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『いつか違う道を歩むのならば』
桃簾la0911)&神取 アウィンla3388

 一瞬言葉の意味が理解出来なかった。というよりも脳が認識を拒んだのかもしれない。しかし一斉に向けられる視線が現実を突き付けるが為に、理解せざるを得なかった。アウィン・ノルデン(la3388)は頬を引き攣らせて真正面に座る桃簾(la0911)に縋るような目を向ける。勿論任務である以上彼女の鶴の一声で万事解決するなんてことにはならないが。ただ出身は同じながらこの世界に来て見知った、この交流の短さでも桃簾の人となりはすっかりと把握したアウィンである。彼女ならこう思うに違いない、そんな予想に違わず桃簾は長い脚を組み直して、口許を笑みの形に彩った。いっそ、冷や汗すら掻いているアウィンとは逆にその瞳は好奇心に輝いている。顎の高さで両手を合わせ、優雅な微笑をこちらへと向けてきた。何を言うかなんてもう分かりきっている。
「良いではありませんか。他に該当する者がいないのであれば仕方がありませんね」
 そうして佇んでいれば、正に深窓の令嬢。とても数々の体術を駆使し戦う女性には見えない。
「しかし姫……いえその、私には荷が――」
「アウィン」
 何とか役目から逃れようと言葉を探すも、名前を呼ぶたった一言で元々まっすぐのつもりだった背がぴんと伸び、桃簾の黄金色の瞳をじっと見返す。のちにこの場にいた他のライセンサーはまるで鬼軍曹に睨まれた新兵のようだったと語った。
「これがわたくし達の仕事なのですよ。ですから私情は抜きに自らの役割を果たすのです」
「……はい」
「分かればよろしい。では早速ですが、わたくしのことを呼び捨てにしてみなさい」
 無理ですと言えばどうなるか目に見えている。冷や汗を流しながら口を噤むアウィンが別に桃簾と呼び捨てにする必要などないと気付いたのは、改めて変更された任務内容を受諾し最愛の恋人に事の顛末を話した後のことだ。――しかし彼女も揶揄うより素で言った気もするが。

 元はただの護衛任務だった。レヴェルに過激なまでの非難を繰り返している、とある国の官僚が遂によく槍玉に挙げられる組織から殺害予告を受けたのが切欠だ。当人は政府のボディーガードがつくので問題なかったのだが、とばっちりを食うのが官僚の子息と令嬢である。しかし、彼らは彼らで甘やかされて育ったらしい――自身も長男ではないにしても、カロスを統べる領主家に生を受けた身、良い環境が必ずしも子供の人格を歪ませるものではないと知っている――為に外出を控えさせようとするボディーガードが気に食わず私兵を雇うと決めた。レヴェル絡みなので出来るならライセンサーがいい。ということでアウィンもそう認識し任務を受諾したわけだが、桃簾とかち合ったのが運の尽きだったかもしれない。
「また頭が下がってます」
「すまない」
 指摘を受けてはっとし短く謝罪の言葉を述べると、アウィンは真正面にある鏡と向き合った。この地にノルデンの威光を知る人間は一人しかいないとはいえ、近頃は身だしなみには充分気を遣っているつもりだが今日は粧し込まれている。髪色と同じ濡れ羽色のタキシードに蝶ネクタイと古典的なドレスコードに従い、更に髪の跳ねを抑え、メイクも薄く施してとすっかりと故郷にいた頃の社交界仕様に整えられつつあった。別室では桃簾も同じように飾り立てられている筈だ。ここまでされているのは自分と彼女二人だけである。何故なら護衛としてではなく舞踏会に参加する予定だった依頼主の代理として今現在ここにいるのだから。後ろ髪を撫で付けられるのが擽ったい。
 ようやく全てのセットが完了すると、礼を言って、今宵のパートナーである桃簾を迎えに行く。コンコンと軽く指の付け根辺りで扉をノックし、
「姫、アウィンです。入ってもよろしいでしょうか」
「ええ。もう支度は済みましたよ」
 と扉越しにくぐもった声での応答を確認して、アウィンはドアノブを回し桃簾の控え室に入る。失礼しますとの声に合わせて振り返った彼女の姿に思わず息を飲んだ。いつもは珍妙なというと失礼だが変わった格好なだけに、夜空を切り取ったような色のイブニングドレスはシンプルに魅力を引き立てている。螺旋状にあしらわれたスパンコールが立ち上がる桃簾の動きに合わせて照明を反射し、星のように輝いた。太陽に似た目がひたりとこちらを見据えてくる。
「……何か言うことはないのですか?」
「あっ、そうですね。非常にお美しい限りです。……兄上よりも先に見てしまったのが心苦しくなるくらいですが」
「それはありがとう。花嫁衣装ではないのですから別に構わないでしょう」
「確かにそうなのですが」
 桃簾の言うことは尤も。しかしどうにも動揺を拭い去ることが出来ない。どんな表情を浮かべたらいいのか分からない口元を隠し、アウィンはふっと顔を背けた。彼女も承知の通り自分にはこの世界に骨を埋める覚悟が出来た程に愛しく思っているゆいいつの人がいる。その女性と同じだけ想える相手は生涯現れることはないという確信もあった。だからそういう意味でなく、純粋に芸術品を見たような感動と結局実現出来ずじまいだったからとそう呼ぶことを拒んでいるとはいえ、義姉を誇らしく思う気持ちもある。――だってそれは外見のみならず内面から滲み出るものでもあるから。
 不躾にならないよう控えめに、感慨深く見つめていると再び視線が注がれているのを感じ、今度こそアウィンは彼女の意思を汲み取った。部屋の扉を開け放つと側まで来ていた桃簾に軽く目配せし腕を差し出す。
「では、参りましょうか」
「ええ。今日は宜しく頼みましたよ」
 そっと腕が絡められたのを確認すると、粗相をしないようにと改めて気を引き締めて、身長差による歩幅を意識してゆっくり歩き出した。眼鏡のフレームが視界の隅に映らない違和感に非日常感を意識する。そうだ、これはあくまで仕事なのだ。自分に被害は来ないと高を括り、遊び歩いて――そして脅迫文が届くと高跳びさながらに隣国に逃げた姉弟のその尻拭いをするだけなのだ。

