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『大切な宝箱のなか、ふたつ』
時音 ざくろka1250)&白山 菊理ka4305

 その家には、大家族が暮らしている。

 時音 ざくろ(ka1250)はその大家族の主と呼ばれるべき存在だ。かつては細く薄い、所謂もやしっ子のようにも思われた彼ではあるけれど。
 覚醒者となりハンターとしての研鑽を重ねた結果、女性に間違われる機会は格段に減ったと言えるだろう。
「ざくろは男だからぁ〜!」
 なんて悲鳴まじりの必死な声をあげなくなったのはいつだっただろうか。
(ずいぶん昔のことのように思うけど)
 果たして本当にそうだろうか?
「うぅーん……」
 つい唸り声をあげるのも仕方がない。あまり現実を直視したくはないな、と考えたり、どうにかして最近の記憶から追い出そうとしているのだけれど。
「……ざくろ?」
 そっと触れてくる手に案じる想いが籠もっている。その手の主を見上げれば、白山 菊理(ka4305)がざくろの髪を撫ぜて、心配そうに覗き込んできていた。
「私の膝では不具合があったか……」
「そんなことないよ、菊理!」
 慌てて起きあがろうと腹に力を籠めたけれど、離れたら余計に意味がないと思いなおす。極力身体を動かさないようにしながらも誤解を解くために今、必要なことは?
「さっきのはね。ちょっと嬉しくないことを思い出していたから」
 正直に話して、菊理に咎なんてないことをはっきりさせるしかないだろう。
「だから、菊理がこうして癒してくれないと」
 その存在こそが必要なのだと、愛も込めて続ける。
 離れてしまった菊理の手を取って、もう一度、ざくろ自身の髪に触れてもらえるように誘導して。
「だから……ね? 菊理?」

「……」
「撫でてもらえるの、すっごく気持ちよかったんだ」
「そう、だろうか」
 誘導されるままにざくろの髪に触れる。自らの膝の上に乗った夫の頭から流れる黒髪は菊理自身の髪と比べると色だけでなく、長さもまた、近い。
(私の子供が生まれたら、やはり黒髪なのだろうな)
 それはリアルブルーに居た頃なら、故郷に居た頃ならごく当たり前のことの筈だった。それがむしろ貴重な事のように感じられるのは、ここがクリムゾンウエストだからだろう。
 恋や愛に疎かった菊理がもし、転移に巻き込まれなかったら。誰かと恋愛関係になることはなかったように思うし、今頃はきっと父の指示された相手と政略的な縁組をしたのだろうと思う。少なくとも、ただの学生だった頃はそんな未来を漠然と受け入れる日々を送っていたような気がする。
 けれどそれは現実である今とは全く別の、空想のお話になっていた。当たり前だった世界から放り出された気分はすぐに薄れて、この世界への興味が溢れて。柵の無い場所で自由に過ごすことの楽しさを覚えて。そして掴んだ今は、日々が優しい気持ちに溢れている。
「本当、ざくろはれっきとした男なのにね!」
 耳に心地よい熱をもたらす声は膝の上から変わらずに続いている。ぼんやりとざくろの顔を眺めながらも菊理の手はざくろの髪をなで続けているのだけれど、時折挟む相槌だけでも夫の機嫌は上昇するものらしい。先ほどはどこか不満げな唸り声だったし、今口にする話だってその時と同じ内容の筈だけれど。口調が明るいものへと変わっているのは、確かに。菊理に癒されているのだと、仕草や表情からも教えてくれているのだ。
「……ふふ」
「? 菊理、そこで笑うなんて」
 咎める言葉だけれど、ざくろの表情が形作るのは微笑みだ。
「でもよかった、やっと笑ってくれた!」
「……変な顔でもしていたか?」
 首を傾げたついでに手が止ってしまったのを、駄目だよと催促されて。撫でる手を止めないように気をつけながら先ほどまでの自分を思い返す。
「さっき、遠慮しようとしたでしょ?」
 膝枕の具合が悪いなら、とやめようとしたことだろうか。
「ああ、確かに……」
 妻としてできることを、と思っての触れ合いが夫を苦しめては意味がない、と確かに思っていた。
「だが、すぐに訂正してくれただろう?」
 だから大丈夫だ、と男らしく断言すれば、更に破顔する夫が見れた。

