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『さらなる世界の夢をみる』
神取 冬呼la3621

強さとは何だろう。
もし叶うならば強くなりたかった。自分だけでなく、誰かの運命をも支えられる程に強く。




「おっと、さっきの講義はお疲れ様。これコーヒーだけど飲むかな?」
先程まで共に講義を進めていたTAの青年へ、神取 冬呼(la3621)は溌剌と声をかけた。彼女たちがいるゼミ室は比較的整頓されているものの、テーブルには誰かの土産菓子の大箱だの、何かの雑誌など私物らしきものが自由に置かれ如何にも煩雑とした印象がある。否、不特定多数が気ままに出入りし研究を行う故に、大学のゼミ室というのは得てしてそういうものなのだが。
そうして青年が頷くのを確認すると、すっかり慣れた手際を以て淹れたてのコーヒーを耐熱のプラカップへと注ぐ。
「いやあすっかり慣れてきたよね。優秀なTAが居てくれて助かる助かる」
「きょーじゅったら人遣いが荒い……もといお上手でぇ」
苦い顔で青年はコーヒーを受け取るのだが、その表情がただ苦いだけのものではないということも、冬呼はちゃんと知っていた。

神取 冬呼は大学では少々目立つ存在だ。どう見ても十代、下手をすれば少女にさえ見える外見は生徒に混じっても多少浮く……にも関わらず、彼女は生徒ではなく指導者であった。文化人類学教授にして『異郷文化研究室』の指導教員。よく似合うツインテールを揺らし颯爽と歩く彼女は、大学教授にライセンサーの二足の草鞋を履くれっきとした教育者である。
とはいえ、弁の立つ彼女がひとたび口を開けば、大凡の者が『少女』という感想を引っ込めざるを得ないであろう。侮るなかれ、磨かれた巧みな話術はまさしく年齢相応、いやそれ以上と言って過言はない。それによって研究室に多大な研究費がついたとかつかないとか、そういう噂もあるくらいである。

「はー、次の講義は午後からだからね、暫くはゆっくりできる――」
「とも言ってられないかもしれないっすよ。休憩時間を挟むんで」
「あー……」
青年がそんなことを言った直後、冬呼はそのさらに後ろ、数名の生徒がちらちらとゼミ室を覗くのを確認した。
持っている教科書を見るに、どうやら先程の講義を受けていたのだろう。つまりこれは、『わからないところがあったらびしびし聞きに来てくれて良いのだよ!』という講義の終わりの冬呼の言葉を受けたものだと勘案する。
「質問かな? おいでおいで、その日のうちに聞きに来るとは将来有望だよぅ」
だから、にやりと笑い手招きをする。ほっとしたように数名の生徒がゼミ室へ入ってくると、先程までちらりと見せていた『ゆるい』様子はもうそこには無く、教師モードの神取冬呼は立ち上がった。
教職者に小休止が無いのは承知の上。そしてこれが、そう悪いものでも無いと冬呼は思う。





予てより、負けず嫌いな性分ではあったと思う。然しながら勝利の経験はついぞ多くも無く、この身体がただ憎いこともあった。人より小さく、そして弱い。その差を埋めるように懸命に生きてきたつもりだ。
「だからって、頑張りすぎたら駄目だよ」
ふと気付くと、どこか心配そうな、懐かしい声が聞こえた。コーヒーの香りにそっと目を開けると――はて、いつから寝てしまっていたのだろうか、冬呼は首を傾げると共に、腹部のちりちりとした鋭い痛みを感じた。

(ああ……)

この痛みを知っている。この無力を。ぐるぐると渦巻く、理不尽に対する憤りを。
もし『同じこと』が再び起こったなら、その矛先が向くのが自分であれ他社であれ、必ずねじ伏せてやるだろう。ついに自分が持ち得なかった『強さ』を振りかざすだけの、ひたすらに悍ましい行為だ。何度自身へ疑問を問うても、それを許すことはできない。
この世界は、小さき者にとってとても生きにくい。女だというだけで侮られ、子供に見えるからと見下される。身体が弱いという事実はそうそう覆るものではなく、必死に努めて漸く人並みなんてことも少なくない。そして何より――何より。この短い腕は、これまで本当に沢山のものを取りこぼしてきた。

