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『その眼にかかるは』
ヴィルマ・レーヴェシュタインka2549

 ふみしめる地面は見えるのに。
 のばした手の先が見えないの。
 ぼやけた世界が続いているよ。
 光も色もあいまいで手さぐり。
 怖いきもちもおおって隠して。

 空気はいつもしめったままで。
 冷たいと思ったのは最初だけ。
 ずっと包みこんでくれるから。
 あたたかく感じるのが不思議。
 ひとりじゃないって思えるの。

 勇気をふやして歌って歩こう。
 怖いまものは寄ってこないよ。
 霧がまもってくれているから。
 魔女のおうちに辿り着けたら。
 笑顔のごほうびがまっている。

「すてき!」
「あら、随分とお気に入りになったのね?」
「だって、おかあさま。きりのまじょって、とってもやさしいの」
「どうしてそう思ったの?」
「たすけてほしいって、がんばるこを。みまもってくれるわ」
「見ているなら、助けられるのではないかしら?」
「いいえ、それじゃあだめなのよ、おかあさま! たすけたら、“しれん”にならないのだもの」
「そうね。頑張った子へのご褒美で、助けてくれたりするのだものね」
「でも、ね」
「何か、気になることがあったの?」
「きりのまじょは、きっと。いつもはひとりでさびしいのよ」
 返事はないけれど。続きを促す視線に背を押されるように、言葉を続ける。
「きっとなかまがいないのよ。いっしょにいられないのだとおもうの」
 話し相手が欲しくて、気紛れな手助けをするのだと信じていた。その魔女の心を温めたかった。 
「だからね、わたし。おおきくなったら、おなじきりのまじょになるの。このやさしいきりのまじょと、おともだちになるのよ!」
「そう……きっと、貴女ならなれるわ。未来の、霧の魔女さん」

「……」
 このまま瞼を開けずにいたら、もう一度眠りに誘われないだろうか。
 胸が苦しくて、けれど温めてくれた筈で。もっと感じていたかった筈なのに。
 夢の残滓は捉えどころがなくて、今にも消えてしまいそうで。
 ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)の中に欠片も残すまいと、するりと逃げていこうとしている。
(夢……)
 暖かい筈の寝室に、どうしてかひやりとした空気を感じる。
 のろのろと腕をあげて目じりに触れる。雫の流れた跡を辿り、拭って。
「……霧の、残滓だとでも」
 自身の擦れた声に驚いて、喉の渇きを思い出す。
 確かに、憧れていた霧の魔女を夢見ていたのだと思う。
 その証拠はぺろりと舐めとられて、有耶無耶になってしまったけれど。



「ね、幸せの味だと思わない?」
 差し出したマシュマロを強引に食べさせて、その感想を求めたのは。まだ皆とぎこちないようにみえる執事見習いと仲良くなりたかったから。
「あなたは仕事のことばかり考えすぎよ」
 常日頃からそう伝えているというのに、どうしてもビジネスライクな態度が抜けない。もっと気を楽に持てばいいと思う。
 確かに主従の関係ではあるのだけれど。このお屋敷で暮らしている者同士で、皆家族と同じようなものだと思っている。
「お父様だって、お母様だって。同じように言わなかった?」
 勿論ヴィルマは淑女教育を受けていて、他の誰かの目があるときは相応の対応を取るけれど。お客様が自分のような子供に会いに来ることはそうなくて、だから人の目を気にする必要なんてないのだ。
(兄が居たら、こんな感じなのかと思うのだけどな……)
 ヴィルマは両親の間にうまれた一人娘なので、兄弟姉妹は居ない。同年代の友人というものは皆無ではないけれど、接する機会を考えたらこの仮想兄に比べるべくもない。
 他の使用人達に比べたら年が近い、というだけの相手だけれど、親ではない甘えられる相手、という存在に憧れがあったヴィルマは早々になついた自覚があった。
 見習いが、最初から家の主に仕えることはない。いつか仕事を引き継いで正式な執事になった時は、ヴィルマ専属執事のような今の状況もきっと終わりを迎えてしまうのだろうとわかっている。
(だからこそ、期間限定のお兄様……そう考えたら、なんだか物語みたいになってきたわ)
 余計に、今この時間を楽しもうと思いはじめる。
「焼いたマシュマロを、ビスケットに挟んで食べたりもするらしいのだけど」
 焼き立てが一番美味しいのだと聞いてキッチンに押しかけたことがある。流石にお行儀が悪いと怒られてからは自粛しているのだが、出来る事ならあつあつをぱくりと頬張ってみたい。
「機会を伺っているのがわかるのかしら? 何か頑張った後のご褒美として時々出してもらえるようにはなったのよね」
 それでも、運んでくる間に少し冷めてしまっているのが残念だと思っていたりする。
 僅かに肩を落としたヴィルマの様子で気付いたメイドが、火傷の防止も兼ねているのだと伝えて来たので文句も言わないようにはなったのだが。
「あなたなら本当の焼きたてをたべられるかもしれないわよ? その時は、感想を教えて頂戴ね」
 押しつけた皿の中のマシュマロが順調に減っているのに気づいたヴィルマはにんまりと笑みを浮かべた。
 仲良くなる糸口を見つければ、あとは回数を重ねていくだけだ。

