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『次の月が満ちるまで』
LUCKla3613)&霜月 愁la0034

 天下太平を謳い、まさに「ならでは」な文化を花開かせた花の都、江戸。
 その片隅にある裏店(長屋)の一軒へ、ひとりの女が跳び込んできて。
「ラック!」
 呼ばれた男が上げた顔は、部屋の内だというのに目深に被った番傘で隠されていて、かろうじて口元が見えるばかりだ。
「幸吉(こうきち)と呼べ。誰に聞きとがめられんとも限らん」
 平らかに返し、男は立ち上がった。身の丈六尺、この時代にあっては相当な巨漢である。
「う、ごめん」
 首をすくめた女は、その勢いでずれた潰し島田をあわててなおし、辺りを見回した。とはいえ、その髪が鬘であることを不思議に思う者はない。彼女ならぬ彼が「女形」であることは、界隈の誰もが承知していたから。
「でも、さすがに難しいね。いきなり江戸時代は」
 見かけによらず苛烈な戦闘力を備えた手練れ、霜月 愁(la0034)をして、勝手のなにもかもが噛み合わぬ江戸では防戦一方の有様だ。
「次の満月までの辛抱だ」
 こちらでは幸吉を名乗るLUCK(la3613)に、まるで楽しさを感じさせない声音を返され、一応は愁蔵(しゅうぞう)を名乗っている愁は唇を尖らせて。
「落ち着きすぎだよ。……まあ、ラックは敵方(あいかた)絡みだから心配ないんだろうけど」
 ぐっ。やましいことはないはずが、反射的に言葉を詰めてしまうLUCKである。

 如何様な理(ことわり)が起こしたものかは知れぬが、とある戦闘の中、ナイトメアのリジェクション・フィールドがLUCKと愁のEXISと異常干渉を引き起こし、ふたりをタイムスリップさせて江戸の夜へと放り出した。
 ふたりが途方に暮れるより早く、LUCKの“敵方”なるエルゴマンサーから彼へ伝言が届いたのだ。曰く、次に月満ちるを待て。
『今の月は?』
『いやそれ信用する? ――えっと、今が満月だから、普通に1ヶ月後!?』
『ひと月程度、どうとでもなるだろう。問題は食料の調達だが、狩ればいいだけの話だな』
『いやいや、僕はラックが思ってるよりずっと文明に毒されてるからね?』
 あれこれ言い合っていたところへ、絹を裂くには野太い悲鳴が跳んできた。
 灯ひとつない道をなんとか駆け抜け、駆けつけてみれば、件のナイトメアが壮年の男へ襲いかからんとしていて。
 文無しのふたりが日当たり最悪で不人気とはいえタダでこの長屋へ転がり込めたのは、助けた男が家持(長屋の持ち主)で、仁義に厚い質であったことによる。
 ついでに言うなら、時代にそぐわぬふたりの格好について、「自分たちは旅の役者であり、この衣装は長崎で仕込んだ外つ国のものだ」で納得してくれる人のよさも。

「それよりも愁、急ぎの用だったか?」
「あ、そうそう。今日はちょっと揉めそうだからさ。昼八ッ(14時頃)? くらいにお店に顔出して」
 愁の言葉にLUCKはごく真顔で、
「おまえを拘束して止めればいいのか?」
「……」
「ならば俺も死力を尽くさねばならんな」
 なんともいえない顔をした愁は、ただ静かにかぶりを振った。
「そうじゃない」
「そうか」
 その後、しばし気まずい沈黙が重ねられて。
「ちょっと派手にわかっていただかないとなぁってお客様方がいらっしゃるから」
「わかった」
 LUCKは先と同じく短い応えを返し、外へ向かう。
「って、どこ行くの?」
 愁の問いに、彼はこれまたあっさりと。
「井戸だ」

