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『Remind』
霜月 愁la0034

 タタン、タタン、と揺れる電車のリズムが耳を叩く。
 シート越しに伝わる振動はどこか心地よくて、疲労を自覚している霜月 愁(la0034)は一度瞼を下ろしてみる。
(……やっぱり、駄目だな)
 目を開けているとどこか頭がぼんやりするのに、閉じると妙に意識が冴えて眠気が遠ざかっていく。
 ……意識が冴える、というより、はっきりと神経が尖っていた。
 今、自分の状態が平常でないことを改めて認識する。愁は溜息をついて、ゆっくり小さく頭を振る。
 様々な状況に応えなければならないライセンサーだ。依頼で不愉快な想いをすることが無かったわけじゃない。儘ならない状況、許せない敵……あるいは理解し難いのは時に人間の側であることも。それでも、こんな風に深く後まで引きずることや……まして、任務中に影響を感じる程心を乱すなど、愁にはめったにないことの筈だった。
 ……だからこそ、今日、こうして時間を取って向かう場所には意味がある。
 そのこともまたきちんと認められて、愁は身体を休めようとすることはやめて、流れる景色に意識を向けることにした。
 そうして、電車とバスを乗り継いで、辿り着いたのは──両親が眠る墓地だった。

「急だけど、会いに来たよ」
 盆でも彼岸でも、命日でも無い日に訪れたことに、何となく一言言わずにいられなくて。そうしてから、周りを綺麗に掃除して、墓石を水で清めはじめる。
 死者に会いに来る、という表現は果たして適切なのかといえば、間違いと言い捨てきれもしまい。果たして死者の魂なんてものは存在するのか。本気で信じたりはしないけど、絶対ないと言ってしまうのも何となく憚られるという人情はあるだろう。そして……墓参りや法要というのはつまり、故人の事を一番に考える時間を作る、そのためのものだ。触れる機会が無くなることで劣化していく記憶の修復。掠れて消えきらぬその前に、生前の姿を再生して鮮明にし直す。そうやって姿を声を、思い浮かべているその時間は、『再会』していると言えないだろうか。
 ……自分を庇って死んだ両親の事を、愁が忘れるわけがない。忘れられる、わけが。
 それでも、普段、心の端に留まり続ける『両親の事』といったら……あの、悪夢が訪れたその日の事が殆どだ。
 こうやって、両親を想いながら墓を磨くことに没頭していると、何時しか記憶は──在りし日の穏やかな姿を浮かばせた。暖かな掌。優しい声。
 ちゃんと覚えている。
 忘れてはいけない。
 こうした思い出が風化してしまったら、それは……喪失の痛みも、罪の意識も曖昧にしてしまうから。
「……っ!」
 花を供えて、一歩引いて前に立つ。あまりにも墓が墓として整えられた風景に、死の現実を直視する。
 ぐっと胸元で拳を握って抑えるようにして、今の感覚と向かい合った。胸の覆いがパラパラと零れ落ちて、心に空いたままの虚が露わになる。
 あの日感じた苦痛が蘇る。その後しばらくの、抜け殻のように過ごした日々も。
(辛い現実を直視できずに逃げ出して、自分の殻に閉じ籠って)
 それは。
(彼らは、両親が死んだ後の僕に似ていた。場合によっては、僕もああなっていたのかもしれない)
 先日の依頼。酒池肉林から助け出した人たちに、重なる情景だった。
 こんなにも苛立ち、引きずるのも合点がいった。その不快感は理解のし難さから齎されるものではなく、むしろ成り得た己の姿だったのだから。

 感情の正体がわかれば向かい合うのも随分とやりやすくなった。
 ふう、と息を一つ吐いて、身体のこわばりを解いていく。体重のかけ方を僅かに変えて……ほぼ無意識であった動作に、その時、爪先に意識が行く。
 そう、先だっての護送依頼の事だ。あの瞬間に自分が見せたものは明確な失態だった。
 隣を歩いていた男は愁のごくわずかな変化に気付きもしなかったようだが──あれこそまさに、貴方の待ちわびていた隙ですよ、と。
 それで取る遅れは刹那のものだろうが。もし相手が手練れであればその刹那に事を為してくるだろう。
 まして例えば、エルゴマンサー級の相手に命の取り合いをしているときにあんな風に意識を持っていかれようものなら。
 その仮定の元にあの時の光景を数秒進めてみれば──その身を赤く染め上げて倒れる己の姿があった。
 ……情けない、と思った。
 少し過去がちらついた程度で動揺して苛立つなんて。
 過去を受け止めて、割り切って、諦めて、今ここに居る、そのつもりだったのに。
 こんなことじゃ……生き延びた以上せめて果たすべきこともろくに全うできないじゃないか。
 自嘲の笑みが浮かぶのは。先の想像によって自覚するものがもう一つあったからだった。
 自分が死ぬ想像、それを自分は──ただ、『情けない』と思ったのだ。『恐ろしい』という気持ちは……無かった。
 仮に任務中にこの命が不用意に尽きることがあって、悔やむとすれば『もっと上手く使えたのに』、そう言う事なんだろう。
 今ここにある命はとことんまで……『他人の為』のものだった。
 生き延びなければならないのは、もっとたくさんの人を救えるから。だから。
(次は流されない。僕は歩み続けるんだ)
 今回の事はもう大丈夫。原因がはっきりすれば次からは対処できる。また似たような事があっても、任務に支障をきたすほど思考を奪われることは無いだろう。
 歩んでいく。こうやって、一歩ずつ。
 ……歪な望みの上の歩みだと、分かってはいるけど。
「それでも──歩みを止めることだけはしない、よ」
 誓うように、愁は墓前に向けてはっきりと告げた。

 背を向けて、愁は帰路に就く。
 グロリアスベースへ……ライセンサーとして生きる、今の日々へ。
 そしてその今はやはり……ここが出発点。
 ──生き残ってしまった、己の罪。
 己の行動原理は、そこから延びるものなのだということを確かめて……。
 今暮らす部屋へ戻ると共に、愁自身もまた、今あるべき己へと復帰した。








━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。
この度はご発注有難うございます。
イベシナのリプレイを上げて即ご発注いただきまして、読了から発注から確定まで早いな!? ととても有難くもちょっと面白かったです。(
そんなわけで状況としてはとても把握しやすかったのですが、表現としていただいたご縁に応えうるものでしたでしょうか。ご不満がありましたら大変申し訳ありません。

改めまして、この度はご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月09日

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