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『動物について学んでみよう!』
朝日薙 春都la3079)&レーヴェン メディルファムla3495


 からんからんからーん! と、ベルの軽やかな音が商店街に響き渡る。道行く人はなんだろう、と振り返った。少女が何やら福引きで当てたらしい、という事に気付いて、幾人かは顔を綻ばせる。良かったねぇ、と。
 おめでとう! 二等の動物園ペアチケットだよ!
「動物園のペアチケット」
 景品の名前を復唱する朝日薙 春都(la3079)。琥珀色の瞳をぱちりと瞬かせて、チケットの入った封筒を受け取った。

「ペアチケットって言っても、誰と行こうかな」
 駅前の日陰で封筒を開く。この商店街の景品になっているくらいなので、この駅から電車ですぐ行ける動物園だ。隅々までよーく見ていると、チケットの有効期限が書いてある。それを見て、春都は目を瞬かせた。
「あれ、これ今月いっぱいだ」
 人によってはそんなものを景品にするな、と怒り出すだろうが、春都は大して気にしなかった。せっかくだし、期限切れちゃったらもったいないし、誰かと行こうかな、くらいである。問題は誰を誘うか。ペアというのが曲者だ。一人しか誘うことができない。

「朝日薙さん?」
「えっ?」
「どうしたんですか? そんな難しい顔をして」
 不意に声を掛けられて、顔を上げると、レーヴェン メディルファム(la3495)が首を傾げてこちらを見下ろしている。百三十センチに満たない春都に対して、レーヴェンの身長は百九十センチ。その身長差は六十五センチ。学校で使う定規が二本あっても足りない。その顔を見るのは、空を見上げるのとほぼ同義である。
「レーヴェンさんこんにちは」
 春都はぺこんと頭を下げた。救命医を志す彼女にとって、現職医師のレーヴェンは教えを請う相手としての「先生」でもあった。レーヴェンの方も、春都のことを医師志望の子供と認識している。彼女の方がレーヴェンの小隊がある建物に迷い込んできたのがきっかけで、二人は知り合った。
「こんにちは。何かお困りですか?」
「困ってるって言うか……」
 何か助けが必要なわけではなくて……えーっと……。
 その時、春都の頭上に、点灯した電球マークが浮かんだのをレーヴェンは見た、ような気がした。
「レーヴェンさん! 良ければ一緒に動物園行きませんか!」
 好奇心が強く人懐こい性格の春都はレーヴェンから医者になる為の心得、知識、経験談など沢山聞きたくて仕方がない。なので、
(一緒にお出かけすれば何か色々聞けるかも!)
 そう思いつき、ずい、と勢い込んで二枚のチケットを見せて誘う。レーヴェンは感心したように頷き、
「朝日薙さんは勉強熱心ですね。こちらこそ、ご一緒させてください。動物のような身体の放浪者も居ますから、知識を広げねばならないと思っていたところです」

 ……あれ?

「……なるほど。獣医の勉強ですね」
 春都が目指しているのは救命救急医──人間を対象にしたもの──であって、獣医ではない。だが、医者が動物の勉強をしに行く、という事は獣医の勉強になる、ということ……なのだろう。春都の言葉に、レーヴェンは首を傾げ、
「朝日薙さんは獣医を目指されるのですか?」
 違う、そうじゃない。けれど、はたと思いつき、
「……なりたいのは違うけど……お医者を目指す上で良い経験になりますか!?」
「医者になるだけであれば不要でしょう。良い医者になりたいのなら推奨しますよ」
 二人の間の認識の齟齬がどうなっているのかわからないが、とにかくペアチケットはちゃんと使える、尊敬するレーヴェンと動物園に行ける。きっと何らかの話も聞けるに違いない。良いことずくめだ! 一期一会! この機は逃すな! 善は急げ! 思い立ったが吉日!
「じゃあ、行きましょう!」
 細かいことは気にするな! ずれた二人の医学研修in動物園が、今始まる──!


