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『『たからさがし』』
ファラーシャla3300

空に浮く島のある世界からこの世界にやって来て、少ししたある日のこと。
ファラーシャ(la3300)は地図を片手に街を散策していた。
「散策ならこの地図をどうぞ」
そんな親切な人から譲られた少し年季の入った手製の地図には、継ぎ足し継ぎ足しといろいろな筆跡で情報が追記されている。
どうやらこの地図は『誰かのもの』ではなく『誰かたちのもの』らしい。
まだこの街(ファラーシャの場合、正確にはこの街ではなくこの世界なのだが)に慣れていない人へと譲られていく、生きた情報がたくさん載ったそれはまるで『宝の地図』だ。
太陽の光に当てられた柔らかな白銀が、初夏の風にふわりと揺れる。
「こちらの世界も暑くなるのでしょうか……」
顔を上げて光に目を細め、小さく微笑む。
季節の移り変わりはどの世界でも平等に訪れるらしい。少なくとも、ファラーシャの知る世界と新しい世界のどちらでも、同じように。
大きく括ってしまえば、どの世界も同じ「世界」だ。
細かなところは違えども、そのどこでも人の営みがあり、たくさんの喜怒哀楽がある。
もちろんライセンサーとして活動している彼女には平穏だけの日々はなかなか訪れてはくれない。
それでもこうした「なんということのない日」は、優しく彼女の心を癒してくれるものだ。
片手で風に靡く髪を押さえながら、もう片方の手に握られた地図へともう一度視線を落とす。
「……あら?」
そこでファラーシャはあることに気づいた。
この付近を示す地図の一か所だけ、空白の場所があったのだ。
今まで何人もの手に渡ってきただろう地図だけに様々なことが書き込まれているにも拘らず残された『空白』。
ゆっくり首を傾げ、さてどうしようかと考えて。
少しばかりの好奇心が勝ったのはおそらく、手書きの地図に自分の足跡を残してみたいというそんな気持ちがあったからかもしれない。
「特に予定があるわけでもありませんし、少し探検してみましょう」
新しい世界、未知への第一歩。
軽やかに心躍らせながら、ファラーシャは一歩踏み出した。

■□■

人通りの多い道から脇に逸れて右へ、左へ。
日差しの強かった表通りと違い、路地裏は建物のおかげでいくらか涼しかった。
先ほどまでは気づかなかったが、どうやら自分が思っていたより気温は上がっていたようだ。
ふぅ、と小さく息を吐いてファラーシャは地図をもう一度確認する。
「次の細い道を……もう一つ先かしら?」
地図を確認しながらとはいえ、路地裏に入ってしまえば少し複雑な迷路のようになっていく。
あまりにも細い道は地図に載っていない?
いや、手書きで付け加えられていくこの地図なら、細い道だって載っている?
あまりにも迷ってしまいそうなら引き返すことも考えなければいけないかと思いながらも歩みは止まらない。
『探索』や『探検』が好きなのは、あの世界での父や母の背を見てきたからかもしれない。
私も、世界をみてみたい。新しい場所、たくさんの初めまして。不思議な出来事。素晴らしい思い出。
そういった『私だけのたからもの』を、父や母にいつか語り聞かせてみたい。

ーーやがて。
ふいに背を押すように吹く風に導かれて、ファラーシャはひとつの空き地に辿り着く。
「これは……」
その場所は周りの建物のおかげで表からは分からなかったが、一本の木が立っていた。
小さな木製の柵につたう蔓と、若々しくも深い色の葉。
甘い香りを放つ淡紫の花が、そこで静かに咲いていた。
「これは藤、ですか」
一般的に藤の花といえば『藤棚』を思い浮かべる人も多いだろう。
だが、少し工夫をしてやれば小さな柵を立てかけた状態でも見事に咲かせることが出来る。
ファラーシャが見つけたのは、そのタイプのものだった。
「おや、珍しいね。こんなところに私のような爺以外が来るなんて」
「!」
見事な花に見とれていたファラーシャの背後からかかった声に振り向くと、そこには初老の男性が立っていた。
手には小さな如雨露。
「こんにちは。この街を散策していたら偶然こちらを見つけまして」
「それはちょうどいい時期に巡り合ったね。つい先日、満開になったところなんだ」
笑顔でそう言った男性は藤の元へと歩を進め、手にした如雨露を傾けた。
「この花はお爺さんが?」
「いやいや。私も数年前にこの近くに越してきてね」
話を聞くと、この男性も数年前のある日偶然にこの藤の花を見つけたらしい。
誰が何を思ってここに藤を植えたのかはわからないが、男性が見つけた時この花は今にも枯れてしまいそうだったそうだ。
男性は気まぐれに水をやり、手入れをした。
すると翌年、花は奇跡的に生き返り、見事に咲いたのだという。
「お爺さんの優しさが、この藤にも伝わったのですね」
ファラーシャの言葉に男性は気恥ずかしそうに笑ったあと、ゆっくりと踵を返した。
「とはいえ、私だけが愛でてももったいないからね。よければお嬢さん。ゆっくりと見てやっておくれ」
男性はこの後用事があるのだと、小さく頭を下げて帰っていく。
その後姿に手を振って、ファラーシャは風にそよぐ甘い花を少しの間眺めていた。

藤の花を楽しんだ後、ファラーシャは手にした地図に新しくそれを書き込んだ。
小さく笑みを零しながら書き加えたのは、今日の日付と小さな花房の絵。
「この季節に偶然この地図を手にした方が、またここを訪れてくれますように」
ファラーシャが見つけた『たからもの』。

ーーそれは、あちらの世界とこちらの世界、どちらも変わらずに優しく香る、初夏の花。


END

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【登場人物】
ファラーシャ(la3300)/17歳/放浪者/白銀の乙女
おまかせノベル -
智疾 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月23日

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