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『交糸』
LUCKla3613)&リンド=M=ザクトシュヴァインla4247

 あー、ガバったヲ。
 冷めた思考を心の内で垂れ流し、リンド=M=ザクトシュヴァイン(la4247)は自分の胸元へ視線を上げた。
 胸の内と記さなかったのは、その胸に風穴が穿たれていたからであり。胸元を見るのに視線を下げるのではなく上げると記したのは、彼が今、頭を下にして落下中であるためだ。
 それにしても彼はよく「ガバる」。
 ちなみにガバるとはミスをするという意味で、ネットゲームで使われるスラングだ。口調からもリンドがこのワードを見つけてきた場所は知れようが……その割に彼がネトゲへ没頭している様を見た者はなく、それはリンド本人も同様である。
 本人? 俺は人じゃないヲ。だから……考えたって意味ないヲ。
 リンドは自嘲し、つい先ほど踏み外した崖縁から、もうすぐ叩きつけられる崖下へと移す。
 崖はたいした高さではなかったし、彼の体は重要度の高い箇所ほど厚い装甲で鎧われている。衝撃で骨はいくらか折れ、運が悪ければ砕けるかもしれないが、生命機能の維持に問題はない――なぜか真下にあった尖岩へ、吸い込まれるように落ちてさえいかなければ。
 岩、どいてくれないかヲ。当然、神ならぬものが抱くには実に大それた願いが聞き遂げられることなく。
 彼はまっすぐに背から腹まで貫かれ、縫い止められた。
 もがくことはできても抜け出すことは絶対できず。彼とアーマーを繋ぐチューブに流れる液体は、澄んだネオングリーンを損ねて濁り始めている。
「あー、ガバったヲ」
 もう一度、今度は音にしておいて、リンドは肩をすくめてみせた。
 誰に? 決まっている。剽げたスランガーの鬼面、その奥に押し込んで隠したリンド=M=ザクトシュヴァインに。

 背後で金属を打ちつける鈍く固い音が響き。
 LUCK(la3613)は眼前へ迫っていたナイトメアを蹴り退けると同時、振り向いた。
 いつもならばそのようなことはしない。戦場で後ろを気にするなど、迫り来る敵に襲ってくれと言っているようなものだ。それを誰より弁えていながら慌てて確認してしまったのは、そこに小隊へ新参入した新人、つまりはリンドがいたからだ。
 そう。新人が、いたはずだった。
「ザクトシュヴァイン!」
 振り込まれるマンティスの鎌を、直刃から多節刃へと解いた竜尾刀「ディモルダクス」で搦め取り、体重をかけて関節部からへし折って投げ棄てた彼は、リンドのいた場所まで駆けつけて……バイザーに隠した顔を顰めた。
 本人の不注意と生まれ持った不幸体質が相まって、リンドが相当な頻度で「ガバる」ことは知っていた。それなのに隊の先達であり、同じサイボーグ――機械化の割合はリンドが明言していないので知れなかったが、少なくとも彼の右脚は義脚だ――である自分は細かな配慮を怠ってしまった。
 崖の縁に立たせたら、それはもう落ちるに決まっているだろうが!
 崖下で岩に貫かれ、ぐったりとくの字を描いたリンドの様を確認し、LUCKは周囲の敵の掃討を急ぐ。


「――体機能はどのくらい生きている?」
 ここしばらくですっかり聞き慣れた声に、放棄していた思考が自動で再起動。リンドはかすかに首をもたげて。
「ラックニキみたく、パーセンテージじゃ報告できないヲ」
 太さや低さによらず、その声音の尖り具合がやけに子どもっぽくて……LUCKは思わず口の端を上げた。
「それなりでもなんとかでもかろうじてでも、生きているならそれでいい」
 言いながら、岩に貫かれたリンドの腹を見る。チューブに流れるネオングリーンとはちがう赤い血が流れ出し、岩を染めてはいたが、量自体はけして多いものではない。少なくとも、すぐに失血死するようなこととはならないだろう。
「運の悪さばかりでなく、悪運の強さも相当なものだ――が、これはさすがに俺ひとりではどうにもならんか」
 救助要請を飛ばすLUCKの背から、リンドはふと視線を逸らす。


