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『それはまるで腐れ縁のような』
ケヴィンla0192)&化野 鳥太郎la0108

「――は?」
 目に映った光景に思わず素の声が化野 鳥太郎(la0108)の喉から零れ出た。常よりも低く微かなそれは隣を歩いているケヴィン(la0192)の耳までは届いたらしい。鳥太郎は足を止めたが彼は止まらなかったので、怪訝そうな表情を浮かべて横目にこちらを見ているのが視界の隅に映った。その反応に自分の目の錯覚である可能性を疑ったが、汗でじっとりと湿った瞼を同じ湿り気を帯びた手の甲で拭っても、再び目を開いた際の景色は変わらない。即ち山頂にヘリをつけられないと一応はナイトメアを倒しにこの大所帯でぞろぞろ山登りしている途中で、視界が開けた瞬間見えた自分たちよりもよっぽど人数の多い集団。それもこちらが自身も含め珍しく平均年齢高めの暑苦しい面々なのに対し、向こうに見える者は殆どが明らかに身長が低い。それがまるで蛇の体のようにうねうねと長く続いている。鳥太郎には既視感を抱かせるそれは小学生達だ。標高が低いので課外学習には最適な山に違いないが――。おいおいと誰かが焦りと呆れが綯交ぜの声で呟いた。聞きながら鳥太郎は、ふざけんなと内心悪態をつく。人知れず噛み締めた奥歯がぎりっと嫌な音を立てた。任務前に本来は当該区画への侵入は禁止される。例外は情報伝達に齟齬が起きた場合――今はそれだろう。でなければ引率する教師が心中を図っていることになる。そんな教師などいないと信じたい。
「クソッ」
「化野君」
 舌打ちし駆け出そうとした鳥太郎を酷く冷静な声が押し留める。前に進みたがる足に無理矢理ブレーキをかけて振り返った。見ればその声音と同様に妙に静かな緑色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていて、しかしその中に僅かな感情を見出して、鳥太郎は怒らせていた肩を下げた。何もかもをどうでもいいと思っているようにも思える彼だが任務に対しては真面目そのものなのも確かだ。感情に左右されることもなく、冷静に最適解を探し出そうとする。鳥太郎も普段はともかく作戦中ならばこんなに短絡的ではないのだが、巻き込まれているのが小学生なのを知って落ち着いていられなかったのだ。一つ息を吐いて、小さく呟く。
「ごめんね、もう大丈夫だよ。まずは本部に報告。関係各所への連絡はそっちに任せて、俺達は追いかけながら周囲を警戒し、近くに敵がいるようなら離れた所に誘導して撃退。――って感じでいいのかな?」
「ああ、それで問題ないと思うよ」
 と目が合ってすぐに逸らし、先を行く彼らのことを見つめるケヴィンが答え、自ら通信機を取り出して本部に繋ぎ現状について説明しだす。外見も年齢もキャリアとイコールではないのがライセンサー業界だが、四捨五入して四十路の二人が今回のメンツで一番場慣れしていることから隊長と副隊長の立場に収まった。淡々とした相槌が多く無駄のないケヴィンの応答から本部の意向は読み取れないが、悪いようにはしない筈だ。話している彼を守るように陣形を組んで集団を追いかければ、教師と体力かやる気がない子供の背が近付いてきた。通話が終わるのと同時に、その教師――若い女性だ――が振り返って不審者を見るような目を向けてくる。咄嗟に子供を庇った姿に鳥太郎は感服した。それぞれが所持するEXISがライセンサーの証明だが、素人目にはコスプレと大差ないというのは自身も経験したところ。敵意がないことをアピールするように手を上げ、人差し指と中指の間に挟んだライセンスをちらつかせる。後ろにいる生真面目そうな女性ライセンサーが素性を明かすのに合わせて、改めてライセンスを提示した。目を皿のようにして見た彼女は納得したらしい。返されたそれを受け取る。と、
「まずは先頭の先生に説明して貰える? 詳しい説明はこっちの彼がするんで」
「おいこら、放棄するな」
 ケヴィンに説明役を押し付けられて突っ込むも素知らぬ顔で視線を外される。が、問答する時間も惜しいので鳥太郎は黙ってこの役目を請け負うことにした。鳥太郎達の存在に気付き、足を止めつつもパニックに陥る様子のない子供の何人かが「はーい」と言って、学年主任だろう教師を呼びに走っていった。お喋りに夢中で状況に気付いていなかった子供もようやく理解し伝言ゲームのように何か変なおっさん達がいるぞといった風に色々好き勝手に言っているのが聞こえる。まあ怖いと問答無用で泣かれるよりマシだとサングラスの位置を直しつつ思う。