 ◆◇◆

 顔は知られている為、本人に成り代わるということは勿論出来ない。しかしながら代理として家名に泥を塗らないようにと厳命されている以上は万が一の荒事に対処出来るだけでなく、礼儀作法も問われる。今回任務を受けた中で後者の心得がある者は他にもいたが、友人という設定上同世代であることが好ましいとされ、すると選択肢は残されていなかった。しかし姉弟の代役とは因果なものだ。自分たちの関係は実は意外と大勢いた共通の友人には伏せてあるが、一人喋り方が違うのは如何なものか、とは少し感じている。再三求めても頑なに譲らないが。まあ将来的には住む世界が別になっても、義理の弟であることに変わりはないのはそうだ。しかしこうも緊張した様子を見ているとつい溜め息が零れ落ちる。勿論アウィンのエスコートに問題があるわけではない。ただ先が思いやられるところがある。
「あの、姫……何かご不満が? もしそうでしたら直しますので、忌憚なく仰っていただければ」
「何も不満はありませんよ。わたくし達が知っている礼儀作法とこの世界のものには大きな差異はありませんしね。ただもし彼女とこのような場に混じることになった場合、上手くやれるのかどうか心配になっただけです」
 敢えて名前は出さなかったが、すぐに彼は分かったようだった。気まずそうに目を逸らし組んでいないほうの手で目頭を押さえるも、そこに銀の蔓の眼鏡はつけていない。裸眼だ。それがクールな印象を和らげ、少し幼く見せる。表情に出にくいだけで彼が優しいことも真面目が過ぎて天然が入っていることも知っていた。付き合いが短くてもアウィンは分かりやすい。もごもごと口籠もりながら問題ありませんなどと言っても説得力がなく、次第に頬といわず耳も首も赤くなる彼に今度は桃簾が気まずくなる。告白に発破をかけた者の一人としては非常に喜ばしいことに違いない。だが惚気を聞くとなると話は別だ。微笑ましく思いながらも同時にどうすればいいか分からなくなるのだ。
(――わたくしには、恋など必要ありませんから)
 この世界が平穏を取り戻した暁には故郷に帰り、アウィンの兄である次期ノルデン領主との結婚を今度こそやり遂げてみせる。義弟のアウィンと同タイミングで転移、そして早二年の月日が流れた。幾ら世間知らずだったといっても、不貞を疑われる状況なのは桃簾も認識している。真相を話したとて狂言か気狂いと思われるのが関の山だ。気軽に行き来出来るならまた別として、完全に一方通行なら戻るのは一人だけ。新たな自分の家族にアウィンが残った理由も話さなければとも考えている。彼の話を聞くに心優しいのは親譲りかもしれないが、だから悲しみに暮れる姿なんて見たくない。
「姫。――桃簾様?」
 思索に耽っていたらもう受付が見えるところまで来ていた。桃簾は目を瞬き、誰かに聞かれるのを気にして小声のアウィンを見上げた。気遣わしげに眉根を寄せた顔に桃簾は気が緩む。彼のそういう姿を見ると確かに家族の情を抱いてしまう。
「何でもありません。……わたくしを気遣うより自分の心配をなさい。わたくし達は依頼者の友人という立場で来ているのです。姫も様付けも全くの不要、口調も改めるのですよ?」
「……はい」
「偽名なのですからそう気にせずとも良いでしょう?」
 正確にいえば偽名に偽名を重ねている状態なのだが。桃簾が受ける条件に唯一挙げたのは露出しないことだ。ショールもグローブもレース生地で若干心許ないが抵抗感は完全に解消されているので問題はない。有事にも蹴り技を使えるようドレスには大きなスリットが入っているものの、ドレスの丈すれすれのレギンスで隠す。ようやく肚が決まったらしく、こくりと頷いた彼を励ますように、桃簾は微笑んだ。二人足並みを揃えて会場に向かう。

