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『『優しい拳王様』』
杉 小虎la3711

 静謐な均衡を打ち破って初手を動いたのは杉 小虎(la3711)の方だった。
 最短、最速で相手へと届く突き。相手がそれを軽く払いつつも逆側へと身体を運び最小の動きで避けると、小虎は流された勢いに逆らわず腕を引きそのまま巻くような軌跡を描いて逆側から攻撃をかける。また、僅かに上体を引く、それだけで相手はさして重心を崩すことなくこの連撃を捌いた。
 目くらましに眼前を狙って薙ぎ、からの足払い。武芸百般の呼ばれ高い杉家の門に恥じぬ多彩な攻撃を、その激しさが生む勢いに自ら躓くことなく小虎は使いこなして見せる。その度に、武芸者にはおおよそ無駄としか思えない大仰な縦ロールが揺れてかなりの遠心力を生んでいる気がするが、それも含めて均衡を保ち、的確な姿勢での正確な連撃を放ち続けた。
 だが、相手もまた、小虎への攻撃を己の武術というものを崩さずに対応し捌いてくる。のみならず、攻撃の合間に必ず生じる空隙、その最も適切な空間と瞬間に反撃を打ち込んできてすらみせた。小虎はそれに対し──自分の挙動だ。無論どこに間が生じるかなど分かっている──持たせておいた余力で合わせ、弾く。
 数度、空を切る、或いは防具にいなされた軽い音。それらを立て合った後、同時に間合いを取り直す。
 お互い、全て牽制の攻撃ではあった。つまり、互いに牽制から本命の攻撃へと繋げる機は掴めなかった。
 双方ともに、まともに正面から打ち合う形では相手の反応速度と身体能力を超えて届かせる攻撃は出せない。

 ──とまあ、ここまでが、前提の確認。

 納得し合ったのも同時だろう。今度は相手の方から踏み込んでくるそれと、攻撃よりも反応速度を上げるために小虎が重心を移したのは同じ刻だった。瞬歩。踏み込みの音を認識した時には相手は眼前まで詰めていて──そしてその姿が掻き消えた。
 油断などしていた筈もない。虚は突かれていない。にもかかわらず相手は小虎の認識から消えてみせたのだ。
 ……瞬間、彼女の脳が行ったのは、事態の把握、相手の位置の察知──そうしたい欲求、或いは恐怖を、培った戦闘勘で抑え込むことだった。その為に思考し気配を探る数瞬の間があれば、相手は見えない範囲から必殺の一撃を叩き込んでくる。故にこの刹那、彼女は身体の制御を全て生存本能に委ねた。取った行動は前進……確実に敵がいない方向への全力での離脱!
 そうしてまた得られた僅かな時に次に取るべき行動を決断する。背後で唸る空気。必殺の機に放っただろう一撃をやり過ごされて、それで崩れてくれるような甘い相手ではない。追撃が来る……どこから?
 左肘を背に向けて引きながら右腕を立てて、右回転で振り向く。視覚聴覚を、拡散できる限りの全範囲で意識できるよう限界を超えて集中する。そうして、繰り出された相手の一撃がこちらの肉体に到達する前に捕捉することに成功した。旋回の途中、ここから回避の動作に切り替えることは間に合わない。向かい来る一撃に、右手の籠手を合わせに行く。
 パアンと、これまでで一番高い音が道場に響いた。綺麗に放たれた相手の一撃を真っ直ぐに綺麗に止めた、防具が吸収した衝撃がそれでもなお右腕から全身へと走り抜けていく。軽く後ろに足を捌いて勢いを逃がし、構えなおす……と、先ほどの全集中の代償に精神疲労がどっと押し寄せた。
 構えたまま、相手を見つめる。向こうにも、今のを防がれた驚愕はあるのだろう。単純に、今の動きそれだけでもそれなりの負担はあるかもしれない。ただ、それと、こちらの消耗とどちらが上かといえば……。
 しかし。
 相手もまたしばらく小虎を見ていた。上から下へ、じっくりと観察するように。そうして。
 構えを解き、ゆっくりと掌を彼女に向け、組み合いの終了を伝えてくる。
「認めていただけましたの?」
 小虎の言葉に、相手はゆっくりと頷いた。



