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『新たな目』
LUCKla3613)&アルマla3522

 定期メンテナンスにはいつになく時間がかかった。
 理由は簡単で、LUCK(la3613)の義体がそれだけのダメージを負っていたからだ。
「かんせつパーツぜんぶこーかんしたです。しんがたなのでなじむのにじかんかかるかもですけど、いままでよりちょっぴりはやくうごけるですよ」
 舌足らずな声音で説明する技師、アルマ(la3522)の“しんみょー”な顔を見下ろし、LUCKはかるくうなずいた。
「手間をかけた。今、体に余計な負荷をかけているからな。試している新しい戦術思想が確立すれば、かなりマシになるはずだが」
 自身が言う通り、彼は新たな戦いかたというものを模索していた。
 模擬戦において戦友が見せた、数多の攻撃とフェイントのただ中より最高の攻撃を繰り出す“濁流剣”。それは出力を最大に保っていられる機械体の利を生かし、すべての予備動作を削ぎ落とした末の一撃を打ち込むLUCKの“一閃”とは真逆の発想で、だからこそ参考になった。
 俺の得物の特性を考えれば、さらにやりようがある。この体で言うのもなんだが、汗をかくことでだ。
 それを端的に説明してみせれば、アルマは「わふ」、したり顔でうなずいて、
「むだがないフェイントでとどめをとぎすますですね。ディモルダクスだったらほんめーのこーげきもフェインきゅ」
「頭のよさげなことを語るときは頭身を元に戻せ」
 LUCKはまさに予備動作の一切ない動きでアルマの両頬を挟んで言い、緊張感のない技師の顔を見つめた後、もちもち。また少し手を止めて感触を確かめ、さらにもちもちもちもち。
「んふー」
 満足気な声を漏らしつつ、アルマはたしっ、LUCKの膝に手を置いた。
 犬のおねだりか。まあ、慣れてはきたが。小さくため息をついたLUCKはメンテナンスベッドへ腰をかけた――その途端、アルマがその脚をよじ登り、膝上のベストポジションへ収まりにくる。「ラクニィはだっこもまんぞくにできないぼくねんじんですので、ぼくがちゃんとうごかないとですから!」。
「……前にも訊いたが、本当におまえは俺の息子や養子ではないのか?」
「ちがうですー」
 つぶらと言えなくもない、大きな目をしばたたかせ、アルマはLUCKの手をてしてし。もちもちを要求した。こういうところがまた“わんこ”っぽい。
 本当に縁がないのか、言う気がないだけか。後者であってほしいと思うのは、よすがのない孤独から解放されたい俺の弱さのせいなんだろうが。
「ラクニィ、きあいがたりないです! もっとぼくにしゅーちゅーしてくださいです!」
 ……本当に犬だな。LUCKは苦笑し、自分でも不思議なほど落ち着くもちり作業へ集中した。

