▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『家族のかたちを知った二人で』
銀 真白ka4128)&黒戌ka4131

 邪神戦争以後、或る者は残党を撃滅せんと戦い続けて、また或る者は争いと無縁の生活を送る。そうした人々の中で銀 真白(ka4128)が手に入れたのは安住の地だった。衣食住に不足せず忙しなくも充実した日々を送る。その代わりに背負うのは領民に安寧を与え、エトファリカの発展に貢献し続けるという責任。新規任命された武家一門の重みよりも十鳥城城主の肩書きが真白の心の中に楔を打ち込んでいた。本来その役目に就任すべき彼がこの世を去ったから。でなければ、自分が座る位置は上段の間ではなく下段の間だった筈なのだ。最低でもこの城の主になる事は有り得ない。それは卑屈でも現実逃避でもない、只の実感だった。然りとて時間は流れ行き、領民の規範であろうと背筋を伸ばしている内にいつの間にか、すっかりと領主が板についた。休む暇もなくあくせくと働いていたのも少し昔の話、心身にゆとりが生まれると色々と思索は尽きず、そんな真白の頭をこのところ悩ませる問題が一つあった。
「――兄上、またですか」
 余程の事がない限りは年長者は敬うべしとの精神を持つ真白なれど、変わらず表情の起伏に乏しい顔の代わり声が呆れやら不満やらを表現する。すっと細めた眼差しを前にその兄である黒戌(ka4131)は正反対のあっけらかんとした笑みを浮かべた。頭の天辺で結んだ長い髪、その結び目辺りに手を突っ込んで指の腹でぽりぽりと掻く様は能天気そのもの。だが臣下が居並ぶ前では見せなくなった兄の姿でもある。戦場で背中を預けた仲間と今も交流を持ち続けている事もあって、二人が兄妹であると広く知られている。元より隠し立てするつもりもなかった。その為に身内贔屓のうつけ者との誹りを受けさせるまいと兄自ら他人より厳しく接せよと進言をしたのだ。当然だが黒戌自身も気さくで度が過ぎる程の溺愛をひた隠しにし、一家臣の立場を徹底している。それに一抹の寂しさを覚えつつも先を見据えた提案をしてきた事に感動し、改めて尊敬の念を抱いたものだったが、今はその大いなる矛盾に、黒戌こそが悩みの種といっても過言ではないだろう。勿論それで兄への信頼が失墜するわけもないのだが。真白は正座のまま少し腰を浮かせると、差し出された紙を無言で返却した。
「……領主が未だ未婚と、私も兄上の心配は重々承知しているつもりです。ですがその……まだ必要ではないかと」
「そうやって言い澱むのは嘘をついている証拠でござる。というと、少し語弊があるでござるな」
 指摘は鋭かったが口調はのんびりとして、それが正鵠を射るものなだけに背筋がしゃんと伸び、真白は真っ直ぐ兄の顔を見返した。言葉に詰まった瞬間駄目と自分でも思ったのだ。言い訳は飲み込んで、沙汰を知らされる前の罪人の気持ちで反応を待った。
「真白、お主は見合いに対して良いとも悪いともいえぬ心境なのではないか?」
「……仰る通りです」
 ずばり正解の答えが兄の口から出た事実に驚きはなく、むしろ納得しかない。自らの不甲斐なさを恥じて顔を伏せれば丁度突き返した紙面が目に入った。載っているのは魔導機械で撮影された相手の人相と略歴、それから何故か趣味や目下の悩みといった、いつ何者が仕入れたのか不明な事柄まで仔細に記されていた。兄が持ってくる見合い話は大体こういう感じである。だが手配書なら役立つ情報も、真白の心には少しも響かない。
「勿論城主としてこの十鳥の地を背負う以上は、いずれは跡継ぎが必要だと理解しています。女子としては機会を逸しつつある事も。しかし私には何が最善なのか分からないのです。どの殿方を婿に取れば領民の益になるのか――そこに私自身の感情を加味すべきなのかも全てが」
 首を振れば今も大事に使っている護り紐で結った髪がぱさぱさと揺れる。背が伸び自然と淑女の身体付きになろうと領主の仕事はただ座していれば良いものでもなく、髪も服装もエトファリカの存亡を懸けて血反吐を吐いた頃と相違ない。そもそもこれは他所から領主を貰うのではなく、手っ取り早く跡継ぎ問題を解消する為の政略結婚である。恋愛結婚をしたいなどと否やを申す気はないが、相性を無視すればそれこそ将来の禍根に繋がりかねない。後はいずれも名家の弟息子だが今十鳥で優先すべき事は何かというところ。人の道に悖るものでもなければ利用出来るものは何でも利用する。それが武一辺倒で策を弄する事を不得手とする一介の剣士だった少女が領主の責務を果たす為に真っ先に体得した術だった。だから妻としての価値が高い内にとも考えてはいる。
