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『何もかもを楽しめる幸福』
ルナ・レンフィールドka1565

 水底から浮かぶように目覚める。広がる光景に少し違和感を覚えた。ワンテンポ分遅れて、その理由に気が付く。普段より部屋が暗いのだ。末娘の夜泣きが落ち着き、近頃生活は安定してきている。つまり体内時計は正確で、最愛の家族を起こさないよう慎重に起き上がって確認した時計はいつもの時刻を指していた。ではと窓を見遣るとこの季節にしては暗い空が広がっている。窓際に行き、薄手のカーテンを捲れば、明けの空に薄く白い雲が立ち込めているのが見えた。雷雨や土砂降りの雨にはならなさそうだが、一雨は来そうな気配。となれば通常の準備の他に雨具も必要になるだろう。
(それなら、のんびりしてる場合じゃないよね)
 今日は遠出すると言っていた筈。子供たちが起きるか否かの時間帯に出掛けることだろう。まさか薬師の不養生にならないように気を配るのも、妻である自分の務めだなんて考えつつ家族の寝顔を眺めて微笑み、気合を入れると静かに寝室を出る。というのが、近年のルナ・レンフィールド(ka1565)の――今はクレティエの姓を名乗る彼女の日常だ。

 同じ州でも幾らか離れた場所に診察しに行く夫を見送って、人心地つく間もなく、今度は子供たちの朝ご飯を作り始める。朝早く出掛けて向こうに到着するのは午後、巡回中に夕方になり、帰りは夜という話だ。この辺りはマテリアルの状態もいいので雑魔に襲われる確率は相当低いが、心配にならないといえば嘘になる。数少ない現役のハンターでもある彼にそう思うのは失礼だろうが――今が幸せなだけに怖くなってしまうのは当然の心理だ。とはいっても杞憂は人生に自ら影を落とすだけ。送り出した以上は帰りを信じて温かく迎えればいい。と、目覚めた末娘が大好きなおとーさんがいないことに気付いて泣き出したので抱きかかえてあやしていれば、彼女の兄と姉である双子も起き出して、手が離せないルナの代わりに食パンにジャムを塗り、コップに牛乳を注ぎと手伝ってくれた。出来立てほやほやの朝ご飯が食卓に並ぶ頃には、もうすっかり末娘もご機嫌になってきゃっきゃと笑い声をあげている。
 朝ご飯を四人で食べるのは珍しいが、昼ご飯やおやつどきにはいつも夫はいない。とはいえ双子は漠然とながら父親の仕事内容を知っているし、誇らしくも思っているようだ。夫が帰ってくれば一斉に抱きついて歓迎したり、帰りが遅い日は起きて待っていたりと我慢はしているが、寂しいには寂しいらしい。末娘はまだ分別がつかずしばしば駄々を捏ねる。長女がさりげなく長男にパスしていたサラダのトマトも皮を剥いて加熱したことで苦手感が薄れたようだ。
「……おいしい」
 と何故か悔しそうな顔で言うのにルナはしてやったりな気分だった。母親になって知ったのは、子育てとはとても優しい戦いということである。時には策を弄し、またある時には真っ向勝負を仕掛ける。大事なのは真摯に接すること。そうすれば自ずと子供たちもルナたち両親を信じてついてきてくれるのだ。
 全員が完食した後、片付けをして一息つく頃には薄曇りの空からぽつりぽつりと雨が降り出す。今日は音楽教室はなかったが、ピクニックに出掛ける予定だったので、子供たちは意気消沈していた。となれば家で何かしらするのだが、絵やおままごとといった遊びはすぐ飽きが来る。
「おんなのこのあそびつまんない! おうたうたってよ、おかーさん」
 と長男がルナの服の袖を引くも、早々の執事役放棄に今度はお嬢様役の長女が臍を曲げた。長女の肩を持とうとすれば末娘が泣き出すしで、小さな子供が三人もいると中々に賑やかだ。日常と化した光景を微笑ましく思って、とりあえず末娘の身体を引き寄せたところ、不意に降りた沈黙を雨の音がタタタンとリズミカルに埋める。末娘を胸に抱き、ルナは窓の外を見つめた。タイミングよく屋根の雨粒が落ちたらしい。そう理解すると、ぱっと頭に閃く。
「そうだ、こういうのはどうかな」
