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『心の在り処はここにある』
深守・H・大樹ka7084

 邪神戦争の終結後、それを由来とする歪虚は姿を消し、その残党や自然発生的に現れるもののみがハンターの討伐対象となる。それは永遠に人手不足が囁かれたハンター業の規模縮小の一歩だった。戦い続けることを望む人間もいる。激減したとはいえ完全にその脅威を消し去ることは不可能である以上、彼らのような存在は必要不可欠だ。或いは、世界の大部分に残る負の領域の開拓に奔走し始めた者もいる。悪徳の七眷属の襲撃を受けた結果、人的な物含む多くの被害が及んだ地域の復興も重要な課題だ。当然ながら覚醒者であることとは無関係な第二第三の人生に歩み出す者もいた。深守・H・大樹(ka7084)もそのうちの一人である。

 吐く息が白く烟る。寒さに身震いするも、暖炉の薪に火をくべるのが億劫だった。大樹は椅子に腰掛け、全く姿勢が変わらないままに、書き物机の上に置かれた原稿用紙と向き合い続けて、早数時間が経過していた。その間、手に持った鉛筆を動かしたのは一時間くらいだ。それもやはり違うと、消しては書き直しを繰り返し続け、遅々として進まない。大樹は現在軽いスランプに陥っていた。
 終戦の少し後、僅かしかなかった記憶を完全に蘇らせることに成功した。それはかつて大樹を助けてくれた恩人の女性との切ない思い出だ。彼女の素性を調べてその墓を訪れたし、リアルブルーにある故郷に向かい、自分を庇って亡くなったこと、そしてそれ以前に交わした会話についても可能な限り報告し、ようやく一区切りつけることが出来たのだ。生きろと言ってくれた彼女に報いるという程大袈裟でもなく、ただ今も居候をしている深守夫婦の側にいたい、何か出来ることをしたい。そんな気持ちから志したのが、小説家の仕事である。具体的に伝えたいメッセージがあったわけではない。しかし、恩人の女性――ヒビキと過ごした日々全て、それから深守夫婦の好意。エバーグリーンで生み出されたエル・アルトが深守・H・大樹になった今まで、経験したことや感じたものを何かの形にしたかった。手探りで始めた執筆は人の目に留まり、対価を貰えるまでになる。大樹はその事実より深守夫婦やハンターになって知り合った友達に祝福されたことが嬉しかった。しかし仕事になれば、自分の問題ではなくなる。担当がついたり、締め切りに追われたりと、自らの生み出したものが次第にこの手から離れていくような感覚を抱いたのだ。
 怒りや苛立ちの感情があまり顔には出ない大樹だ。といっても怒らないのではなくて、沸点が人よりも高い。ひとたび越えれば納得がいくまで追求するが反面で越えなければ、さして気に留めず流すことが出来た。ただ表に出ずともストレスは溜まるもので、大樹は溜め息をつく。白く染まり、じきに跡形もなくなった。結構前から分かっていたがこのまま足掻いていても生産性は上がらず、無為に時間を浪費するだけである。一度鉛筆を置けばいっそ安心感すらも湧いてきてほっと気が抜けたが、すぐに憂鬱が戻ってきた。担当の人も差別をしないどころか、拘りたい点を伝えるとちゃんと話を聞いて、互いの納得がいく解決策を模索してくれる、とてもいい人だ。だからその優しさに応えたい。そんな思いが空回りする。
 立ち上がったはいいものの、何もする気が起きず、大樹は窓に近付いた。鍵を外して開ければ、凍えるような夜気が機体の露出している部分を撫でて冷やす。小さく身震いすると、電気を消してさっきまで座っていた椅子をそこに運んだ。座って、窓枠に肘を置く。少し背中を丸めれば、境界線の向こう側に無数の星が瞬いていた。暗視機能が搭載されていなくても周辺の景色をぼんやりと望むことが出来る程度には月明かりが降り注ぎ、まるで道に迷ったこの心を導いてくれているかのようだった。
「……この感動をどうすれば、あの人たちにも伝えられるのかな」
 弱音というより切実な悩みが零れ落ちた。ありふれた世界の美しさ、人の優しさ――全てを綺麗事にしたくはないが、読んでいて希望を抱けるようなそんな物語を書きたいと願う。今を必死に生きる大人だけでなく、長く続いた戦いをやがて忘れる子供にもそれが必要だと思うから。
 オートマトンにも人権があるというのが世の中の常識だが、必ずしも人と同じ扱いをしてくれる者ばかりではないと大樹は知っている。ハンターとして活動した頃にも経験したし、今でもそうした言葉を投げかけられることがあった。
 ――人じゃないあなたが何故人の為の小説を書こうとするのか?
 ――小説家は読み手の気持ちを理解してこそ。お前に子供の気持ちが分かる筈がない。
 口さがない言葉はしかし大樹の反論を封じて、偏見を覆すすべを見失わせる。喉元に手を伸ばせば首から胸元へと続く冴え冴えした青色の部位に触れた。鳥の翼のような耳など更に顕著である。その実態は機械の身体を依り代とした、エバーグリーンの精霊だ。その出自故に自我を持った瞬間から今の身体で、当然子供時代など存在しない。その概念さえもなかった。生殖機能もないので子供を作ることも出来ない。だから、大樹の人となりを知らない一部の人間は偏見を持つのだ。自分はただ純粋に送り出した作品を見てほしい、そう願ってしまうのだけれど。
 ふわ、と思わず欠伸が出る。オートマトンといえども、精神は生物のそれで、理由や仕組みは違っていても普通に眠るしご飯も食べる。そんなことを考えていると喉の渇きを自覚した。
「……パパさんとママさんを起こしちゃったら悪いよね」
 何せこの時間帯である。なるべく迷惑は掛けたくない。ヒビキとはまた違った意味で、とても感謝していて大事に思っている人だ。本当の息子のように可愛がってくれて、側にいてもいいといってくれる暖かい存在。引退の契機になった怪我はまだその身体に影響を及ぼすのだ。そんな元ハンターの彼らもいずれは置いていくことになるだろう。オートマトンの稼働年数は大体百年程、思い出した記憶は夫婦の歳とそれを天秤にかけ、自分のほうが長生きすると結論付けている。看取るのが親孝行とはいっても想像するだに恐ろしいことだ。
 ともあれ、今日はどうにもならないと割り切って、窓を閉めると壁に寄りかかって目を閉じた。最近は夢中で書いてばかりいたので疲れている。布団に入らなければと思いつつも億劫で――自我メンテナンスが起動した。

