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『――金鶏の歌は誰がために――』
鬼塚 小毬ka5959

 遍く宇宙如何なる星に生まれども いつの日にか躯は滅び 魂は流転の旅に出る
 永劫の刻を巡りつつ 因果律によりてまた生まれ 業を負いてはまた旅立つ

 鬼塚 小毬(ka5959)
 紅き世に在ってはこの名であった魂が、『金鶏』なる瑞鳥として化生した時分の一幕を記す


 ◇


 今は昔。
 ある大陸の人々は、鶏をとても大事にしておりました。毎朝陽が昇るのは、鶏達の声が太陽を起こしてくれるからです。
 では、鶏達が朝一斉に鳴くのは何故でしょう。
 深山幽谷の山の頂に『金鶏』という瑞鳥が棲んでいて、金鶏が夜明けに相応しい刻を読み美しい声で歌いますと、鶏達は返歌とばかりに鳴くのです。
 さて当代の金鶏は、陽光を思わす金の翼の雌鳥です。その麗しさは瑞鳥仲間の鳳凰や朱雀にも劣りません。
 けれども彼女は独りぼっちでした。瑞鳥仲間は皆"あること"を煩わしがり、仙界へ飛び去ってしまったのです。
 ですので、

(退屈ですわ……)

夜明けを告げるお勤めを終えてしまうと、すべき事はもう終わりです。金鶏の宮は険峻な岩山の天辺にあるため、小鳥も獣も寄りつけません。占盤で世の動向を読み、行く末を垣間見ることだけが、彼女のささやかな楽しみでした。


 けれど全く誰も訪ねて来ないかと言うと、そうではありません。
 この日も占盤に向かっていますと、

「御免」

表で声がしました。人間です。彼女は溜息を零しました。いつの世も、招かれざるお客ほど構わずやって来るものです。
 居留守を決め込むこともできますが、人間にとってこの宮への道のりは険しく、命を落とす者もいるほどですから、訪れた者の覚悟を思うと無視する気にはなれません。
 彼女は気ままな者が多い瑞鳥でありながら、情深く義理堅い性質なのです。
 有翼の天女へ変化すると、嘴の代わりに得た可憐な唇で応えを返し、密かに気合を入れるのでした。
 来訪者達は彼女の前に恭しく跪き、自分達はどこそこの國の帝の使者であると述べたあと、帝がいかに優れた人物かを滾々と語り始めました。
 この時点で彼女は内心もううんざり。人間が瑞鳥の彼女に話すことといったら、判を押したように同じなのです。このあと彼らが何を願い出るかも分かっていました。

「是非我が君にお会いに、」
「それはできませんわ」
「は、……では一度都へおいで頂き、」
「それもできませんわ。あなた方の帝が天に嘉されたお方であれば、頼まれなくともいずれ仲間の誰かが飛んで参りましょう」

 使者が何を言っても、彼女は予想通りの申し出に頭を振るばかり。
 人間達が彼女を招きたがるのには理由がありました。
 人間達はもう長いこと、無数の小國に分かれ勢力争いをしています。けれどこの大陸を統一し皇帝になるためには、誰もが認める皇帝の証が必要です。
 ですが翡翠の玉や伝国璽など、証の品は戦火により失われてしまいました。
 そこで各國が目をつけたのが瑞鳥です。瑞鳥とは優れた統治者の御代に姿を現すものですから、瑞鳥を自國へ招き証にしようというのです。
 こうして押しかける人間が後を絶たないため、他の瑞鳥達は辟易して去ってしまったのでした。彼女にはお勤めがありますから地上を離れられません。そして生来の律儀さ故に、来訪者を無視することもできません。

(我ながら難儀な性格ですわ)

 食い下がる使者をあしらい、疲れを癒やす清水を授けて帰します。やっとのことで使者を送り出すと、彼女は胸を撫で下ろしました。
 けれど安堵したのも束の間、また門を叩く者が。げんなりしつつ招き入れて驚きました。今まで彼女が見たこともない――彼女を訪ね来る人間は、帝の使者である高官や高僧、時には帝本人でしたから――繕い跡の目立つ粗末な衣の若者だったのです。