泣きそうな想いで声を視線が追う。
自分と同じ顔をした、けれども違う優しい顔がそこにあった。
“彼”は少し困ったように笑って、そして立ち上がり背を向ける。

「氷――」
掠れた声で呼んだ、その声は出なかった。どんどんと彼は離れていく。
その背中に言いたいことは沢山あるはずなのに、言葉が出ない。ただ手を伸ばした。

もし叶うならば強くなりたかった。自分だけでなく、自分の周りの大切な皆の運命をも支えられる程に強く。ずっといっぱいいっぱいだったのだ。自分を助けるので精一杯で、自分を諦めたとしてもなお届かない。それを全部、終わりにしたかった。
「あのね! 私、強くなるから……」
ぐしゃぐしゃになった感情から、ぽろぽろと言葉がこぼれる。
「本当は強いも弱いも無いんだ。ただ少しずつ違うだけ――、違いを知って、受け入れて、そういう社会に出来たらもっと」
いずれまた、大きな理不尽と戦う日に、肩を並べて戦う未来もあるはずだから。
「未来で待ってて。ねえ、――」
彼は一度だけ振り向いて、エメラルドにも似た深い緑の瞳を細めた。
その刹那、聴き慣れた優しい旋律が耳に聞こえ、そして。





――覚醒。それと同時にスマホを取ると、メールのアイコンと共に画面には恋人の名前が表示されていた。これだけで恥ずかしいような、どこか幸せな気分に満たされるのが不思議だと思う。そして気付く。いつのまにかそこはいつものゼミ室で、目の前には飲みかけのコーヒーが置かれている。
「……寝てた!?」
「ミニ特別講義を繰り広げたあと、寝落ちてたっすね」
パソコンに向かっていたらしい青年が振り返り、少し呆れたような顔をしていた。
「いやまあ、起こすのも悪いかなと思って……ここのところSALFでもバタバタしてたでしょ。お疲れっす」
「たはは……面目ない。最近は結構気をつけてたんだけどなあ」
冬呼は小さな身体を少し丸め、そうして自身のペンダントをそっと触れる。銀の薔薇飾りに一粒光るアウイナイトを見ると、心が落ち着いてくるのがわかった。
愛する人ができ、愛してくれる人ができたのは、思っていた以上の変化を自分にもたらしたようで。今まで自分のことをおざなりにしてしまいがちだったことを改め、少しだけ気に掛けるようにと考え始めたのも最近のことだ。
大切な人を喪う悲しさはよく知っているつもりだ。だからこそ、そういう想いをさせたくないのもまた、愛するが故。
(とはいえやっぱり難しいのだけど……)
ああ、身体があと三つばかり欲しい。できることが増えた以上、やりたいこともやるべきことも沢山ある。

「と、と。メールメール」
「ひゅー! 彼氏っすか?」
にやにや笑う青年に、ツインテールを逆立てかねない勢いの威嚇をして、
「覗くの禁止! 禁止!!」

かくして今日の日常も穏やかに。
代えがたい日々は続く。目指すべき晴れやかな未来へと向けて、続いていく。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【神取 冬呼(la3621) / 女性 / 人間 / 晴れやかな未来、願う指導者】


いつもお世話になっております。夏八木です。
単独でのお任せでしたので、強く、そして泥臭く、
前へ進む冬呼さんを書きたいと思い、思うまま書かせて頂きました。
若干不安なところもありますが、何かありましたらリテイクもお気軽にどうぞ。
『少しだけ自分のことも気にかけるように』考え始めた冬呼さん、とても素敵です。
この先もいろいろなことがあるでしょうが、どうか晴れやかな未来がありますように。
ご依頼、ありがとうございました!!
おまかせノベル -
夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月30日

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