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『霧を晴らす解放』
天霧・凛8952

 時計の針が二本とも十二という数字に重なり、今日一日が終わったという事を告げた。考え事をしていた天霧・凛(8952)は、「もうこんな時間ですか」と独りごち寝支度を始める。
 少しぼんやりしてしまっていたな、と胸中で反省をしたばかりだというのに、窓辺に飾られた一輪の花が不意に目に入りまた凛の思考は深くへと沈んでいった。先程と同じように、彼女は考え始める。彼について、考える。
 最近、とある事をきっかけにして知り合った彼とは、些細な行き違いから気まずくなったりする事はあれど、良好な関係を築けていた。
(キス……だってしましたし)
 一歩ずつ、確かに関係は進み、彼との仲は限りなく恋人に近いものとなっている。
 明日の予定を確認するために開いたスケジュール帳……けれど、凛はつい未来ではなく過去のページに目を通してしまった。最初の頃はバイトや講義の予定を中心に書き込んでいたのだが、彼と出会ってからは一緒に出かける予定や互いの家に遊びに行ったりする予定を書き込む事が増え、ページは以前よりも賑やかになっている。
 ふと、ページの間にメモを挟んでいた事を凛は思い出した。メモには、友達に作り方を教わった料理のレシピが記されている。
 次に彼が家に遊びにきてくれた時に、振る舞ってみたいと思っている料理だ。彼のイメージに合うアレンジが思いついたので、丁寧にそのアイデアもメモしてある。普段は料理に関してどうしてか上手くいかない事も多いが、今度は恐らく、多分きっと成功するに違いない。アイデアを書く凛を見ていた友達は、何故か微妙な表情をしていたが……。
 一緒にいない時でも、今夜のように彼について考える事が増えていた。バイト先の新メニューを試飲した時に、美味しかったから彼が店にきた時におすすめしてみようかな、とか思ったり。
 テレビドラマの背景に映った花を見て、以前彼に名前と花言葉を教えてもらった事のある花だ、と気付き本編よりもそちらを集中して見てしまったり。
 ……凛は彼の事が、好きだ。そして順調に、自分達の仲は進展している。はずだ。そうだと、信じたい。
 どうにも自信のない言い方になってしまうのには、理由があった。
 なにせ、あれからというもの――。
(なんの進展もありません……)
 初めて触れ合ってから、すでに三ヶ月は過ぎている。
 キスだって、あの時だけ。その後は、どうしてか一度もない。もちろん、それ以上の事も。
(私に魅力がないのでしょうか? それとも……)
 心が通じ合ったと思った事は、自分の錯覚だったのだろうか。
 聞きたい。知りたい。……けれど、上手くいかない。
 大学の友達にも、言われた事がある。付き合ってるのに何もしてこないだなんて、おかしい、と。
 友達のその言葉が嫌に脳内に響いたのは、凛も少なからずそう思っていたからだ。
 どうして、彼はもっと触れてくれないのか。これ以上先へと進もうとしてくれないのか。
 不満だし、それ以上に不安だった。
 愛しい人と、触れ合いたいと思うのは当然だ。凛だって、彼が好きだからこうして頭を抱えるはめになっている。けれど、彼の方は違うのだろうか。
(もしかして、私達は……付き合っていないのでしょうか……?)
 不意に、そんな考えが脳裏によぎった。
 思い返せば、好きだという言葉を告げた事も、相手に言われた事もない。恋人同士なら必ず交わされるだろうその二文字を口にした事は、お互い一度たりともなかった。
 スケジュール帳をカバンへとしまう。明日の支度を終え、ベッドに横になる。時計の針が、いつもよりも何故か大きく聞こえる気がした。
 今、彼は何をしているのだろう。もう眠ってしまっただろうか。まだ起きているのだろうか。
 起きているとしたら、凛について、少しでも考えてくれているだろうか。
 もし彼と本当は付き合っていなかったのだとしたら、こんな風に相手についてばかり考えてしまうのも、思い悩むのも凛一人だけなのかもしれない。
 考えれば考えるほど、霧の中をあてもなくさ迷うかのような途方もない気持ちになる。自分の歩いている道の先が、崖っぷちであったらどうしようという不安。前の見えない、心細さ。
(あの人に聞いてみましょう。明日にでも。すぐに)
 凛の嫌な想像があたっていたとしても、その答えは彼の口から聞きたい。彼から直接、聞きたかった。
 はたして彼の答えが、さ迷う凛の事を引っ張り上げてくれるものなのか、引きずり落とすものなのかは分からない。
 どちらにせよ、凛を霧から連れ出す事は、彼にしか出来ぬ事には違いなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
彼との進展がなく思い悩む凛さん……心理描写をメインにこのような感じに綴らせていただきましが、いかがでしたでしょうか。
凛さんのお気に召すものになっていましたら、幸いです。不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもご依頼誠にありがとうございます! またお気が向いた際は、いつでもお声がけくださいね。
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月08日

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