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『シネマ』
LUCKla3613

 やけに足が重い。というか、勝手に進行方向を曲げようとする。メンテナンスを済ませてきた帰り道だというのに――おかしい。
 なのでLUCK(la3613)は一度足を止め、爪先の“ズレ”を確かめた。どうやら斜め前の方向に自分を遠ざけようとしているものがあるということだ。
「無駄なことをする」
 こうなった原因については止まる前に察していた。普段ならば息をつき、気づかなかったふりをして立ち去ってやるところなのだが、しかし。
 反発でずらされそうになる爪先を全力で縫い止め、アスファルトに靴裏を削らせながら無理矢理そこへ向かう。

 LUCKは無理矢理の代償である額の脂汗をそのままに、バイザーと同じ働きをするツーポイントフレームの眼鏡を押し上げて、
「こんなところで会うとは奇遇だな。思いがけず、俺とおまえの縁は深いらしい」
 それをなんともいえない顔で見上げたのは、カフェのテラス席に座す女である。全体的なパーツの塩梅も肌の質感も日本人のそれでありながら、面立ちばかりはどこと言い切れない異邦感を醸し出していた。
「来ないでほしかったこの気持ち、届かなくて残念ですね!」
 女は直ぐに伸びた黒髪を指で梳き梳き、唇を尖らせる。
 なるほど、今日はそんな口調か。さて、素材はなんだろうな。LUCKは思いつつ、投げ渡されたおしぼりで汗を拭って、
「気持ちは届いていたさ。しかし、俺の機械に干渉してまで遠ざけたいとなれば、嫌がらせがてら挨拶くらいはしておきたくなるのが人情だ」
 実際、この女のせいだとわかったからこそ、あらん限り意地を張ったのだ。
 おまえを待つとは言ったがな、そこにいるのを知っていて素通りなどできるものか。……おまえが絡むだけで大人げを見失うのは、俺の不徳というやつだな。微妙に反省しつつ、LUCKは勝手に女の向かいへ座す。
 同じ高さに据えられたLUCKの顔へ、女は盛大に顔を顰めてみせ、「そんなに性格悪い人でした?」。
「相手がおまえだからこそムキになったんだ、イシュキミリ」
 名を呼ばれた女――鉱石で形造った人型の依代に宿るエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)はあわててLUCKの口を掌で塞いだ。
「今日はオフなので! せっかく紛れてるんですからわざわざ掘り起こさないでください!」
 掘り起こす? こんなところまで鉱石めいているのは実におまえらしい。塞がれた口の奥で小さく唱え、LUCKは両手を軽く挙げて逆らう気がないことをアピールした。そしてようやくイシュキミリの手が離れた後、あらためて言葉を投げる。
「オフということは暇なのか?」
「暇じゃないですー。今日は夜まで篭もる予定なので」
 イシュキミリの言い様にLUCKは考え込んで、
「篭もる? ひとり酒なら篭もらんだろうし、俺をあれほど強引に立ち去らせる理由もないか。差し障りなければ正解の発表を頼む」
 果たしてイシュキミリは観念し、ため息交じりに答えた。
「映画です」

 結局イシュキミリの後をついていく形で、LUCKは街の片隅にある小さな映画館へ。
「映画館か。今の俺になってからは初めてだ」
「映画館で合ってますけど、細かく言えば旧作を主体に上映してる“名画座”ですよ」
 イシュキミリは売店で買ったアイスコーヒーを手に客席へ向かい、最奥の真ん中の席に座す。
 急ぎそのとなりを確保したLUCKだが、そもそも客がほとんどいないので意味はなかった。
「これから6時間くらい見続けますので、いつでも帰ってくれていいですよ」
「わかった、ここでおとなしくしている」
「言葉が通じない……」
「なにせおまえが相手だからな」
 軽く応酬しているとブザーが鳴り、灯が落とされる。LUCKはスクリーンに集中するイシュキミリの邪魔にならぬよう気配を潜め、映し出される色褪せた情景へ目を向けた。
 今日のプログラムはとある映画監督の作品集であるらしい。こうして観ると、やはり監督お気に入りの俳優がいるようで、ある作品では主演を、別の作品では助演を務めて物語を彩ってみせる。
 ――イシュキミリ。おまえが紡ぐ物語の中で、俺はせめて名前つきの役をもらえているか? それともエンディングロールの隅をにぎやかすエキストラか?
 主演男優にしろと迫るほど厚顔ではないが、できうることなら、助演くらいの役どころにはいたいものだ。しかしまあ、エキストラであっても名前が載るなら今はいい。などとうなずいてしまって、我に返った。
 まったく、俺は欲張りなのか謙虚なのかわからんな。いや、こんなことを考えている時点で欲は張っているんだろうが。
 音なく苦笑するLUCKの横でイシュキミリはスクリーンに集中し、物語へ没頭していた。それがまた、実になんとも悪くない。
 横にいるのが他の“人類”なら、おまえもここまで映画に入り込めないだろう。そうだ、俺だからこそだ。
 視線の圧で振り向かせてしまうなど、無粋に過ぎる。礼儀正しくスクリーンへ向きなおり、LUCKはイシュキミリと同じ情景を焼きつけていった。

「結局ずっといましたね」
 名画座から出たイシュキミリは、自分の斜め後ろにいる――入る前より距離を詰めてきた――LUCKへ背中越しに言い、
「ああ。映画を観ることにもだが、我ながら泣けてくるようなことを考えるのにもいそがしくてな」
 知りたいなら正解を発表してもいいが? 両手を拡げてみせたLUCKに力いっぱいの拒否ゼスチャーを返し、イシュキミリはげぇーと舌を出す。
「一途ならともかく執着には触りたくないですねー」
 執着か。俺はなぜ、どんな姿形をしているものかも知れんエルゴマンサーをここまで気にするんだろうな。
 考えてみたところで答が湧き出るはずもなく、故にLUCKはあっさりと、いや、前向きにあきらめた。
「その執着の理由は俺も知りたいところだが……知ったところで有り様は変わらないさ。結局のところ、俺はどこまでいっても俺だ」
 俺という存在の有り様、変わらないだけでなく、変えてやるつもりもないからな。これもまた正体不明の決意を込め、言い切った。
「つくづく犬系ですねぇ。血は争えないってことですか」
 血? なんのことだ? 眉根を引き下げたLUCKに、イシュキミリは訊くなとかぶりを振った。
「そんなことは置いておいて。ちなみに映画鑑賞は私の数少ない趣味のひとつなので、できれば近くに出現してもそっとし」
「今日と同じくとなりでおとなしくしている。今この場で誓っておこう」
 彼女の言葉を途中で遮り、LUCKは告げた。イシュキミリはもう、ため息をつくよりない。
「……ほんと、犬系ですね」
 イシュキミリはついにLUCKへ振り返り、言った。
「おまえがあきれる男の姿を、俺は懸命に演じることしかできないんだ」
 今日という日がもう終わるのだと弁えたLUCKは、最後に観た映画のラストシーンで主人公が語ったセリフを唱えてみる。今このときの彼の心をそのままに映した言の葉を。
「だったら曝け出したりしないで、このままずっと演じていて」
 対してヒロインのセリフを返し、イシュキミリは名残も余韻もなくその場に依代を崩壊させた。風に吹かれて流れ消えるそれを観て、LUCKは小さく肩をすくめ。
「おまえをあきれさせるなど、懸命に演じるまでもない――素のままで演じ続けられるさ」
 かくてLUCKは、己が人生というフィルムの次なる撮影場所へ向かい、歩き出した。


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2020年06月29日

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