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『無邪気に竜を固める』
ファルス・ティレイラ3733

 ファルス・ティレイラ(3733)は液体の魔法薬が入った樽状の容器を運搬していた。
 人間の姿ではなく、本来の竜の姿で。
 その姿であれば、樽を一人で運ぶことはたやすい。人間だったら、転がしていき、結構手間が掛かる。
 容器は複数あり、棚に一個ずつ押し込んでいく。
 魔法薬の内容は容器に記載がある。
 運んで置いていく場所には、他の魔法薬もある。運ぶ合間に見ると、魔法樹脂などもあった。
(いろいろな魔法薬があるのね)
 容器を運んでいる最中、視界の隅で移動する何かがあった。それが何か分からないが、虫が飛んでいるのかもしれないと気軽に考える。
 ふと、その虫というのは結構大きいのではないかと気づく。
(人間姿の私ではなく、竜の姿の私から見ての大きさだから)
 つまり、人間の時の二ミリは、竜だと何センチくらいだろうかという違いだ。
 ティレイラは容器を置いた後、外に向かうが、わざとゆっくりと動く。

 テテテテテ。

 走っていくような、飛び跳ねて移動するような軽やかな音がした。
 足音と判断するならば、何かが侵入していることになる。
 ティレイラは耳を澄ます。
 こそこそ動き回る音が止まる。ティレイラが動かないため、それも動かないのか。
(つまり、知能がそれなりにある何かかな? あ、でも、虫も動かないかも?)
 気づかれたと感じたときの何かの動きの想像をした。
 虫も見られていると動かない気がする。身の危険を感じるから、見つからないようにするためか。
(今、私を見ている何か……視線を感じるのよね)
 虫がいても気配は感じることはあっても、じっと見られているという感覚とは違うだろう。
 気にはなるが仕事を終えるため、一旦外に荷物を取りに行こうとした。

 ススススス。

 何かが動く気配がしたため振り返った。
 ティレイラに見られ、それは隠れるのではなく、動きをその場でぴたりと止めた。
 姿は人間の子どもに似ているが、外見上異なる点がいくつかあった。それ以外に、人間にはあり得ない量の魔力を感じる。
 魔族の子どもだ。
 子どもは彫像のように動かない。ここに最初からありましたというように動かない。
 動かなければティレイラがどこかに行ってくれると信じてるかのように。
 ティレイラはにこりと笑い、近づく。
「何やっているんですか?」
 ティレイラに問問われると、それは彫像のふりをやめて怯える小動物風になる。
 うるうるする目でティレイラを見上げる。
(可愛いけど……魅了?)
 魔族であるため警戒したが、見た目の可愛さをアピールしているだけのようだった。
「出て行ってくださいね」
 ティレイラが告げると、子どもはコクッとうなずくと、移動し始める。
 ティレイラの視界から消えたが、棚の影に隠れただけだったようだ。
「こらっ!」
「面白そうー!」
 子どもの声が響き、樽状の容器が一つ、パカーンと割られる。
「えっ!」
 ティレイラは慌ててそちらに向かう。
 魔法薬は床に流れている。
「ちょっ!」
「わーい」
 小さな小さなつむじ風が起こり、床に広がった魔法薬を巻き上げた。そのまま、ぱっと散らす。
 ティレイラは魔法薬が掛かったことで慌てる。
 その隙に、その子どもは樽を力一杯押したのだった。
 棚の、とある段の樽は玉突きで動き始める。
 ティレイラは樽をどうにか支えようとした。
 しかし、子どもが指で銃のような形を作り「バン。バン」と口で言いながら撃つふりをした。
 その結果、ティレイラが支えようとした樽に穴が開き、中身がまき散らされる。
「きゃああ」
 ティレイラは見事に魔法薬を被る。
 被害が拡大する前に、魔族の子どもをどうにかしないとならない。
「待ちなさい!」
 子どもはあかんべーをした後走り去る。
 ティレイラはそれを翼の力も使い、追った。
 しかし、竜のままでは小回りが利かず、追いづらいかもしれない。人の姿を取った方がいいのかとも考え始めた時、かなり、魔法薬を浴びていると気づいた。
 翼を動かそうとしてはっとなる。動きが鈍い。粘着性のものが絡みついている感覚がした。
「え?」
 自分の体にまとわりつく白い糸状の物が見える。それどころか、周囲にも白っぽい塊がたくさんある。
 魔族の子はにこりと可愛らしい顔で、小さい瓶を二つ見せる。
 魔法樹脂の薬剤。一つだけだと硬化しないが、AとBを混ぜることで硬化始めるもの。
 子どもは小瓶に入る前の、樽に入った状態の物を壊して回った。
 ティレイラがそれを混ぜるのを手伝ったのだ。
 なんとか動いて捕まえようとするが、動きが鈍っている。体中に糸が絡まり、動けば動くほど絡まるような感覚だろう。
 子どもはティレイラの前にやってくる。
 ふわりと浮かぶとティレイラの顔をペチペチと叩いた。固まっていることを確認しているようだ。
 子どもは「寂しいよ」というような表情をしている。
(う、ううっ、わざとらしい顔なのよね!)
 ティレイラの想定通り、すぐに子どもは笑顔になり、鼻歌交じりにティレイラの回りを一周する。
 ティレイラの前に来ると、走るポーズで止まり、後ろを見る。
(これは「捕まえられるなら捕まえてみなっ!」というあおりなのかな……)
 途方に暮れるティレイラ。動いてどうにかしようとしていたが、すでにしゃべれないし、瞬きもできない。
(確か、見せられた容器は「速乾性、使えるようになる!」ってあったわ)
 ティレイラはしおれる。
 ティレイラがあれこれ考えている間も、魔族の子どもはティレイラをからかい続ける。
 何か思い出したかのように、手を叩くと視界から消えた。
(助けを呼んでくれるってことはないわよね)
 ここの人が来て欲しい。
 依頼人、異変に気づいてきて欲しい。
 ただ、それを願う。
 子どもは戻ってきた。手には太いペンがある。
(あ、ああう)
 子どもはキャップを外すと、ティレイラの胴体や顔にペンで落書きを始めた。
(これって……もう)
 ティレイラは泣きたかった。しかし、魔法樹脂でぴっちり固まっており、涙も何もなかった。
 子どもは一通り遊び、満足したらしく、手をブンブンと振って立ち去った。
(……あああああああああ)
 ティレイラは溜息と共に、胸の奥に溜まった何かを吐き出した、心の中で。

 ティレイラが樹脂で真っ白な竜の像として発見されるのは、依頼人が遅いことを心配してやってきたときだった。落書きの影響がないことが恐ろしくもあった。
 

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 魔族の子は性別不明、可愛いさは武器にしました。
 とはいえ、遊んで去っていくまでは嵐です。
 いかがでしたでしょうか?
東京怪談ノベル(シングル) -
狐野径 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月18日

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