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『ドレス越しに見えるもの』
神取 アウィンla3388

 アウィン・ノルデン(la3388)はライセンサーとしての任務を終えて、帰宅の途についていた。
 任務自体は大した内容ではなく昼前には完了したが、事後処理で少々時間を喰った。自宅のある街へ戻ってきた今は夕刻よりはやや早い程度の時間だ。
(戻ったら今日分の課題をしなくてはな……)
 一休みしたい気持ちもなくはないが、ある目標のために勉強している身としては、何もしない時間は逆に不安の種になる。
 この後の予定を考えながら歩いていたら、脇の建物のドアが不意にあいた。そこまで気を逸らしていたわけでもなかったので、ぶつかることなくアウィンは立ち止った。
 ドアから出てきた女性は、アウィンに気が付くとすぐに謝罪した。
「いや、大丈夫だ」
 アウィンも女性に、こちらも注意不足だったと詫びた。
 女性の後ろから男性がついて出てきて、気安い調子で彼女の肩を押す。男女はアウィンに向かって会釈して去っていった。
 少し離れてから、二人が自然に手をつなぐのが見えた。

(カップルか……)
 アウィンは二人が出てきた建物をなんとはなしに見た。
 白基調で装飾されたその店は、ブライダルショップだった。ショーウィンドウにディスプレイされたモニターの中で、美しく着飾った男女が笑顔で見つめあっている。
 先ほどの二人も結婚式の相談に来ていたのだろう。そういえば、この世界では六月に式を挙げることが人気だと聞いたことがある。

 アウィンは、改めてショーウィンドウを見た。モニターの周りに数着のウェディングドレスが飾られている。
(これは……少し重いかな)
 豪奢な装飾にたっぷりとしたボリュームのスカート。一番目立つ位置にあった純白のドレスを見て、アウィンは自然と想像する。
「小柄だからな……あまり重々しい印象でないデザインが良いのだろうか」
 隣には、透き通るような青が美しいドレス。比較的ほっそりとしたシルエットだが、さりげなく各所に施された刺繍や石が、華美になりすぎない程度に彩ってくれている。
「うん、白も勿論だが……青のドレスというのも悪くない」
 アウィンの目に映るのは、ディスプレイ用のマネキンが見せる能面ではない。彼の頭の中にすっかり居場所を作ってしまった、ある女性の姿だ。
 ドレスを着たマネキンは気取ったポーズをとっているが……彼女はどうだろう。はにかんで笑うのだろうか。
「和装も見たいし、迷うな」
 ここにはディスプレイされていない白無垢で佇む姿を、脳内で想像する。ドレスとはまた異なる雰囲気になるだろう。
 ただ、間違いがないのは――。
(どんな姿でも、きっと美しいのだろうな)

   *

 ショーウィンドウの前でつかの間想像に耽っていたら、通行人が彼を追い抜いて行った。その気配で現実に引き戻されて、表情を引き締める。いや、別にニヤケ顔をしていたつもりはないが。

 そして、不意に思い出す。去年も今頃の時期、こんな風にドレスを眺めたことがあった。
 その当時思い出したことは、故郷の兄のことだった。兄の婚儀の最中、意図せず異世界――地球に転移したアウィンは、結果的にだが、兄を補佐するという己の立場を、無責任に放り出すことになってしまった。
 あの後、兄は、故郷はどうなったのだろう――。婚礼衣装を前にして、不安と罪悪感がないまぜになった、重い気持ちになったことを覚えている。

 あの時の気持ちは、今も消えたわけではない。ただ、この一年の間には様々なことがあった。

 自分と同じように地球に転移していた兄嫁予定の姫(当時の印象よりだいぶ逞しくなっていた)に再会し、存分に振り回されたこと。
 想い人ができたこと。
 けれど、あきらめようとしていたその想いを、ほかならぬその姫に背中を蹴っ飛ばされ、告げることができたこと。
 そして想いを通じ合えた、地球で生まれ育った彼女とともに、この星で生きていくと決意したこと。

 故郷で過ごしたそれと比べれば、まだまだ短い年月。だが思い出は確かに、アウィンの心に降り積もっている。
 だから去年と同じようにドレスを見ても、思い浮かぶ光景は違うものとなるのだ。

「一年で、随分と変わったものだ……」
 アウィンは感慨深くつぶやき、苦笑した。
 心は軽い。彼女のことを思うたび、幸せな気持ちが体の内側から湧き出してくるのを感じている。

「さて、早く戻らないとな」
 アウィンは今、本格的に勉強をしている。
 それは、彼女と共に少しでも長く生きるため。彼は将来、医者になることを志した。
 異世界人であるアウィンには、この世界での学歴がない。そのため、まずは高等学校卒業程度認定試験をパスして、大学の受験資格を得るところから始める必要があった。
 もちろんそれで終わりではない。大学受験、しかも医学部となれば難関だし、一般的に医学部はほかの学部より在籍期間も長くなる。卒業してもまずは研修医からスタートしなければならない。
 目標をすべて達成して、一人前の医者として彼女の隣に並ぶのは簡単なことではないし、時間もかかることだ。
 互いの年齢の問題もあるし、さすがに先が長すぎるので、正式なプロポーズはもう少し早く――大学医学部への合格をもってするつもりだった。

 ライセンサー任務もこなしながらの受験勉強は決して楽なものではないが、アウィンの生来の生真面目さもあってなんとかこなしている。
 先が見えない努力はつらい。だが、アウィンが進む道の先には、彼女がいる。
 光を目指して歩けば、迷うことはない。
(だから……待っていてほしい)
 必ず、そこまでたどり着いて見せるから。
 最後にもう一度、その姿を思い描いた。




(……しまった)
 ショーウィンドウから離れて歩き出したアウィンだったが、思わぬ事態に顔をしかめた。

 あまりに彼女のことを考えてしまったせいで、頭から離れなくなってしまったのだ。

 今日分の課題の前に、会いに行こうか。このままでは勉強に集中できそうにない。
 一度彼女の笑顔を見れば、きっとこのもやついた気持ちも晴れるだろう。

 ただ――もし会えたとしても。
 彼女のドレス姿を想像したことは、まだ秘密にしておこう。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました! ドレスを前に物思いにふける日常風景をお届けいたします。
前回ご依頼いただいたときはまだ友人以上……といった感じでしたが、時の流れを感じますね。あっ、おめでとうございます、と一応。
イメージに沿う内容となっていましたら幸いです。
イベントノベル(パーティ) -
嶋本圭太郎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月26日

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