▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『裏を返せば表』
LUCKla3613

 筋力トレーニング。
 噛み砕いて言うまでもないことだが、筋肉を鍛え、出力を高めるための術だ。ただしそれを十全に遂行しようと思えば、人体構造と筋肉そのものについての造詣が必要となる。
 闇雲に鍛えればいいわけではないからこそ、おもしろい。
 誰にいないジムでLUCK(la3613)は思い、マシントレーニングの強度を上げた。
 ただし、中枢神経系を除くすべてが機械である彼の筋トレは、通常の人間がこなすそれとは大きく異なっている。簡単に言ってしまえば、足すのではなく引くのである。
前提として、彼の人造筋肉は生身の筋肉とは異なり、出力は一定。どれほど鍛えても出力そのものは上がらない。代わりに無駄な動作を削り、負荷を減じることで動作性は向上し、結果として高出力化と同等の結果を得られるのだ。
 組み合わされた人造筋肉を動かし、各々の筋肉がどんな予備動作を取ろうとするか、動き出した後にどのような軌道を描くか、その中でどのように伸縮し、捻れるか。マシンで負荷をかけながらそれらを洗い出し、動作の内から引いていく。
 生身の人体であればそれらを引くことは不可能。出力が最高値に固定された機械体なればこそのやりようというやつだ。
 LUCKの挙動は「唐突」だと周囲の者は言うが、とどのつまりは最大効率を引き出しているに過ぎないのである。

 マシンレッグエクステンション――両足の甲の上へ重りを乗せて蹴り上げるように押し上げ、腿前部の大腿四頭筋を鍛える――で前蹴り動作を整え、LUCKはトレーニングを一旦止めることとした。
 疲労の果てではなく、長時間負荷をかけ続ければ義体を構成する機械群が疲弊して摩耗し、思わぬ故障を招く。そう技師から言い含められていたからだ。
「疲れ自体はあるんだが」
 せっかくの機械体だというのに、LUCKの人ぞ宇筋肉には疲労と負荷を原因としたむずがゆい痛みがまとわりついていた。
 いや、誰かは知れぬ製作者の意図が、LUCKから人間性というものを損なわせぬことにあり、さらに言えば生身の感覚を忘れて無茶をさせないよう、あえて“人である感覚”を付与したのだということは理解している。
 しかしだ。彼が生きる場所は、苦痛の一条が生死を分ける死線上なのだ。戦士として苦痛を自動的に意識から切り離す訓練は積んでいる(ようだ)し、ならば初めから感覚をカットしてくれてもよかっただろうに。
 いや、だめだな。もしなにも感じない体であれば、技師が手をかけてくれた体をあっさりと損ない続けるだろうし、友の命の熱を合わせた背から知ることもなかった。
 誰かに支えられ、自らもその誰かを支える“相身互い”。それによってようやく自分は自分と成れるし、相手もまた相手と成れる。どちらも独りでは、己という存在ひとつ成り立たせることができないのだ。
 それに五感があればこそだ。見つけ、聞きつけ、嗅ぎ取り……思いがけない肌触りへとまどって、鋭い苦みの内に染み入るような甘さを味わえるのは。
 視界の端をかすめていく黒一条。それが幻覚に過ぎないことはわかっていたが、だからこそ思う。総合的に見て、人らしくあることは俺にとってメリットが多い。
 うなずいて、立ち上がる。本当はもう少し休むべきなのだが、なにやらこう、じっとしていられなくて。
“あれ”は鉱石でできている。重さはどのくらいだ?
 内までぎっしり詰まっているとは限らないが、さすがに普通の女ほどの軽さではなかろう。
 シャフト(バーベルの軸となる棒)にプレート(円盤状の重り)を100キロ分つけ、持ち上げてみる。LUCKが攻撃よりも防御を得意とする質だからか、軽々と持ち上がらない代わりにしっかり抱え上げた姿勢を保てていた。
「いや、まだだ、これでは到底足りん」
 倍の200キロまで増やしたバーベルを床から引き上げ、じりじりと胸の前まで競り上げていく。EXISなくては超常の力を発揮することのできぬライセンサーが、機械を最大効率で駆動させ、ちょっとした奇蹟を実現する――
「俺はいったい、なにをしている」
 心を妙なまでに沸き立たせていた意気を鎮め、ゆっくりとバーベルを置いて、LUCKはため息をついた。
 バーベルと人型とでは太さも広さがちがう。人型は重心もバーベルのように据わっていないから、酷く持ちにくいはずだし。第一、“あれ”の重さは素材で変わるのだから、想定すること自体がナンセンスだろう。
 ……どれだけ自分が馬鹿なことをやらかしているか、自覚はあるのだ。しかし、思いついてしまえばもう、意識の外へ押しやることもできなくて。
 こんなときばかりは苦痛が欲しくなる。馴染みが深いだけに対処のしようもあるからな。
 自分の内に押し込められていた、驚くほど人臭い熱を感じながら身勝手なことを考えて、それにまた笑む。
 削ぎ落とすばかりを考えている俺にも、削ぎ落とせんものがある。人が純然たる機械へは成ることは、相当に難しいな。
 先ほど演じた動作をチェックすべく、LUCKはバーベルを再び持ち上げた。データは多いほど当てはめられるシチュエーションが増え、役立つものだ。そして無意味と思われたデータを組み合わせてやれば、化ける可能性が跳ね上がる――

「ふむ。其もまた適合というものか」
 LUCKは声音が「も」へ至った瞬間にバーベルを下へそっと置き「の」が音を成す寸前、上体を起こしてバイザーで守った両眼を“あれ”へ向けた。
「今日は鉄か? それともステンレスか?」
 LUCKの問いに、灰色の肢体を持つ女は艶然と笑み。
「其処彼処に鉄が在る故、使うた」
 鉱石を依代とし、世界へ顕現するエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)。LUCKと奇縁の糸で結ばれた、“敵方(あいかた)”と呼ぶよりない存在である。
「待たずともおまえから来るというなら、俺も貴重な休暇を潰さずに済むな」
「休むを厭う性ではなかったか? ……とまれ、目にしてしまわば問いたくもなろうがよ。機械が為す奇怪なる鍛錬が意義を」
 わざわざ確かめに来たのか。なにがどう作用するかわからないものだ。LUCKは思いながら、削ぎ落とすことについてを説明し、そして。
「先ほど考えた。俺の腕でおまえを抱え上げられるかを。すぐに無理だと察したが」
 告げられたイシュキミリは鉄の面になんともいえない表情を貼りつけ、口の端を歪める。
「愚かしく、正直よな」
 まあ、彼女としてはそう言うよりあるまい。ただLUCKとしては次に言うべきことがあり、それには隠さず告げておくことが必要だったのだ。
「俺は最適化を進めていくが、その中で到達できたら教えてくれ。依代ではないおまえを抱えられる俺になれたことを」
 まっすぐ言い切ったLUCKはふと苦笑を浮かべ。
「本当はもっと願いも欲もあるんだが、今は弁えておく」
「数寄者めが」
 こちらも苦笑したイシュキミリがLUCKを軽々押し退けて行き過ぎ。
「押されて退く内は適うまいよ」
 ぼろりと崩れ落ち、消えた。

 果たしてLUCKは鍛錬を再開する。
 目標は遠いが、遠いからこそ長く楽しめるというものだ。と、考えてしまう自分に、あらためて苦笑してしまった。
 どうやら俺は、どれほど無駄を削ぎ落としたところで機械には成り仰せられんようだ。――これほど無駄が“数寄”なようではな。




おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.