「金鶏様、僕の話を聞いてください!」

 宮に上がると、彼女が振る舞う清水と果実を嬉しそうに頬張りながら、彼は自らの身の上を話しました。彼は穀倉地帯にある農村の民だと言うのです。

「農民? 帝の使者ではありませんの?」
「使者? 僕が? まさか」

 彼は擦り切れた裾を抓んで見せて笑います。その笑顔に卑屈さはなく、人好きのする屈託のないものでした。
 彼女は思わずその顔に見入ります。今まで多くの人間が訪ねて来ましたが、人間の笑い顔は一度も見たことがなかったのです。

「では何故危険を冒してまで此処へ?」
「別に誰かに命令されて来たわけじゃないんです」

 目を丸くする彼女へ、彼は深々と頭を垂れました。

「僕はただ、大好きな故郷を守りたいんです。どうかお知恵を貸してください!」

 彼女にとっては驚きの連続でしたが、嫌な気持ちは少しもしません。むしろ瑞鳥ではなく彼女自身の知恵を求められたことに、知らず胸が高鳴りました。
 國堺にある彼の村には、迫る危機が幾つもありました。丹念に聞き、占盤を覗きながら答えます。

「次の戦は西国が優勢ですわ。兵からの略奪に遭わぬよう貢物を送り、免状と庇護を請うのが良いでしょう」
「貢物か……でも今年は晴れ間が少ないせいか、稲の成長が遅くて」
「いえ、原因は川の水ですの。上流の山で地滑りがあり、その影響で一時的に水質が悪化しているようですわ。収穫時には例年に追いつきましょう」
「山の地滑りが田に影響を?」
「森羅万象、万物は繋がっているのですわ」

 彼女が説くと、彼は瞳を輝かせ聞き入ります。こんなに心穏やかに誰かと会話したのは何十年ぶりでしょう。彼の問いに答え終え占盤を置くと、外が暗くなり始めているのに気付きました。

「日が暮れてきましたわね」
「すみません長居しちゃって!」

 彼が慌てて立ち上がるのを、彼女は不思議な気持ちで見つめました。何故謝るのでしょう。暗い中下山しなければならない彼の身が危険だと言うのに。
 彼のひたむきで真っ直ぐな心に打たれた彼女は、丁寧に礼を言う彼の手を取りました。目を丸くする彼に微笑みかけます。

「お送りしますわ」

 遠慮する彼に構わず金の翼を羽ばたかせると、ふたりはたちまち宮から飛び出し、黄昏の空へ舞い上がりました。
 最初は驚き声を上げていた彼ですが、空からの眺めに見惚れ、いつしか口を閉ざしました。その横で、彼女も久方ぶりの空の風を胸一杯に吸い込みます。孤独な日々に胸を塞がれ、外に出る気にもなれずにいたのです。風に耐え懸命に握りしめてくる彼の手を、強く握り返しました。
 ふたりは瞬く間に山々を越え平野を渡ります。煙燻る戦場も焼け落ちた陣跡も、視界の中を滑るように流れ去ります。やがて、

「あれが俺の郷です!」

彼が指差す先を見、彼女は息を飲みました。

「ああ、何て――」

 仙界にも幽山にもない、それはそれは美しい眺めでした。見渡す限りの水田はまるで海原のよう。茂る稲は風に波打ち、夕日を反射し金の光を振り撒いています。

「どんな瑞鳥にも作れない景色ですわ」

 日々田仕事に精を出す人々がいて初めて成り立つ眺めです。けれど傍らの彼はきょとんとして言いました。

「金鶏様や鶏達が、毎日お天道様を起こしてくれるから稲穂が育つんですよ」

 その言葉に、彼女の頬に涙が伝いました。
 孤独や重責に押し潰されそうにながら、それでもこなしてきた歳月は決して無駄ではなかったのだと知れたのです。


 それからと言うもの、その郷には時折金鶏が飛来するようになりました。金鶏は人々に季節の訪れや時勢を伝え、郷は一度も戦火に見舞われることなく豊かであり続けたということです。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
鬼塚 小毬(ka5959)/黎明を歌うあけのとり

【金鶏】
キンケイ。またの名を『あけのとり』。
金鶏というキジ科の鳥が存在するが、そちらではなく瑞鳥の一種。
鶏が朝一斉に鳴くのは、夜明けを告げる金鶏の声を聞くからだと言う。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2020年06月23日

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