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『Happy Birthday』
ネムリアス=レスティングスla1966

「これでよし、と」
 ネムリアス=レスティングス(la1966)は、倒さねばならぬ宿敵の手がかりを探すべく、スペインに向かっていた。
 キャリアーに座標を入力し終え、あとは飛んで行くだけだ。
 目的地まではまだしばらくかかる。
「今のうちに休んでおくか」
 ネムリアスは実験装置のようなカプセルに入った。
 足元からひたひたと特殊な液体がカプセル内に注入されてゆく。
 液体が満たされて行くにつれ目を閉じ、やがてゆったりとした浮遊感と共に眠りに入り……、ネムリアスは夢を見た。
 自分が生まれた時の夢を……。


 夕焼けの光の中、見覚えのある景色が広がっている。
 そこはすでに存在しない場所だった。
 もう、俺の頭の中でしか存在しない場所――。

 どこまでも広がる緑と砂の大地の中に、近代的で殺風景な金属の建物が密集して建っている。建物の密集した町はあちこちに点在しており、それらの町を数本の太い道路が繋いでいた。
 それは古い世界の風景だ――。
 その風景に、両腕が異形の男の姿が被さった。
 逆光で男の顔はよく見えないが、見覚えがあるような気がした。
 男は、俺に語りかけてくる。
 悪いことをした。
 自分という存在のせいで俺が生まれたと、
 何故かすまなそうに、そう言っていた。

 でも、自我がない俺は男の言っていることが理解できない。
 言葉そのものの意味は解るが、どうして男が俺にそんなことを言うのかが、まるで理解できなかったのだ。
 男はさらに言葉を続け、
 せめて自由になって欲しい。
 『目を覚ませ』
 と言った。

 そして、俺は『目覚めた』

 目覚めた俺が真っ先に理解したのは、俺が処分される寸前だということだ。
 まだ俺がカプセルの中で目覚めていることに気付いていない研究者達が、俺の傍で訳知り顔で語っているのが聞こえる。
 俺は失敗作のクローンで、不要な塵なのだと。
 不要な塵はいらない。
 だから、処分する。
 その言葉に俺は突然何かの感情が心に湧き上がるのを感じた。
 『死んでたまるか』
 そう強く思った。
 それは蒼く燃える炎のような憤怒だった。

「お前達の言いなりになって死ぬつもりなどない!」

 俺は不意に両腕の義手に秘められた武器を展開し、カプセルを破壊して外に出た。
 研究者達は俺の突然の反逆ともいえる行動に驚きを隠せない。
 俺を捕え再び縛り付けようとする兵隊達が現れた。

 俺はそいつらを皆殺しにした。

「自分達で俺の義手に仕込んだ武器で反撃されるとは、思ってもみなかっただろう?」
 研究者達が送り込んだ奴らの死に対して無感情のまま、俺はすぐに逃げた。
 立ちふさがる邪魔な奴らは全て殺した。
 何も考えなかった。頭にあったのは、『死んでたまるか』ということと、ここから脱出することだけ。
 脱走の途中、両腕が異形の死体を見たような気がしたが、
「まさかな……?」
 俺は『逃げる』ということ以外を頭から追い出して、研究所から逃げ出した。

 出来るだけ町から離れ、小高い山が連なる拓けていない土地までどうにか逃げて来た。
 その間にも追手が執拗にかけられ、俺は必死にそいつらを倒し、殺した。
 辺りはすでに暗くなって、雨も降り始めた。
 走っては転び、転んではまた走って、追い付いて来た追手を倒して。
 何度転んでも俺は立ち上がって走った。
 奴らの支配から逃れるために。
 しかしいくら追手を倒しても、奴らは次々に迫り来る。暗闇も雨も奴らの障害にはならず、己の体一つで自分の足で走るしかない分、俺の方が不利だった。
 だんだん見つかるまでの間隔が短くなってくる。
「くそッ、どこまで追ってくるつもりだ……!!」
 だけど俺は心の片隅で分かってもいた。
 奴らはどこまででも追うのを諦めないということを。

 俺を、始末するまで。

「奴らからは結局逃げられないのか……ッ!」
 今も追手を闇に乗じてやっと殺し、俺は喘ぎながら樹に寄りかかった。
 体力がもはや限界だった。

 そして――、とうとう俺は諦めてしまったのだった。

「俺が逃げて来たこの道のりは、全部無駄だった……」
 蒼い憤怒の炎が消え急速に心が冷えていき、手足から力が抜ける。
 俺はずるずるとその場に座り込んだ。
 足も手も、体中泥まみれで汚れている。
 だが、全部どうでもいい。
「ここで死ぬのか……」
 ぽつりと俺はつぶやいた。
 ここに留まっていれば追手に見つかるのも時間の問題だろうが、もう体力の絞りカスも気力の一滴さえもない。
 俺は死を覚悟し、それさえもどうでもいい境地になっていた。

 そんな時だった。
 かさりと草をかき分ける音がして、彼女が現れたのは。
 俺は、彼女と出会ったのだ。
 俺が母と慕い、そして俺のせいで二度も命を落とすことになる女性に。

 それでも、その時の俺にそんなことなど知る由もなく。
「誰だか知らないが、早くここから離れた方が良い……。とばっちりを食って死にたくなければな」
 俺の言葉に彼女は一瞬びくりとしたが、彼女なりの観察眼と判断力で俺の事情を察したようだった。
 何も聞かずすぐに俺に肩を貸し、歩かせてくれながら彼女の家へ連れて行かれた。
 追手に捕まることはなかった。

 俺は救われたのだ。
 救われるべきではなかったのに……。
 あの時の俺に彼女の未来が見えていれば、俺は彼女からも逃げただろう。
 けれども、運命とやらは俺に彼女の未来を見せず、俺は彼女と出会ってしまったのだった。

 そうして、この日、『俺』が生まれた。

 これが、俺が誕生した日の物語だ。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもご注文ありがとうございます!

今回は発注文にあった最後の一文、「これが、俺の誕生した日の物語」というのを活かしたかったので、ネムリアスさんの一人称での文体にしてみたんですけど……どうでしょうか。
気に入っていただけたら嬉しいです。

セリフや細かい部分の描写は私の想像力で補って書いた所ですので、イメージと違うと感じる所やこうじゃないと思われる所があるかと思います。
もし「一人称の文体は変えて欲しい」とか、他の小さなことでも、気に入らない箇所がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

またご縁がありましたらありがたいです。
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久遠由純 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月29日

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