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『二人の幸せを願う 』
フェリシテla3287

 七月七日が近付いている。年に一度の七夕の日が。
 ヴァルキュリアの乙女フェリシテ(la3287)は自宅で独り夜を迎え、座布団に座ってぼんやりと障子を見ている。
 日本の風習通り、短冊に願いを書いて笹に飾った。本来ならば準備万端で楽しく迎えるはずなのに、フェリシテの表情は暗い。
 静かな部屋に、外で降り続いている雨の音が届く。しとしと、しとしとと天からの涙が地に降り注いでいる。そう、梅雨らしく最近は雨が続いている。七夕の日の天気予報も雨だ。
「織姫さんと彦星さん、雨が降っていると天の川の水かさが増してしまって会えないのですよね……」
 ぽつりと呟きが漏れる。愛し合っている二人が年にたった一度だけ会える日。どんなに待ち遠しいだろう。どんなに狂おしいだろう。その特別な一日が、雨が降れば台無しになる。愛する人に会える機会は失われ、また来年を待たなければならない。この一日を心のよすがとして暮らしてきたのだろうに、雨があまりに容易く二人の間を裂く。自分であれば耐えられない。
 フェリシテは自分の腕で自分を抱きしめた。体を丸め、目を閉じる。しとしとと雨は静かに降り続いている。
 もしも自分が織姫と同じ立場に置かれたらと、フェリシテの思考は続く。フェリシテが織姫であれば、もちろん彦星は恋人である彼だ。
「一年に一度しか会えないのでしたら、フェリシテは正気を保っていられる自信がありません」
 一人の部屋で、その声は誰にも届かず雨音にかき消された。彼女は現在恋人と同棲しており、ほぼ毎日顔を合わせている。いつも穏やかな微笑みを向けてくれる恋人をフェリシテは心から愛していた。そのように日々の幸せをくれる彼と、一年も会えないとしたら。いやいやとごねるように首を横に振る。たとえ会えなくても愛し続けられるとは確信できる。きっと彼も自分を忘れず愛してくれるだろう。それでも、一つ屋根の下に住み、側にいることが常となった恋人と一年も会えなかったら。ようやく会えると思ったのに、雨が降っただけでもう一年我慢しなければならなくなったら。
「……フェリシテは狂ってしまいます」
 恋人は日々を穏やかに生きている人だ。フェリシテがいない寂しさを感じながらも平静に一年を過ごせるかもしれない。しかし自分は無理だとフェリシテは思った。優しい言葉をかけてほしい。疲れたときは甘えさせてほしい。何もなくてもぎゅっと抱きつきたい。キスもしたい。彼が疲れているときは甘えてほしい。枕を並べて彼の温かさを感じながらスリープモードに落ちたい。
「ずっとお側にいたいです」
 ぎゅっと閉じているフェリシテの目から涙がこぼれた。人間である恋人にもアンドロイドである自分にも永遠はないことは分かっている。それでも命ある限り隣にいたい。できる限り近くに。
 それゆえフェリシテは祈る。七夕の天気予報が外れますようにと。満天の星が見えますようにと。織姫と彦星の年に一度の逢瀬が成し遂げられることを願う。愛し合う二人が手を取り合えるようにと。一緒にいられますようにと。さもなくば狂ってしまうだろうから。
「大好きです。愛しています」
 七夕の夜に雨が止むことをフェリシテは心から願った。もしも雨が止まずに天の川が激流となってしまったら、自分はそれでも無理に川を渡ろうとして流され、溺れ死んでしまうだろうか。
 ……いいや、そうはならないだろう。自分が死んだとなれば恋人は必ずや悲しみに暮れる。それに死んでしまえば恋人ともう二度と会えない。だから織姫と彦星も、雨が降ったら次の年に希望をかけてただひたすら待つのだろう。
 雨が止みますように。二人が幸せになりますように。フェリシテは独り願い続けた。
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錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月06日

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