▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今、一つ、未来』
海原・みなも1252

●掃除
 海原・みなも(1252)は不動産屋のアルバイトで、とある洋館に来ていた。
 鍵は渡されて、不動産屋の人と別れる。
「でも、このくらいの汚れなら、終わります!」
 みなもは気合を入れる。
 掃除道具は庭のある小屋にあるということで、取りに行く。
 鍵を開けて中に入ると、二つほど部屋はあり、結構広い。棚と物がある。
 掃除道具を探すのはいいが、ここも掃除が必要な気はする。
「……えっと?」
 明かりをつける。
 電気は通っているので無理に窓を開ける必要もない。
「ここも掃除がいるかどうかは……後回しですね」
 掃除道具はすぐに見つかる。

 カタリ。

 何かが動いたような音がした。
「まさか、太郎……」
 みなもの嫌いな黒い何かが脳裏をよぎる。しかし、ゴキブリが一匹動いたからといってそこまで音はしまい。
 何か問題があるなら、不動産屋に報告はしたい。掃除が仕事とはいえ、何かあったのに言わないのも良心が痛む。
「失礼しますー」
 声を掛け、奥に入る。
 これで返事がある方が本当は怖い。
 奥の部屋は棚がある。箱や道具など物が置かれている。
 そんなか、一番奥の床に、服が転がっている。
 女性ものの様に見えるが、不自然だ。
 その服には乾燥した古木のようなものが見える。まるで、古木が服を着ているかの如く。
「何か……あります?」
 みなもは近づいた。
 その古木に触れた。

 ピシッ。

 とがっていた部分があったらしく、その古木で切った。それは深かったのか、すぐに血があふれる。
「あ、これはっ! いそがないと……えっ?」
 すぐに流水で洗わないとならないと思ったが、めまいを覚える。
 心臓より上に手を上げようとしたが、腕が何かにつかまれている。
「……え?」

 ジュルジュルジュル……。

 音が響く。
 ちょっと切っただけでそこまで流れていかないはずである。
 みなもは指先にあるものを見た。
「あ、あ、あああっ」
 みなもは、逃げようとするが動けなかった。
 古木と思っていたそれは、骨と皮だけの人の姿となっていた。
 みなもは意識を失った。