 LUCKは長屋の者が共同で使う井戸へ向かう。
「幸吉さん、今日もでっかいねぇ!」
 おかみさん連中から声をかけられた彼は番傘を少し傾げ。
「明日も変わらずにな」
「せんせぇせんせぇー! “やっとう(剣術)”おしえてー!」
 細枝を振り回しながら足下へ駆け込んできた子どもたちを、怪我させぬよう爪先で捌き。
「後で見てやる。ただし、それまでに字の練習を終えていればだ」
 言い置いて、井戸のつるべへ取りつき力強く水をくみ上げる。この水をおかみさんたちがたらいに受け、洗濯を始めるわけだ。
「幸吉さんのおかげで楽できるわぁ。あ、後でおかず持ってくるからね」
「ありがたい。俺はどうにも不調法でな。体を使う以外にうまくできるものがない」
 そも、なぜLUCKがこれほど長屋に馴染んでいるかといえば、バイザーなしではまともにものが見えず、それを隠すため「目が弱い」と称して大振りな番傘をかぶり続けるよりなくて……愁のように外へ出られなかったからだ。
 当然、この長屋でも白い目を向けられたのだが……かどわかしから子どもを助けたことで風向きが変わった。
 見かけによらぬ子ども扱いの濃やかさは子らの信を得たあげく「先生」と呼ばせ。LUCKの人となりを子らから聞かされた親も、心の固結びを解いて打ち解け。結果、相身互いの暮らしを営めるようになったのだ。
 苦労は苦労だったが、記憶なく別世界へ流されたあのときよりは遙かに楽だな。人々は皆大らかであけすけなく、しかも安心して背を預けられる愁がいる。
 しみじみ思っていると、いつの間にかおかみさん連中の目線が集まっていた。
「愁蔵ちゃんのこと、考えてんだろ?」
 ひとりの言葉を皮切りに、猛然としゃべりだす女ども。
 彼女らは愁をLUCKのアレだと思っているらしく――いや、愁の見かけと“女形”設定のせいで、勘違いされるのはしかたないのだが――こうして盛り上がっているのだ。時代を先取りしすぎた「腐」である。
 それをげんなり聞き流しつつ、LUCKは黙々と水を汲み、襲いかかってくる子らをいなしながら、昼八ッが来るのを待ちわびる。

 一方の愁。
 彼はその美貌を適正な価格で買われ、家持が経営している茶屋にて看板娘を演じていた。
 店賃が要らぬとはいえ、飯まで出てくるわけではない。立て替えてもらった着物や生活用品の代金も払わなければならないし、次の満月までのひと月をやり過ごすには、それなりの銭が必要だった。だから受けるしかなかったのだ。話題作りに女着物で店に立ってくれとの申し出を。
 ラックが働けたらもう少し楽だったんだけど……サイボーグだってわかったら、化物扱いされて退治されちゃうかもしれないしなぁ。
 さすがに無二の友が退治られる物語を未来へ語り継がせるわけにはいかない。というわけで。
「僕、女形の修行で女着物を着てるだけなんですからね」
 宣言して働き始めたわけなのだが、どうやら正解ではなかったようだ。
 なぜなら出てしまったのだ。愁はもちろん、家持すらも思わなかったほどの人気が。
 彼の所作は熟達した武芸者のそれでありながら、威勢や意気ならぬ凜気と、それに反しながらも引き立てる、得も言われぬたおやかさが添えられていた。
 それだけならば客も見とれるだけで済んだろうが、めくれた着物の裾をぎこちなく戻す手と、恥ずかしげに独り言ちる「ああ、もう」である。こんな“隙”まで見せられては、相当の堅物であれ嵌まらずにはいられない。
 言うなれば愁は、時代を先取りし過ぎた「ギャップ萌え」を江戸にもたらしたのだ。
 果たして店先には彼を目当てにした男女が長い列を作り、いざ床几へ腰を下ろせば、茶よりなにより、彼の一挙一動に見入って呻いたり息を飲む。
「僕に触る人は捻って投げますからね」
 冗談半分本気半分で手を伸ばしてくる客を抑えるべく、厳しめに言い含めていた彼だが、自慢話(!)のタネに投げられたがる者が後を絶たなくなったのでやめた。もっともやめた後は冷たく放置されることに悦びを見出す輩が現れ始めるのだが……数寄者(すきもの)とは、時代を問わず存在するものなのである。
 そんな紆余曲折を辿りつつ、なんとかうまく客あしらいできるようになり始めた頃。どこぞの豪商の放蕩息子が出入りし始めて、いい感じに整いつつあった空気が一気に悪くなった。
 義侠心など欠片も持ち合わせぬやくざ者を金で集めて客を脅しつけ、無理矢理空けた席を独占する。その目当てはもちろん、愁である。

