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『現実は時に妄想と等しい』
la1158

 どうしてこうなったという呟きは唇から零れず済んだ。逆ギレする女の子から目を逸らし、私は頼みの綱である警備員に懇願を込めた視線を向ける。が先程まで明らかに私と女の子のやり取りを見ていたくせに今では知らぬ存ぜぬと腕を後ろに回し不動の体勢を取っていた。いっそのこと開き直って、私と同じロビー居残り組に助けを求めて振り返るも、一様に露骨に視線を外し、また厄介ごとに巻き込まれるまいと荷物を抱えて逃げ出していく。私も普段はそうしていたかもしれない。でもここには私と同じ侃(la1158)様のファンではなくても、あの舞台を鑑賞し何かしらの感想を抱いて、その余韻に浸っている人たちばかりで――同志のよしみで助けてくれるかもなんて、期待した私が馬鹿だった。そもそも目の前の人だって侃様が好きなわけで、なのに事務所を出入りするスタッフに絡みに行っては手作りのお菓子を渡したいだの何だの言っているのが現実だ。同じファンとして恥ずかしい。だから見るに見かね注意したらこれだ。失礼にも全身を舐めるような視線にやらなきゃよかった、なんて後悔が頭によぎる。溜め息をつけばいよいよ火をつけたようで、彼女が手を振り上げたのが見えた。一発引っ叩けば彼女の気も済むだろう。そう思うも怖くて目を瞑った。けれど、衝撃は来ずに何すんのよ、と今までで一番ヒステリックな声が聞こえ、閉じた瞼を恐々開く。
 そこに立っていたのは線が細い、でも私より長身の背中だ。女の子の手を掴んでいるみたいで、その人の腕も力任せに振り回されては抵抗してとゆらゆら揺れていた。
「一体何があったのかは僕は知らないけど、暴力で解決するのはよくないと思うな。警備員さんはどう? 二人に何があったのか知ってる?」
 既視感を覚える声でそう言って、見て見ぬ振りを貫く警備員のほうを向いた。目が合うと何故か彼ははっとなり、しどろもどろに事情を説明しだす。ほらやっぱり全部聞いていたんだ。ふんふんと頷く謎の人物はまるで動じた様子がない。劇場か演者かどっちかのスタッフかな。いい意味で場慣れした反応だ。話し終わると女の子も抵抗をやめ、振り解くように手を離す。
「んーまぁ、気持ちは有り難いけど人様に迷惑を掛けるのはやっぱり駄目だよねぇ。誰か一人を特別扱いしちゃったら、ルールなんて何の意味もなくなっちゃうし――というわけで、今回はお咎めはなし。でもどこの誰かは控えさせて貰ってもしも二度目があったら、そのときは親御さんに叱って貰う。って感じでいいのかな?」
 と謎の人物が何者かに声を投げたので頭の上に疑問符を浮かべていると、スーツを着た壮年の男性が出てくるのが見えた。二人で何かの話をして急に泣きじゃくり出した女の子と一緒に姿を消した。それに会釈した警備員も今度こそ業務に戻って、そして謎の人物がくるり振り返る。にこと笑みを浮かべていて細い目は開いているのかどうか怪しかった。頬にかかる白銀の髪が緩く揺れる。
「大人は対応一つに手を拱いてたのによく注意出来たね。それは凄く尊敬出来ることだけど、でも怖い思いはしてほしくないかなぁ」
「あっ……」
 暖かくて優しくてでも甘やかさない、そんな言葉に私は自分が震えていることに気付いた。ぽんと背中を叩いた手の温もりはすぐに離れていく。抱き締められた、というより単なるハグなんだけど、それで泣きそうになっていたのが次第に落ち着いた。
「助けてくれて有り難うございました」
「僕は別に、大したことはしてないよ。むしろ遅くなっちゃって悪いなって思ってるくらい。それじゃあ気を付けて帰ってね!」
 と言うとその人は、ばいばいと手を振ると出入口のほうに去っていった。すらっとした体型だから、歩くだけでもモデルみたいに様になって見える。割って入ってきてからが急展開過ぎてよくよく顔を見る間もなかった。具体的にどこがとはいえないけど、綺麗だったとは思う。外に出たから演者のスタッフさんだったのかな。ああいう顔の演者はいない筈だし。と私は、一期一会の出会いに晴れ晴れとした気持ちで家路を辿る――。

