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『身体ではなく心で感じるもの』
ジャック・J・グリーヴka1305

 人々が談笑する喫茶店、とあるテーブル席に長い沈黙が降りていた。といってもジャック・J・グリーヴ(ka1305)は対面に座る人物が発している重苦しい空気など何処吹く風といった様子で、先程店員が運んできた珈琲を啜っている。派手な身なりに筋肉質な身体は一般的な椅子に腰掛けるには収まりが悪かった。乾燥した喉を潤して一息つき、ソーサーにカップを置くと音が鳴った。それを耳にして、目の前の相手がびくと肩を竦ませるのが見える。ジャックは視線を上げその顔に目を向けた。見つめ合ったのはほんの一瞬、すぐに逸らされて込み上げる溜息を飲み込んだ。相手を嫌ってはいないが、これでもジャックは貴族としては男爵の爵位を持ち、自ら立ち上げた黄金商会の代表も務める多忙な身だ。自分で紹介した手前、無碍にする気はないが本題に入らないまま時間を浪費するのは勘弁願いたいところ。ただでさえ、過密な予定を前倒ししてどうにか暇を捻出したのである。時間があるなら、今も変わらないライフワークをと考えた矢先にジャックの思いが通じたのか震える唇がゆっくりと開いた。
「ごめんなさい、ジャック様」
 伏し目がちな瞼にはうっすらと涙の膜が張り、絞り出す声には海より深い懺悔が滲む。長く伸びた黒髪は艶々と輝いて傍目には恋人同士が別れ話をしているように見えそうだった。しかし、沈痛な面持ちの相手に対してジャックはあくまで冷静でいっそ冷めているように思える温度差が違和感を生む。事実そうではないので当然だ。周囲の視線はチクチクと、ジャックを責めるかのように突き刺さってくる。それには気付かないふりをして務めて気安く話しかけた。
「別に俺様に筋を通す必要なんざねぇんだから、気にすんな。やってみたけど合わなかったのか、別の方向に目が向いたかは知らねぇが、どっちでも似たようなもんだ」
 相手の涙腺を刺激しないように穏やかな声音で言えば、ようやく落ち着いたらしく「はい」と答えた声はしっかりとしている。最後に腕と手の甲とで瞼を擦って、顔を上げれば本来の性別が垣間見えた。中性的な容姿ながら晴れやかな表情を浮かべれば確かに男らしい。
「ジャック様には感謝しています。アヤカたんと出会い、過ごした日々は僕の宝物ですから」
 心底幸せそうに言うも今までに見てきたような狂おしい程の熱量は存在せず、それで彼は後者だったらしいと悟った。そもそも合わなければジャックの真似をしてたん付けはしなかったろう。成り上がり貴族とごく一部の由緒ある家に馬鹿にされたジャックと成人以後も必ず性別を誤認される彼は貴族社会で共に浮いた存在であり、お互いにあまり参加することもなかった為、面識は少ないが漠然とした仲間意識を抱いていたのは事実だ。特に彼は鳥の刷り込みさながらにジャックを慕って、会う度にくっつき回った。個人的には境遇が似ている出来たほうの弟と親しくなるのが自然だとは思ったが慕われて悪い気はしない。
「なら勧めた甲斐があったぜ。相手は誰だか知らねぇし、訊くつもりもねぇが、てめぇを応援してる奴がいることは忘れるんじゃねぇぞ」
 テーブルの上に肘を乗せて、身を乗り出すようにしてまっすぐ目を見る。彼は背筋を正し、首を痛めるのではないかと思う程深く頷いてみせた。その顔は確かに、漢のそれである。そう分かりニッと歯を見せて笑いかければつられたように彼も笑った。
 本題に入るまでに時間が掛かったのもあって、既に期限まで迫っている。もう少し話していたい気持ちは山々だったが味わう間もなく珈琲を飲み干すと、ぱんっと両手を合わせた。
「悪りぃな、もうそろそろ行かねぇと」
「あ……お時間を取らせてしまってすみません」
「気にすんなよ。俺様が好きでしたことなんだからな!」
 立ち上がると彼の肩を叩いて「またな」と言ってガタガタと椅子を戻す。と、そんなジャックを慌てて呼び止め、青年は隣の空いた席に置いてある鞄を探り、一つの包みを差し出した。ちらっと捲って中身を確認すれば、それは彼とアヤカの決別の証。ガサツな自覚があるジャックだが丁重に抱えて、そして自分の荷物に加え、改めて手を挙げて挨拶をすると席を離れた。
 店を出て通りを歩けば、窓際の椅子に座った彼が頬杖をついて堪え切れないといった風に笑みを浮かべるのが見えた。とても幸せそうに目を蕩けさせる姿は一見するとまるで恋する乙女である。外見的にそうとはいえないが、きっと自分がサオリたんに向ける目と変わらないだろうと思った。
 往来の邪魔にならない場所に避けてあった馬車に乗り込み、ぼうっと窓の外を眺める。肉体的な疲れはないのに精神的に少しくるものがあった。荷物を漁って先程青年から受け取ったものに目を落とす。それはこの世界でも動くようにと改造されたゲーム機だ。勿論合わせて使うソフトのほうもある。そのソフトのメインヒロインの名はアヤカ。一度は彼が好きになって、もう今別れを告げた――。
(俺様がおかしいのか?)
