▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『眠れない夜には思い出を語らおう』
ファラーシャla3300

 視界の隅で白が舞った。雪のようでいて、しかしよく見れば花びらだと判る。まるで花吹雪だ。場違いな美しい光景に見惚れている場合ではなくて、横からより大きな白が飛び出した。少し姿勢を低く、外套を翼のように広げて、己の背丈より遥かに長い槍を水平に構える。元々は白金だった筈の髪が白銀に染まって、猛然とした勢いに重力に逆らい鞭のようにしなった。しかし、現在の髪色とほぼ同じ銀の両目はあくまで冷静に敵を見据え、迷いのない動きはいっそ打ち合わせしたかのようである。直進すると思いきや、地面を強く踏み締め――いきなり方向転換。慣性を上手く殺して横方向に跳び、今度は殺さずに、滑って更に位置を変える。そして、味方が苦戦している巨大熊の死角へ潜り込むと石突で地面を強く叩き、突き上げるようにして一発入れた。化物も不意を突かれれば動揺もするようで、身体を捻り、背後の彼女に振り上げた腕を叩き付けようとし――しかし俺と変わらない年齢の少女はひどく冷静だった。
「今です!」
 今ばかりは繰り出す攻撃さながらに鋭さを帯びた声が、彼女の前進に戸惑った味方に絶好の機会であることを伝える。それに俺や少女より経験豊富な四十がらみの彼が気付けない筈がなく、凶刃も同然の爪牙から身を翻すと、激昂したように釘付けの背中を大剣が斬る。斬るというより叩き潰す、というほうが正しいかもしれない。俺はやっと我に返り、まごつきながら彼女――ファラーシャ(la3300)の名前を呼んだ。味方の攻撃がとどめに一歩足りなかったと見抜いて、追撃に転じようとしていたその瞳が此方を向く。
「前に出過ぎだ!」
 そう告げると俺も自らの役割を果たす為、言いながら弓に番えた矢――実体を持たない意志だけで出来たものだ――を渾身の力を込めて一本放った。彼女ともう一人の味方の間を通り抜けた矢は叩き付けられた衝撃に怯んだ巨大熊の鳩尾に刺さり、そして、どうと倒れ伏す。ふぅと溜め息をついた俺は視線を感じ、ある程度の余裕はありそうだと思い其方を見た。獲物を狩る猛禽類の鋭さが鳴りを潜め、平時通りとはいかないものの、反省の念は窺え――俺は肩を竦めてみせた。俺が被害を被ったわけでなし、眉を下げて悲しそうな顔をされても困るのが本音である。周囲を取り巻く状況を冷静に見極めて後退する少女の動きはやはり訓練された戦士のそれ以外には思えず、なるほどと先程の頼み事の意味を知るのだった。

「……すみません。自分でも気を付けていたつもりでしたが、必死になっていて忘れてしまいました」
「いや、謝るのは俺のほうだろう。頼まれていたのに役目を果たせず、申し訳ない」
「いえ、そんなことはないですよ」
 彼女がふるふると首を振る度に本来の色、白金色に戻った耳の手前の髪も揺れる。机を挟んだ対面に座った彼女を見ていると普通の少女に思えるが、鮮やかな立ち回りが記憶に残っていて、自己紹介のときとは少し印象が変わって見えるのが面白いところ。じろじろ見るのも失礼と視線を外せば、窓の向こうは真っ暗闇だ。この世界にやってきたばかりの俺がいうのも何だがこの一帯は田舎らしかった。俺と彼女と他数名の戦える者は機体に乗り込み、敵を討伐しにきた人員だ。任務を果たしたら直ぐ帰還出来るのだが礼がしたいという彼らを断り切れずに、一晩歓待を受けた次第である。
「あの、私の名前を呼ぶ際に少し詰まっていましたよね。呼びにくければファラと呼んで下さい」
「すまない。では以降そう呼ばせてもらう」
 はい、と笑みを浮かべると彼女――ファラはそう言う。俺はどうも長い名前を呼ぶのが苦手だ。もし間違えていたらと思うと不安なのかもしれない。初対面でも下の名前で呼ぶのも珍しいことではなく、実際ファラもそうだ。なので、気にすることもないと思い直した。
「しかしファラ、何故俺にあのようなことを頼んだんだ? あれ程の腕前があれば心配は要らないだろう」
「そう言っていただけるのはとても嬉しいのですが……」
 そこでこほん、とファラは咳払いを一つ。はにかみを懸命に真面目な顔に繕おうとするのが微笑ましい。