「店にこれ以上迷惑かけたくねぇだろ? だからよ、俺についてこいって。そしたら銭じゃねぇ、一朱銀、いや一分金だってくれてやる。旅役者風情にゃ、これ以上のハナシはねぇってもんだぜ」
 粋を気取りながらも隠しきれぬ野卑を晒し、濁った声音で言ってくる放蕩息子、そして周りを固めるやくざ者をすがめた視線で撫で切り、愁は口の端を上げて見せた。
「お金の価値も知らない馬鹿息子さん風情に、僕が僕を預けるはずがないでしょう?」
 敵。そう見切ったものにかける情けはない。それこそ一銭分すらもだ。
「僕の邪魔をするだけなら我慢もしますけど、一杯の茶、一本の団子を楽しみに通ってくださるほかのみなさんを邪魔するのは見過ごせません。今日はひとつ、思い知っていただきます」
 笑みの端から沸き立つ凄絶な闘気に、喧嘩慣れしているはずのやくざ者たちが押され、後じさる。こいつ、ただの女形じゃねぇのかよ!?
 そして押されたことを恥じ、自分に恥をかかせた愁への怨嗟を燃え立たせ、匕首(短刀)を引き抜いた。もっとも歴戦たる愁にとってみれば、相手になろうはずもないのだが。
 えっと、これ、ものすごく手加減しないとまずいかな。などと思ってみたそのとき。
「……今、あいつらの生き死にについて考えていただろう? やはり俺は命を賭けておまえを止めるしかないか」
 言いながら愁の左へ並んだLUCKが肩をすくめてみせた。
 ああ、ラックってこういう人なんだよ。真面目に見えて実はそうでもないっていうか。
「ラックは命賭けなくていいから、僕があの人たちに命賭けさせなくていいように手伝ってって話だよ」
 げんなりと、しかしこれ以上茶化されないよう丁寧に説明。愁は他の茶屋娘がおそるおそる渡してくれた火吹き竹を手にしてひと振りし、その重心を確かめた。使い勝手も頼りがいも、氷華の大剣にはほど遠いが、立ち回るには充分な――
「ってラック! なんで自分だけそれ!?」
 何食わぬ顔でLUCKが解いたものは、まごうことなきEXIS、竜尾刀「ディモルダクス」であった。
「長屋の子らが蛇のおもちゃを見せてくれたものでな、似たようなものを持っていることだし、俺もひとつ遊んでみるかと思い立った。まあ、扱い慣れた得物なら万が一を起こさずに済むだろうしな」
「前半部分いらなかったよね……」
 まるで緊張感のないふたりに焦れ、やくざ者どもが襲いかかってきた。
「右!」
 微妙に膨れながら愁が右へ踏み出していき。
「左か」
 応えたLUCKは左へ向かう。
 かくて喧嘩が始まった。まるで見るべきところのない、やくざ者があっさり殴り倒されていくだけのつまらない展開であったのだが。
 巨体にそぐわぬかろやかさをもって匕首を避け、竜尾刀で搦め取っていくLUCK。
 華奢なくせにしっかりと重心を据え、やくざ者渾身の体当たりを小揺るぎもせず撥ね飛ばす愁。
 なんだあいつら。見た目と喧嘩のしかたがあべこべじゃねぇか。
 放蕩息子は呆然とつぶやき、最後には火吹き竹の先を突きつけられてへなへな座り込んだ。
「次、お店に来たときは、問答無用で叩き出しますからね」
 強く声を張った愁の裏からLUCKが付け加える。
「悪い夢を見たとでも思って、今日の有様は忘れるんだな」
 悪夢――ナイトメアを退治るライセンサーがナイトメアになるとはな。そんな皮肉を感じながら。


 すべてを終えて長屋へ帰り着いたふたりは、行燈の小さな灯を挟んで息をついた。ちなみに燃料の油は安価な鰯脂であり、故に、それはもう凄まじく魚臭い。
「戻れるまであとあと20日くらいかな」
 愁の言葉にLUCKはうなずき。
「せめて穏やかに過ぎてくれればいいんだが」
 そういうのはフラグになりそうだからやめて。言ってしまえばそれもまたフラグになりそうで、愁はぐっと唇を引き絞ると。
「そのままだ」
 LUCKが顔を突き出して、近づけてくる。
 え、ラック? ちょっといくらこころぼそいからって、まって、それ――
 わーわー考えている横を顔が行き過ぎて、壁へひと言。
「なにも起きんから早く寝ろ」
 壁の向こうからおとなりさんがばたばた離れる音がして……愁は江戸の夜の怖さを思い知るのだった。

 結論を言えば、次の満月を迎えた夜、ふたりは現世へ帰還を果たす。
 しかしそのときを迎えるまでには数々の事件と小話を経なければならないのだということ、特に記しておこう。


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グロリアスドライヴ
2020年06月10日

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