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『Consideration』
空月・王魔8916

「請け負いましょう。ただし、常の仕事とは別会計で対価をいただきますが」
 空月・王魔(8916)は金額を示しつつ、依頼主の顔色を見る。
 家主――ということにしておこう。彼女の精神衛生のために――のように他人のあれこれを見抜くような真似はできないにしても、傭兵として幾多の交渉をこなしてきているのだ。相手がこちらの言葉に対して抱いた印象を計る程度は造作もない。
 ふむ、概ね許容しているようだが、微妙に損をさせられた気分か。
 これは意外に重大な問題である。依頼者にアンフェアな取引だったと思わせておけば、遠からず禍根を芽吹かせることとなるからだ。そうして背中から撃たれてきた傭兵は少なくない。たとえ売り物が暴力であれ、結局のところコミュニケーション能力の高さが求められるのはフリーランサーの常である。
「必要経費等々の追加請求はサービスさせていただきますよ」
 使えばなくなる弾薬とちがい、自分の手間はとりあえず無料だ。その上相手に「プロに余計な手間をかけさせた」と思わせられれば、それ以上の要求も封じられる。互いに適当な落としどころではあろう。
「これよりお連れしに向かいます。1時間ほどで合流できる予定ですので、受け入れ準備は整えておいてください」

 最短距離を突っ切ってとある病院の裏口へと着いた王魔は、迷いなく内へ踏み込んだ。
「お疲れ様です。連絡は届いているかと思いますが、ボディガードの空月と申します。彼をお迎えにあがりました」
 待ち受けていた看護師に告げ、“彼”に視線を向けた。
「あなたを悪意と暴力から護る。それが私の仕事です。かならずご家族の元へお連れしますので」
 口の端を上げてみせると、彼はゆっくり目をしばたたき、にゃあ。
 彼は三毛猫である。遺伝子的な事情から3万分の1程度の確率でしか生まれ得ない、しかも美しいオッドアイまで備えた、まさに奇蹟の1匹。
 これまで彼は気ままな散歩生活を送っており、近所のアイドルとして愛されていた。が、あるときネットへ上げられた写真――具体的に言えば男子の玉の写真――を好事家が見つけたことから受難は始まる。
 今回、かかりつけの動物病院に保護されることとなったのも、好事家の手下に追われたあげく、怪我をさせられたからだ。
「しばらくの間、我慢を願います」
 背負っていた猫運搬用バックパックに彼を移し、王魔は速やかに病院を出た。来る間に周囲へしかけてきたセンサーが盛大な輪唱を響かせ、敵の到来を告げていたからだ。

 人通りの少ない時間帯ではあったが、敵は人目を気にせぬ完全武装で向かい来た。
 だからってアサルトライフルはないだろうに! 胸中に不満をぶちまけた王魔は不規則なジグザグを描き、射撃を避ける。
 最初の一発が道路にめり込むことなく弾けたことで、敵が使用しているのは弱装弾であると知れた。今度こそ猫を傷つけたくないからなのだろうが、近距離で喰らえば普通に骨をへし折られる。
 だがしかし。王魔の左眼に映るものは恐怖ならぬ無感動。
 まずはレベルを見せてもらおうか。
 顎をすりつけるほど低く下げて駆ける王魔。晒されたバックパックは、連動して包囲陣を形成する傭兵どもにためらわせ、鈍らせる。
 普段の荒事と勝手がちがうか? だが、ここで秒も迷うような輩に才能があるはずもないな。
 前へ上体を落とし込み、落下力を加算した足を渾身の力で踏み止め、伸び上がった王魔がひとりの傭兵の顎を掌打で打ち抜き、意識を弾き飛ばした。
 もちろん傭兵は互いに一定距離を保っており、次々打ち倒されるような真似は演じない。仲間が崩落するより早く迷いを頭から追い出し、半自動的に王魔を狙って引き金を引いて――
 残念だが、もう遅い。
 傭兵の手からもぎとったライフルを片手で突き出した王魔の射撃で胴を弾かれ、射線をずらして硬直した。
 人間の体は箇所の別によらず、衝撃を受ければそれに耐えようと硬直するものだ。だからこそ王魔はよく狙わなければならない敵の頭部ではなく、当てやすい胴部を狙った。
 弾はもちろん防弾アーマーで止められるわけだが、衝撃は止められない。果たして彼らはそろって硬直し、次のひとりを仕留められるだけの時間を王魔へ与えてしまう。
 近距離からの一発でフェイスガードを割られた男が倒れ、悶絶した。どうやら頬骨が折れたらしい。
「弱装弾を使うなら専用の銃を用意するべきだったな」
 ライフリングの絞りがきついのか、火薬を減らした弾がうまく押し出されてこず、狙いがずれたのだ。わざわざ他人の弱装弾を使わずとも、自前の銃と弾が使えていたなら完璧な結果を出せただろうが、今日は経費をかけないことが最優先。申し訳ないががまんしてもらおう。
 王魔は肩をすくめて踵を蹴り下ろし、男を気絶させておいて、さらに進む。
「なんだ、銃口から自分を外す程度の体術も身についていないのか」
 それがまったくもって常人の到達できる域ではないことを自覚せぬまま、王魔は残る傭兵を撃ち倒し、打ち倒した。

 敵が2個分隊で編成された小隊で臨んでいることは、その通信状況や連携の取りかたで知れた。隊長と思しき男を含めて9人を倒したから、残るはあとひとりであるはずなのだが。
 と、王魔の足が止まる。
 その前を、ひとりの男が塞いだのだ。傭兵であることはまちがいないが、武器の類いはつけていない。代わり、グローブをつけた両手をゆるく開き、武道で云う左自然体で立っている。
 格闘家か。王魔は相手の正体を見て取り、さらに思った。無料で決着をつけられるのはありがたい。
 王魔は爪先で間合を探り、相手の反応を計る。その動きに乗せられることなく自分を保ち続けているのは、手練れである証だ。
 なら、無理をせず時間をかけていくか。王魔が決めたそのとき。
 にあああああああ。
 背の猫が窮屈さと退屈さに声をあげた。その声音でたがをはずされたのは、他ならぬ王魔である。
 ちぃ! 猫は“しゃべる”ものだということを失念していた!
 王魔は舌打ち、男へ迫る。男は王魔の打撃に返し技を合わせようと身構えたが、しかし。
 王魔の親指が弾き出した石ころが鼻へ飛び来る。顔のど真ん中を狙われたからこそ、右へよけるか左へかわすかを決めきれず、男は焦るばかり。
「すまない、予定外の始まりだったからな。初手で使ってしまった」
 ぬるりと伸び来た王魔の右脚が男の右腕を外から押し込んだ。
 人間の体とは、内へはよく曲がるが外へは曲がらず、力も入りにくい。故に押し退けることもできないまま首へ脚を巻き付けられ――頸動脈を締め上げられて意識を失った。
「まあ、真っ当な格闘戦をする気もなかったから、必然の結果なんだが」
 言い訳を残し、代わりに他の者同様、身分証を取り上げて、王魔は先を急ぐのだった。

 無事に猫を家族の元へ送り届け、王魔が得た賃金は3万円。プライドと骨を砕かれたあげく、所属組織へ無様な敗北を知らされた傭兵にしてみれば、到底納得できる対価ではありえまいが……家事手伝いたる王魔には、家主へ頭を下げることなく自由にできる金が絶対必要なのだ。
「明日はいつも通り、ゴミステーションの監視と護衛を行います」
 冒頭で口にした「常の仕事」についてを述べ、王魔は何事もなかったような顔で日常へと戻りゆく。


東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年06月29日

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