 ちょっと待ってて、と末娘の前髪を掻き上げ、額に口付けを落とすと彼女の面倒を一旦双子に任せてルナは家の外へと向かう。濡れても問題のないもの、その内捨てようとしていたもの等を引っ張り出して、そしてそれを部屋の近くの雨除けの外側に設置した。戻って来れば予想通り金属やら木材やら様々な素材で出来たものらが雨を受けて違った音色を奏でている。勿論雨に規則性などなく、乱雑に鳴っているだけだ。
「なぁに?」
 涙が引っ込んだらしい末娘がぐすぐす鼻を鳴らしつつ、ルナの顔と外を交互に見ては興味津々といった様子を見せる。笑みを零し、内緒話のようにそっと声を潜めた。
「小さい頃のお母さんがお外に出れない時にしてた遊びだよ」
 そう言い、いいメロディが思いついた際にすぐ弾けるよう、部屋の隅に置いてあるケースを手に取って、子供たちの元に戻る。鍵を外し蓋を開けば、夫と一緒にハンターとして活動していた頃から愛用のクレセントリュートが現れた。幼少のみぎりに触っていた同型の楽器が元なので苦楽を共に経験した相棒といえる。
 楽団一家の末娘に生まれたルナの傍には常に音楽があった。それは誰かの歌声であったり、演奏であったり――お陰で楽器は一通り経験済みで今でも一定の水準以上は弾ける自信があった。しかし、贅沢なもので触っていると今日はこの楽器の気分と選り好みするようになって、全部しっくりこないときも出来た。そして思いついたのが自然を楽器に見立てることだ。風が強い日は葉擦れの音、ずっと馬車に揺られる日は馬の蹄の音、それから雨が降る日はこうやってバケツなどを楽器代わりにする。人が考えうる心地良いメロディではなく普通ならノイズとしか思えないそれを脳内で一つの曲に昇華する。昔はそうして遊んでいた。
 雨音を参考にクレセントリュートを奏でれば、調子っ外れな音楽が生まれる。それは童謡の作曲家として活動し、とにかく明るく元気にというのがポリシーのルナとは相性が良かった。パシャパシャかピチャピチャか雨を題材にした詩をつけるにしてもオノマトペ一つに悩み何度も繰り返す。そういうとき助言をくれるのは得てして子供たちだ。
「ピチャピチャがいい!」
「ピチャピチャかわいい」
「パシャパシャのほうがたのしい」
 と見解が一致しないのもそれはそれ。うんうんと意見を聞きながらメロディと歌詞を創る。そうして手直しは必要にしろ、子供たちと一曲作り上げる頃には空は明るく窓からは光が降り注いでいた。演奏を中断し一度外に出れば、目の前にある氷姫の湖の湖面に風でさざ波が立って、きらきらと反射する。見慣れた光景を何度でも美しいと思う。名前通り殆どの時期が氷に覆われている為、見られる機会は少ないが。しかし、どうせなら――。そんな思いを飲み込んでルナは言った。
「今から行く?」
 まだ陽が落ちるまで結構時間がある。当初の予定通りにと思えば子供たちは揃って首を振った。
『おとーさんがおやすみのひにする!』
 それはルナが先程考えたことで――嬉しくて思わず笑ってしまった。
「うん、そうしよう。お父さんも一緒のときに遊ぼうね。でも無茶はさせちゃダメだよ」
 彼は彼で自分のしたいことをしているが、二足の草鞋を履いて家族にも尽くすのは思うよりも大変なことだ。はーいと元気に声を合わせる子供たちを抱き締めて、四人仲良く家に戻る。へとへとになって帰ってくるもう一人の家族を労う為に。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
結婚してお子さんもいる! と衝撃を受けたままに
ルナさんのお嫁さんとお母さんとしての姿を描きたくて
こういった感じの内容にしてみました。土地柄と雨とが
致命的に合わなくてぐぬぬとなりつつ、ですが音楽に
造詣の深い家に生まれ育ったからこそ、音楽の原初に
通じる遊びをしていてもおかしくないのかなと過去にも
思いを馳せて。技術的な部分よりも今は感覚的に皆で
楽しんでいたらと妄想が膨らみました。
尻に敷くというとまたちょっと違いますが芯の強さで
勝手ながら家族を引っ張っていくイメージがあります。
今回も本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2020年06月22日

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