▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『月のない夜は気を付けて』
桃李la3954


(悪い時に会っちゃった、かな?)
 桃李(la3954)は、単独任務の帰り道にそれに出会った。暗い夜道に気を付けろ、とはよく言ったものである。丈が少し長いスーツをなびかせたヴァージル(lz0103)は明らかに不機嫌だった。理由はわからない。空腹だったのか、別のライセンサーと戦って負け掛かったのか。

「お前か」
 アメリカで会った桃李のことを、ヴァージルは覚えていたらしい。ぬるい風が吹いた。嫌な風だ。
「やあ。随分と虫の居所が悪そうだね?」
「ああ」
 ヴァージルはすっと銃口を上げた。
「お前が死ぬほど悪いよ」
 間髪入れずに発砲。避ける隙がなかった。そんな銃撃が二連続。こめかみと喉に当たった。イマジナリーシールドがあるとは言え、そこに銃弾が当たるというのは決して気持ちの良いものではない、ひやりとした錯覚が走った。
 単独任務だったと言う事は、ネメシスフォースでグラップラーの桃李を回復するライセンサーは誰もいなかったと言うことだ。
 つまり、イマジナリーシールドは万全ではない。
(まずいな)
 残り少ないハイフォースで反撃する。ヴァージルはそれを避けながら、靴を鳴らして桃李に詰め寄った。再び、連撃。今度は額と腹。
「!」
 威力こそないが、的確にシールドを削ってくる。元々の生命力が目減りしていたせいで、あっという間に桃李のシールドは赤ゲージだ。
(まずい)
 頭の中で赤ランプが瞬いている。しかし、EXISと違って拳銃の射程は長い。おまけに二挺ともなると、ただ全力移動で逃げ切るのは難しそうだ。
 しかし、ヴァージルが場所を選ばずに発砲しまくったおかげで、桃李にもチャンスが回って来た。パトカーのサイレンの音がする。誰かが通報したのだ。気付かない内に、人が通りかかったのだろう。
 ヴァージルは振り返って舌打ちした。片手間で引き金を引く。
 桃李のシールドが、それで完全に破壊された。辛うじて気絶は免れたが、二発目が桃李の脇腹を掠めた。相手がよそ見をしていたおかげで助かった。狙われていたら、間違いなく急所を貫いていただろうから。
 弾丸はベストとシャツを裂いて、白く柔らかい皮膚も破った。堰を切ったように血が溢れる。弾丸は掠めただけだったから、そのまま着物を貫通して地面にめり込んだ。
 桃李は踏みとどまって、着物を脱いだ。ばさっ、と風が動く音にヴァージルが気付いた時には、視界いっぱいに着物が広がっている。それが落ちた時には、桃李はもういなかった。
「……逃がしたか……」
 別に、殺すのが目的で狙っていたわけではない。血の跡をたどれば桃李にはすぐ追いつくだろうけど。
 警察官がこちらに向かって歩いてくる。ヴァージルは着物を拾い上げると、にこやかに警官たちの方へ歩いて行った。


 数時間後、桃李は脇腹の手当を受けながら、警察官殉職のニュースを聞いていた。ああ、彼らは運が悪かったなぁ、などと考えながら。処置の手が傷に触れる度に、痛みが走って、そこに神経があるのだと実感した。

 あの後、傷を押さえながら人のいないところで止血し、その後にSALFへ帰還した。単独で桃李を派遣するくらいなので、SALFからしたらその任務は難易度が高いと言う認識はなかった。それがどうだろう。桃李が大怪我をして帰ってきたのだから、大慌てだ。一体どうしたのかと問われて、
「ああ、どうも治安が悪い所だったみたいだよ」
 と、彼は答えた。どのみち、ナイトメアのリジェクションフィールドと違って、ライセンサーのイマジナリーシールドは普通の銃火器であっても損傷する。例えば、本当に治安が悪くて桃李が強盗か何かに撃たれたとしても、こうなることはありえる。SALFはすぐに病院を手配した。
 あの町も治安が悪くなったなぁ、と、控え室にいる看護師たちが言っているのが聞こえる。それを聞いて、桃李はくすりと笑ってしまった。それが傷に響いて顔をしかめる。
 断続的な鈍痛と、不用意に動いた時の鋭い痛み。その両方にしばらく苛まれた。苛まれることと耐えられないことは別ではある。

 イマジナリーシールドが破損して、なお身体に傷を受けた。桃李の状態は重体と認定され、しばらくは暇になりそうだ。


 それから、数週間後。
「やあ、ヴァージルくん。相席良い?」
 アメリカのコーヒーショップで背中を丸めながらコーヒーを飲んでいたヴァージルを見つけた。桃李は二人がけテーブルの、正面席の椅子を引いて、返事を待たずに座る。ヴァージルは驚いた様に顔を上げた。それはそうだろう。先日殺し掛けた相手が、突然自分の目の前に座ったのだから。お礼参りと考えるのが普通だ。腰のホルスターに手を掛けようとして……桃李が何事もないかのように飲み物を注文するのを見て、手を離す。
「何の用だ」
「別に? 見かけたから、折角だし相席にしようかな、と思って」
「お前、俺が『何』だかわかってるよな?」
「もちろん」
 ヴァージルはエルゴマンサーで、それはつまりナイトメアと言う事で……人類の敵だ。桃李や、この店で働いている人間、ヴァルキュリア、放浪者にとっても、彼は敵だ。
 ナイトメアと戦うにはEXISが必要になる。そしてEXISを使えるのは適合者だけだ。なおかつ、桃李はその適合者で、SALFからライセンスを交付されている。つまり、桃李はヴァージルと対等に渡り合うことができる人類の一人。攻撃しない理由がない。
「……変な奴」
「だって」
 桃李は何でもないように笑った。
「殺されそうにはなったけど、実際殺されたわけじゃないし。君が憎いわけでもないからね」
「死んだら憎むこともねぇだろ」
「そうかもしれないね」
 もっとも、この腹の底の読めない青年が死ぬところを、どうしても想像しづらいヴァージルである。
(こいつ、殺しても死なないのでは……)
 と思っている。それが顔に出ているものだから、桃李はにっこりと笑った。
「俺が殺しても死なないって? ──その内試すかい?」
「その内って言うんだな……この場で、じゃなくて」
「戦場で会った時で良いじゃないか。ここは戦場じゃない。コーヒー屋さんだし、ね?」
 そんなことを言っている間に、桃李の注文した飲み物が運ばれてきた。まだ探る様なヴァージルの視線を、どう受け取ったものか──あるいは意図を理解した上でか、
「一口欲しいの?」
「いらねぇよ……」

 戦うべき場所で会ったなら、武器を抜く。
 けれど、それ以外の場所で会ったなら、顔見知り以上友達未満の知人。そんな態度で桃李はヴァージルに接している。

 ヴァージルからしたら、この上なく気味が悪い。けれどなんとなく振り払う気にもなれなくて、結局桃李が飲み終えるまで席を立てないでいた。

「またね」
「約束はできない」
「わかってるよ」
 ただ、ヴァージルが地球で暴れていれば、SALFに通報が入る。どこにいようとライセンサーは駆けつける。
 約束はしなくとも、その時桃李が会おうと思えば会えるだろう。

 だからこそ、
「またね」
 桃李は次会う人の挨拶をして席を立った。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
物理的に痛い感じ……と言う事で痛みの描写を盛り込んでみました。怪我すると、ベースの痛みの他に触った時の一時的な痛みもあるんですよね。
桃李さんの読めない感じを、NPC通して描写させて頂きました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
シングルノベル この商品を注文する
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.