 少しして引き返してきた年配の教師に丁重に挨拶して、端的に現状を伝えた。麓の街に出現したナイトメアがライセンサーと激闘を繰り広げてこの山に逃げてきたこととまだ見つかっていないこと。無用な衝突を避ける意味も込め自分達は街での作戦とは無関係だとも話した。まぁ同業者が仕損じたのには違いないので非難されても仕方ないが――との予想に反し、彼は冷静だった。子供達を宥めて何をすべきか指示を仰いでくる。鳥太郎は警戒中の者を除く仲間を見つめた。勝手にあれこれ指示しても納得がいかなければパフォーマンスは低下する。それは大人も子供も皆同じだ。一刻も早く子供達の安全を確保したい教師の意向は勿論、この数の子供を抱えて戦闘に突入するのはあまりにもリスクが高い。それに個人的な感情としては夢物語で済んでいるうちに片付けたかった。知らない人間が怪我をするだけでも繊細な子供ならトラウマを負っても不思議ではないのだ。それぞれの意見を加味した上で長考している間も無駄と早々に言った。
「ここまで一本道だった、ということは引き返しても襲われる可能性は低いだろう。念の為に数人の護衛を割いて、ちょいとだけ下山して貰って、残りの面々で上にいるヤツを叩く。そんで無事安全が確保出来たらもっかい山頂を目指すのはどうかな? どこかしらの不始末で子供達の思い出を棒に振るってのもなんか嫌だしね」
 勿論責任は俺が取るよ、と付け足し、全員の反応を窺った。目が合ったケヴィンが肩を竦める。異論があれば容赦なく指摘するタイプなので何も言わないということはそういうことだろう。仲間は一様に沈黙し、話を聞いていた教師二人が頭を下げる。全員が額に汗しながら同じ境遇に際し、ある種の団結力が生まれたようだった。どうやら今回周りに恵まれたらしいと、鳥太郎はそんな風に思う。

 ◆◇◆

 吐き出した蒸気が闇に白く浮かび上がる。気道が広がるような、爽やかな感触が喉から抜けた。普段なら任務を終わらせ、とうに家に帰っている頃だったが今はまだ山に居残っていた。外の空気は元いた世界が酷かっただけに都会でも美味しいと感じる程だったが、標高が低いとはいえ自然に満ちたこの場所はよりそういう風に思える。それなら敢えて電子煙草を吸うな、という話ではあるのだが。
「ケヴィンさん、やっぱりこっちにいたんだね」
 吸って吐いて、ただ無心に中身のリキッドを消費しているとそんな声が聞こえて、ケヴィンはその方向に向いた。開け放たれた全面が硝子の戸を開くと、やけによく似合うサンダルを引っ掛け、呑気に鳥太郎が歩み寄ってくるのが見える。すぐに電源を切って、体内に取り込んだ物の残滓を払うように思いっ切り顔を逸らし深く深く息を吐いた。
「ピアノはもういいの?」
 そう声を掛ければ鳥太郎は少し離れたところで足を止める。昼間とは違いサングラスはつけていないが、護衛に回って小学生と交流していたらしい彼は、すっかり彼らに懐かれていた。左頬の傷と人相の悪さも何のその、別行動する直前にケヴィンが化野君と呼んだ為に化野幸太郎の一人息子であること、そして細々とながらも彼自身もピアニストとして活動していると露見して、宿泊先の体験施設にピアノがあることを知った彼らに弾いてとせがまれたのだった。鳥太郎は自らをヴィランと自称する人間ではあるがその性根はとことんヒーローに近い。しかも昔小学校教諭だったとか何とか。そんな彼が、子供に懐かれて断れる筈がなく――先程まで教師も客に混じる即興演奏会が開催されていた。
 喜怒哀楽を素直に表す彼らしく、直球で曲に込められた感情を表現する。しかし単調ではなく表情を鏡に映したような演奏は息をしていた。身体を動かさずともタッチに強弱をつけることは可能だろう。しかしそれではお行儀のいい音になりがちだと人並みには聴くケヴィンは思う。それに比べて鳥太郎のそれは素人が見ればパフォーマンスと勘違いしそうな程度にはダイナミックだった。肩の高さまで肘を上げて、体全体でリズムを取りながら音を刻む。――そして何よりまるでピアノを弾かなければ死んでしまうのではないかと思う程生き生きとして楽しげ。巧拙でいえばそれで食べていける彼の父の演奏、そのCDのほうがずっと上手い。しかし空気込みでいえば、確かに得難い経験をさせているのだろうと思う。
「もう消灯時間なんだってさ。まあ俺も疲れたし丁度良かったんじゃない」
