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『少し先の季節を』
桃李la3954


 桃李(la3954)は苛立っていた。
 先日、北米の任務にて、桃李はナイトメアから奇妙な夢に招かれた。そこで、うさぎの着ぐるみを着た何者かによって背中を大鋏でざっくりと斬られたのである。起きてからも背中の痛みはしばらく続き、生命力がごっそりと減っていたのを覚えている。
(人のトラウマを思い出させる様なことをしてくれて……)
 という事で、桃李はいささかご機嫌斜めであった。もっとも、前髪で出来る目元の影がいつもより濃いとか、醸し出すオーラが若干黒いとかそれくらいで、それ以外はいつも通り。何か物や人に当たるようなことはなかったのだけれど。
(何か楽しいことがしたいなぁ……)
 この憂さをぱっと晴らすようなことがしたい。さて……。
「そうだ」
 桃李はぽんと手を打った。
「気分転換に着物でも新調しよう」
 その独り言を聞いていた日本人オペレーターが、「気分転換に着物を新調」のワードに桃李の顔を五度見した。

 万単位の買い物ですけど?


 一人で行くのもつまらない、ということで、桃李はグスターヴァス(lz0124)に連絡を取った。着物を新調するんだけど、一緒にどう? と。着物に興味があったらしいグスターヴァスは一も二もなく了承した。
 グスターヴァスは時間通りに現れた。とても楽しみであるようで、足取りがいつもより軽かった。
「わあ、お着物屋さんって初めて行くんですよ。行きつけがあるんですか?」
「うん。いつものお店に行くよ」
 馴染みの呉服店は待ち合わせ場所から歩いてすぐの所だった。桃李が入店すると、店員が、まあ、桃李さんこんにちは。今日はどのような御用向きで? とにこやかに声を掛ける。
「新しいのを作ってもらおうと思ってね」
 桃李も笑みを返す。
「夏向けのはあるかな?」
 当然の様に女性物の反物が出される。水面と朝顔をあしらったもの、少し季節を先取りした桔梗など。桃李の好みをあちらも理解しており、派手なものがいくつか勧められた。
「じゃあ、こちらの桔梗と……グスターヴァスくん」
 しげしげとディスプレイの金魚型硝子細工を眺めていたグスターヴァスを呼ぶ。
「はいはい、なんでございましょ」
「もう一つは君が選んでよ」
「あら、そんな大役を。そうですねぇ。どれも綺麗ですから似合いそうですね」
 グスターヴァスはふむ、と顎に手を当て、ふっと笑みを消した。真剣な眼差しで吟味している。時折桃李の方をちら、と見る。相変わらず目に光はなかった。
「赤っぽいのとかどうです? 寒色系も良いですけど……」
 などと言いながら、いくつか受け取って桃李に当ててみたりしている。
「ああ、お似合いですねぇ。何着ても似合いますよ」
「ありがとう」
 グスターヴァスはだいぶ悩んでいたが、やがて葡萄色の中に萩が映える柄を選んだ。
「あなたのお好みからしたら少し地味かもしれませんが……」
「ん、良いよ。これにする」
 桃李は頷いて、店員にその二着で仕立ててもらうように依頼した。


 店員が伝票を作っている間、桃李はグスターヴァスの方を見た。
「グスターヴァスくんって、着物とか、浴衣とかって持ってる?」
「いいえ。着る機会がありませんもので」
「そう。今日、付き合わせちゃったお礼がしたいから、気に入るのがあったら声掛けてね」
 グスターヴァスは固辞したが、桃李は気にせずグスターヴァスに合いそうな物を見繕っている。
「君はいつも黒ばかりだからねぇ」
 グスターヴァスは掛けてある着物をぺらりとめくった。そして値札のゼロの数に目を丸くした。現在のアメリカドルのレートで計算し直して、卒倒しそうになる。ほいほい人に買い与える物ではない。いや、欲しければ自分で買うだけの財力はグスターヴァスにもあるが……二十も年下の人間に買わせる物ではない。
「グスターヴァスくん、こっち向いて」
「ひえ」
 振り返ると、反物を持ってにこにこしている桃李がいた。鏡の前で白地に青い模様が入っている生地を当てられた。青海波と呼ばれる模様だ。シンプルだが味がある。
「ああ、やっぱりこう言うのもよく似合うね。あとは……スタンダードに黒系でも……」
「桃李さぁん!!!」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと、お買い物に付き合った対価にしては高いような?」
「そうかな?」
 桃李は首を傾げる。どうも、金銭感覚がぶっとんでいるらしい、とグスターヴァスは思った。自分も人のことはあんまり言えないのだが……!
 もっとも、ライセンサーの稼ぎを考えると、他人に着物の一着や二着買い与えるくらいはどうということはない。享楽的で刹那主義な桃李なら尚更なのかもしれなかった。


 買い物を終えて、二人は呉服店を出た。グスターヴァスは呉服の値段にまだ呆然としていた。結構選ぶのに時間が掛かって、朝一で待ち合わせしたのがもう昼だ。着物は仕立てられてから届けられるため、手ぶらである。桃李は時計を見てからグスターヴァスを振り返り、
「ご飯食べてから解散する?」
「え? あ、ああ、そうですね。どこかでお食事を。何食べます?」
「うーん、ぶらぶらしながら決めようか」
 ということで、二人は町歩きをしながら見つけたイタリアン食堂で食事をした。店内はクーラーがよく効いている。
「いつもああやっって選んでらっしゃるんですか?」
 食事をしながら、グスターヴァスが何気なく尋ねる。桃李はこくりと頷いて、
「うん。そうだよ。もうすっかりおなじみだからね。俺の好みとかもよくわかってもらってるし」
「そういうの良いですよね」
 派手だが下品ではない。そのラインをよくわかってくれていると思う。今日も出してくれた反物はどれも桃李好みだった。また機会があればあっちの柄も良い……などと思いつつ、氷を鳴らしてグラスの水を呷る。
「今日はありがとうね」
「いえ、こちらこそ……スーツにもオーダーメイドなんてもんはありますが、着物にもやっぱりあるんですねぇ」
 しみじみとして頷くグスターヴァスが面白くて、桃李はくすくすと笑う。

 食事が済んでからグスターヴァスと別れて、帰路に就いた桃李はふと思い出した。
(そう言えば、今度の休みに花火大会が催されるんだっけ)
 さっき別れた男の顔を脳裏に浮かべる。
(また誘ってみようかな……?)
 その時には何を着ていこうかな。桃李は自宅の箪笥にしまわれている、色とりどりの和服のことを思って笑みを浮かべた。
 夏本番までもう少し。強くなり出した日差しの中を、桃李は涼しげに歩いて行った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
桃李さんに馴染みの呉服屋さんがある、ということは何のてらいもなく女性用の反物を出してくるにちがいない、ということで、馴染み感が出ていれば幸いです。
ちょっとお着物の仕立てについてとか色々調べたんですが、本当に青天井って言うか一つ仕立てるのにも結構勇気がいる買い物ですよね。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。

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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月17日

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