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『紫電一閃 1』
白鳥・瑞科8402

 ――『今宵も任務を言い渡す。神の御心のままに。敵対者には鉄槌を』。

 amen――然るべく。
 常の通りに受け答え、白鳥瑞科(8402)は今宵も密かに動き出す。人類に仇なす魑魅魍魎の類や組織の殲滅――それをこそ主な目的とする世界的組織、「教会」。太古から存在するこの「教会」に所属する者の中には、武装審問官と呼ばれる存在が居る。
 その用語からして、キリスト教の急進的かつ秘密主義にして神秘主義な一派か何か……の様な印象を抱くかもしれない。事実、構成員である瑞科やその上司の纏う服装はいかにもそれらしい形を借りている。が――その実は根本的な所でそちらの教義とは異なる「教会」でもある。そもそもシンボルマークが複雑で――過去から現在まで数多存在した宗教全ての象徴を洋の東西問わず有機的に取り込んだ様な、いや寧ろ古さからすれば逆にそれらの元祖であるかもしれないとさえ思わせる意匠なのである。
 つまり、キリスト教めいた用語やガジェットを使ってはいても、彼女の――瑞科の信じる神は“それ”とは異なると言う訳だ。

 いや。

 そもそも“神”を宗教的な信仰対象としているかどうかさえ怪しくもある。
 ただ己が“神の僕”として振る舞うその形式をこそ、必要な“道具”として敵対者との戦いに臨むモチベーション維持の手段としているだけの事かもしれない。
 まぁ要するに、「教会」の“教義”にさえ反しなければ、その辺りは個々人の好みでどう扱ってもいい部分なのである。

 そして瑞科の場合は――それこそ、完全にシスターらしく自発的に振る舞う事を選んでいる。
 但し、彼女は真っ当な修道女と言うには――その見た目が艶やか過ぎる上に、実力が武闘派過ぎもするのだが。



 瑞科は聖句を口ずさむ様にして、任務に当たる為のいつものルーティーンに入る。
 要するに、任務受領後にそのまま戦闘服へと着替える段での事だ。専用の部屋へと向かい、それまで纏っていた物を脱ぐ。まず身に付けるのは――起伏に富んだ魅惑的なそのボディラインがはっきり出る形のぴったりとしたラバースーツ。光沢があり、色は黒――そう聞いただけでも、ぐっと来る者が居るかもしれない。「教会」の技術者が日々開発を進めている新素材で――肌触りも耐衝撃性も身に纏う度に進化しているのが瑞科には実感出来る。……まぁ、耐衝撃性についてはあまり積極的に使う機会も無いのだが。
 ぐっと足先を通し脛から膝、腿へと引き上げて、豊かなヒップ、細く引き締まったウエスト――と、するすると上半身にまで持っていく。背中側から腕を通して、襟周りも整えて。最後にファスナーを上げて豊かなバストもきっちりと仕舞い込む――仕舞い込んでもその膨らみは到底隠し切れないが、任務に当たりホールドしておく事は重要である。
 首から下のグラマラスな全身をそれで覆い尽くしてから、瑞科は長く豊かな茶の髪を首元から掻き上げ、外に払う。その仕草だけでもまた色香が漂う。けれど、今ここには彼女を見る者は居ない――全て、瑞科自身が行いたくてやっているだけの事。それでもいちいち、麗しい。
 次は――腰回りを守る為のコルセット。軽量で薄いながらも強靭だと言う特殊な鉄が仕込まれている代物で――これも勿論、「教会」の技術者謹製だ。装着し、思う様引き絞る――絞れる所はきつく絞った方が任務に当たる瑞科の気も引き締まる。それで胸を強調する形になるのは元々の狙いではないけれど、気にしない――いや、正直を言うのなら、煽情的で悪くないと思っているのでは無かろうか。
 それらの上に纏うのが、漸く、修道女たる服装である。但し、薄くぴったりと体に張りつく様な布地である上に、腰下辺りまでの深いスリットが両脇に入っていると言う代物だ。普通に歩くだけでも均整の取れた美脚を大きく晒す形。遠くから見たならば殆ど何も着ていない様にさえ見えかねない薄さ。……「任務時に動き易い様に」との瑞科の要求する性能に技術者が応えた結果が、これだ。総じて色っぽい作りになってしまうのは、機能を追求した結果でもあり、艶やかさを纏う事での昂揚を狙った結果でもある。
 ……瑞科は表立ってはシスターらしく奥ゆかしく振る舞っている事が多いが、本音はこちらだ。
 常から好む装備が何より雄弁にそれを語っている。