●吸血鬼と異界と
 みなもは目を覚ました。
 小屋で転がっていた。
 なぜ、転がっていたのか記憶がない。小屋になぜ入ったのかを思い出そうとするが、考える事を拒否した。
 痛みを覚えるが、どうして痛いか、どこが痛いのかがわからない。それにしても喉が渇く。
 小屋を出ると、バラが咲き乱れる庭だった。芝生を踏みしめ歩き出すみなもは、ここがどこかわからない。
 花壇や生垣には赤い大輪のバラが咲いている。
 バラは甘い香りを漂わせている。甘いだけでなく、スッとした冷たさも感じられた。
 みなもはアーチをくぐり建物の近くまで来た。
 そこにはテーブルセットがあり、見覚えのない女性がいた。
 いや、見覚えはないが、それが主だと確信した。
「ようやく目をさましたのか? 下僕のくせに主より遅く起きるとは情けないことよ」
 女は言う。
 みなもははっとしてかしこまる。
「申し訳ありません」
 女は満足したように、うなずく。
「で、ぬし、名は何という……いや、下僕は下僕か」
「はい、ご主人様」
 みなもは淡々と応じる。
 みなもは屋敷の主である、この女性に、命をささげたのだ。
 血を飲んでもらったのだ。
 それを理解した。
 だからこそ、徐々に覚える渇きは何を欲するのかと理解した。
 血を飲みたい、と。
 下僕といっても、主と同じ存在に作り替えられているとみていいようだった。
「目の色が濃くなったなぁ。そんなに渇くか?」
 喉が渇くならば、どうするか?
 血を飲むのか?
 それが吸血鬼として正しい姿である。
 池で何かがはねたのか、ぴちょんと音がした。
 水ならば、何かできるはずだ。
「水?」
「流れる水は、我らを拒む」
「……水を飲めばいいんですね」
「……いやいや」
 みなもはぽんと手をたたいた。
 女は話を聞かないみなもに苦笑していた。
「血液は水、水は生命の源」
 みなもはつぶやく。
「血液の成分は……」
 みなもは無意識のうちに知識をどこからか引き出す。
 その上、水の成分はそこかしこにある。それを利用して、血液を作ればいいのだ。
 それを体内に収めることで、吸血鬼の渇きは収まるのだ、理論的には。
 みなもはしばらくあれこれ考えた。
 考えると同時に考えたものができた。
 物足りなさはあるが、渇きは収まった。
 周囲の風景もはっきりとしたものになった。
 洋館に見覚えはある。
 今は塵一つ落ちていないきれいな状況。空は、赤黒く、いくつもの線が見えるようだった。
 その線が何を意味するか明確にわからなかったが、世界を分ける結界、陣のようなものかと感じた。
 つまり、今いる所は異界であり、目のまえにいる、女性が世界の主だ。
「……人間とは言い切れぬとは思っていたが」
 吸血鬼というより「姫」と呼ぶべき相手は立ち上がると、みなもの前に立つ。その動作は全く見えなかった。
 瞬間的に移動したとしか言いようがない。
 吸血姫はみなもの顎と喉に手を触れる。
 繊手が触れた瞬間、それはひやりとして恐怖が沸いた。
 その時、脈がないことを知る。自分と相手に。
「えっと、あたしも、人間ではないのです?」
「今更? 一応、同族でも、下僕ととしてよみがえっている。我の力のおかげで、下僕でもそれなりの地位はあるぞ?」
 喜ぶ話なのかどうか分からない。
「さて、我はこれから食事に赴きたい」
 吸血姫はみなもの目を覗き込む。
「今の世はどういったものか?」
 請われため、みなもは説明する。
「ふむ……ある意味、我にはやりやすい世の中ともいえる」
 吸血姫は微笑む。
「下僕よ、案内せい、人が集まるところに。そして、狩りをしようぞ」
「……あれ? それだといろいろ問題があります」
 みなもは説明する。子どもとされる世代が夜歩くとどうなるか、狩りの仕方では事件になるということなどを。
「安心せい、理解している。落とすことが狩りぞ? 足りぬ分はぬしが持つ力が役に立ちそうだし?」
 彼女は微笑む。
 赤い唇がなまめかしく動く。
 あてにされているらしい。
「で、ぬしは留守番か。使えぬ下僕ぞ。まあ、早いうちはよいか?」
 吸血姫は怒った様子ではなく、むしろ楽しげだ。
「まずは掃除でもして待っておれ」
「行っていらっしゃいませ」
 みなもは送り出した。
 掃除するところはないけれども、掃除する。
 洋館の中も庭もどこもかしこも記憶にあるよりきれいだ。
 どのくらい時間が経ったかわからないが、主はご満悦な顔で戻ってきた。
 そのような日々が続く。
 みなもは居住場所が汚れないように保つだけ。
 不足している血液の補充くらいだ。みなもの能力で水から作成し、不足を補うのだ。そうしないと、人間の血を吸い過ぎてしまうと言う。
 それさえ守れば、事件にならないはずだ。
 あるとき、みなもは夜の早いうちに連れて行ってもらった。
 世界の明るさに、驚いた。
「これが、夜!」
 みなもは笑う。
 人の生気に溢れ、明るく楽しい。
 日中はもっとそうかもしれない。
「それはできぬぞ」
 みなもの心を読んだのか、吸血姫は言う。
 みなもは残念がった。しかし、このきらめきは愛おしかった。
 異界のモノの夜は続く。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 発注ありがとうございます。
 吸血鬼になっちゃたみなもさん。
 吸血鬼な事件を起こさなければ、潜んで生きられそうですね。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月10日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.