「あ、そう」
「素っ気ない返事!」
 酷いと唇を尖らせても、断じて可愛くはない。とはいっても背後の硝子戸越しの光と、後は庭の奥に休憩スペースがあり、そこのガーデンライトの申し訳程度の光しかないのでよく見えないが。追求を避けるように後頭部を掻き毟る手で視界を遮った。力加減を誤らないよう気を遣いながら、ついでに欠伸が一つふわと漏れる。昼間の戦闘は想定よりも人数が減ったのもあって意外と苦戦させられ、程よい疲労感が義手以外の全身を包む。――当分の間はあの衝動に駆られずに済みそうだ。鳥太郎は気を取り直したようでじろじろと不躾に視線を寄越して、また逸らした。
「俺の演奏はさておき、無事に何事もなく済んでほんとに良かった。こんな事態なんて起こらないに越したことないけど、そういうわけにもいかないしね」
「連絡が滞るのは致命的だけどままあることだからなあ。謝れば済む話じゃないとはいえ、無駄に責めても仕方ないわな。その点、化野君の状況判断は良かったんじゃないの」
「褒めてるように聞こえない……のはいつものことだったね」
 ふう、と溜め息をつく鳥太郎は先程までピアノを弾いていた指を擦らせて口寂しそうだ。まあケヴィンは電子煙草で彼は紙煙草なので一本くれてやることも出来ない。元からする気もなかったが。結局今回の件はSALFから地元の役所まで連絡が行き届かなかったせいらしい。未然に防げたから結果的には良かったとして、一歩間違えれば大惨事。尻拭いをさせられるのは勘弁願いたいのだが。
「なんていうかさ、ケヴィンさんがいるから大丈夫、っていうのはあったんだよね。もしも俺が何かおかしなことを言っても、ケヴィンさんが止めてくれるだろう、って……信頼?」
「疑問形なのかよ」
「ひひひ、だって分かんねえし。遠いのか近いのか、好かれてんのか嫌われてんのかも――まあ俺はこれで楽しんでるから別にいいけどさ」
 例の笑い声の後にそう言い、更にくつくつと喉を震わせて笑う。暗がりで表情が見難い筈が、どんな顔をしているのかありありと想像出来る辺り何ともいえない。こんな筈じゃなかったんだけどなあという言葉をケヴィンはぐっと飲み込んだ。不意に鳥太郎が頭上に手を伸ばす。訝しげな顔を向けると同時、彼は呟いた。
「星みたいだよね、ケヴィンさんって」
「――は?」
 思わず呻くように呟いてから既視感を覚えた。掲げた腕はそのままに鳥太郎はこちらを見返す。不意に辺りが明るくなり銀に限りなく近い金髪と血のように赤い瞳が暗闇の中に浮かび上がった。言うだけ言ってまた見上げるので、ケヴィンも共に頭上を仰いだ。黒い布に色硝子を散りばめたような空。そこに無数の星が瞬いていた。ついでに雲隠れしていた月も顔を覗かせている。急に顔が見えたのはその影響のようだった。ぐっと握り、胸の高さで開くもその手には星は掴めていない。しかし彼はとても満足げでケヴィンは胸の奥の感情を持て余した。動揺させるのも彼ならはぐらかすのもまた彼だ。
「明日も早いしもう寝るかな。ケヴィンさんも疲れてるんだったよね。なら早く寝なよ」
 おやすみ、と一方的に言い、ひらひらと手を振るとポケットに手を突っ込み猫背になって歩く。そんな背中を見届け、懐の電子煙草を掴むも取り出すのはやめて溜め息をつく。
「何か吸う気分じゃなくなった」
 我ながら言い訳じみた台詞だと思いつつ後を追う。途中でもう一度見上げた空は遠かった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
本当はケヴィンさんの戦闘場面も書いていましたが
盛大に規定の文字数を超過してしまった為泣く泣く
まるっとカットしてしまいました。交友欄では
鳥太郎さん→ケヴィンさんが“星”になっていたので
安直ですが星を見て語らう二人が書きたかったです。
ケヴィンさん→鳥太郎さんが“化野”なのも好きですが
あまり活かせなかった感がありました。端から見ると
喧嘩をする程仲がいいといった感じの二人ですよね。
でもケヴィンさん的には距離を取りたいのに取れず
ぐぬぬとなっているイメージなので彼のほうが
鳥太郎さんを意識しているような描写にしています。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年06月26日

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