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『魔空へ翔ぶ』
松本・太一8504

 夜宵の魔女は、年を取る事がない。
 中身と言うべき松本太一(8504)が、どれほど老いさらばえようと、夜宵の魔女は、こうして若く美しい、そして破廉恥な服を着せられがちな娘のままである。
 若々しい胸の膨らみが、ドレスのようなレオタードのような水着のようなランジェリーのような衣装を振りちぎってしまいそうな勢いで横殴りに揺れる。
 綺麗にくびれた左右の脇腹から、むっちりと豊麗な太股に至るまでのボディラインが柔らかく捻転し、白桃を思わせる尻の周囲でミニスカート状のフリルが舞い上がる。艶やかな黒髪が、ふわりと弧を描く。
 振り撒かれた色香が可視化したかの如く、光り輝く魔法陣が螺旋状に生じ、躍動する肢体の周囲で渦を巻いた。
「情報入力……質量変換、生成、そしてフルバースト・モードへ移行……ここは地球だけど地球じゃありませんからね、リミッター無しで行きますよっ」
 太一の言葉に合わせて様々な情報が、その魔法陣から出力され、実体化してゆく。
 核ミサイル。荷電粒子砲。エクサボルトレーザーキャノン。マイクロ・ブラックホール射出装置。対消滅爆弾。宇宙怪獣の頭部。巨大ロボットの拳。
 夜宵の魔女の周囲に生じた、それら超兵器群が、襲い来る異形のものたちに向かって一斉に放たれた。
 黒い影、としか言いようのない姿をした敵の群れ。光が当たっても、影のままなのである。
 そんなものの軍勢が、魔女の夜会に攻め込んで来た。問答無用で、殺戮を開始したのだ。
「そうなったら殺戮し返すしかないって事、わかっているんですかぁあああッ!」
 太一の叫びに合わせて、破壊の嵐が吹き荒れた。
 核の炎が、黒い影たちを焼いてゆく。
 荷電粒子ビームが、灼熱のレーザー光が、襲い来る影の群れを片っ端から灼き払う。
 影の塊としか言いようのない姿の敵たちが、超小型ブラックホールに押し潰されていった。
 対消滅の爆炎が、影の群れをことごとく消し飛ばす。
 宇宙怪獣の吐き出すプラズマ光弾が、凶暴に飛び交う影たちを粉砕してゆく。
 合体し、巨大化せんとする敵の群れを、彗星の如きロケットパンチが打ち砕く。
 これだけ撃滅しても一向に減ったように見えない影の軍勢を、太一は見回し見据えた。
「委員会の方々……いよいよ本腰を入れて、私たちを滅ぼしに来ましたね」
『……少し、甘く見ていたわ』
 太一の中にいる女性が、言った。
『宇宙の秩序を守る……そんな綺麗事のお題目を唱えるだけで、実行が今ひとつ伴ってない連中だと思っていたのだけど』
「……そう。結局は、実行力なんですよね」
 夜会の出席者たちが、あちこちで戦っている。
 地水火風に暗黒波動、様々な魔力が吹きすさび、黒い影たちを打ち砕いてゆく。
 太一も、それに加わっていった。
「もっともらしいプランを立てて、理路整然とプレゼンをする。それって実はそんなに難しくないんです。要は、プランを実行するだけの行動力があるかどうか!」
 ビームが、爆炎が、ロケットパンチが、影の群れを片っ端から粉砕する。
 粉砕された影の破片を蹴散らして、敵は際限なく押し寄せて来る。影を固めて弾丸にしたものを、降らせてくる。
 降り注ぐ影の弾幕をかわしながら、太一は呻いた。
「こうやって犠牲を厭わない実行力を発揮されちゃうと、ね。手強いですよ、この方々は」
『そう思うなら貴女、少し休みなさい。動きに疲労が出始めているわよ』
 姿なき女性が、言った。
 凹凸くっきりとした夜宵の魔女のボディラインを、影の弾丸が超高速でかすめてゆく。
『そのうち回避も出来なくなるわよ。貴女の胸、当たり判定大きいんだから』
「……それ何回も聞きました。貴女も何か、オヤジ化が進んじゃっていませんか」
『日本のサラリーマンなんかに取り憑いちゃったせい、かしらねえ』
「……今更ですけど、何で私を選んだんですか?」
『さてね』
 そんな会話をしている場合でもなく、影の弾幕が降り注いで来る。
 降り注いで来たものが、砕け散った。
 翼が羽ばたき、影の弾丸を全て払い砕いていた。
 太一が翼を生やした、わけではない。
 怪物が、夜宵の魔女の傍らで翼を広げている。翼で、太一を守ってくれている。
「姑獲鳥……」
 呆然と太一が呟いた、その時には怪物は飛翔し、影の群れに突っ込んでいた。
 姑獲鳥、ではない。
 たおやかな背中から姑獲鳥の翼を広げた、1人の少年。いや、少女か。
 凜とした美貌が、影の軍勢を見据える。
 細い身体の周囲に、いくつもの魔法陣が生じた。
 それらが一斉に、色とりどりの光を噴射する。
 無数の、光の弾丸。煌びやかな虹色の弾幕が、影の軍勢を撃ち砕いてゆく。
「無理をしないで……」
 太一は、声を投げた。
 弱々しい声。それを、自覚した。
「君、実戦は初めてなんだから……」
 少年か少女か判然としない、幼き魔女が、振り向いて微笑んだ。
 年老いた親をいたわる笑顔だ、と太一は感じた。


