▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『四つ葉の花が咲いた、この場所で』
フューリト・クローバーka7146

 瞼を透かす陽射し、小鳥の囀り。うとうとと微睡むフューリト・クローバー(ka7146)の耳に「お嬢さん」と呼ぶ声が届く。が、聞こえていても反応出来るかどうかはまた別の話で、もう一度今度は大声で呼びかけられてようやく、フューリトははっと意識を覚醒すると、重い瞼を開けた。実際に出ていたかは定かではないが口元の涎を啜り、茫とした思考で馬車を下りてこちらを見るおじさん――馭者を見返す。彼はフューリトに向かってこう言った。
「着いたよ。ここからは悪いけど歩きで行ってくれ」
 先程と違い大きくない声だ。別に怒っていたわけではなく、フューリトがあまりに起きないせいで大声を出さざるを得なかったらしい。目を擦って欠伸一つを零すと、藁で出来た天然のベッドに手をついて起き上がった。
「おじさん、ありがとー。あなたも僕に寝床を貸してくれてありがとねー」
 間延びした口調で言い、背後へと振り返って仔牛の背を撫でた。そして荷物を掴むと、おじさんの手を取り馬車を下りる。改めて礼を言えば彼は笑って「気を付けてな」と言って、馭者台のほうに歩いていった。じきにフューリトが見守る中、酪農家の馬車ががたがたと道を進んでいく。荷台の覆いが風で揺れて、一緒にいた牛の顔がちらと見える。その子に手を振って馬車の影が小さくなるまで見送った後フューリトはゆっくり腕を下ろし、辺りを見回した。
「えーっと……こっちでよかったんだっけ」
 見覚えがあるのは間違いないが、如何せん道のりはといわれると少し記憶が怪しいのが正直なところだ。普通に暮らしていた時期でさえも、昼寝する為に出掛けては迷って姉に捜索されるのが常だったフューリトである。その前には住民総出で大騒ぎになったこともあった。帝国領に近いといえども辺境は辺境で、魔獣云々に加えて野生の獣や地形的危険を伴う場合も多々あったのだ。とはいえ姉のお陰で大事に至らず、覚醒者と発覚するまでを過ごした。
 偶然あのおじさんが通りかかったように、何とかなると気楽に構え、フューリトは当たりをつけた方向に歩き出した。荷物は腕に引っ掛けた鞄一つ。やけに身軽なのはハンターとして各地に出向いていたからというより、世界二つを跨いでの活動を行なうようになった影響だろうか。歌も花も動物も荷物にならないのも大きかった。獣道に片足を突っ込んだ道を、脇に咲いた花々に目を奪われつつ進む。
「今日もいい天気だねー。ぽかぽかしていい気分……ふわぁ」
 暑いよりも暖かい気温。マテリアル汚染など無縁の清浄な空気を吸い込めば、肺の中の汚れが綺麗に洗い流されるような気がする。すっきり起きれなかったせいで再び睡魔がフューリトの背中に忍び寄った。
 一歩目と二歩目はまっすぐ淀みなく。三歩目と四歩目は左に少しずれる。五歩目と六歩目は逆に右にぶれて七歩目で足元に転がっていた石に思い切り躓いた。そのまま正面に倒れ込む――ことなく、くるりとターンする。そして、草むらにダイブした。ぶつかった衝撃は結構なものだが、フューリトの眠気を妨げる程ではない。むしろ花の香りの安心感にあっという間に意識は吸い込まれていった。遠くでぼんやりと草を掻き分ける音がする。こんなところに誰かいるのか気になったところで完全に眠りに落ちた。

 耳元でちゅんちゅんと声が聴こえる。眠っていたくて、フューリトは寝返りを打った。昼寝を趣味と公言する人間が羽毛布団の魔力に抗えるか。そんなことを考えていると「だめだよ」という声がした。聞き覚えはないが気になって、フューリトはぱちりと目を開けた。視界に広がったのは鮮やかなエメラルドグリーンだ。一瞬何事かと思ったが見ればそれは鳥の羽毛だった。窓のほうを見ていた頭がこちらに向き、目が合うと、まるで人間みたいな仕草で首を傾げる。顔が近付いてきた為反射的に目を閉じれば、髪の毛を啄ばまれた。グルーミングをしているつもりなのだろう。
「こら、おねえさんをいじめちゃだめだってば」
