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『Ex.snapshot 009 侃 × 桜壱』
la1158)&桜壱la0205

 すぅ、すぅ、と健やかな寝息が聴こえる。春の穏やかな木漏れ日の下、ベンチに腰掛けたそこでうとうと船を漕いでいる。暫しそのまま過ごしていたかと思うと、やがて、かっくんと落ちる様に頭が折れる――こんな眠り方をしていれば誰でもたまにやるあれ。まるで何処かに落ちる様な錯覚を起こす奴。……思わず目を覚ましそうなちょっとした衝撃だろうに、それでも起きない。
 見た所。年の頃は……どうだろう。まだ子供? それとももういい大人? いやいや、男の子か女の子か、それすらもよくわからない。どちらでもありそうなユニセックスな――動き易そうな春らしい淡い色の軽装にその身を包んでいる。今はベンチの背凭れに身を任せて脱力しているすらりとした体躯もまた、男にも女にも見えそうな。
 ……でも。そんな事はあまり気にならない。形容はしてもただの前置き。そっちが本題じゃなくて、もっと、ずっと――周囲の背景も相俟って、微睡む姿がやけに絵になる人物、でもある。白い白い髪はふわりと落ち着くボブカット。前髪は眉より上でぱっつんと短めに切り揃えられていて、整った造作ははっきり見えている。閉じた瞼の下にある瞳は何色だろう。いかにも陽の光を気にしそうな白皙の肌なのに、どうやら全然頓着していない様子でもある。
 多分、とても気持ちが良くて、ついでにここは安全だ、と安心もしているのでは無かろうか。

 それが本当は錯覚だと重々わかっていても、ついつい、はある。
 そんな気持ちのいい木漏れ日なのだ。

 ……わかっていても、心配にもなるのかもしれない。
 そんな「絵になる微睡みの人物」の前、じーっとその姿を見つめている十歳程の少年――多分――が居る。淡い赤の――桜の花みたいな色の髪に、SALF――Special Assault Licensor Forceの男子用支給制服をかっちりと身に着けている。但し制服自体が幾らか加工されており、ボトムスの丈は子供らしく半分。可愛らしい和小物がリボンめいたベルトに付けられたりもしており、きっと愛されてすくすくと育っているのだろうなと思わせる佇まいでもある。
 ……いや。
 すくすくと育っている、と言うには少し違和感があったかもしれない。耳元にはヘッドフォン――いや、元々そんな形をしているのかもしれない別の何か、なのだろう。何よりその目は――決して、人間の物では無かった。単にカラーコンタクトで片付けられる違いじゃない。右目は眼球を模している――とは言え、その瞳に当たる桜色の部分は良く見れば映像認識用カメラになっているとすぐわかる形で、左目側は液晶画像の如く――いや、液晶画像その物だろう桜の花が瞳部分に映されている。
 いやそもそも、全く同じ容姿を余所でも見掛けた事がある者は数多居るのでは無かろうか。……そう、主に高齢者介護施設に会話・介護・家事支援を目的に導入されている事が多い、電気エネルギーで動く量産型アンドロイド「桜型1号機」その物なのである。
 だが、そんな目的のアンドロイドが「ナイトメアによる事件を包括的に取り扱う国際組織」たるSALFでわざわざ導入される訳も無い。なのにSALFの制服を着ている訳で――つまり、特別な事情が認められているアンドロイドなのだろう事は見て取れる。
 即ち、自由意思に目覚めたヴァルキュリアにして、ライセンサー。

 それでもきっと、周囲に愛されている事に変わりは無いだろうけれど。
 すくすくと育っているのは、体では無くきっと精神面の方。

 ともあれ、そんな「桜色のヴァルキュリア」が、「絵になる微睡みの人物」の前に居る。
 多分きっと、ちょっとばかりどうしたものかと悩みつつ。





 ……どうしましょう。起こして差し上げた方がいいのでしょうか。それとも寝かせたままにして差し上げた方がいいのでしょうか。この位の暖かさでしたらお風邪をお召しになる事もないでしょうし、侃(la1158)さんは日々お仕事で忙しくしてらっしゃいますからお疲れでしょうし……でもお行儀の面から言うとあんまりよろしくないような……Iには判断がつきません……。