「勿論、あのまま続けていれば敗北したのはこちらであることは弁えておりますわ」
 奥義の一撃だったのだろう、それを防がれてどこか消沈した様子の相手に、小虎はそう言って頭を垂れた。
 実際、一撃を止められたのは『二択に勝利した』、彼女からすればその感覚が大きい。右から振りむいて知覚できるところからの攻撃だったから防げたのだ。左から来ていたら……その場合、下げた左肘で背中からの急所を見えないまま守るしかなかっただろう。当然、その他への防御は捨てる形で。二択とは言うがある程度の気配は探った。確率は半々では無かっただろうが……確信できるほどの余裕も無かった。何度かやられればその内消耗もあって二択を間違え……そして負傷をすれば正面から負ける相手だ。
 結局、あの瞬間何が起きたのか……言うのは簡単だ。一歩での加速で高速へと至り死角へと回り込む。驚異的なのはその際に次動作を推測させる挙動を全く見せないことだ。故に移動先への読みが働かず、五感のみに頼らず戦いを展開できる者ほど、行先が分からないことを一瞬消失したかのように錯覚する。しかし、タネが割れればすぐに真似できるかと言えば……あれほどまでに完成された歩方が、一世一代で研鑽できるようなものであるはずがない。
 敗北と、そして自分にはできないことを認め、それから彼女は真摯に教えを請うた。
 その態度は相手にまた新たに驚きを与えるものだったらしい。そうして、相手は逆に、己の不明を詫びてきた。
 彼女の見た目と立ち振る舞いはいかにもお嬢様然としたそれだ。それだけでも謙虚な様子は意外に思わされたものだが。
 ライセンサーとして頭角を現してきている小虎のことは聞き及んでは居た。しかし、もとより、杉家は戦国の時代から続く武家の名門。その名声と彼女の見目をもってして、噂に聞くその実績はSALFの広告塔として多少盛られたものではないのかという気持ちがどこかにあった、と相手は言う。
 実際にこうして腕を確かめてみれば実力は噂以上。天が二物を与えることはあるのだなと、見識の狭さを恥じると頭を下げてくる。
 だが小虎に言わせれば。驚くのはこちらの方だった。彼女の実力が噂通りであることなどよりも──これほどの技巧を持つ流派が、ろくに噂にも登らぬままひっそりこの世に存在していたことの方が。……そして後継者難に消えようとしているなどと。武術の世界の広さと……ままなら無さに。
 小虎が何のために、どんな想いでここに来たのか。彼女の父親より小虎が弟子として斡旋されてきた時点で、相手には予想はついていただろう。
 そうして、彼女を正式に弟子として、これからも出稽古に来ること……そしてこれから、この流派の全てを伝えていくことを約束してくれたのだった。

 父の事を──小虎はひそかに優しい拳王様と呼んでいる。
 拳王様というのはそう、かの某世紀末拳法漫画の金字塔の悪役の事だ。
 彼女がその存在に着目するのは、様々な武術を奥義を強奪していたという設定。勿論、彼女の父は力づくで奥義集めをするなどという事はしない。ただ、後継者がいなかったり、当主が高齢だったりとで消えていく運命にある武術を保護しているだけだ。
 主に、弟子を斡旋したりとか、流派の体系や奥義をデータベースに登録するなどで残す形で。
 杉家に、武芸百般と称するほどの武術体系が出来上がっているのはこうした背景がある。

 そんなわけで──今日も今日とて小虎の出稽古は続くのだ。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。この度はご発注有難うございます。
まだ東方がこちらさまのキャラクターとして把握できる部分は浅いと存じますので、極力発注文にそって描写を膨らませる形での対応となりましたが、お気に障らないものであると願うばかりです。
私としてはこういう、鍛錬と場としての緊張感にあふれかつ殺伐としない戦闘描写というものは非常に楽しんで書かせていただきました。
ご縁に感謝いたします。

改めて、今回はご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月12日

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