 結果的にいえば懸念されていたレヴェルの襲撃はなく舞踏会は平和な幕引きを迎えた。恋人のお陰で随分コンプレックスも改善されたようだが、結果を残すことに対する強い意識は健在らしく、頑張っていたがぎこちなくて結局ボディーガードとして見守っていた仲間に相当フォローしてもらったが、彼なりに精一杯やったと思う。終わって引き上げる頃には軽く十歳は老けて見えるくらいに疲労困憊だったものの、翌日報酬の支払い時に顔を合わせたらけろっとしていた。本来心身共にタフネスだからというのもあるが、恋人と過ごすことで癒されたのではと桃簾は踏んでいる。
「さあ、遠慮せずたんとお食べなさい」
「ありがとうございます、姫。しかし、この量は……」
「心配せずとも大丈夫ですよ。お土産はまた別に用意していますし」
「そういう意味では……」
 何かぼそっと言ったのは分かったが、どこにスプーンを入れるか考えていて聞いていなかった。そうして遂に至高の一口目を掬おうとしてハッと気付きスプーンを置くと手を合わせて軽くお辞儀をする。
「――戴きます」
 日本ならではの文化という挨拶を桃簾は気に入っている。元より、自分の血肉となるのはフォルシウス領の領民が生産し、お抱えのシェフが調理した食べ物だった。だから、彼らに感謝はしていたが桃簾に出来るのはせいぜいシェフに出来を褒める程度。神への感謝は龍信仰に通ずるものがあるも、個人的には目から鱗だった。しっかり挨拶を済ませていそいそとスプーンを手に取ると、気を取り直し目の前にあるアイスを一口掬う。少し話しているうちに丁度いい柔らかさになっていた。ベリー系の果肉がたっぷり入ったそれは舌触りも味もまばらで、アイスと名の付くものなら何でも美味しく戴ける桃簾的には果肉の割合が多くても大丈夫だ。でなければ、アイス教徒とは名乗れないのである。
 何故かまた急に顔色が悪くなったアウィンは暫し沈黙していたが、やがて意を決したようにごくりと唾を飲み込んで桃簾に倣うように戴きますの姿勢をとった。その前には自分と同じく先日の任務の後で買ってきたアイスが、うずたかく乗せられている。義弟にもアイスの魅力を伝え、あわよくば教徒にもしたい。そうすればいつかカロスに戻った際、アイスを作っては彼との繋がりを思い出せるのだから――まずは安定して作る手段を見つけなければ始まらないが。

 なお、ギブアップしたアウィンの分は、冷やし直した後で桃簾が全て美味しく戴いたのだとか。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
桃簾さんとアウィンさんが出会って(再会して)以降初めての
がっつりと絡みがある話が書けるんだなあと考えてみたときに
イメージとして思い浮かんだのがアウィンさんが告白する前の
お二人のやりとりで、とりあえずアウィンさんが桃簾さんに
頭が上がらないのが今の二人の関係というような気がしたので
アウィンさん的に辛い状況→喋り方を崩す→任務の時だったら
やらざるを得ないみたいな流れでこの内容に決めました。
本当はまんま姉弟役をしてもらいたかったんですがこじつけの
理由がいまいちだったので、友人同士という設定にしています。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年06月10日

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