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『君はスピカ』
カトリン・ゾルゲla0153

 ぱちりと目を開く。いつもは二度寝を決め込むが、この日ばかりは別だ。意識ははっきりしており、仰向けからうつ伏せになると、枕元の目覚まし時計に手を伸ばしてオフにする。視線を向ければ自然と笑みが浮かんだ。文字盤に描かれている絵はとても大好きな、そして今日起きる原動力にもなっているキャラのものだから。起きて、すぐに着替えると分かっていても、よれよれのパジャマを整える。それから昨日用意しておいた服を着て、洗面所に行き顔を洗った。綺麗に水を拭き取って一つ息をつくと、鏡越しの自分を見つめながら、この前買ってもらった櫛を使って髪を梳く。出掛ける予定はない。お洒落をしても父が褒めてくれるくらいだ。謂わばこれは儀式のようなものである。あの子に会うための、そしてあの子になるための大事な――。紫に近いピンク色の髪を耳の上の高さで括るのは子供の自分でも安っぽい、と感じる星の飾りがついたヘアゴムだ。肩に辛うじて届く程度の長さも不満ではあるが、髪は急には伸びない。出来ることなら化粧もしてみたい。しかしまだ早いと釘を刺されているし、お金が掛かると理解している。碧色の目を覆う長く密度も濃い睫毛を凝視しては素顔も可愛い筈だと信じ、最後ににこっと笑顔を浮かべてみせた。意図して作っただけに照れが抜けず不自然さも否めない。日課ならぬ週課を終えたところで、満足がいく出来にまた笑みが浮かぶも、はっとして慌てて台所を覗く。
「よかった、まだ時間じゃなかったわ」
 起きる時間的に余裕はあるが最近はなけなしのお小遣いを使い、お洒落をするのが楽しくてつい夢中になってしまう。壁時計を見てほっと胸を撫で下ろすと、居間に行き、テレビの電源をつけてリモコンを手に正面に座った。今は怒られる心配はないものの適正な距離を保って、待っていればその番組が開始する。お決まりの注意と予告通りの導入、そしてオープニング――毎週心待ちにしているアニメの始まりだ。女の子が世界を救うヒロインに変身し、世界を悪意に染めようとする敵と戦う姿が描かれる。毎年好きで見ているが今年のものは特別だ。
 初対面のときこそ、ついツンケンとした態度を取ってしまうものの本来明るくて優しい笑顔を絶やさないその子は誰からも愛される人気者。それが敵と対峙し変身すれば、忽ち凛として頼もしい英雄になる。
『みんな大丈夫だよ、僕達が絶対に守ってみせるから! だから、みんなも僕達を信じて力を貸してくれると嬉しいな。応援が、僕達の戦う原動力になるからね!』
 敵を前にしたときは勇ましく怖がる人の前では優しく話す彼女。きっと男の子が守りたいと思うのはこの子のような女の子だ。けれど、誰かに守られることを良しとせず、その子は率先し前に出る。正体を隠して普通に暮らしているときでも、彼女は困っている人を見過ごせない性質だ。それで例えば誤解され怒られても、それで喜ぶ人がいたから、後悔はしていないと言うお人好し――そんな彼女に心の底から憧れる。好きな人の前では可愛くあろうと一生懸命なところにも親近感を抱く。何より――。
『頑張ってる人の想いを踏みにじるなんて許さないわ!』
 そう言うとその子は地面を蹴りあげ、家の屋根の高さくらいまで跳ぶと、頭から飛び込むようにして悪者の頭に拳を叩き込む。衝撃の重さに土が吹き飛んで、辺りに散乱した。耐え切れず倒れ込んだ悪者は空いた大穴に殆ど埋まっている。空中で華麗に一回転して着地したその子の前に、もう一体敵が現れた。こちらもゆうに三メートルは超える巨大な敵だ。けれども彼女は臆する様子もなく、大振りの一撃を躱し、すぐさまその懐へと飛び込む。大き過ぎて小さなその子を見失った悪者に容赦なく怒涛の連打を見舞った。そこに、別の子が魔法みたいな力を使って追い討ちをかける。やがてその子の『今よ!』の掛け声に合わせて、彼女らに力を貸している精霊が合体し、ステッキから放たれた光が渦を巻いて、悪者を飲み込み浄化した。
 最後まで見ると肩の力が抜ける。するとこれまで耳に入らなかった声が聞こえて、テレビを消すと、立ち上がって敷地内にある道場に目を向けた。そこから気合の入った掛け声が聞こえてくるのだ。一つは父親、もう一つは弟と門下生の子供達のものだ。
 ――残念ながら後を継いでもらうことは出来ないが、君は君の好きな道を歩みなさい。
 そう告げる父は申し訳なさそうに眉間に皺を寄せて、だが瞳には断固とした決意を秘めていた。筋骨隆々とした逞しい腕が壊れ物を扱うような力で頭を撫でる。そしてこう続けた。
 ――私にとって君は世界一可愛い自慢の娘だ。
 もし己が男児ならば彼らに混じって、稽古を受けることが出来ただろう。だが女児は道場内に足を踏み入れることも出来ない。理由は分からないがそういう決まりなのだ。弟が羨ましいし、許されるのなら父に武道を教わりたかった。画面の向こうのあの子を見ていると日に日に憧れが強くなる。
 立ち上がって、見よう見まねの型を練習する。きっと鏡で見たら不恰好だろうが、誰もいないと気にしない。
(私もいつかはあんな風になりたいな)
 あの子みたいな可愛い女の子になれたならば、弟と切磋琢磨して強くなれる。大事な家族を守れる。
(あの子――カトリンみたいになるの。そうだ、型から入るのが大事ってお父さん言ってた。じゃあ――)
 と少女は夢を、己の未来を思い描く。そして、それは容易く砕け散った。

