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『お前は知らない俺の記憶』
そよぎla0080

 皮膚を破って肉を齧り、骨までしゃぶり尽くす。ぐちゅぐちゅと濡れた音が断続的に誰もいない静かな空間に響き渡って、ふと俺は“それ”を咀嚼し続ける動きを止める。嗅ぎ慣れている筈の血の臭いが急に不快に感じたのだった。俺。俺は一体何なのだろう。俺は今まで何をしてきたのだろう。ずっと掴んで食べていた物を放り捨てて、空を仰いだ。真っ黒だった。頭を下げれば近くにある街灯の光がそれを照らし出す。血でぬらぬら光った死体。今までは当たり前にしていた行為が気持ち悪くて仕方ない。無意識に足を引き後退しようとした俺の耳にやけに大きな音が響いた。俺はこの音の正体を理解している。これは俺を殺す為に鳴らしているものだった。追いかけられて傷付き、どうにか逃げ伸びてきた。今まではいけたが今後もそうだとは限らない。俺は痛む体を無理矢理に起こし、死体を食べ残してその場を離れる。といっても妙に動きが鈍く焦る。体の自由が利かず思い通りには進まない。無我夢中で進んでいてやっと、まさにこの体が作り変えられる途中だと気付いた。もう潮時か、遂に奴らに殺されてしまうのか。その危機感を裏打ちするように足音が段々と近付いてくる。俺はせめてもの抵抗にと裏路地の更に狭い通路へと潜り込んだ。体が小さいのだけが唯一の取り柄だから。だがその判断は裏目に出てしまい、行けると踏んで突っ込んだ、道の左右に箱が積まれた場所は今の俺には窮屈だった。どうにか体を横にして進んだが、その動きは遅く、しまいには腕をぶつけ、倒したそれに足を取られて転んだ。その間にも足音は次第に迫っている。死の恐怖に怯える俺は何もかもを諦めて目を閉じ、その時を待った。
「あら、ここにいたのね」
 場違いに呑気な声が聞こえ目を開く。俺を舐めているなら、せめて不意打ちで一矢報いよう。そんなやけくそな気持ちで腕を突っ張り、どうにかその場に座り込んだ。無防備に近付いてくれたら助かるのだがと考えていると目の前に真っ白な手が差し出されて、何が何か分からない。唖然とする俺に痺れを切らしたのか、先程と同じ声が「ん!」と言って、催促するように手を揺らした。
「掴まって。起きなきゃ逃げられないのよっ!」
 それは俺がヒトなら出来の悪い弟を叱る兄のようだと例えただろう。手を差し出せば躊躇せずに握られて、そして俺が思ったよりも強い力で引っ張り起こされて立ち上がる。そうしてやっと俺はそいつの顔を見た。――何というか恍けた感じの顔だ。くりくりした目が綺麗で、髪はそうだ――獣の耳に似ている。運良く長く食い漁れるときに分け前を寄越せと群がるあの獣にそっくりだ。しかしまじまじ凝視している暇もなく半ば引き摺られるようにして何処かへと連れられた。足は縺れ躓きそうになるが、その都度奴は振り返って、俺を叱咤激励しつつ前に進む。やっと足を止めたときには耳障りな音は遠くて、繋ぐ手を離すと、少し苦しげに肩で息をするそいつをぼんやりと見る。不思議と黙って逃げる選択肢は俺の思考になかった。
 ――何で俺を助けてくれたんだ?
 疑問はいつの間にやら口に出していたようで、そいつはキョトンとした顔で俺を見る。最初は俺より進化が進んだ同類と思ったが今改めて冷静に見るととてもそうは見えない。むしろこいつは俺の敵の筈だ。何故なら俺を見て悲鳴をあげて石を投げ、それから恐ろしい形相で追いかけ回してくる連中と大体同じだ。あるとすれば騙し討ちだがいくら何でもあの絶好の機会を逃すわけがない。
「だって君が生きたいって叫んでいたんだもの。大丈夫だよ、もう怖いものなんてないから」
 そう言ってそいつは微笑んで俺の前に立つと、膝をついてぎゅうっと抱き締めてきた。先程まで食べていた肉と同質の温もりに総毛立つのが自分でも分かる。生きる為に必要だからと食事する。それはヒトが動物や植物を食べて生きるのと変わらない。なのに、ヒトは俺たちを殺す。食べるわけでもないのに。自分勝手で理不尽な生物。だというのに抱き締める腕は柔らかくて温かく俺がその気になれば殺せるのに少しも怖がっていない。返り討ちにする自信がある? いやそうじゃないだろう。本当に危害を加えるつもりがないと確信出来たのは、体を離し「逃げて」と言われてからだった。子供らしい顔に二つある青緑色の瞳が真剣な色を帯びる。俺を抱き締めたから体に付着していた血が移ってそいつの服や頬が赤く濡れていた。
「本当は僕が守ってあげたいけど、でも一緒にいたら余計危ない目にあうの。だからこの街から逃げて生きるのよ。それで目立たないように、最初はこっそりして、お養父さんみたいな優しいひとと出会うの。みんなひとりじゃ生きられないものね」
 お前はと訊けばそいつは小さく首を振る。先程と同じように微笑んでいるようで何かを堪えるような苦しげな顔になっていた。眉尻が下がってうっすら涙が滲む。俺は手を伸ばそうとしたが、やめて拳を握り締めた。
「今はそばにはいないの。迎えに来てくれるかどうかも分からないけど、僕はへいき。だって僕は優しいお養父さんのこと覚えてる。素敵な思い出があればひとはそれだけで生きていけるのよ」
 思い出なんて、今までも生きてきた筈なのに、今日初めてそれを自覚したような俺には何一つない。あるのは今目の前にある現実。俺はそいつの目と顔をしっかりと覚えようとした。そいつの言うことに嘘がないのなら、俺が生きている限り、今この瞬間が俺の素敵な思い出とやらになる。そう思った。
 こいつは、生きたいと願った俺を救い出した。生きてもいいと言った。俺は――まだ死にたくない。命を奪って生きるのは怖いがそれでも最後の最後まで足掻き抜こうと思った。だから。
 ――名前を教えてくれ。
 そう問い掛ければ瞳から涙が一粒零れて、けれど弾けるようにそいつは笑った。そうしてそいつは名乗るとこう付け足す。名前を教えてと。俺は首を振った。俺に名前などない。嘘偽りなく答えれば、顎に手を添え、少し考える素振りをしてから口を開く。付けられたそれを俺は何度も反芻し、そいつの顔と共に記憶した。
「じゃあ僕たち友達だね! ぜったいまた会うのよ。それでゆっくりといろんなお話をするの。約束だよ」
 にこにこと満面の笑みのそいつが小指を差し出す。さっきの補食で知識を得ていた俺は指を絡めた。約束、それを破ることになるだなんて露程も思わずに。