「菊理との時間なんだから、離れて欲しくないんだよ?」
 こうして膝枕が気持ちいいことも間違いではないのだけれど。なんて続ければ菊理の笑顔がまた見える。
(やっぱり、大好きな人には笑顔で居て欲しいよね!)
 その為にできることはなんだってしたいと思う。それは菊理に限らず、家族全員に言えることだけれど、今この場は二人きりだから、菊理のことだけを考えていればいい。
 慣れていないから、だとか。他にも家族は居るからと、どこか遠慮がちな菊理もそれはそれで美点だとは思うけれど。
 ざくろにしてみれば、誰かが特別な一番だとか、優劣をつけているつもりはなかった。確かに子供のできた順番というのはあるだろうし、出会ってからの時間の差だってあるのは勿論だけれど。今は全員。ざくろにとって大切な、恋人で、奥さんで、一緒に子供を育んでいく家族だ。
 子供達はこれから先も増えて行って、ざくろにとって大切な家族はまだまだ増えていくのだけれど。その家族の誰に対しても変な遠慮はして欲しくないし、大好き、の気持ちはありったけ向けていきたい。だから伝わるようにいつも気にかけているつもりだ。
 人数が増えたことで、ひとりずつ向き合う時間をとるにはどうしたらいいだろうか、そんな悩みはざくろが考える前に先回りされていた。
(育児のローテーションスケジュールを作った時と同じように、ざくろのスケジュールとか、皆のスケジュールも考えてくれるとか。流石奥さん達だよね)
 いまのざくろは。東方の地を治め観光地化を進めるひとりの領主で、多くの妻を娶った夫で、彼女達との間に生まれた子供達の父親だ。
 領主としての仕事が決まったら、その隙間。休憩時間や休日に誰と過ごすかを考える機会は随分と減っていた。
 自由なハンターだったころはその時に受けた仕事と、家族になる皆とのことをその都度考えればよかったけれど、領主としての肩書や責任を得たことで余裕が少しだけなくなっていたのだ。
 けれどその変化をざくろに気付かせることなく、家族が皆協力して円満な関係を築く手伝いをしてくれているのだ。皆で揃う時間、二人で過ごす時間、仕事を優先する時間、仕事を忘れていい時間。厳密なものではないけれど、ざくろが願う通りに皆を同じくらい大切にする時間、その機会は妻たちそれぞれにあって。けれど一番に優先されるのは、ざくろが自由に過ごす時間だった。
 ざくろは冒険が好きだけれど、それはひとりで行うものとは思っていなかった。未だって大切にしているご先祖様の手記には、確かに一人旅の記録だってあったけれど、それよりも方々で出会う人々との交流がとても鮮やかに記されていた。だからざくろは誰かと冒険の結果を共有することを最も素敵なことだと思っているし、その誰かが自分の大切な人なら、それはもっと素敵なことになると思っている。
 だから一人でいるよりも、誰かと一緒に過ごすことを好む。空いた時間があれば、その時間は自分達に、心を向ける為に使ってくれると、家族は皆わかっているし、そう信じている。
「今はね、菊理?」
 内緒話のように、囁くような声だけれど。これは最近になってざくろがいつも考えていることで、こうして機会があれば何度だって家族に告げている言葉になっている。
「この場所が、ざくろ達の家になったこの土地が、ここにある全てが、皆で走り抜けた冒険のゴール。宝物なんだ」
 素敵な奥さん達との出会いだとか、皆で過ごした時間。リアルブルーに居た頃とは全く違う力を使えるようになって、これからそれが少しずつ落ち着いて、元の通りに戻るのだとしても。冒険した日々は消えるわけがない。
 同じ記憶を、思い出を共有する大切な人達とこうして穏やかに過ごせるようになった。
 故郷にも帰ろうと思えば帰れるようになった。世界の謎には確かに解き明かされている。
 失ったと思っていたものは、失ったままにはならなかった。今振り返れば、得たもののほうが多い。
 大切だと思う全てが、両手で抱えきれない程に溢れている。一度で抱えられないなら、何度だって抱えなおせばいいし、それを待ってもらえる。
「なら、冒険は卒業か?」
 改めて、今のざくろを包む幸せに思いを馳せながら過ごす穏やかな時間。それを改めて堪能していれば、菊理の声が降って来た。
 同じリアルブルーを故郷に持つ者同士だけれど、きっと、それだけではこんな関係にならなかったかもしれないひと。
「どうだろう?」
 目を開けなくても、菊理が微笑んでくれる気配が伝わってくる。口調を気にしている時期もあったけれど、それを補って余りある優しい雰囲気は、より菊理を魅力的にしてくれる。