 左の瞳に映る桜花が瞬き、「?」のマークに変わる。その「?」の上半分が小首でも傾げるかの様にくにゃっと横に折れ曲がったりもしている。左の瞳の液晶画面は、少年の――「桜色のヴァルキュリア」の感情プログラムに応じた画像が映される鏡。
 そして瞳の中の「?」だけでは無く、実際にも小首を傾げている。
 お外のお散歩中に偶然「絵になる微睡みの人物」――お仕事おふ中な侃さんがうたたねしているのを見付けてしまって、けれど見付けてしまったからにはどうにも放っておき難く、いやここはむしろ放っておいた方がいいのかもとぐるぐる考え込んでしまって――こうしてすぐ前で所在なく突っ立っていてしまっている訳である。





 ……きちんとお休みになるならお帰りになってからにした方がいいのかもしれません。でも、この木漏れ日は貴重なのだと思います。今はここでこのままでいらした方がいいのかもしれないのです。お外で、暖かくて、春めいていて。気持ちがいいのです。人ならばきっとIよりももっともっとそう思うのでしょう。そんな時にお邪魔をしてしまうのはよろしくありません。そうも思うのです……。





 施設のお年寄りの皆さんの時は、こういう場合はおひとりおひとりの体調次第で対応を変えていました。余り長くはだめですが、少し位なら、とお付き合いしていた時もあります。待っていて喜んでもらえた時もありました。そういう時はIもとても嬉しかったのです。ですがそんな皆さんと侃さんの体調は勿論全然違うでしょうし、今の判断材料にはなりえません――と。

「桜色のヴァルキュリア」がそんな風にぐるぐる考え込んでいた所で。





「……大丈夫? はるいちさん」
「!」





 当の「絵になる微睡みの人物」――侃の方からの気遣いが先に来た。木漏れ日の下、転寝していた所から頭を起こして桜壱を見て――はいるのだろうが、その瞼は実は今以って開いていない。……と言うか、侃の場合は普段からこうなのである。所謂糸目とでも言うべきか、瞳の色を外に覗かせる事は日常ではほぼ無い。この状態で、いつでものほほんとした笑顔でいるのが侃のオフの姿。最早、トレードマークの様な物である。
 そんな侃のさらりとした柔らかく耳に心地好い声が、はるいちさん――「桜色のヴァルキュリア」こと桜壱(la0205)の聴覚センサーをやんわりと打つ。その時点で、桜壱はびっくりして軽く飛び上がる。文字通り。
 その頓狂な反応がまた元気な子供らしく微笑ましい。

「起きてらしたのですか侃さん」
「ん。今目が覚めた感じだよ〜。いい目覚めだなって思ったら、目の前ではるいちさんが何か難しそうな貌してるからどうしたのかなー? って」
「あっ、えぇと……それは」
「……ああ、ひょっとして僕がこんな所で寝ちゃってたの気遣ってくれてたのかな? だとしたら嬉しいな。……そうだ。はるいちさん、今、時間ある?」
「? はい。大丈夫です」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれるかな?」

 何か、踊りたくなって来ちゃった。



 ベンチのあった小道から、足取りも軽く少し離れた開けた場所に出る。場所は公園。思い思いに運動したりお散歩したりしている人が居る訳で――「ここ」でなら別に「踊って」も構わないだろうと思った訳だ。
 ただそうは思っても一応ながら周囲を確認はする。よし周りの御迷惑にはならなさそうだねと見た所で、侃は改めて姿勢を正し、桜壱に手を差し伸べ――社交ダンスの女性パートナーにする様に丁寧にエスコート。桜壱も桜壱でそんな侃の手を取る事で、パートナー快諾の意思を伝える。そのままぐいと力強く引き寄せられつつ、桜壱は、とん、と侃のリードのままにステップを合わせる――ステップを知っておらずとも、こんな風にリードされれば、それなりに自然と合う物なのだ。
 侃と桜壱では身長差のバランスは良くは無いがそれは些細な事。侃に掛かれば、その位の事は当たり前の様に何とかなってしまう。身長差――手足の長さの違いが響きそうな流れでは、侃が桜壱をちょこっと抱き上げてしまってターンをしたり(はるいちさん見た目より重いからちょっとだけしか出来なくてごめんね)、敢えて離れて同じ動きを追い掛け呼応する様にしてコミカルに合わせてみたり。
 厳密には社交ダンスとは違う形になって来ているけれど、それもそれで見目は楽しく、面白い形にしてみている。TVである様な子供番組のダンスパートにも少し近かったかもしれない。そんな感じで色々とアレンジを入れてみた。はるいちさんとでも踊れる様に。楽しみたくて、楽しんで貰いたくてが僕だから――侃は心の赴くままに、「嬉しかった」気持ちを桜壱に踊りで伝えている。桜壱もそれをわかっていて、きれいな夢花火とのささやかな共演を楽しんでいる。溢れる感情を伴って、ひとつひとつ躍動する様が尊い。これが人なのだと憧れる。