 さんざんもちったLUCKは手を止め、膝にしがみついて「ぜったいここからうごきませんです!」と無言で主張するアルマの背へ声をかける。
「……降りなくていいから聞いてくれ。実は頼みがある」
「ぼくをだますフェイントかもですし、おかおはみないでこのままきくです」
 そこまでして俺の膝に拘る理由がわからん。思いながらも口には出さず、LUCKは話を進めることにした。頼みたいのは口実ではないからだ。
「俺は義体に直結したこのバイザーがないと、まともに目が見えん。が、さすがにその……不便でな」
 歯切れの悪いLUCKの言葉に、「わぅ」。器用に膝上で体を反転させて、アルマが上を向いた。
「ぶつりてきにあたまがおもたいです? でも、ちゃんとぜんぶみえるようにつくると、どうしてもそのサイズになるですよ」
 見た目や性格がどうあれ、アルマはやはり技師なのだ。素人であるLUCKが技術的にごまかそうとしたところで、通用するはずがない。いや、元よりそんなことをするつもりもないのだが……
「ああ、わかっている。わかっては、いるんだがな」
 ためらうな。今が決めるときだ。この得体の知れないもち犬に、この体の内に残された俺の生身、そこに宿るつまらない男の真(まこと)を曝け出す覚悟を。
 LUCKは息を整え、できうる限り平らかな声音で、告げた。
「町へ出るとき、このバイザーでは相当に人目を引いてしまう。私服ではなおさらにだ」
 最近、街へ出る機会が増えた彼である。その中には当然、SALFのそれとは別口であるアルマのメンテナンスを受けることも含まれるわけだが――いや、この期に及んでまだ意を据えられていないじゃないか、俺は。曝け出すんだろう、包み隠さずに。
 あらん限りの精神力を振り絞り、LUCKは今度こそ強く、
「女連れであらぬ注目を集めず済むようにしたい。俺の見た目の問題だけでなく、女が訳ありということもあるが、それよりもだ。その女へバイザーで隠した顔を向け続けるのは、どうかと思うのでな」
 事情をはっきりとは言わず、自分という男がようするに、その訳ありの女と素顔で対したいのだという本心を曝け出した。
 さあ、もち犬。俺のどうしようもなさを嗤うか、それともあきれるか。
 結果的に言えば、アルマは嗤いもあきれもしなかった。大きな目にほんのり生あたたかい優しみを灯して何度もうなずくばかり。
「……なんだ?」
「ラクニィ、ほんとーにけなげです。わんこみたいです」
「おまえが言うな」
 腹立ちよりも照れに突き動かされ、LUCKはアルマの全身をもにむににゅうぎゅう、揉んだりこねたり押したり引っぱったり。
「きゅきゅきゅー!?」
 さすがにアルマも目を白黒させながら、LUCKの暴行――というほどのものではなかったが――に弄ばれる。
 そして当の暴行の主はといえば、手から伝わりくる奇妙な感慨にとまどっていた。
 もち犬が抵抗しないのは不思議だが、それよりも俺だ。もち犬をこねているとやけに落ち着く。まるで思い当たることはないのに、手が憶えているとでもいうように。
 ……どうしても思ってしまう。俺の消えた過去の内にいたひとりがおまえならと。
 すでに問い質すことはあきらめていたが、それでもついついすがってしまいたくなる。思うだけで実行しないのは、せめてもの意地というやつだ。
 おまえがあえて語らないのであれば、相応の理由があるんだろう。そう思えてしまうことも不思議ではあるが、今は奥歯を噛み締めて耐えておこうか。
 ようやく手を止め、アルマをそっと床に立たせてやって、LUCKはあらためて切り出した。
「戦闘に耐えられるようなものでなくていい。日常に障らん程度見えて、他人から怪しまれん見た目ならそれで。たったそれだけの望み、おまえの技術をもってしても実現は無理か?」
 軽い挑発を含めた彼の言葉に対し、アルマはむぅと頬を膨らませて「できらぁ! です!」。
 言ったな。LUCKは上がりかけた口角を引き下げ、平らかに問う。
「おまえにはどこまでできる?」
 マルマはもち犬のまま、しかし表情だけは鋭く引き締め、いくらか考えた後に答えた。
「ラクニィのいったきのうはぜーんぶ、のっけるです。それいじょうのことは、つかいごこちためしてみてもらいながらちょーせいしてかないとですけど」
 アルマは本物の技師なのだ。どんな形であれ、請け合った仕事を安く済ませはしない。
 ならばこれ以上の駆け引きは必要あるまい。LUCKはひとつうなずいた。
「金は必要なだけ請求してくれ。それで、いつ試作品ができるかなんだが」
「きょうです!」