「ふむ。拙者が考えるに、お主は少々頭が固くなっているのではなかろうか?」
「頭が固い、とは?」
「頭の中であれこれと捏ねくり回して実態が伴っていないという事でござるよ。案ずるより産むが易しという諺も世にござろう」
「確かにそうですね」
 色恋沙汰とは無縁のままこの歳まで来て、今は立場ある身と考えると慎重にならざるを得ずに二の足を踏んでしまう。予め分かっている情報で戦いを制せるなら歪虚との戦争も非常に楽だったろう。命と同程度には失敗した際の危険は大きいがこのままでは一生独身を貫き通す羽目になるのは間違いない。深く息を吐き肚を据えると真白は言う。
「分かりました。それではどなたかとお会いする事にします。……しかし兄上、これはどういう風の吹き回しなのですか?」
 ハンター時代、真白をその手の出来事から遠ざけたがったのは他ならぬ兄だ。勿論年齢や肩書きなど状況が様変わりしたのは大きいが、それにしても何か思い切りが良過ぎる気がした。黒戌が真白を理解しているように逆もまた然り。兄は感情的に見えて案外そうとも限らないので、思考までは読めないが違和感に気付く事は充分に出来た。胡乱げな目に黒戌はただ素知らぬ顔をしている。そうして片目を閉じ、意味のない愛嬌を振り撒き出した。
「何も他意はないでござるよ。ただ真白に伴侶を持ってほしいという兄心でござる」
 うんうんと一人相槌を打つのが胡散臭い。しかし剣士に二言はなく、その思惑がどうであれやると言ったからにはやり遂げる。そう決意し真白は固く拳を握り締めるのだった。そしてそんな姿を見つめる黒戌はといえば――。

 ◆◇◆

「本日はご足労頂き、誠に有り難うございます」
「いえいえ、どうかお気遣いなく。私も一応は客人という立場ではありますが、銀殿はこの城の主なのです。家臣の方々に示しを付ける意味でも恐縮はなさらずに堂々と構えていただければと存じます。私がこちらを訪れた理由も皆ご承知の上なのでしょう?」
「は、はい。ではそのように……いえ」
「……ふふ。新興武家の中でも辣腕だと訊いておりましたが、白姫の渾名に違わぬ可愛らしさですね。あ、無礼を働いてしまい申し訳ありません。思った事をすぐに口にするのは悪癖ですね」
「私が可愛い? 無愛想の間違いでは」
「ご自覚がないとは、勿体ない事です」
 有り難うございますと続いた声は蚊の鳴くような小ささだった。黒戌の位置からは真白の顔はまるで見えないが、俯き自らの体を抱き寄せるように羽織の肘の辺りに手を添えているのを見ると、どんな表情をしているか想像は容易い。本人の前ではきりと大人ぶっては見せたが、やはり手塩に掛けて育てた可愛い可愛い真白が突如として湧いてきた男といい雰囲気になっているのは如何ともし難かった。歯噛みしたくなるのを自重し、黒戌はわざわざ関所も兼ねた門前まで下りてきた真白と護衛役を草葉の陰から見つめている。勿論文字通りの意味だが。微笑ましいやり取りに護衛役を務める家臣らは笑っているが、自分は笑えない。
 そんな黒戌の思いも知らず、真白は「では城下町を案内しよう」と気を取り直し、領主の顔で婿候補の男を先導する。お互いに相手との距離感を測りながら横に並び、その後ろをぞろぞろと双方の護衛役が合わせて丁度十人。平和な城下町には似つかわしくない物々しい空気を発してついていく。もしも万が一が起きてしまったら、洒落にならないので多少は致し方ないところだ。元より十翼輝鳥を拝領した時点で、住民感情は色好いものだったのだ。そのうえ結果を残し将来を嘱望される女領主――余程の事がない限り、信頼が失墜する日は来ないだろう。
 等と回想しつつ黒戌は忍として培った技術を駆使し二人を追走する。領民の間で評判の茶屋でのんびりと団子を頬張ったり実際の街並みを見つつ脈々と受け継がれた町家の小火を抑える施策を話したり、財源の一つにと推進している名所を眺めたり――相手の婿入りを見据えた、現実的な道中だ。最初は固さが見られた真白も次第に打ち解けてきたようで表情筋の仕事放棄は昔とほぼ変わらないが、口元や目元の緩みにそれがよく表れている。順調に進むようであれば、いずれは周辺領地にも案内する事になるのだろうか。初対面とは思えない二人の様子を黒戌は陰ながら見届け、そして一時別れる段になってようやく城へ引き返していった。心中に湧き上がった感情は喜びと悲しみが半分ずつ。それを悟られるまいと出迎える際、自らの頬を叩き、にっと強引にでも笑みを作る。真面目な真白と共にいるなら、自分は呑気といわれるくらい笑顔で居続けたいから――。

