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『足し引き』
LUCKla3613)&不知火 仙火la2785

 激戦を押し切り、勝利したライセンサーたち。タフで陽気な戦士たちは、帰路につくキャリアーの内で自らの戦果を誇り、仲間の奮闘を讃えて笑い合う。
 そんな輪から少し外れた卓の一席、LUCK(la3613)は支給食を淡々と口へ運んでいた。
「おつかれだぜ、ラック」
 と、先に言ってから向かいへ座したのは戦友、不知火 仙火(la2785)である。
「先に声をかけてくれたのはありがたい」
 口の端を2ミリ上げてみせたLUCK。
「意志は声に映る、やましくねえならまず声を出せってな。うるさく教えられてるんだよ」
 仙火は逆に、大振りな表情を作って苦笑を返す。
 これは忍である母の教えであるが、さまざまな者が集うSALFに出入りするようになってようやく大切さが身に染みた彼である。
「いい教えだ。俺も倣おう」
 記憶のすべてを喪い、なおその身に消えることない戦技を備えた彼にとって、悪意の有無によらず不意を突かれることは酷く障る。戦士とはそうしたものだ。それは眼前の仙火もちがいはあるまい。
 仙火は歳こそ若いが歴戦である。LUCKから見ても、EXISの扱いにかけては相当な腕だ。それに、小隊を率いることで他者への礼節を自然と身につけている。
 もっとも本人は、自分が誇るべきものを自覚していないだろうが。
 ここぞとばかりにしたり顔を作り、あれこれ説いてやろうと奮い立つ悪趣味は持ち合わせていない。だからLUCKは薄笑みを納め、食事へ向きなおったのだが。
「なあラック。俺と立ち合ってくれねえか」
 唐突な申し出に困惑、「意味がわからん」と素直に告げた。
 一方の仙火は「悪い」、息を吐く。落ち着け俺。いきなりこんなこと言い出した理由、ちゃんと伝えねえと。
 LUCKと同じ戦場に立ったのは初めてではないが、今日という日に気づいたことがあるのだ。
 ラックの動き、最初より今のほうが迅くねえか?
 速度が上がったわけではないのに、速度は上がっている。矛盾は承知しながらもそう言うよりなくて……
「ラックの技に感じ入った! なんて言ったらいいか、そいつを真っ向から受けたら、俺の目ざしてる剣の先が見える気がするんだ。だから立ち合いじゃなくて、試合してくれ」
 相当言葉は足りていなかったが、仙火は自分の剣技に行き詰まっているようだ。そしてそれを打破するきっかけをLUCKの技に見た。
 LUCK自身、いい機会ではある。EXISを振るう手練れを相手取り、その技を目にしたならば、彼もまた多くを学び得られるはず。
 と、俺はすぐに理屈で物を語りたがるが。
 LUCKは顔を上げて仙火へうなずきを返し、
「おまえの助けになるなら喜んで相手をしよう」
 仙火は戦友だ。故に理屈ならず情で応える。


 グロリアスベース最下層に位置するこの訓練室は特に壁・床・天井が厚く、アクティブスキルすら発動可の特別仕様だ。
「スキルもありか」
 彼の象徴とも言える竜尾刀「ディモルダクス」を手にしたLUCKが問い、
「戦場と同じ条件じゃねえと無意味だからな」
 左に佩いた守護刀「寥」の鯉口を切り、仙火が応えた。
 どう見ても何気ない会話の図。しかしLUCKは慎重に仙火との距離を計り、相手の切っ先がわずかに届かぬ間合を保って周りを巡る。強力なスキルを身につけた者でも、得物が届くか届かぬかのぎりぎりを出入りされるとつい踏み込みたくなるものだ。とはいえ――
 不知火が抜き打ちにスキルを乗せるだけで、俺の読みは的外れに落ちる。そもそもスキルはなにを使う? 始める前から考えなければならんことが多すぎる。……と、考えるだけでは意味がないか。
 一方の仙火は重心を腹のあたりに置き、抜刀の構えを取ってLUCKの正面を取り続けていた。
 抜き打つために据えるでなく、足を捌くために上げるでもない、半端な構えに見えるが、一歩を踏む内で攻防いずれへも転じられる利があった。
 問題は、攻防に余計な一拍が必要ってとこだけどな。でも、ただでさえラックの得物は俺の守護刀より間合が広い。ラック自身の足捌きも足したらもっと差はでかくなる。崩す手は、まるで思いつかねえが。
 かくて悩みと惑いを引きながら、LUCKと仙火はほぼ同時に前へ――互い目がけて踏み込んだ。
 果たしてLUCKは……選択肢の広さが障るなら、狭めてやればいい。間合が詰まれば相手の手もまた狭まるのだから。
 対する仙火は……ぐだぐだ考え込んで遅れたら、ただでさえ間合の広いラックに先手取られるだけだ。まず踏み込む、そこからだぜ!
 わずかな差で先を取ったのは仙火だった。初手は――ロードリーオーラ。
 守るべき仲間のない今、なぜそのスキルを?
 強制度こそ低いながら、LUCKは目を奪われ、困惑した。仙火の選択にはなにかがあるのかを思いながら、思い至るものがなくて。
 ふん、知れるまでは待つよりないか。防衛戦は俺の得意だ。焦らず付き合うとしよう。