「冒険って名目で、まだ開発に手を出していない領地を巡るのっていいと思わない?」
 目を輝かせて告げるその声は、全てを楽しんでこなしていく天性の才能だと思う。
「それは、視察と呼ぶのではないだろうか」
「あっそれだね! どうかな菊理?」
「付き合うのはやぶさかではないな……いや、是非一緒に」
 リアルブルーでは父親の仕事に同行する機会はなかったけれど、今は領主夫人としての立場があって。何より自由に決めていける。
 譲り合いだとか、順番だとか。気にしていた時期はあったけれど、そんなこと全て気にならなくなるくらい、日々が慌ただしい。
(いや、充実している、というのだろうな)
 賑やかな事にも慣れて、自分の産んだ子ではなくても可愛らしいと、家族だと思える程になった。それだけ、菊理の家族という定義は変わっている。
 原因、いや切欠は間違いなく夫であるざくろだ。このひとの手を取ったことに、自身の過去との変化を見つける度に誇らしさが増す。
「温泉を掘り当てた時みたいに、新しい発見があるといいよね」
 多少の怪我は治せるとはいえ、急に噴きあがる水柱に慌てたその記憶もまだ新しく鮮やかだ。結果的に領地の為になるものだったわけだけれど、ハプニングを楽しむ日々は退屈とは縁遠くて……そう、楽しいといつも、思っている。
「……そうだな。着替えは忘れないようにしないと」
「えっ、それってまた温泉が見つかるってこと?」
 何のフラグ!? なんて慌てるざくろの様子につい笑いが零れる。
「温泉とは限らないだろう」
 他の資源の可能性も、と言う前にざくろの話が続いて。
「そうだけど。でもせっかくだから、温泉が沢山掘れるといいかなあ」
「泉質が違うならわかるが。場所が離れているなら、湯を引くのも面倒じゃないだろうか?」
 菊理が思い描くのはリゾートスパのような集合施設だったりする。
「別に一か所に集めなくてもいいと思うんだ。スタンプラリーとか、温泉巡りしてもらって、領地の色々な場所に足運んでもらえるようにしたり?」
「……その手があったか」
 それにね、と続く声。
「さっき、開発とは言ったけど。なるべく、今ある景色とか、そういう素敵なものも活かしていきたいし!」
 宝物だから、大切にしていきたいと、そういう理由のようだ。
(その宝物の中に、私も含まれている……)
 それを、日々を通していつだって伝えられているから。自然と頬が緩む。

「お仕事の話になっちゃった!」
 ゆっくり過ごすつもりで居たのに、と慌てれば、大丈夫だと頷かれる。
「退屈だとか、つまらないとかそんな事にはならない。むしろ、楽しめていた」
 その言葉を後押しするように、菊理の瞳は真摯な光が宿っている。その様子に安堵してから、ざくろはゆっくりと体を起こした。
「……もういいのか?」
 名残惜しげな声音に微笑んで、遠慮する隙を与えないうちに菊理の身体を抱き寄せる。抵抗はないから、そのまま菊理を抱きしめる。
「菊理にたくさん癒してもらったから、今度はざくろがお返しをする番だよ」
「っ」
「……菊理。このままでいて?」
 髪を撫でて、背を撫でて。抱きしめるのは妻の柔らかな体、潰さないようにそっと、優しく包む。
「ふたりの時間……もっと、近くで。くっついていたいな」
 仕事に向かう時間だと呼ぶ声が届くまで。ざくろの腕も、菊理の腕も。互いの背に回っていた。

 その屋敷には、一人の領主と、愛し合う多くの女性達、そして愛の結晶達が共に、幸せに暮らしている。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【時音 ざくろ/男/18歳/機奏導師/気高き姫には笑顔の花を、同じ温もりを分け合って】
【白山 菊理/女/20歳/刀機導師/円熟に至る道を傍で、共に見つめていけるなら】
おまかせノベル -
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2020年06月29日

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