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『想い合うと言うこと』
瀧澤・直生8946)&天霧・凛(8952)

 初めてのキスをしてから、すでに三ヶ月が過ぎていた。
 瀧澤・直生(8946)と天霧・凛(8952)はその間何も進展が無く、いつも通りであった。
 それぞれの勤め先に顔を出して花を買い、軽食とコーヒーを飲み、時折一緒に出掛けたりもするが、やはり『何もない』のだ。
「お疲れ様っす。じゃあ俺、先に上がりますね」
「はい、明日もよろしくお願いします」
 直生は店の奥に残る店長にそう告げて、花屋を出た。
 今日もそこそこに忙しかった。店長の常連や自分の顔なじみの女性客などが、たくさんの花を買っていってくれた。自分たちの選び抜いた花が客の癒しに繋がるのであれば、花屋冥利につきるというものだ。
 多少の色めきがチラつくのは、敢えて触れないようにしている。
 それに自分には、心に決めた女性がすでに居る。
 そんな事を考えながら駐車場へと向かえば、自分の車の前に人影が見えた。
 不審者かとも思ったが、すぐにそれは見知った影だと気づいて、小さく笑う。
「凛」
 呼び慣れた名を、呼んだ。
 すると車の傍に立っていた影が、びくりと一度体を震わせ顔を上げる。
「……直生さん」
 緊張したような、それでいて直生を目に留めた途端安堵したかのような表情を見せた凛は、随分前からその場で直生を待っていたようだ。
「店のほうに来たら良かっただろ」
「あ、いえ……お邪魔になりますし、その……話が、あって……」
「ふーん……? まぁ、いいか。送りがてらその話っての聞くから、乗れよ」
「……はい」
 俯きがちに、返事も小さくなっている凛に、直生は首を傾げていた。
 凛から感じる緊張感が良くないものではないだけに、不思議だった。
 それでも直生はそれ以上は訊かずに、彼女を車に乗せる為にロックを解除して助手席に座らせる。
 凛は直生の車に乗り込んだ後も、もじもじとしつつ何かを言おうとするが何も言えずに、言葉を上手く選べない様子だった。
「…………」
「…………」
 車が動き出し、景色が流れ出しても、凛は話をしようとはしなかった。
 直生も何も言えずに、ひたすらハンドルを握るだけになってしまう。
 そうして、大した会話も交わせないままに、車は凛の家の前にたどり着いてしまった。
 それに気づいた凛は顔を上げて、きょろりと外を見回した後、小さくため息を吐きこぼした。
「どうした?」
「いえ、……あの、今日は、弟たちがいないんです。だから……少しだけ、寄っていきませんか?」
「ん、まぁいいけど。じゃあ車あっちのコインパーキングに入れてくるわ」
「はい……ここで、待ってます」
 凛はそう言いながら、ゆっくりと車を降りた。
 直生の車はスポーツカーだ。金髪の彼とその車のシルエットが見事に似合っていて、凛はそれを少し離れた位置から眺めることが好きだった。絵になるのだ。
「はぁ……ほんとに、イケメンさんだなぁ……」
 ぼそり、とそんな言葉が漏れる。
 自分でも驚いたのか、凛は直後に右手で口を隠して、慌てて首を振った。
 見惚れていることは、随分前から自覚している。
 あんなに情熱的なキスもした。
 だが、彼からはそれ以上は何もなく、これと言った進展もない。
 それでも直生は傍にいてくれたし、自分のアルバイト先でもある喫茶店にも通ってくれている。
 だから自分も、彼の勤めている花屋まで足を運ぶ。
 その日心に留まった花を買い、直生がその花束にリボンを結んでくれることが好きだった。
「凛、おまたせ」
「……あ、はいっ」
 ぼんやり思考の波を漂っていると、直生が凛の元へと戻ってきた。言葉通り、自分の車を最寄りの駐車場へと停めてきたのだ。
「で、では……どうぞ」
「お邪魔しまーす」
 改めるとおかしな気分だ、と凛は思った。
 それでも立ったままではいられないので、彼女は直生をそのまま自宅へと招いたのだった。