 チケットを見せて入場する。親子連れとカップルが多かった。十二歳の春都と二十九歳のレーヴェンは歳の離れた兄妹にでも見えるだろうか。
 最初に目に入ったのは鹿だった。しなやかな身体、つややかな毛。四肢を折りたたんでのんびりしている。
「鹿さんだー」
「失礼、ちょっとおたずねしたいのですが」
 レーヴェンが飼育員へ丁寧に声を掛けた。飼育員は愛想良く応じた。
「動物の症例や治療法についてお話を伺いたいのですが、可能でしょうか?」
 飼育員はすぐに事務所に連絡を取ってくれた。ラッキーなことに、獣医がたまたま手空きなので来てくれると言う。その間に、飼育員も動物の病気については説明してくれた。普段の世話の中で病気に気付くことがあるそうだ。いつも食べる餌を食べなかったり、歩くときにどこかの脚を庇ったり……常に見ている飼育員だから気づけることがたくさんあるのだそうだ。逆に、飼育員が気付かなければ命取りになる。
(そう言えば、お医者さん行っても『義足でいつもと違うところは?』って聞かれる……)
 春都はふむ、と頷いた。それは義足と毎日付き合っている春都だから気づける変化、ということだろうか。
 やがて獣医がやって来た。ありがたいことに今日は暇で。普段はこうは行かないんですけどね、という獣医が、今度は専門的なことを教えてくれる。レーヴェンも獣医ではないが、人間と共通することはあるのか、納得したように相槌を打っていた。春都は二人の話を一生懸命聞く。内蔵の名前は流石にわかる。動物特有の病気らしい専門用語はさっぱりわからなかったが、獣医も説明慣れしているのか、人間の医学用語に言い直したりしているのでなんとなくはわかった。
「毛球症、ですか」
 レーヴェンが相手の言葉を復唱した。「もうきゅうしょう」という響きに首を傾げている春都に気付き、
「消化管に、毛繕いしたあとの毛玉が詰まるんですよ。猫などに見られますね」
「えっ、でも猫さんはいつも毛繕いしてるんじゃ……」
「ええ、普段は排泄されるそうですが、たまにそれが大きくなって詰まってしまうことがあるということです」
「痛そうですね……」
「悪ければ開腹手術……お腹を切って取り出すそうですよ」
 春都は自分のお腹を押さえた。眉間に皺が寄る。
「痛そう……」
 嘔吐や食欲不振の症状があるそうなので、飼育員はかなり気を遣っているのだそうだ。食欲は担当の飼育員さんの方がわかってますからねぇ、と獣医は言う。


 一通り獣医から話を聞くと、二人は丁寧に礼を言ってその場を後にした。飼育員を目指しているのか、と問われて、
「救命医になりたいんです。人間の」
 春都がそう答えると、獣医は、頑張ってね、と言って二人を見送ってくれた。
「有意義な話が聞けましたね」
 レーヴェンが言うと、春都はこくこくと頷いた。
「動物は人とまた違って難しいですね、師匠!」
 春都はなんだかテンションが上がっているらしい。その師匠、という言葉に、思わず無言で彼女を見下ろしてしまう。レーヴェンが「師匠」というワードに引っかかっていることに気付いたらしい春都は首を傾げ、
「師匠以外なら……先輩? 先代?」
「私は先生ではないですが。……呼びたいのなら構いませんが」

 ドクター、という意味なら、医療に全てを捧げているレーヴェンは確かに「先生」ではあるが、春都の言う「先生」はそうではない。彼女を教え導く存在としての「先生」だ。

 確かに、医療関連に支障がない事であれば何も気にしない。他人の面倒も見る。大人も子供も一人の人間として扱う。だが、それは教えようとしてそうしているわけではない。春都が医学を志していることは知っているが、彼女に請われて同行するのはそれが理由ではない。自分の医学にプラスになるからだ。

「むむむ……はっ! でもでも! 今日は一緒にお勉強だから一日だけ私の先生ではないでしょうか!
 良いこと思いついた! と言わんばかりに顔を輝かせる春都。その笑顔は年齢相応。小学生らしい。見下ろした先できらきらしている琥珀色の目。それを見ていると、それ以上何か言うのははばかられた。今日一日の呼び名。それこそ、「医療関連に支障がない」ことだ。
「わかりました」
 彼がそう言って了承すると、春都の顔がいっそう輝いた。そんなに嬉しいのだろうか……とレーヴェンは内心で首を傾げる。
「よろしくお願いします先生!」
 元気よく挨拶した春都に、他の客の視線が向けられた。