 二日をかけての見合いのような視察のような、そんな真白と伴侶候補の見合いは無事終了した。翌日は黒戌も護衛として一向に加わったが、傍目にも馬が合っているように見えた。正直一度目にして本決まりだろうと真白の縁談に駆けずり回った日々を振り返れば、少し誇らしく思える。しかし、
「先の縁談? とうにお断り致しましたが」
「……真白、今、何と申したでござるか?」
「ですから、お断りした次第です」
 と何でもない顔をして、真白は輿に揺られている。姫と呼ばれつつも有事に備える為籠手や胸当てなど最低限の防具は身につけている。といっても今は隣を歩く黒戌からは見えないのだが。しかしその声音からいつものようにむっつり唇を引き結んでいる事は疑うべくもなくて、鍛えた強靭な精神力は歩幅に乱れを表さなかったが内心これ以上なく動揺している。
「理由を訊いても良いでござるか」
「…………」
 普段より声音を落として言えば沈黙が返ってくる。暫くは駕籠者と黒戌が砂利を踏み締める音が響いた。こればかりは黙ってやり過ごさせるわけにもいかず、沈黙を保ち続けているとやがて観念したように溜め息を零し、小さく衣擦れの音を立ててから真白は口を開く。
「……婿入りの条件に、兄上との間に垣根を設けるようにと言われたので。どうも兄上の熱心な触れ込みが癇に障ったようですね。それ以外問題ないとのお話でしたが、それは私が譲れませんし」
 まさかの理由に一つとして言葉が出ない。離れ難いというか離れないとは少し前に二人で話した事だが――自分のせいで棒に振ったとは予想外で、頭が白くなった。
「兄上。くれぐれも失踪などならさないで下さいね。この先家族が増える事はあっても、減るのは嫌です。――今はただ一人の家族を私から奪わないで下さい」
 切実な響きを帯びた声に黒戌は開きかけた口を噤んだ。暫し肚の中に持て余して言う。
「拙者は真白の傍を離れないでござる。――兄として生きる事を赦されたからには」
 後半は小さく真白にだけ届くように。一生秘匿し、墓まで持っていくと決めた秘密も、城主として腰を据えるにあたって打ち明けずにいるには潮時になった。それだけならば例え嫌われてでも隠しただろう。一番の決め手は真白が大切な人の死を経験し乗り越えた事だ。復讐に囚われず黒戌のいないところでそうなったのを知って、ならばありもしない希望に縋らせる程残酷な事はないと考えた。主命を反故にする形となり、死を考えた黒戌を引き留めたのは、他ならぬ真白である。血の繋がりはなくとも、兄妹として過ごした日々は確かだと。なら先に死ぬ自分に出来るのはこれだけだ。
「赦すも赦さないもありませんが、ご承知なされているのであれば良かったです。ですから……また良き縁と巡り逢えるようにお願いします」
「無論。真白の幸せの為ならばこの兄、世界中から良き伴侶候補を見つけるでござるよ」
 胸を張って言えば、御簾の向こうで小さく笑い声が零れたような気がした。気のせいかもしれないがそうだった事にして笑う。今胸に息衝いている幸せが末長く続くようにと二人は願った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
最後の機会のおまかせノベルなので未来のお話をと思い、
どうしようか考えた際浮かんだのがこういう内容でした。
と内容自体もやらかしていないのか心配になる点ですが
何より設定を無視する形になってしまい申し訳ないです。
作中で書いた通り、城主にもなれば一人前になったと
一族を呼び寄せようという流れになりそうと思ったのと
あの時確かに絶望を脱して成長した真白ちゃんだったら
黒戌さんも真実を打ち明ける選択肢が生まれるのではと。
そのうえで本当の意味で兄妹になってほしいというのが
何度か関わらせていただいた自分の個人的な願望です。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年06月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.