(今も好んでいると聞いているのじゃ)
 来客のある日の朝に毎回のように迷うのは、用意すべきお茶請けの量についてだ。
 マシュマロについては問題ない。余っても当人に持たせればいいと分かっているので、少ないよりは多い方がいい。
「前もって頼んでいた物ができたとはいえ……」
 視線を向けるのは別の場所だ。この家に常備するために置かれた専用のキャンディボトルの中は彩りが豊かだけれど、特に赤い飴玉が多く入っている。減ってしまっている分を補充した後、ヴィルマは新たなキャンディボトルを取り出した。
 海の色、空の色、雨の色。様々な青と水色だけを集めたことでグラデーションとしても綺麗に仕上げられたそれは、ヴィルマの髪色に、瞳の色に似た輝きを放っている。
 今はまだ、見た目通りの味のものばかり。ミントやラムネ、リアルブルーの技術を駆使したブルーハワイとやらのおかげで鮮やかさも増した。
(我自身でも研究をしてみるかのぅ)
 苺味の青い飴が出来たら。サプライズプレゼントになるかもしれない。
「涼しげじゃの」
 二つのボトルを並べて眺める。
「……サイダーじゃったか。あれを買って来ておこうかのぅ」
 グラスに飴と一緒に注いだら、愛しい人の喜ぶ顔が見れそうだ。



 街道はつながっているはずで。
 歩いても歩いても扉は見えず。
 おうちに招いてもらえるのは。
 魔女の手がとどいた家族だけ。
 真実はうわさでおおい隠して。

 霧が広がるのは魔法のおかげ。
 怖がる誰かにはめくらましを。
 必要な誰かにはみちしるべを。
 包みこむ霧は道をつくりだす。
 おおくの優しさを知ったから。

 挨拶にはおもてなしを添えて。
 ただいまにはおかえりを返し。
 迷い子には手を差し伸べよう。
 扉の向こうで待っているのは。
 昔も今も先も笑顔のごほうび。

 視界を遮る前髪はもうないのに、気付くと手を伸ばしている。
 隠していた傷はもう気にならないが、時折、こうして無意識に探るのは随分と長い時間それが当たり前だったからなのだろう。
 周囲を見渡して、夫の気配がないことを確認して……ほぅと息を零す。
 今は変に癖となってしまったこの仕草に気付かれたら。
「慣れたようで、慣れぬというか、のぅ」
 見惚れてくる瞳の熱は、いつだって心を忙しなくさせる。
「まずは」
 視線を戻して。
「絵本の完成が先じゃな」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ヴィルマ・レーヴェシュタイン/女/23歳/霧魔術師/長きの憧れが輝き、刻まれた記憶が彩り、これからも】
おまかせノベル -
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2020年06月30日

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