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『すべてをさらう青嵐(2)』
水嶋・琴美8036

「手早く済ませてしまいましょう。あのような方達のために、私の時間を無駄に使うのは惜しいです」
 そう呟きながら、水嶋・琴美(8036)はワードローブから一着の衣服を取り出す。グローブやブーツも合わせて一つのコーデになっているそれらをいったん手近な場所へと置き、次いで彼女は今着ているものに手をかけた。
 彼女のボディラインをなぞるように滑り落ちていった衣服の代わりに身にまとうのは、琴美によく似合う愛らしいデザインのメイド服だ。
 しかし、この服がただのお洒落として着る衣服でもなければ、普段メイドとして館で雑務をしている時に着るものとは違う事を琴美やこの館の主人は知っている。
 肌触りがよく、琴美のきめ細かな肌を傷つける事も決してない特注品のこのメイド服は、ただのメイドであったなら必要としないであろう機能が備わっていた。
 ――慣れた手付きでメイド服を身につけていく琴美は、つまるところ『ただのメイド』ではない、という事だ。
(私の仕える一家の有している技術を狙っている企業……今回の敵が何者なのか、調べはついています。あとは、こちらからご挨拶に行ってさしあげるだけです)
 少女の瞳に、一瞬敵に対する侮蔑の感情が混ざる。戦闘技術に長け、普段から主人達を守っている彼女は、連日館に襲撃しにくる敵企業の正体にすでにあたりをつけていた。
 大した敵ではない。だが、こちらを……琴美と主人を甘く見ている敵の態度を捨て置く事は出来なかった。
「教えてさしあげなくてはなりません。あの方達が敵に回した企業が、この私が、どれだけ強大な存在なのかを」
 太腿を隠すくらいの丈のミニスカートが、少女の動きに合わせて揺れる。彼女の誰もが見惚れる完成されたラインを持つ身体を包み込んだメイド服の下には、コルセットがつけられていた。高い強度を誇る、特殊な軽金属で出来た戦闘に特化したコルセットだ。
 このメイド服は、彼女が戦闘の時に決まって身にまとう戦闘用の衣服。そのため、襲撃を吸収出来る特殊な素材で作られていた。
 ミニスカートから、ニーソックスを履いた美脚が覗く。次に琴美が手にとったのは、ブーツだ。ガーターベルトが装着されたその脚を、膝まである編み上げのロングブーツが包み込んでいく。
 皮製のブーツの履き心地を確かめるように、少女は何度かつま先で床を叩いた。甲高く小気味の良い音が響き、琴美は思わず笑みを深める。
 このブーツにも、実はとある仕掛けがしてある。先端に、コルセットと同じ頑丈な軽金属を仕込んでいるのだ。これにより足技の威力は倍増され、琴美のただでさえ鋭い一撃はより強力なものへと変わる。
 次いで、彼女が手を伸ばしたのは精巧な意匠の施されたグローブ。こうやって、着替えの前にあらかじめ取りやすい場所に衣服を準備しておくのは、メイドとしての癖のようなものだろうか。常に主人に不自由を味わわせないように完璧に行動する彼女のメイドとしての手腕は、時折こうして業務時間以外にも無意識の内に発揮される。
 グローブが、琴美の爪の先まで手入れの行き届いた麗しい手を包み込んだ。これもまた、特殊な素材で出来ている。
 グローブの素材には、特に気を使っていた。なにせ、琴美の繰り出す速く重い一撃にも耐えきれる程頑丈なものでなければならないからだ。
「……完璧ですね」
 着替えを終え、琴美は全身鏡で自分の姿を確認する。
 鏡の向こうに、ツインテールの愛らしいメイドの少女が映った。コルセットを装着しているおかげか、彼女の細腰がよりきゅっとしまり、琴美の豊満な胸部が一層強調されている。
 このメイド服は、戦闘としての機能に優れているだけではなく、琴美の魅力を惜しげもなく引き出してくれていた。
「ふふ、やはり愛らしい服です。これからも、決して汚さないようにしたいですね」
 数え切れない程戦場に出たというのに、琴美はこの衣服を傷つけられた事はおろか、汚した事すらもない。降り注ぐ返り血すらも、全てを見切って彼女は避けているのだ。
 ほんの少しの穢れすらも、このメイド服は知らない。そして、それは琴美自身にも言える事だった。
 彼女の歩んできた道に、敗北などという汚点は一つもない。これから先も自分の輝かしい人生が汚れる事はない、と彼女は断言出来る。それほど、琴美は自分の実力に自信を持っていた。
「では、まいりましょうか。この分だと、夕食の支度の時間までには帰ってこれそうですね」
 まるで買い出しにでも行くかのような口ぶりで呟き、微笑みを浮かべながら琴美は敵地へと向かうのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月11日

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