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『辿るべき糸は何処にもないと』
柞原 典la3876

 私が人より恵まれていると自覚したのは中学生の頃でした。それまでも周囲の人たちからちやほやされていましたが、私はそれが当たり前であると思っていたのです。ただ単純に両親や友人に愛されているだけだと本気でそう思っていました。自分でいうのもどうかと思われるかもしれませんが、可愛い子供だった自覚があります。私は名は明かせませんが、県内で生まれ育った、とあることに関わっている人なら皆が知っているという家に生まれました。県外の人でも知っている方は多いでしょう。恵まれた存在というのはそこからきている部分もありますね。通った学校は全て県内で有数の名門でした。学習するのに必要な道具も職人に特注した物を使っていましたし、身に着ける物も同様です。当時はそれが私の普通でした。
 話が長くなってしまいましたね。しかしこれで私がどういう環境で育ったのか理解していただけたかと思います。それで何故自覚したのか、ですが。至極簡単な話で、熱烈な告白を受けたからです。私の容姿がいかに優れているかや勉学への姿勢、体育の授業のときの活躍ぶりなど――ずっと恋などしたことがなかった私も聞いていて赤面する程でした。耐えきれなくなって逃げ出したことは今でも申し訳なく思っています。私がその告白に返事する機会はついぞありませんでした。何故なら私への告白が露見した彼は裏で酷いことをされたらしいからです。彼はショックで不登校になり、違う中学校に転校していったとか。後で聞いた話なので真実かどうか定かではありませんが、当時中学校には私のファンクラブが存在していたといいます。そして私が人と交際しないようにするとの不文律があり、告白による抜け駆けは厳禁でした。だから彼は報復を受けた、ということなのでしょう。勿論恋は盲目と、実際はそうでなくとも相手を賞賛する場合もあるでしょうが、私は世間知らずだった為、額面通り受け取って自分の見た目が人よりも優れていると考えました。そして、それは思い違いではありませんでした。その告白を皮切りに、殿方に言い寄られることが増えていったのです。
 やっと本題に入ります。私とあの男の出会いは高校三年生のときでした。当時私は受験勉強に励んでいたのです。志望大学は勿論、両親が決めた名門校です。学力的には問題ないとの話でしたが念には念をと家庭教師を雇うことになりました。以前私の家庭教師を務めていた方は年配で、両親の信頼は厚かったのですが体力的に不安があるとのことでまた新しい人を雇うことになったのでした。彼は私と十歳離れていたと記憶しています。前職はどうだったでしょうか。……実はよく覚えていません。あの男のことについては未だに記憶が曖昧なのです。お医者さまによると、生きる為の防衛本能とのことです。覚えているのはせいぜい、日本人離れしていたことだけ。といっても、顔の彫りが深いだとか肌の色が違うだとか、そういった差異ではありませんでした。詳しく話すともしあの男が生きていた場合、身元が発覚する可能性があるので詳細は差し控えさせていただきます。私とはまた別の意味で目を惹く男だった筈です。私はというと純粋に家庭教師として慕いました。この時代にと思われる方もいらっしゃるでしょうが、私には幼少期から婚約者がいたのです。両親が決めた良家のご子息でした。家督を継ぐ位置にいないことから、婿養子に入っていただく予定での縁組みですね。だから両親は私を過剰なまでに純粋培養し、私も彼以外の男性には興味がありませんでした。あの男も勿論例外ではありません。
 しかしあの男の方はそうではなかったようですね。両親も何処の馬の骨とも知れない者を家に入れたりはしませんが、あの男はとても巧妙に猫を被っていました。ただ念の為にメイドに私達の勉強風景を見守るよう強く言付けていたのだそうです。――あの男の巧みな話術にあっさり席を外してしまいましたがね。彼女がどうなったのか私は知りません。ここまで読んでいただければ想像出来る通りのことが起こった為、私はそこから数年間病院のお世話になりました。現在でも通院は続いています。ですが、今は幸せですよ。夫と二人で仲睦まじく暮らしています。彼は何も知りませんから。私もそれを語るべき言葉を持ちません。記憶は定かではなく、どこか他人事のようにさえも思っています。或いは――今の私と昔の私は全く別人なのかもしれませんね?
 最後に何故新聞に投稿したか話しますね。告発するにはとうに時効が過ぎました。そもそもとしてあの男の消息も知りません。もしも死んでいるのなら死人に口無し。どうしようもないことですね。それに、今はとても幸せですから。ただ探し物があるのです。大事なもの。それは、男の子用の産着――随分前に仕立てた筈なのに何故か見つかりません。あの男に盗まれたと疑っています。そして、どこかに出回っているのではないかと。なにせ贅を尽くしたものですから。何としても取り戻したいです。必要もないのに、無性に。心当たりのある方はご連絡をお待ちしています。その産着の特徴はですね――。