 めっ、と小さな妹を叱りつけるような口調に、どこか懐かしい気持ちになる。鳥が離れたので、もう一度寝返りを打てば、今度は女の子がベッドの横に座っているのが映った。状況は飲み込めないまでもようやく上半身を起こし、すっきりした頭で考えて言う。
「もしかして僕、あなたに拾われたのかなぁ?」
「みつけたのはわたしだけど、おねえさんをはこんでくれたのはおとうさんだよ! いきだおれ? だからたすけてあげなきゃっておとうさんがいったの」
「……あー。そっかぁ、ありがとねー」
 実際には昼寝しただけだが、歩きながらうとうとして、挙げ句の果てに地面とキスをするのはリトぐらいだ、というのが姉の言である。引かれたところでフューリトは気にしないがわざわざいう必要もない。というか単純にちょっと面倒臭い。なので礼をいうに留めた。――髪も肌も白くて、反面で目は燃えるように赤い。所謂アルビノだとフューリトはぼんやり思う。
「お外に出ても、平気なの?」
「ぼうしがあればへーきだよ。このこのごはん、とりにいったの」
「そうなんだー、偉いね」
 褒め言葉を受け白い頬が赤く色付く。両手で髪を触る仕草は帽子を被っているときの癖だろう。手持ち無沙汰に観察するフューリトの肩に鳥が留まった直後、扉が開く音。母親らしき女性が顔を出した。手にはトレーを持っていてそこにある器からは湯気が上がる。ベッドの脇に置いたのはスープだ。
「どう? 食べられるかしら」
「うん。お腹空いてるから遠慮なく食べるねー」
 どうぞと女性は小さく笑い声を零して答えた。一匙掬って食べれば、ミルク多めのまろやかな味に癒される。一息ついて、フューリトはさっきから気になっていることを訊く。
「間違ってたらごめんなんだけど、みんな、最近引っ越してきたの?」
「ええ。この子、マテリアル汚染に過敏な体質でね。都会だとすぐに具合が悪くなっちゃうから、それなら陽に当たらないように気を付ければこっちのほうがいいと思ったのよ」
「こっちにきてから、げんきいっぱいだよ! おともだちもできたし」
「うんうん、元気なのはいいことだよねぇ」
 健康なら、大抵はどうにかなる。女の子が手を出せば鳥が羽ばたき、小さな指に止まった。相当人懐っこい子だ。羽根もつやつやでとても元気に見える。その後女の子の話を聞くと怪我をして落ちていたのを助けたのだとか。野生に戻れないから助けるべきではないという意見もあるがフューリトは助けられるなら助けるのがいいと考えるタイプだ。と話は巻き戻り。
「最近引っ越してきたんだったら僕が知らないのも当然だねー」
「というと、貴女ここの人なの?」
「そうだよ。僕、フューリト・クローバー。何日かしちゃうと帰っちゃうけど、よろしくね」
 名乗れば、二人は顔を見合わせて「あ!」と叫ぶ。
「あの劇作家のクローバーさんの娘さん? 私ファンなのよね!」
「あのおうたのおねえさんのきょうだいなの?」
「歌のお姉さんってそれ僕のおかーさんだねぇ」
 似たような驚き方だったので思わず笑ってしまう。後はきゃあきゃあ盛り上がる二人。久しぶりの帰省は少し後回しになりそうである。
(まぁいっかー。これも何かの縁ってことだもんね)
 面白い一家だし家族も知っているようだしで、居心地いい。後はスープも美味しいし。一番の理由は内緒にしようと思うフューリトの肩に鳥が留まり羽繕いし始めた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
初めましてではありますが、おまかせは最後の機会、
フューリトさんが未来でどう生きているのかが分かっている
ということを踏まえると少し未来のお話が書きたかったです。
仕事と生活は変わっても子供の頃と中身が変わってなさそう、
そんな勝手なイメージが自分の中にあったりもしますね。
本当は小鳥が怪我をしているときで女の子のお家で
獣医として、様子を見るシーンとかも書きたかったんですが
知識的にも尺的にも不安しかなかったので、普通に元気です。
自分がフューリトさんの魅力だと感じた点を詰め込みました。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年06月05日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.