 直刃から多節刃へと姿を変え、まさに竜の尾のごとくに襲いかかるLUCKの竜尾刀。
 仙火はそれを、寝かせて突き出した守護刀で巻き取り、鎬に滑らせて払い落とした。と同時に踏み込んで。
 俺は俺の濁りを尽くす。だからラックはラックの迅さを尽くせ。そうじゃなきゃ、意味も意義もねえだろ!?
 情熱を噴く仙火を目の当たりにしたLUCKは、努めて自らを冷ます。熱の量を比べ合おうとすれば、仙火の勢いに飲まれるだけだ。
 しかしながら。まずは相手から学ぶより、相手が学ぶに足る自分を尽くすのが先だな。
 バイザーの奥にある緑眼をすがめ、LUCKは直刃へ戻した竜尾刀を迫る守護刀へ叩きつけた――途端、ばらりと解けた多節刃が仙火を取り巻き、踊る。
「ち!」
 波を打って巡り、跳びついてくる刃の包囲陣。それを峰で払って逃れ出た仙火はぶるり、心を震わせた。
 あんな小難しい得物、あれだけ遣いこなすのかよ! ほんと、魅せてくれるぜ。
 でもな、次は俺の剣を見せる番だ。
 息を絞り、包囲陣転じて防衛陣となった多節刃へ向かう仙火。波を打つということは、かならず床についている箇所があるということだ。それを見切って踏みつけ、踊る刃を抑えておいて、ひと息にLUCKへ切っ先を突き込む。
 気合に反して体に力みがない。これでは受けようもないな。
 LUCKは仙火がこちらの受けように応じて攻めを転じるつもりであることを見て取った。が、肝心の、そこからどうすべきかが見えない。
 剣士としては邪流に属するであろう仙火が、あえて基本に忠実な突きを起点にしていればこそ、ここからどのように転じてくるかが読めないのだ。加えて体のバランスや視線の向き、踏み込みが噛み合わされていないからこそ、仙火が転じた後の展開も読めない。本当に厄介な相手と言うよりなかったが――ならば。
 LUCKは直ぐに迫る切っ先を柄頭で真下から突き上げ、空いた仙火の脇を駆け抜けた。それしかなかったのだ。攻めを止め、間合を外すには。
 あらためて相対したふたりは互いを探りながらじりじり爪先で床を探り、再び互いへと踏み込んで行く。


 濁れ。
 仙火は胸の内でただひと言を唱え、前に置いた右足を繰(く)った。
 まっすぐ踏み込むと見せて踵を横へずらし、サイドステップへ移るかと思えばさらに軸とした右足を回し、間合を詰める。
 しかも上体は脚とまるで動きを合わせることなく、縦横無尽に刃を閃かせてLUCKを惑わして。
 口、目、挙動、気配。あらゆるフェイントを連携させて為す“虚”と、惜しみなく重ねた虚を予備動作、あるいは目くらましとして使い、まさに虚を突いて放つ“実”の一閃。それこそが仙火の無手勝流――濁りの剣である。