 男でも「魔女」には成り得る。
 魔女とは、性別を超越した存在なのだ。
 今、にやにやと笑いながら見守っている魔女の誰かが、何かしら事を行ったのは間違いない。
 太一に向かって「貴女が育てなさい」と言っておきながら、平然と手を出してくる。
 結果、姑獲鳥の乳で育った男の子は魔女となった。
 美少年のような美少女のような凛々しい顔が、空を見上げている。影の群れが一掃された、綺麗な空。
「この空は、あらゆる時空世界に通じています」
 太一は言った。
「君は……どこへでも、行く事が出来ます。私が言えるのは、それだけ……」
 ベテランの万年平社員として、大勢の新入社員を教育してきた。無論、教育というほどの事は出来なかったのだが。
 皆、太一を置き去りに昇進して行った。独立・起業した者もいる。
 彼ら彼女らを見送るような気分、なのであろうか。
 違う、と太一は思う。この子には、何も教えていない。
 この子は、勝手に学んで魔女になったのだ。
 自分が育てた、などと思ってはならない。
 なのに太一は言った。言えるのはそれだけ、には出来なかった。
「……どこかへ……別に、行かなくたって……いいんですよ?」
「……僕、行きます」
 口数の少ない子が、はっきりと言った。
「今まで、本当にありがとう」
 行かないで、と太一は言いかけた。言えなかった。
 だから、抱き締めた。
 少年か少女か判然としない細身を、夜宵の魔女の優美な両腕と豊かな胸が束縛する。
 凜とした美貌が、胸の谷間に埋まって微かに赤らんでいる。
 愛らしい耳元で何かを囁く事が、太一はついに出来なかった。
 無言で、抱擁を解く。
 無言の微笑みを残して、姑獲鳥の子は飛翔した。
 見上げ、見送りながら、太一はようやく言葉を発した。
「貴女は……あの子に、何も言いませんでしたね」
『私があの子と会話をするのは、取り憑いた時だけよ』
 この女性の姿を見る事は結局、出来ないのだろうと太一は思った。
『まずあり得ないにしても、貴女に万一の事があったら私……次は、あの子にしようかしらね』
「そうならないよう、気を付けるとしましょうか」
 彼女が自分を選んだ理由も結局、自分は知る事が出来ないのだろう、と太一は思った。


東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月06日

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