 リンドは極限まで電脳化が進んだ世界へ生まれ落ち、他の多くがそうであるように「オフ」の価値を見失った存在だった。
 そんな彼が「オン」をなにより美しく彩る情報というものに価値を見出したのは必然であったのだろう。なぜなら情報の先には宝物たる真実があるものだから。一条の糸のようなそれを手繰って真実へ至ることに彼は耽溺し、果たして異世界からの侵略者ナイトメアへ行き当たるのだ。
 故郷がどうなろうと興味はなかった。欲しかったのはただ、ナイトメアというスリリングな存在が示す鮮烈な情報と、その奥に隠されているだろう極上の真実だけ。もっとも真実へ至る遙か前で情報の糸を断たれ、この世界へ投げ出される結果となるわけだが。
 かくて見知らぬ世界の片隅にて途方に暮れる彼を見つけ、声をかけてくれたのがLUCKである。
『サイボーグで、異世界からの放浪者か。なら俺と同じだな。そういえば、色味も似ている』
 あちらの世界で振り切ってきたナイトメアではなく、こちらの世界で行き会ったナイトメアから竜尾刀のひと振りでリンドを救い出したLUCK。落ち着かせるために言ってくれたのだろうが、リンドとしては応えようがなかった。
 有り体に言えば怖かったのだ。自分をあっさり殺せるナイトメアをあっさり殺してみせたサイボーグのことが。リンドがもっとも価値を感じるのは情報だが、もっとも大切にしているのは自分の命だ。これを失くしてしまっては、情報を楽しみ続けることもできなくなる。
『……俺を、どうするヲ?』
 思わず訊いてしまったリンドへ、LUCKはバイザーで隠した両眼をわずかに細めてみせ、
『まずは体組織のチェックだ。こちらの流儀で治療していいものかを確認する必要があるからな。そして手当を済ませたら食事を。食えないものがあれば先に言っておいてくれ』
 いや、食材もひとつずつ、消化吸収が可能かを確認しないとな。生真面目に言い添えてリンドへ手を伸べる。
 結果としてリンドはLUCKの手を取った。そして引かれるまま連れて行かれて、得たのだ。不足のない生活と、なによりも小隊という寄る辺を。
 感謝していた。自分でも驚くほどに。自覚したのは2秒前――LUCKを背後から狙った狙撃に気づいた瞬間、その射線を自らの体で塞いでしまったそのときだったが。
 って、ラックニキだったらあっさりかわしてたゾ。なんで俺、こんなことして自分でガバったヲ?

 一方のLUCKは、リンドの視線が自分の背から離れたのを感じ、小さく息をついた。
 ザクトシュヴァインは根が真面目だからな。
 自分も生真面目だと言われる質だが、新参のサイボーグが輪をかけてそうでであることはすぐに察せられた。マニアックな口調の奥から向けられた目が、驚くほど澄んでいたから。
 そしていくらか話を聞き、人となりを計って、確信する。この男は相当に危うい。
 スリルの熱を求めながら死を恐れて心を凍りつかせ、それを否定するため無茶をやらかす。ガバることのいくらかはその矛盾が招いた必然であろうし、結局のところすべては「スリルを求めるキャラクターを全うする」ための演技。死を前にしてすらそれを投げ出さない責任感の強さは、幼子が見せる異様なひたむきさを思わせる。
 似ているが、似ていないか。
 LUCKは自らの有り様を顧みてかぶりを振った。似ている彼とリンドには、決定的に異なる点がある
 記憶すら持たぬ彼ではあるが、辿り着きたい先がある。確たる形と価値を持ち、だからこそ己を尽くして目ざす意味と意義がある“幸い”が。
 しかしリンドはちがう。彼が得たいスリルはあくまで過程。辿り着くべき先が存在しない。故に彼が次から次へと新たな情報へ向かわざるをえない。真面目過ぎてあきらめることもできないまま、いつか斃れるときまで全速力で。
 いや、やはり似ているんだな。あのとき森へ投げ出された俺はまさしく空(から)だった。そのままの俺であったなら、たとえ同じようにSALFの面々に拾われていたとしても、なにを感じることもないまま日々を過ごすばかりの機械に成り果てていたはずだ。
 俺を俺にしてくれたものは、光。
 なにもない俺という闇の底まで差し込み、誘ってくれた一条の黄金。
 俺はその源へ行きたいばかりに闇から踏み出し、歩き始めた。
 今のあいつに必要なものは――