 ふと目が覚めると、瞼の裏が橙色に染まっていた。すっきりした頭は景色を見てすぐ、つい寝こけてしまい朝になっているのに気付く。変な姿勢で寝たせいで僅かに軋む背筋をぴんと伸ばせば、身体にかけられていたらしい毛布が滑り落ちた。それを拾い、何気なく書き物机のほうを見ると、寝る前にはなかった筈のカップが置かれていた。大樹の物に違いない。仄かに湯気がたっていて、前まで行き中を確認してみる。ホットミルクだ。僅かに黄色がかった色味は蜂蜜が入っているからである。冷める間もない頃に来たのか、それとも毛布はもっと早くに掛けたのだろうか。何れにせよ優しさには変わりなく、現金にも心のつっかえが取れるのが分かる。ヒビキや深守夫婦と心を通わせられたように小説で種族の違う誰かと誰かと繋ぐことが出来たとしたなら、こんな嬉しいことはない。そんなことを思いながら、大樹はホットミルクを飲んだ。今度自分の経験を元にした物語を書こうかだなんて想像の翼を羽ばたかせ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
初めましてではありますが、部分的に語られている
ヒビキさんとのエピソードを勝手に想像するよりは
プロフィールに書かれている情報とノベルの内容を
元に少し未来のお話を描けたらなと考えて
こういう内容に今回させていただきました。
また色々拝見したらオートマトンの人権の是非が
気になったので小説家になられたことと合わせて
苦労が尽きないのだろうと発想を繋いだ次第です。
様々な意味でかかってしまう誰かのフィルターを
取っ払える作品を生み出していくのでしょう。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2020年06月08日

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