 そんな風に思ったことは一度や二度ではなかった。ハンターとして活動していた頃は同志がいたり、そうでなくとも理解を示す者が多かったが、商売に絡めようとすれば難色を示す人の多さに、弟の反応が普通だったと知る。
 ジャックが始めた商売の一つが魔導機械と化したゲーム機とソフトを使った、生身の相手との恋愛に難がある人間に異性との交流を楽しんでもらうというものだった。いわば自身が経験したことを他の誰かにも体験させると、そんな計画。リアルブルーとの行き来はまだ難しいのでジャックが個人的に所有しているものを元に錬金術師組合から人員を借りて、比較的安価に複製したそれを貸し出すという形を取っている。サオリたんを他の男の前に晒すのが我慢ならなかったから――ではなくて、有志と討論を重ねてオリジナルのタイトルを生み出したりもした。このソフトもそうだ。正直なところ採算はギリギリで扱いに慣れていない人間が壊せば、たちまち大赤字。当然商会としては微妙な反応なので私財を投げ打った慈善事業に近い。それでもやると決めたのはそれで救われる者もいるのではと思ったからだ。そうして傷を癒し恐れを克服した人々は同じ世界に生きる者に恋をする。良い夢を見せて貰ったと言い。
(例え触れられなくても俺様にとってはサオリたんは現実なんだ。――ただ一人の愛する人なんだよ)
 思い続けている事実を再確認すれば、異常だろうが異常じゃなかろうがどうだっていいと分かった。兄弟の誰かの子を養子にするなり、血縁関係のない子を引き取るなり、幸いにもやりようは幾らでもある。最初は気味悪そうな顔をしていた弟だって、今は理解を示してくれた。あれは相手が画面の向こう側にいるよりジャックの言動に引いていた感も否めない。いずれにせよ今はいい思い出である。
 馬車の窓から漏れる光に手を翳せば、黄金鎧に負けじときらきら光る指輪が嵌まっている。勿論実際に結婚は出来ないが気持ち的にはサオリたんに生涯の愛を誓った。真面目に本気で彼女を愛しているその証だ。この指輪を身に付けていればサオリたんに会えない長い時間もすぐ側にいる気持ちになれる。
「サオリたんのことが好きだ。ずっと愛してる。だから、どうか俺様のことを見守ってくれ」
 そう囁き、指輪に口付ける。脳裏に蘇る彼女の笑顔に、どれだけ多忙な日が続こうと乗り切れる予感しかしなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
おまかせは未登録キャラクターの登場も自由とのことなので
いっそサオリたんが現実に出てきて結ばれるというとんでも
展開も考えましたがあくまでもギャルゲーのキャラとしての
彼女が好きな彼でこそジャックさんだと思いますし、
かといって、理想通りのサオリたんと夢オチというのも
自分はうーんとなってしまうので特にそんなこともなく、
クリムゾンウェストにおけるギャルゲー好きの先駆者として
一般に普及させていくのかもしれないと思いつつ書きました。
貴族に商売人、そしてサオリたんと信念を貫ける漢はかっこいいです!
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2020年06月19日

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