 柞原 典(la3876)は読んでいた新聞から視線を外す。流石にこれだけじろじろと見られていれば、集中など出来る筈がなかった。書き出しが自身と似ている為、少し興味をそそられたのだが。とはいえ見れないなら見れないで構わない。すぐに興味は失せていく。その代わり、鏡越しに自分の後ろにいる女性ライセンサーの方を見つめた。途端にきゃあと黄色い悲鳴が飛ぶ。不快には感じないが肩を竦めてみせた。
「嬢さんら、そんな見てておもろいもんなん? たかがメイク風景やろ?」
「たかがも何も! 女の子は綺麗なものを見るのが大好きなんですよ!!」
「……はぁ、俺には分からん気持ちやわぁ」
 なんてやり取りを交わしていると背後から伸びてきた手に顎を掴まれた。典のものよりも男らしい、がっしりとした手だ。視線を上向ければ所謂オネエ様が、
「動かないでっ」
 と語尾にハートマーク付きで言ってくる。それに典が生返事をすれば彼女(?)はくねくね身を捩った。しかしメイクその他で触れる際の手つきは驚く程優しく、厭らしさもない。典は今、レヴェルの関与が噂される舞踏会に潜入する目的で着飾っている。綺麗な顔だとはいっても、上背があるので勿論男性としてだ。目立つのはどうかと思ったが、女を相手に情報を引き出す役として抜擢されたのだった。そうして否応無しに鏡の中の己と再び向き合う。
 生まれたからには親がいて、多少なりと似ているところがある筈だ。誕生日も知らず、名字も知らない典には実感が湧かないことだが。その典という名前だって、一文字で正しいなら読み方もつかさで合っているのだろうが掠れて読めない二文字目があったという可能性も否めない。そうすると、真相は全て闇の中だ。
(そういや、名前が書いてあったっていう産着、何処いったんやろな)
 施設長が大事に保管してあった筈だ。しかし、自立する際引き取らなかったので、多分処分されただろう。いつか迎えに来てくれるだなんて、儚い希望に縋りたくなかった。ただ足枷にしかならないと思ったのだ。実際そうして正解だと今でも思う。棄てられて今があるのだから、棄てるのは得意だ。
 それはさておき生きる為には目の前の仕事だ。典は着飾る嘘臭い自分に薄笑いを返した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
前回と前々回を書くときにもちょっとどうするか悩んだんですが
三度目の機会を頂けたならということで典さんが生まれた経緯を
以前教えてくださった情報を元にふんわりと膨らませてみました。
微妙にまだ狂気が入っている(つもり)なので、話半分な感じで。
正気で必死に典さんを探していて、見つかってめでたしめでたし、
とは少なくともいかないですよね。心から悔いていると知っても
許せないというか、典さん的には異物感は拭えない気がしました。
個人的には本名を知りたいけれど、今更紛い物を本物に出来るか
なんて後ろ向きなことを考えてしまいます……。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年06月05日

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