 ――その筈だったのに気付けば、私は今さっきの人と喫茶店で隣同士座っている。確かに劇場を出るタイミングは一緒だったけどまさかばったり出くわすなんて予想外だ。それも、
「猫ちゃん、待って! ひと撫で、ひと撫でだけでいいからさせて!」
 と猛ダッシュで逃げる猫に手を伸ばし悲痛な叫び声をあげるところにだ。見なかったことにしてやり過ごすのが最善の策だったと思う。しかしよく見えない目と目が合うと気まずさで逃げるに逃げられずにここで会ったのも何かの縁と連れて来られた。カップル限定で提供しているという通常の約三倍のパフェにその人は、嬉々としてスプーンを入れている。こうしてまじまじと見ていると男か女かも全然判らなかった。どっちだといわれても納得がいく。
「あの……」
「ん? 僕のことなら侃と呼んでくれて構わないよ」
 性別も年齢も名前も分からないという内心の葛藤を察したらしいその人はまさかの名前を名乗った。まあ単純に身内のファンかもしれない。多めに掬った一匙分を食べ切って頬を蕩けさせるのが可愛かった。
「侃さ、んは私とカップル扱いでいいんですか」
「別に? よく知りもしない人にどう思われてるかなんてどうだっていいしね」
 私としては周囲の視線が突き刺さりまくる点も物凄く気になるんだけど。侃さんは本当に意に介した素振りもなく堂々としたものだった。ううん自然体のほうがしっくりくるかな。今日が初対面にも拘らず裏表がなさそうな雰囲気は好ましいものでカップル用のそれを私も有り難く戴く。なにせこの人の奢りだし。
「ところで、さん付けを躊躇うのはファンだからだったりする?」
「ええ、そうですよ」
「だよねぇ。カーテンコールのときとか、いつも熱心に見てるし」
 公演中もそのつもりだけど客席は少し暗いから舞台袖からは見えないのかな。
「じゃあさ、君が思う侃様の魅力って何だと思う?」
「……話し始めると長くなりますけどいいですか?」
 聞き返せばきょとんとした顔になって、それからいいよと柔らかく微笑んだ。私はネット上になら同じ侃様ガチ勢の友達もいるけど現実はいないのでロビーでパンフレットを読みつつ記憶を掘り返して感じた萌えもしくは燃えポイントも家で発散するつもりだった。それが口で言う初めての機会を手に入れたのである。すぐに終わらない筈がない。
 演じ分けの幅広さや役者とダンサーそれぞれの技術の高さ、終わった直後のやりきった感で一杯の笑顔。そんな基本的な部分から始まり、今回侃様が演じた三役が別人格であることがよく解る明確な演技の違い、声のトーン、マニアックなところだと少女を演じるときのスカートのひらひら具合だとか――侃さんがパフェを食べ進めるのを遠慮するくらいに語り尽くすと、途中からもぞもぞしていた侃さんはほんのり頬を赤らめて笑った。
「そっかそっか、楽しんでくれたのなら何よりだよ。提供する側の独り善がりじゃいけないしね。よーし、これからも頑張るぞー!」
 緩く拳を握って言って、取り出した財布をひらひらさせると侃さんは立ち上がり、喫茶店を出ていった。そして私は取り残される。有り難く丁度半分あるパフェを頬張ってちらっと思った。もし侃さんが侃様だったらこんなに面白いことないのにとそんな益体もない妄想を。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
もう一度侃さんのおまかせを書く機会をいただけたので
前回の続きで、たった一度きりの邂逅を書いてみました。
相当仲が良くないと同一人物だと気付かないとのことで
自由に出来るお金を侃さんに会う目的に使っている
ガチ勢設定のモブは少し既視感を覚える程度にしました。
侃さんの経歴をすらすらと暗唱し始めるシーン等も
書いてみたかった感はあります。きっとベッドの真上に
侃さんのポスターを貼っている系のガチ勢だと思います。
オフの侃さんは気さくだけど線引きはしているというか
微妙に距離は遠い、みたいなイメージで書きました。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年06月29日

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