 ◆◇◆

「あの空の星みたいにいつでも君を見守ってる、そんな台詞あった気がするわ」
 視界中に広がる白い壁、その中心に大部分が白で出来た天体望遠鏡があった。一人で過ごすにはあまりに広い空間の隅で、側の住居から持ってきたソファーに腰を下ろす。ドーム状の天井は開けているので肉眼でも大まかに夜空を臨める。さすがに天文台やプラネタリウムが家ではなかったと思うが、少しくらい巡り合わせというものを感じた。
「――もし僕もこの世界を救うことが出来たら、“彼女”は戻ってくるのかしら」
 手を当てた胸がちくりと痛んだ気がする。粉々に砕け、それでもこの身体を預けて遠くに行ってしまっただけで、いつかは帰ってくるとそんな風に信じたい。でなければ虚像の自分がずっとこの命を背負い、生きていかなければならない。日々可愛さの研究をしながらライセンサーとしても頑張って戦う。ここには時折誰かが迷い込んできたり、知り合いが訪ねてくることもあり、毎日が楽しく充実したものだ。その事実に間違いはないが手放すのも惜しくはなかった。だって元々“彼女”のものであるべき日常である。消えるかそれに近い状態へと戻すのが本来は正しいのだ。でもと頭を振る。
「“彼女”が世界を救うほうが正解なのかも。カトリンになりたかったのは僕じゃなくて、“彼女”だものね」
 理想のヒロインになりたかった“彼女”は今ここにはいない。その代わりにそれを体現した自分が――カトリン・ゾルゲ(la0153)が今この場所にいて呼吸をしている。“彼女”の命を守りながら世界一可愛い自慢の娘であり続ける為に。二人が目覚めるかは分からないけれど。
「さて、と……今日は誰も来なさそうだし、もう寝なくちゃ。夜更かしはお肌の敵だわ」
 言って立ち上がり、天井を戻し照明を落とすと住居に帰る。入口にある古ぼけた道場の看板を一瞥して、一人星の見えない闇へと姿を隠すのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
明記されていない部分まで、がっつり踏み込む形になるので
冒険というか暴走感は強いかもしれませんがカトリンさんを
語る上で切っても切れない一番のエピソードだと思ったので
家族や彼女に想いを馳せつつ精一杯書かせていただきました。
親戚の所有とのことなので、特に“カトリン”との結び付きは
ないのかもしれませんがコミュニティーでの語らいや描写が
印象的だったので、そちらも書きたい気持ちがありましたね。
お父さんや弟さん、そしてカトリンさん自身も含め、
最良の未来が訪れますようにと、願わずにはいられないです。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月15日

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