「ごめんヲ……俺、またガバったゾ」
 かすれた声音を絞り出すリンド。俺がもっとうまくやれてたら、ラックニキも守れて俺も助かったはずだヲ。
 しかしLUCKはあきれるでも叱るでもなく、真摯な目をリンドへ向けて、
「感謝する」
「……ヲ?」
「背から胸に抜けた傷、狙撃を止めた結果のものだろう。傷の角度とあのときのおまえのポジションを合わせて考えれば、俺をかばってくれたことは知れる。俺がこうして無事を保っていられるのはおまえのおかげだ」
 なにかしゃべらなければ。黙っていては気力が損なわれる。気力が損なわれれば命の熱が冷め、死へ近づく。死んでしまえば、救出に来てくれたLUCKにさらなる余計な手間をかけてしまう。
 なんで俺、死ぬよりラックニキの手間とか心配してるんだヲ。
 我が事のはずなのに意味がわからなくて、苛立つ。ああ、俺! なにがしたいんだヲ!?
「行ってくれニキ。まだ敵、残ってるんだろヲ? 俺もか弱い生身じゃないし、大丈夫んゴよ」
 チューブを流れる液体は先よりも濁っているが、傷自体は先に見立てた通り緊急を要するものではないし、自分の命をなにより大切にしているリンドの言葉だ。信用はできる。
 しかしだ。
「おまえを置いては行かん」
 いきなりペンライトの光を眼前に押しつけられ、リンドは目を閉じることもできぬまま押し固まった。LUCKの言葉の意味がわからない。それ以上にこんなことをする意義が読めない。
 なにするんゴ、ニキ! 言おうとしたそのとき。
「憶えておけ」
 LUCKの声音は常ならずやわらかくて、リンドは喉の奥に問いを詰めた。果たして彼の沈黙は、すぐに先達の言葉で満たされて、払われる。
「同じ戦場へ立つとき、俺はこのライトをおまえに見えるようつけておく。おまえはこの光を標に追ってこい。……おまえがおまえだけの光を見つけられるときまでは」
 歳が成人に至っていても、リンドは幼いのだ。矛盾を矛盾のまま抱え込み、なにも見えぬ暗がりを闇雲に駆けるような真似をしでかすのは、導く者にも諭す者にも恵まれず、幼い魂をそのまま肥大させてしまったが故のこと。
 ならば、この世界で誰よりおまえに似ていて誰より似ていない俺が諭し、導こう。せめておまえが闇を抜け出すまで。
「……意味も意義もわかんないゾ」
 うそぶいたリンドへ「確かにな」。そう返したLUCKは、岩に刺さったリンドの体を慎重に引き上げて負担を減らしてやって、
「簡単に言えば、おまえの価値を決めるのはおまえじゃなく、俺だ。その俺がおまえにそれだけの値をつけた。そういうことだ」
「聞いてもラックニキの意図? わかんないゾ」
 今はわからなくていい。答は、おまえがいつか同じように巡り合う誰かの中にあるだろう。
 LUCKは薄笑み、言葉を継いだ。
「意図なんてものは特にないが。俺は縁の糸というものを信じている口でな。おまえの拘る情報も、糸に例えられることがあるだろう? たまたま互いの糸が結び合った結果、こうなっただけだ」
 そして、さすがにこれはやかましいかと思いつつも、さらに言葉を重ねる。
「ついでに自覚はしておけよ。おまえはおまえが思うより遙かに幼い。人としての有り様――情操というものを努めて学べ。それは多くの他者と、なによりおまえ自身を生かす術になる」
 LUCKの言葉はどれほど考えてみても結局意味も意義も意図もわからず、リンドは途方に暮れた。ただ、ひとつだけ思うことはあるのだが、それは。
「ラックニキ、パッパみたいんゴ」
 言われたLUCKは眉根を顰めて言い返す。
「パパではない。お兄ちゃんだ」
 この主張もさっぱりわからなかったが……リンドはそれ以上聞き返すことはしなかった。今、心の内に湧きだしたものを、わずかにも漏らしてしまいたくなくて。
 リンドがその正体に気づくのは――自分をLUCKの盾にしてしまった“それ”と同じものであることを知るのは、いつかの先の話であるのだが、ともあれだ。
 矛盾の幼子は兄を称する黒き光を標と得、新たな一歩を踏み出していく。


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2020年06月12日

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