「私の戦い方は、両親に教わったものなんです。元いた世界では私に癒しの力はなくて、だからシノビである母と砂迅騎である父の影響を強く受けました。ですが今の私の役割は回復手ですから」
 一つ一つ言葉を区切りながらファラは言った。少し低い目線が機嫌を窺うように見る。
 前に出過ぎないよう注意して下さいと戦う前に彼女は同じ後衛の俺にそう頼んだのだ。知り合いがいなかったせいだろう。変なことを頼んですみませんと申し訳なさそうな顔をよく覚えている。
「そうだな。編成が違えばまた話は別だろうが、今回は回復手の役割に専念したほうが良かった」
「はい。あれ以降順調でしたしね」
「まあ、前衛としては百点満点だったとは思う」
 組む人間によっては悪く作用するのだろうが、場を掻き回して敵を翻弄するファラの戦い方は良い方向に導き易いと思う。実際何も知らない連中は絶賛していた。後衛に徹するのは勿体ないと思うが俺に口を出す権利はなかった。
「……あの」
「どうした」
「私が先程口にした言葉に心当たりはないですか?」
「心当たり……」
 言われて、思い返してみる。先程というと彼女が元いた世界に言及したことだろうか。
「シノビと砂迅騎か? いや」
 そう首を振るとファラの顔が見るからに落胆の色に変わる。状況を飲み込めず黙れば、彼女はすぐに「あなたは何も悪くないです」と、無理に笑顔を浮かべてみせた。
「私は意図せず、この世界に来ました。何か特別な要因もないと思います。――だから、もしかしたら私と故郷を同じくする人も此処にいるのではと思い……少し話しただけですが、あなたも然程この世界の言葉に馴染みがなさそうなので、或いは、と」
「そういうことだったか」
 俺も放浪者で、確かに意味を汲めなかったり、元の世界にある単語に置き換えがちだ。だがファラもそうだったのか。しかしどちらにも聞き覚えはない。念の為にと他の言葉も聞くがアヤカシ、開拓者、天儀と誰しも知っているらしいそれらもまるで知らなかった。俺が余程の世間知らずでなければ、同郷の士は否定出来るだろう。
 しかし恥ずかしいのも本当だろうが、落胆を隠し気丈に振る舞うファラを見ていると、何か出来ることはないか考えてしまう。俺と彼女で後衛を担当した為に親近感が生まれたのもあるのかもしれない。ただそれ以上に、俺も同胞を求める気持ちが理解出来る。俺たちのような放浪者に優しい世界ではあるが、どれだけ親しい人間がいても常識を同じくする者に敵わないと思った。
「良ければ、眠くなるまででいいから、聞かせてくれないか」
「……え?」
「ファラの世界のことだ。何でもいい。他言はしないと約束する」
 そう提案すると彼女は暫し沈黙した。出過ぎたか。そう思って、取り消そうと口を開いたところでファラが顔を上げて此方を見た。真剣な目に俺も身構えて背筋を伸ばす。
「あなたの話も聞かせてくれるのなら話してみたいです。大切なあの世界のことを――」
「別に構わないが……面白味はないと思うぞ?」
「ふふ、いいですよ。では何を話しましょうか」
 真夜中に放浪者が二人、故郷の話を語り合う。そんな日があってもいいかもしれない。ファラと再会出来るか分からないがせめて今日のことは忘れずにいようと俺は思う。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ファラーシャさんの戦闘スタイルが凄い好きで書いてみたかったのと
設定を拝見していて改めて放浪者が基本的には一人で知らない世界に
放り出されてしまって、戻るあてがないという状況を考えると
ちょっと強引にでも同胞を探そうとしたり、別世界の人たちと
仲良くなればなる程違いを実感するんだろうなとそんなことを
思ったので、こういう内容にさせていただきました。
モブがPCさんの記憶に残るのはよくないと思っているのもあって
別世界の人かつ、たまたま任務で一緒になっただけの存在ですが
僅かな間だけでもファラーシャさんの寂しさを埋められればと。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.