 それは2時間とかからず完成した。
 バイザーは義体に接続することで動力を得、専用の通信チャンネルを繋ぐ。それによって視覚データは圧縮データとして送信、補助脳が解凍処理を施した上で、注意すべき点等に注釈をつけて映像化する。それだけの手順を踏んで、LUCKはようやく“視認”するのだ。
 処理行程が多いだけに、LUCKの機能にかかる負担も大きくなる。それを緩和する必要性から、処理のいくらかをバイザーに担わせなければならず、故にこそのサイズであるわけだ。
「スマホのむせんじゅーでんぎじゅつをおーよーしたです。モダン(耳にかかる部分)がラクニィのほじょのうのうえにくるようになってるですけど、ほじょのうのでんじパルスでじかいをはっせいさせて、ゆーどーでんりゅーを」
「細かいことは後で調べておくから、機能のほうを説明してくれ」
 技師ならではの技術論だが、もち犬状態のアルマの言葉ではまるで入ってこない。先を促すと、アルマはそれをLUCKへと渡し、
「せんとーほじょきのういがいはぜんぶつかえるですー。つまり、みえるだけですけど」
 LUCKは頭部を覆うバイザーの接続を切り、頭から外す。データ補正を失い、処理が追いつかなくなった視覚は途端にぼやけて像を結ばなくなったが――手にしていたそれをつけたコンマ3秒後、再び情景としての形と色とを取り戻した。
「バイザーとおなじクリアそざい、レンズにつかってるです」
 むふーと胸を張るアルマの顔が、バイザー越しよりも“どや感”を増しているように見えるのは、レンズに色がついていないせいなのだろうか?
「それにしても軽いな」
 LUCKは新たな“目”、ツーポイントフレームの眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、その軽さを実感した。
「メガネがおになるとよくないかなって、フレームなしのタイプにしたです。おこのみがあったらつぎのときにかいりょーしますですー」
 レンズに直接ブリッジやテンプルをつけるツーポイントは、眼鏡の存在感を薄めて顔の印象を損なわせない効果がある。レンズに色を入れていないこともまた然りだ。
 即ち。これならば眼鏡で隠した顔を相手に向け続けなくて済む。
「……思っていた以上だ。フレームに関しては必要に応じていくつか用意したいところだが、まずは日常での使用感を試していかんとな」
 今は黒曜を映す黄金を思い浮かべて息をつき、LUCKはクレジットカードを取り出した。
「とにかく今入っているだけの金を持って行ってくれ。不足分は次に」
「メンテナンスりょうはもらってますので、サービスですが!」
 ですが? 引っかかりを覚えて動きを止めたLUCKの膝に、アルマはすばやくもちもちよじ登り、そして。
「ぼくにもサービスしてくださいです!」

 せがまれるまま、アルマの腹をぽんぽんしてやるLUCK。
「わふー」
 ご満悦のアルマの様に、おまえは幼児かと思い、そう思ったことにふと疑念を抱いた。
 子どもを相手にするのは不得意でもないが、そういえばなぜなんだろうな。
 なにも憶えていないはずのLUCKが、なにも言われずとも腹をはたいてやっている。それこそずっとそうしてきたかのようにだ。
 この体には戦う技や手段ばかりが染みついているものと思い込んできたが、昔の俺は戦いばかりでなく、幼子(おさなご)を愛でる平穏を知っていたんだろう。
 だとすればいったい、俺はなんのためにそれを捨て、こんなところにまで流れてきたんだろうな。そうしなければならなかった幸いとはいったい――
 答の出ない問い。重ねても無意味なことは誰より承知していたが、それをしてふと、捕らわれてしまう。
 またもや集中しきれていないLUCKに文句を言おうとしたアルマが、思いに沈む彼へなんともいえない顔を向けて、
「ラクニィがこのせかいにきたの、まちがってませんです。さいわいはちゃんとここにあるですよ」
 アルマの言葉へ、LUCKは確かな思いを込めてうなずいた。
 ああ、そうだ。俺はきっと、自分で選んだ末にここへ来た。そうでなければ会えなかっただろうし、逢えなかった。
 戦友を思い、親友を思い、アルマを思い、そして、黄金を想う。
 かけがえのない幸いを、俺はこの世界で得た。後ろになにもないならここから始めればいい。繰り言だろうとなんだろうと、俺は俺へ何度でも言い聞かせてやる。
 進め。後ばかりでなく、先もまた闇に過ぎぬとしても、金光の導きのままに先へ、先へ、先へ。
 と。ここでひとつ、捨て置けないことがあると気づいて。
「そういえば今、この世界に来たのはまちがいではなかったと言ったな。やはりおまえ、なにか知っていて隠しているな?」
「あああああああラクニィそきょきょきょきょはああああ、ですぅ!」
 もみくちゃにされるアルマはまあ、その実まんざらでもないようだが、さておき。
 ままならない今に悩みつつも、LUCKは新たな目を先へ向ける。


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2020年07月06日

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