「ペンギンさんだ!」
 「水の鳥館」と書かれた建物に入ると、春都はダッシュでアクリル板に貼り付いた。黒くて細長い生き物が、ぺちぺちと歩いているのが見えたのだ。彼女の言うとおり、ペンギンである。水族館で見かけることが多いが、この動物園では飼育されているらしい。
「ペンギンは重要ですね。最近、ペンギン型の放浪者が増えたでしょう」
 左右に揺れながら歩く姿を見て、レーヴェンは呟く。恐らく放浪者の彼らは、地球のペンギンとは多少違うところもあるのだろうが、外見が似ていれば共通点もあるのではないだろうか。説明書きを読み、ふむ、と顎に手を当て、
「ペンギンにも換羽期があるようですね」
「かんうき、ですか?」
「夏に前進の羽根が生え替わるそうですよ。ペンギンも鳥なので驚きはしませんが。この説明文によると、なかなか個性的な姿になるようです。そろそろでしょうかね」
 と、レーヴェンは写真を指差した。小さく見づらいが、ペンギンのあちこちがもこもこしている。
「抜け毛の季節ってことですね!」
「誤解を恐れなければそうですね。羽毛も毛という字が入りますからね」
「……はっ! という事は、あの放浪者さんたちもそろそろ抜け毛が……!?」
「既に抜けきったような容姿をしていますがね。換羽期があるとしたら、地球より早いのかもしれません」
「抜け毛は済ませてきたんですね」
 小学生が「抜け毛」というワードを連発するのは、人によってはなかなか愉快だったのだろう。隣にいた親子連れの親の方がさっきからずっと肩を震わせている。二人ともそんなことはつゆ知らず、ぺちぺちと歩くペンギンの様子を観察していた。


「今日はありがとうございました!」
 その後も、ライオンや猿、ヤギ、ビーバーなどを見て回った。春都は初めて聞く話ばかりだった。レーヴェンも、動物に関しては目新しいこともあったよで、同じように興味深そうに聞いたり読んだりしていた。
 閉園時間が近づいて、二人は動物園を出た。門の前で、春都がレーヴェンにぺこん、と頭を下げる。レーヴェンも丁寧に頭を下げ、
「こちらこそ、ありがとうございます。有意義な一日でした」
「私もです! ありがとうございます! 先生! 師匠! 先輩! 先達! 先代!」
 敬意を込めて、あらゆる指導者の敬称を連呼する。レーヴェンは目を瞬かせ、
「……やはりしっくりきませんね……」
 と呟いていたが、強く止めることはしなかった。

 まだ夕陽にはならない、強い西日が二人を照らした。春都は園を振り返る。眩しげに目を細めて名残惜しそうにしていた。楽しかったらしい。
「また来たいなあ」
「また来ますか」
 その呟きに、レーヴェンは応じた。一日回っただけではわからないことも多い。何度か足を運べば、もっと理解が深まるだろう。春都はぱっと彼を見上げた。陽光を受けて、またあの瞳がきらめいている。
「一緒に来てくれますか!?」
 勢い込んでそう問う春都に、圧倒されるでもなく、レーヴェンは普段通りに頷き、
「ええ。二人で回れば、得るところも大きいですからね」
「本当ですか! 私はまたレーヴェンさんと来たいです!」
「学校やライセンサーの予定もあるでしょう。それが決まったら相談しましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
 春都の明るい声が夕空に響く。二人は動物園を後にした。

 飽くなき知の探求。その続きを約束して。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
お二人の動物園漫遊記(?)を、という事で。あんまりドタバタもしてなかった気はしますが楽しんで頂ければ幸甚に存じます。
動物のあれこれは一応ネット検索で調べたんですが、私も素人なので話半分にしていただければ。詳細はお医者さんにお尋ねください。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月10日

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