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『気持ちと料理の謎』
天霧・凛8952)&瀧澤・直生(8946)

●動いた、気持ち
 天霧・凛(8952)はふくれっ面だった。
 瀧澤・直生(8946)はしかめっ面だった。
 それぞれ違う方を見て、それぞれふつふつ湧き上がる怒りと戦う。
 何に対する怒りか、相手なのか自分なのか。
 なぜ、直生に怒るのか。
 なぜ、凛に怒るのか。
 それぞれわからないまま時間だけが過ぎる。
 同じ空間にいるのに、互いを見ない。
 同じ空間にいるのに、言葉を交わさない。
 互いにいるだけ。
 張り詰めた空気は動くことすらためらう。
 何か言わないといけない。
 どうにかしないといけない。
 誰のためでなく、相手のために。
 いや、自分のためだろうか?

 わからず屋!
 その単語が脳裏をよぎる。
 相手の思いは推測するしかない。
 考えも違うというのは説明で分かった。しかし、それを理解してはいけないような気もする。
 なぜだろう? それはそれぞれ思う。
 でも黙っているのでは何も進まない。
「直生さん!」
「凛」
 振り向き、互いに顔を向け、声を掛けた。
 同じタイミングで。
 タイミングが良すぎて、見つめあったまま沈黙する。
 凛も直生も相手に譲る、話すのを。考えることも、思いも一緒。
 互いに譲り合い、話をしようとして、また声が重なる。
 そっぽを向いたり、また顔を向けたり。話も何も進まないが、距離だけは詰まっていた。
 タイミングが合わないもどかしさが怒りとなって口から出そうな二人。
 そうなったら、話さないといけないことが話せなくなると二人は思う。
 凜はどう考えを伝えるか、言葉を選ぶ。タイミングを待つ。
 直生は言葉に出そうと口を開く。しかし、凛に譲るべきかと口をつぐむ。
 互いに、互いを思う。
 距離はつまり、心臓の音が聞こえるほど近くなる。
 吐息が届くという距離になる。
 顔が近い。
 目が語る。
 なんで、怒るのか。
 なぜ、怒りたくなるのか。
 凛も、直生も、怒りを通り越し、もどかしさから泣き出したくなる。
 目の前にいる人は何だろうか? 自分にとって。
「なんで……」
「……だろうなぁ」
 どちらともなくつぶやく。
 顔が近かった。
 息が止まる。
 触れるのは唇同士。
 ぬくもりと柔らかい感触。
 瞼は自然と落ちた。
 離れると、瞼は上がる。
 言葉を語る目があった。
 一つの答えは見つかった。それを口に出してはいない。
 口に出して違ったら怖い。
 なぜなら、その人を……。

●料理と思いと
 凛と直生は、外出を共にする。
 凜は作った料理を持ってくる。直生に手料理を食べてもらいたいからだ。
 外出先で弁当として、または直生の家で夕食作るということもした。
 作ったものをおいしそうに食べてくれる、というのは幸せなことだ。
 ただ、それは叶っていない。食べてくれる、というところはどうにかなってきた。おいしそうな顔とはかなり遠い顔であるのだ。
 その原因は凛の味見をしない料理方法。それに加えて、料理に合うか否かを考えず、覚えた裏技を試そうとすることだった。
 このままではいけないし、味見をしない理由の一つを考えれば、することは可能になるというのは理解できた。
 しかし、実際するかどうかは別だ。
 試しに、量を多く作り、味見をするように作ってみた。
 味見した直後、足りない何かを感じて、材料や調味料を投入し始めたのだ。その結果、謎の料理になり、分量も大量になっていた。
 それでもおいしいほうに行けば誰も文句は言わない。その時の料理は、かろうじて食べられる何かだった。
 結局、料理をどう作るか、どうすれ普通においしい料理になるのかという悩みは続く。
 普通においしいという表現は問題視もされるが、凛の場合は切実な普通であり、おいしい料理だ。
 味覚の問題なのだろうかと疑いたくもなるが、家族が作った料理は普通においしいといって食べている。
 おいしい料理はどういうもので、どうやったら作れるのか、凛は非常に悩む。
「実践あるのみですよね」
 凛は直生の家で夕食を作る旨を伝えるのだった。