 そんなささやかな時を暫し経て、ひとまずのフィニッシュ。

 途端。

 ……何やらぱちぱちぱちばちと沢山の拍手が聞こえて来た。

 侃と桜壱の二人がその源を探せば――いや、探すまでも無く自分達が人だかりに囲まれていて。惜しみない拍手をしているのはその囲んでいる人達で。
 どうやら今の踊りだけで結構ギャラリーを呼んでしまっていた、らしい。それらを受けて侃は卒無く一礼で応え、桜壱も少し遅れて思い切り礼儀正しくぺこりとお辞儀。有難う御座いましたと大きな声で。
 その一挙手一投足がまた微笑ましい。それは侃のみならずギャラリーの方も大体そう思った訳で――拍手のみならず喝采の声も沢山、届いていた。
 けれどそんな時間が、いつまでも続く訳でも無く。
 特にアンコールが無いとわかると、ギャラリーの数も段々減って来る。
 ……そうなって来てから、侃は桜壱を見て、にこり。

「はるいちさんもやるね〜」
「侃さんのリードがあってこそです。Iひとりでは何もできません」
「僕一人でも今のダンスは出来ないよー? そうだね、僕達二人ならではのオリジナルダンスって事にしとこうかな。機会があったらまたやろうね?」
「! はい。侃さんが必要として下さるなら、Iもまた踊ります」
「はるいちさんが楽しむのも重要だからね?」
「はい、勿論。Iも楽しみます。侃さんも楽しかった、です?」
「勿論! はるいちさんもなら良かったよ。っと、そろそろ戻ろうか」
「はい! 戻りましょう」



 戻る。つまりおうちに――と思いきや。
 侃が戻るその足で向かった先は、どうやら所属プロダクション――「能力開発研究所753プロ」の拠点である雑居ビルらしかった。到着前に桜壱も気付いて、お仕事ですか? と聞いたら、うんと素直に肯じられている。

「寝過ごさなくて良かったよ〜。はるいちさんのおかげだね〜」
「Iは何もできてませんでしたが。と言うか、さっきのはすぐ起こすのが正解だったのですね……次から善処します」

 むん、と桜壱は握り拳を作って決意。
 起こして差し上げた方がいいのではと思った時点で、悩まず起こして良かったのだ。うん。

「はるいちさんは起こしてくれてたよ?」
「?」
「僕の事を沢山考えて、僕の前に居てくれたでしょ」

 僕のステージを待っててくれる人が居るんだって思ったら、転寝なんかしてられないからね。



 そして、はるいちさんと別れてからの事。

 ――用意されていた白と青基調のぱりっとした艶やかなステージ衣裳に身を包み、額から前髪を上げて撫で付け、それらしく薄化粧。男装の麗人と言った出で立ちで決め、侃は楽屋に居る時からもう背筋を伸ばした堂々とした立ち居振る舞いを見せている。
 まだ舞台の上に上がっていなくとも、いざ仕事に向き合うとなればキリッと決めるのはいつもの事。……それはゆるーく脱力した印象の、木漏れ日の下で無防備に転寝をしていた姿とは似ても似付かない。例えばあの後の桜壱とペアを組んでいたダンスの切れ味――の時点で漸く幾らか重なりはするだろうが、それでも、知らぬ者が「あれ」と今の侃を同一人物と見るのはかなり難しいだろう姿になる。

 今の様に意識して目を確りと開いて見せているのも、仕事中ならでは。

 ――そう、木漏れ日の中で微睡む瞼の下にあった瞳の色は、桜壱と重なる淡い赤になる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 侃様、桜壱様には初めまして。
 今回はおまかせノベルの発注有難う御座いました。お待たせしました。
 果たして初めましての当方で本当に良かったのかと思いつつ。

 内容ですが、おまかせとなるとキャラ情報やら過去作品からして「こんな事あるんじゃないか」と考えてみたキャラ紹介的な日常、がまず思い付く所なのでこんな形に収まりました。侃様のオンオフ両方出しは良かったのかとか、桜壱様が大人し過ぎたか、等が気になる所ではあります。
 致命的な読み違え等無ければ良いのですが……如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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グロリアスドライヴ
2020年06月17日

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