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『獲物を食らう大口』
ファルス・ティレイラ3733

 どこか遠くから、水滴が垂れているような音がする。ひんやりとした鍾乳洞は、本当に果てがあるのかどうかも分からない程に深い。
 先の見えない道が、不安感を煽る。その上、この鍾乳洞には一つの噂があった。
 訪れた者が、姿を消してしまうのだという。通称――人食い鍾乳洞。
 最近ではめっきり人の寄り付かなかった山奥にあるその洞窟に、しかし今日は一人の来訪者が訪れていた。人……というより、その姿は竜である。
 竜族であるファルス・ティレイラ(3733)は、危険な感覚がするため紫色の竜の姿になり、警戒しながら洞窟内を歩いていた。
 そんな彼女の事を、まるで捕らえようとでもするかのように洞窟内の石が襲いかかる。蔦のように伸びてきたそれを、ティレイラは竜の腕を振るいその腕力で次々に粉砕していった。
「噂通り、危険な洞窟だなぁ。警戒して進まないとだね……!」
 先が見えないほど深い洞窟。この先に、何があるのかは分からない。敵がいる可能性もある。
 竜の姿なら負ける事はそうそうないと思うが……万が一の時は、背にある翼で飛んで逃げようとティレイラは思った。
 そんな彼女の事を、再び意思を持つ生き物のように自在に動く鍾乳石が狙う。背後から奇襲をしかけてきたそれを、ティレイラは自慢の尻尾で振り払った。
「危ない危ない! でも、残念でした! そんな攻撃、私には効かな……ひゃっ!?」
 石の襲撃は確かに防げたというのに、何故かティレイラは謎の衝撃を受け悲鳴をあげる。
 鼻の上に、突然冷たい何かが降ってきたのだ。どうやら、水滴が垂れてきたらしい。
(水滴かぁ……。でも、なんだか、嫌な予感……)
 その瞬間、ぞわり、と背筋を嫌な感覚がなぞる。その悪寒が、この水滴がただの水滴ではない事をティレイラに教えてくれた。
「に、逃げなきゃ……!」
 慌てて、ティレイラはその場から逃げ出す。
 次の瞬間、大量の水滴が降ってきて彼女へと襲いかかった。水で出来た檻のように、降り注ぐ雫が彼女の逃亡を妨害し、視界すらも遮る。
 全身に水滴を浴びながら、それでも強引にティレイラは突き進んでいく。洞窟内は広いが、そう複雑な道ではない。ここぞとばかりに道を塞いでくる鍾乳石を、来た時と同じようにティレイラは竜の立派な腕で粉砕していった。
「……え?」
 けれど、不意に違和感を感じ少女は思わず呆けた声をあげてしまう。
 どうしてか、身体が重い。自分の身体のはずなのに、思うように動かない。
「う、嘘……? 身体が、固まり始めてる……!?」
 視線を下へと向けると、纏わりついているかのように後肢を何かが覆っていた。
 先程、全身に浴びた水滴だ。魔力を持った鍾乳石は、ティレイラの身体へと触れる事でその効力を発揮したらしい。
(これって、封印の魔法!?)
 呪術とも呼べるその魔法のせいで、水滴に覆われたティレイラの身体は徐々に鍾乳石に変化していっていた。
 何とか自らにかかった水滴を振るおうとティレイラは暴れるが、身体にかかった水を全て振り払えるはずもない。
 その間にも鍾乳石化は進んでいき、ついには前肢すらも固まり氷柱のようなものが出来始めていた。もがくように伸ばされた腕は、空中で停止してしまう。
「ま、まだ出口まで辿り着いてないのに……!」
 焦りの声をあげるティレイラのマズルの先端や、顎下にまでも氷柱が垂れ下がり始める。抵抗も虚しく、魔法の侵食は進んでいった。
 全力で出口へと向かっているはずなのに、いっこうに光溢れる洞窟の外に辿り着く事が出来ない。徐々に動きがゆっくりになっていくティレイラの身体中に、周囲の鍾乳石から垂れている氷柱と同じものがいくつも現れていた。
(いや! ここで、鍾乳洞の一部になんてなりたくないよっ!)
 悲鳴をあげようと、まるで何かを食らうように大きく竜の口が開かれる。しかし、ティレイラがあげたはずの悲痛な叫びが、その口から出てくる事はなかった。
 ここは人食い鍾乳洞。食われたのは、口を大きく開けた竜の方なのだ。
 鍾乳洞の餌食となった竜は、もはや声をあげる事すらも叶わない。瞳すらも鍾乳石と化した彼女の瞳に、洞窟から垂れ下がるいくつもの鍾乳石が映った。
 鍾乳洞の奥、水滴が垂れる音しかしない静かな空間の中に、ドラゴンは佇む。
 けれど、その身体は氷柱のように垂れる鍾乳石の中に封印されてしまっているため、周囲の景色にすっかり溶け込んでしまっているのだった。

 ◆

 山奥にあるとある巨大洞窟。人食い鍾乳洞と噂されていたその洞窟について、最近になって別の噂も囁かれるようになった。
 何でも、その鍾乳洞の奥には巨大な鍾乳石があるらしい。
 周囲の鍾乳石に紛れてしまっているその鍾乳石は竜に似た形をしているらしく、人々の好奇心をくすぐるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
鍾乳洞の奥でティレイラさんが巻き込まれた散々な出来事……このような感じのお話になりましたが、いかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼誠にありがとうございました。また機会がございましたら、何卒よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月26日

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