。
「じゃあ抱っこです! 抱っこを所望するですラク兄!」
 ラク兄。メンカルがまだザウラク・M・エインズワースであったころ、アルマが使っていた呼称だ。その後、本名を棄てたザウラクがメンカルとなってからは「お兄ちゃん」呼びとなるのだが――だからこそメンカルは万感に突き上げられて。
「よし来い、アル!」
 わーっと飛びついてきたアルマを抱き上げようとして、バランスを崩して諸共倒れ込んだ。
「おまえの奥方のようにはいかないな」
「わふ」
 あらためて思い知る。ふたりとももう、子どもではない。戻れないし、再現することもかなわない。互いに互いだけを思い合えたあのときには。
「……せっかくだ。俺が持ち上げるより高いところへ行ってみるか」

 幻獣の力によってゆるやかに巡る観覧車。最高到達点は15メートルほどながら、景色を楽しむには充分な高さである。
「ノアーラ・クンタウの城壁の向こうはさすがに見えんか」
「でも、ここなら誰にも聞かれないです」
 おまえから切り出してくるとは思わなかった。メンカルは思い、かぶりを振る。
 互いにわかっていたのだ。今このときにメンカルがアルマを呼び、すべてを承知したアルマが、やはり事情を理解している妻に子らを託してきた以上、このときが来ることは。
「最初、おまえは言ったな。院長でもガーディアンでも魔王の卵でも天秤でもない、俺の弟だと。しかし、弟以外にも棄てていないものがひとつあった」
 応えないアルマへ、メンカルは静かに告げる。
「アルケミスト。おまえという存在を象徴するもっともたる称号を」
「わぅ。お兄ちゃんは頭がよくて、よくないです」
 本当は、黙ったまま終わらせたかった。それをしなかったのは、いや、できなかったのは、兄がもう肚を据えていたからだ。最愛の弟と過ごす最後の機会を惜しむより楽しもうとしたのも、迷いを残していないからこそ。
「そのまま返そうか。おまえは過ぎるほど頭がいい。そのせいですべてを察してしまい、あげく必要以上に俺なんぞを思いやってしまう」
 言葉を切り、メンカルは向かいのアルマをまっすぐに見た。
「冬までに引き継ぎを済ませ、俺は領主の座を退く。聖輝節はノアーラ・クンタウで迎えられるはずだ」
 アルマもまたまっすぐメンカルを見やり、言葉を返す。
「聖輝節、アルケミストとしての僕が最高と言い切れる作をラク兄に贈ります」
 どれほどの思いを押し殺し、押し詰めて言ってくれたものか、メンカルに知る由はない。知ったつもりを気取る傲慢を演じもしない。呼び名にだけはあのときを映した心へも気づかぬふりをして。
「頼む」
 ただそれだけを応え、ゴンドラの窓から辺境をながめやった。

 もうじきに、別れの時は来る。
 だから今は、観覧車のように巡ることなく行き過ぎてしまう今を噛み締めよう。いつかちがう空の下で思い出すのだろう“あのとき”が、同じほど鮮やかであるように――願いを込めて。


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2020年06月03日

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