 少しも体を動かせない俺に男は血走った目で、何度も何度も剣を突き刺してくる。既に痛みはなく、助からないとは分かり切っていた。だから、ぼんやり空を見上げ、青いななんて思った。あいつの――そよぎ(la0080)の瞳はこの青とは違う。青い海と緑の森を溶かして混ぜた色の目だった。あいつに出会わなければ俺は海も森も実物を目の当たりにすることはなかった筈だ。だから確かに生きた甲斐はあった。例え最後がこんな形でも、生きる為にと生命を奪った俺には相応の報いだろう。あれからかなり成長して、あいつよりも小さな体も随分マシにはなったが。どっちが成長出来たのか比べてみたかった。
「くたばれ、ナイトメア!」
 この世の全てを呪うような声で男は言い大きく振りかぶった剣が振り下ろされる。――あいつに一つだけ教えてやれることがあったな。素敵な思い出があれば死ぬのだって少しも怖くない。そうして俺は満ち足りた気持ちで生涯に幕を閉じた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
色々と尺的に足りず分かり難い部分もあったと思うので
無粋ではありますが幾らか補足をさせていただきますね。
そよぎくんは依頼を受けたライセンサーとしてではなく
通常はヒトの目には見えないものに“俺”のことを聞いて
助けに来た存在で作中でも触れているように弟のような
感覚で逃げる=生きたいと思っている“俺”に助言をした
といった話になっています。既にある程度のキャリアは
あって自分と一緒にいるのは駄目と分かっている感じで。
本当は“俺”は完全な人型ではなくって醜悪な見た目でも
気にしないそよぎくんを書きたかったですが余裕がなく。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年06月30日

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