 次は、小物。太腿に食い込むニーソックスを穿き、更には膝まであるロングブーツを重ねる事で脚もよりきつく締め上げる。纏う装備に空間の余裕は不要――瑞科の場合はそうしたいのだ。聖句と共に任務内容を頭の中で反復し、こちらも対処法を練り上げる。儀礼的にロンググローブをはめてから、武装についても整えた。最後の仕上げはシスターらしく純白のケープとヴェール。これらまで着けたなら、もう。

 瑞科の淑やかにして艶やかな姿の皮一枚の下、静かにも沸々と滾る戦意ははちきれそうになっている。



 理屈など一切不要。
 手勢も不要。
 神の威はただここに在る。
 ただ一人、「教会」の最大戦力足る白鳥瑞科だけが征けば済む。
 ただそれだけで事足りる。

 ……いや、事足りる所か寧ろ過剰である程で。

「困りましたわね。手加減しないと一瞬で終わってしまいますわ――それでは、あなた方にとっても神に逆らった報いが足りませんわよね?」

 わざとらしく困った様におどけて見せる。本当は、そうでもない。敵に手応えが無い事だけは少し残念だが、神の敵を蹂躙する事は瑞科にとって愉しみにして喜びの一つ。……なるべくならば一撃で仕留める慈悲は与えぬ様に。心を籠めた手加減を。弱い敵ならば弱い分、じっくりと丁寧に甚振って差し上げねばなりません。
 聞く者が居なくても構わない。この敵に話すべき価値があるとも思っていない。それでもより敵を弄う為にこそ言葉を紡ぐ。滔々と語り掛ける中でも、白鳥瑞科は歩みを止めない。場違いなまでに淑やかで、ゆったりとしたまろやかな歩容。黒とロングブーツに包まれたその美脚が、一歩一歩進められる度にスリットの奥からちらちらと何度も覗く。豊かな胸が適度に弾む。
 わざとらしさまでは無い、だからこその艶やかさ。まるでステージ上を歩くモデルか何かの如く。けれど彼女が歩いているのは、そんな煌びやかな場所では無い。彼女のその手にあるのは既に血塗れた抜き身の刃である。
 鞘から抜いて久しい“それ”をぶんと一振り、纏わり付いた血を払う――気を遣うのは寧ろその時。敵を屠る時より、その残骸の扱いを間違えて己が衣服を汚してしまう可能性の方が余程高いので気を付ける。純白のヴェールとケープには一滴の血も似合わない。歩く彼女の後ろに残るのは、数多の異形の化物の骸。これら全て、倒すべくして倒された神の敵――白鳥瑞科が今回の任務として殲滅すべく任された一団である。
 まだ、終わってはいない。

「少しは頭を使う気はありませんのかしら。何度も何度も同じ事をお続けになられて。わたくしの剣が錆びてしまったらどうして下さいますの? 今ここで一番の選択は、なりふり構わず逃げてしまう事ですのに――」

 言葉と共に太腿のベルトからナイフを引き抜き、紫電を纏わせ投擲。命中。
 やや遠方に居た、それこそ瑞科の言葉の通りに逃げようとしていたと思しき個体。

「――まぁ、そうは言っても逃がしは致しませんけれど」

 貌に浮かぶのは艶やかな笑み。
 一撃で焼け落ちた骸などもう見る事も無い。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月29日

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