 凜が夕食を作ってくれる、ということに対して直生はうれしいという反面、恐怖を覚える。
 しかし、そばで見ていれば余計なことはしないだろうと考えた。
 ただ、監視するというのも気分がいいものではない。
 とはいえ、おいしい料理を作れるようになるには、心を鬼にすべきだと直生は思った。
 余計なことをすれば即止める、それでどうにかなるはずだ。
 直生の監修もしくは監督の元、凜は作る。
 緊張みなぎる。
 直生だってこんなことはしたくはない。
 せっかくなら、凛にのびのび作ってもらいたい。
 起こりうる惨劇を考えると、それはできなかった。
 作る予定の物に関係ないものを追加しそうだったので止めた。
 調味料とかが目分量なのは気になるが、大量に入れているわけではないため、ひとまず何も言わない。
 どうにかこうにか直生の前で凜は作り終えた。
 自分の思うように動いていないためか、凜は疲れていた。
 直生も気を使い疲れた。
 食べるとき気づく、何作っていたんだっけ、凜は。
 最初に作るといっていた料理と見た目が違うのだ。匂いもどこか違う気がする。見た目も匂いも現状は料理と告げている。
 二人は無言でそれを食べ始める。
 余計なことをしていないということは、料理の手順通りなはずだ。
 やはり、想定していた料理ではない。食べられなくはないようだったけれども、さっさと流し込みたい感覚に襲われる。
 想定した料理に近づかないのは原因は何か?
 砂糖と塩を間違ったとか、コンソメ入れすぎといったことはしていないはずだ。
 おかしい。
 作っている凛がわからない理由は、見ていた直生にもわからない。
「それ、才能だな」
「なんでですか」
 嫌な才能だ。
「レシピの分量通り、作ってみてどうなるか、だよな」
「え?」
「目分量で入れる……だけで、ここまで違うものにはならない気はするが、試しにレシピの分量通り、かっちりと作ってみるしかないんじゃないか?」
 直生はうなりながらこう告げた。

 凜は言っている意味は理解した。確かに、レシピというのはおいしいと作り手が思って出したものだ。だから、レシピ通りに作れば、おいしいといわれるものになるはずだ。
 凛はため息をついた。
 おいしい料理への道はどうたどり着くのだろうか、と。