 仙火のしかけを冷静に見切り、受け止め、受け流すLUCKだが、平らかな表情ほどに心中穏やかではなかった。
 少しでも惑わされ、気を逸らせばそのまま飲み込まれて押し流される……これが忍の業(わざ)というものか。いや、これこそが不知火の剣だな。対することで理屈は知れたが……フェイントをすべて斬り込む準備にされては、手が出せん。
 見倣うべきはその苛烈に隠した“虚”というものだな、不知火。
 LUCKはロードリーオーラに侵された己が意識のいくらかを見やり、苦い息を漏らした。
 この「いくらか」というのが思いのほか障る。無視しきれず、集中しきれず、いつしか積もったストレスが判断を鈍らせるのだ。
 ただしそれは、並の戦士であればの話。侵されたいくらかを意識から切り離し、LUCKはその半眼で仙火の重ねる虚の隙を窺う。
 と。仙火が手首を切り返し、連続打ちを繰り出した。一打ごとに角度を変えているため受けづらく、一度でも受け損なえばそのまま打ちのめされて叩き伏せられる。
 だからこそLUCKは全力で対処せざるをえなかったが、それがかえってその心を澄ませ、据えていった。
 戦いの中で自覚した自分の性は、機を待ち、いざとなれば虚を突いて滑り込んで強襲、すかさず離脱して次の機へ繋ぐ……狩人(ハンター)のそれだ。
 農夫は兎が木の根にぶつかるのを待つらしいがな。
 ただ待つばかりがハンターではない。すでにしかけは施してあり、粘り強く仙火の攻めを受ける中で形を整えてきた。あとはいつ発動するかだ。

 当たらねえか。ラックは頭が回るし守りが堅えから目立たねえが、足捌きがうまいんだよな。って、だからなんでそんな迅いんだよ。いや、打ち込んでるとわかる。無駄がねえんだ。戦ってる中で俺の動き読んで、最適化してる。
 俺の剣に足りてねえもん、見せてもらったぜラック。
 すでに準備はできていた。ここまで伏せ、結んできた虚を、今こそ解く。

 仙火の後方へ抜けたLUCKは弾みをつけることなく身を転じ、最高速度を保ったまま縮地突撃、直刃を突き込んだ。仙火が受けようとかわそうと、刃を解いてその奥にある体を打つ。
 そのはずだった。
「!?」
 仙火の姿が消えていた。
 いや、ちがう。LUCKが見失ったのだ。ロードリーオーラを緊急解除した仙火を。
 意識のいくらかを切り離していればこそ、彼の視野は狭まっていた。仙火はその死角を、見事なまでに突き抜いたのだ。
 その仙火は床を這うがごとく身を倒し込み、LUCKへ踏み込んでいく。すぐに気づかれるだろうが、この数瞬ばかりは仙火の時間だ。
 最少の動きで最大の効果を得る、それが最適化だろ!? まだ付け焼き刃だけどよ、使わせてもらったぜ!
 柄頭で床を突き、体を引き起こしながら突き上げる。虚から伸び出す実、最高の一条(ひとすじ)はLUCKを――捕らえることなく、空を切った。
 LUCKはすでに仙火の逆へ抜けている。仙火との激闘点、すなわち縮地突撃の到達点には壁があった。攻めを外されたときにはそこへ身を打ちつけ、仙火の剣の間合から転がり出る。それこそは彼が整えたしかけであり、仙火に倣って張った虚の陣だった。
 うまくできたとはとても言えんが、俺なりの虚を試させてもらった。
 果たして竜尾刀が解け、仙火へ向かう。間合はこちらが上。そして仙火は崩れた体勢を立てなおせていない。
「おおっ!」
 吼えた仙火が真っ向から多節刃を受けた。背より伸び出した赤翼より噴き上げた金焔――誰かを護ると据えた意志より生まれ出でた絶対の盾、迦楼羅焔をもって。
 それでもLUCKは止まらない。震えず、奮えず、最短の道を踏み越えて踏み込み、仙火へ刃を突き込んで。
 仙火もまた、滾り消えぬ刃をもってこれを迎え打ち。
 互いの刃を打ち合い、弾かれて、離れた。


「ラックのおかげで俺の先が見えた。ありがとな」
 守護刀を鞘へ納めて笑む仙火へ、竜尾刀を腰に戻したLUCKもまた薄笑みを返す。
「俺もまた、新しい一歩を踏み出せた。感謝する」
 互いに戦士。語るべきことは存分に、刃で語り終えていた……しかしながらだ。
「なんか、名残惜しいってのかな。このまま帰るのもつまんねえし、飯でも食いながら感想戦しねえか?」
「悪くない」
 どこか決まり悪げに切り出した仙火へ応え、LUCKはふと付け加える。
「俺が最近通っている店がある。珈琲屋だが、飯もあるはずだ」
 馴染みの店へ案内したくなったのは、きっと今までよりも深く心が通ったからなのだろう。
 ああ、悪くない。こんな友誼の深めかたも。
 思いながら仙火の先に立ち、LUCKはほろりと笑みをこぼした。


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グロリアスドライヴ
2020年06月09日

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