 リビングのソファへと案内された直生は、テレビつけてもいいか? と凛に聞いてから近くのリモコンを操作し始めた。
 凛は直生をもてなすためにお茶の準備をしているところだ。
 直生がつけたテレビからは、バラエティー番組の音が聞こえていた。
 ちらりと彼を見れば、その番組を数秒見た後、チャンネルを変えている。ニュース番組、別のバラエティー番組を経由して旅番組に落ち着いたようで、黙ったままそれを眺めている。
 一面の花畑が画面には映っていた。彼はそれに興味を持ったのかもしれない。
「……どうぞ」
「ん、さんきゅー。お前もここ座れよ」
「あ、はい……」
 ソファの前にあるテーブルへと用意したお茶を差し出すと、直生は自分の隣のスペースをポンポンと叩きながら、凛を招いた。
 ここは凛の家の中なのに、客人に座れと促されるのは、なんともおかしなことであった。
 それでも、直生にそう言われなければ、凛は彼の隣に座れなかったかもしれない。
 そう思いつつ、ゆっくりと腰を下ろす。
 旅番組から流れるクラシカルな音楽を耳にしながら、凛はやはり黙り込んでしまった。
 ちら、と横目で直生を見れば彼はカップを片手にテレビへと視線が向いたままだ。
 ――だが。
「話って?」
「……っ」
 直生は凛をないがしろにしているわけでは無かった。
 彼女が言い出すまで、と待っていたのだが、埒が明かないと判断したのかもしれない。
 問いかけると、凛はびくりと肩を震わせた後、膝に置かれた手のひらをぎゅっと握りこんで、また少しの時間を要した。
 それは敢えて、待つことにした。
「……あの」
「うん」
「そ、その、どうして……あれから、何もしてこないんですか?」
 凛が意を決して言ってきた言葉に、直生は目を丸くした。丁度カップを口に着けたところでもあったので、危なく噴き出すところであった。
 彼女を見れば、真っ赤になって俯いている。
 だがそこで、凛の様子がおかしかったことに合点が行った。
「……ふぅん? 凛は何かして欲しかったのか?」
 ニヤリとした笑みを浮かべながら、直生がそう言った。
 いじわるな響きだと凛は受け止めて「そんなんじゃありません」小さく答えた後、ゆるく首を振る。
「どっちだよ?」
 そういう直生は、楽しそうに笑って凛の手のひらの上に自分の指をとん、と置いた。
 凛はそのぬくもりにびくりと震える。
「なぁ、凛。俺を見ろ」
「……っ、あの、無理です……」
「いいから」
 直生の声が近づいてくる。
 そう感じると、凛は素直に彼の言葉に従えなかった。
 それでも直生の指が凛の頬に滑り込み、ゆっくりと顔向きを変えられてしまう。
 かちりと重なる視線は、数秒だけのものだ。
 そうして、二人はその場でキスをした。
 凛はそれだけで、心が大きく震えていた。
 目の前の直生もそうなのだろうか。
 そんな事を考えていると、彼の腕が自分を抱き込み、唇を口から頬へと滑らせてくる。
「……凛」
「っ」
 直生の声が凛の耳元で響いた。
 いつもの声と変わらないのに、過剰反応をしてしまう。熱を帯びたような声音に、思わず体も震えた。
「俺がお前に手を出さなかったのは……本気だからだよ」
「直生さ……」
 直生が凛の背に回していた腕を上げて、彼女の髪をかき上げる。そしてそれがさらりと落ちてくる前に、彼の唇が首すじへと降りてきた。
「……わ、私だって……あなたが、好きです……」
「知ってる。俺も好きだ。……もう不安にさせたりしねぇよ。だから……いいよな?」
 凛はその言葉に答えることが出来なかった。
 そして直生も、彼女の返事を待たなかった。

 リビングの照明が落とされるまでに、さほどの時間は要しなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。いつもありがとうございます。
今回はようやく、と言いますか…お二人のとても大切な一幕を書かせて頂きとても嬉しいです。
お気に召して頂けますと幸いです。

また機会がございましたら、よろしくお願い致します。
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東京怪談
2020年06月10日

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