●作るのを見てみる
 再び、凜は直生に夕食を作るということでやってきていた。
 レシピ通り、完璧にレシピ通りに再現、と胸の奥で闘志を燃やして。それが成功しているかというのを直生は知らない。
 そのため、直生は椅子を勧める。
「私が作るんですよ!」
「いや、今回は俺がする」
 直生は台所に入る。
「私が作るって言ったじゃないですか」
「ちゃんと食えるものをつくれ」
「一応、食べられるようになったじゃないですか。だから、レシピ通り作戦をやってみるのもいいかと」
 凜は反論する説得力を自分でも感じない。
「まあ、俺にも作る喜びを味合わせろ」
 直生は凛がしようとしてくれることをすると宣言して黙らせた。
「それなら、仕方がないですね」
 凜は残念がりながらも、大人しく座っておくことにした。
 何を作るのか聞き、そのレシピを脳裏に浮かべた。
 それならば凜だって作れる。自分がするだろう動作と直生を重ねて見ることにした。
 直生は材料を出し、下ごしらえを始める。
 魚に塩を振るにしても、最低限のことしかしない。
 凛の頭に魚焼くときのおいしいコツだけでなく、肉を焼くときのコツなどもよぎる。
 直生はその中でも、魚焼くときのコツという基本に忠実だ。
 一方で、ほうれん草をゆで、胡麻を擦り、胡麻和えを作っていく。
 ほうれん草の胡麻和えを直生は味見している。
 擦った胡麻だけまぶしてもいいはずだ。それでも味見するのはなぜかと凜は思う。
 直生は胡麻をすり鉢に追加して、さらに擦った。それをさじでとり、少し口に含む。
 それから、三度ほど擦った後、ほうれん草と和えた。
 そのあとも、直生は味噌汁でも味見をしていた。おたまですくって、小さな皿に一口くらい入れて。直生は何か考えたようだが、何もしなかった。
「直生さん! 何も入れないんですか?」
 凜は気になったので問う。
「……ん? この味ならいらないだろう」
「だって、考えこんでましたよね?」
「まあ、考えた」
「なら不足があるのですよね?」
「確かに、一口目は足りないなとは思った」
「なら?」
「入れない」
「どうしてですか?」
 凜は不思議がる。味を見て味が足りないなら濃くするとか、足す必要がある気がするからだ。
「味噌汁なら、一口だけでなく茶椀一杯は飲む。それに、他の料理もあるだろう? そうなると、味が濃いだけが必要なものではない。魚の塩分、胡麻和えの味わい、白飯とのかかわり、煮物の味……それも絡んでくる」
 凜は目を丸くした。
「料理ってそこまで難しいものなんですか……」
「凛……うーん? いや、あえて聞かれたからああはいったが……そこまで考えてはないはずだぞ?」
 直生はしおれる凜を見て言う。
 難しくはないと言い切りたいが、凛の料理の現状を考えるとその一言で言い切るのは厳しい。
 何を言うと凛に理解してもらい、次につながるか、直生は考える。
 黙々と手を動かし夕食の支度を整える。
 徐々に沈む凜を見えると、早く言わないといけないとも直生は思う。
 言い方を間違うと、傷つけるだけだ。
 しかし、言わないと凛のためにもならない面もある。どう切り出し、どう説明するかが重要なのだ。
 二人は料理を囲む。
「いただきます」
 声が重なった。しばらく、みそ汁を飲んだり、魚を食べたりと箸を進める。
「……おいしそうです……悔しいです」
 凜は一口ずつ食べたところでつぶやいた。
「凛……お前が料理作ってくれる、というのは嬉しいんだ、それは本当だ」
 直生はだんだん発音が悪くなり、もごもごという声になる。
 目はそらしたままだ。目が合ったら黙ってしまうだろう、恥ずかしさで。
「自分のためって感じるのは嬉しい。それこそ、あー、家族だってそうだろう」
 直生は「自分の意見じゃない」と一般論のように濁した。
「でも、直生さんは!」
「おいしいもの、でなくともいいというのもおかしいけどな……安心して食べられるのがうれしい」
「……うわっ……それは」
 凜は肩を落とす。
 作り始めるとつい、寄り道したくなる。
「レシピ通りは味気ないなと思ってるな」
「うっ」
「味はレシピと舌で覚えていくしかないんだ」
「そ、そんな!」
「まあ、半分は冗談だけどな」
 直生は笑う。
「凛、とりあえず、食べられるものにはなってきている。旨くなる前の二歩前だ」
「……と、遠い気がするんですが……」
 凜は呻く。
「心意気はいいんだ」
「ありがとうございます」
 直生は真面目な顔になる。
「なあ、サラダは作れる、ゆで卵は?」
「できますよ!」
「目玉焼きは?」
「できます」
「卵焼きは?」
「……できます」
 凛が苦手なのは何か直生は理解しようとしている。
「手順や材料の種類が増えると謎の料理になるのか?」
「……そうなるんでしょうか」
「あとは『このコツ試せそう』というポイントがあるとか?」
「……あー」
 凜は自分の考えが分解されていくようで恥ずかしかった。
 直生の料理を無言で食べ始めた。そのためにあっという間に食べ終わる。
「ごちそうさまでした! 片付けはしますね」
「俺がするからいい」
「何もしないのは気が引けます」
 直生は皿洗いを頼んだ。
 凛は直生との会話を考えながら洗う。
 直生は、凛の料理に付き合ってくれる。凛に作らせないではなく料理することを視野に入れて考えてくれているのだ。
「そっか……」
「なんだ?」
「いえ、何でもないです」
 凜は思う、安心して食べてもらえるものを作りたいと。
 謎の料理ではなく、胸を張って料理名をいえるようになりたかった。
 まさに直生の料理はその通りで、見た目や匂いの通りだった。その上、おいしかった。
 一緒に食べる、そこにある気持ちも色々スパイスとなっているのかもしれない。
「料理って難しいですね」
「考えすぎるなよ?」
 直生が心配そうに返す。
 凜は微笑んだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 発注ありがとうございます。
 好きだからこそ、悩む、でも、言うのは怖いという感じになりました。
 料理をさせないということは、態度で見せるということかなとこうなりました。
 料理ってなんだろうと考えさせられています、私が。
 いかがでしたでしょうか?
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2020年06月10日

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