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『すれ違いにて、落ちるのは』
神取 冬呼la3621)&神取 アウィンla3388

望む明日が来ないかもしれないことを知っている。
それでも未来を作ることができると、きっと――。





多くの多忙を極める人々がそうであるように、神取 冬呼(la3621)もまた分厚い手帳を愛用している。大学教授でありながらライセンサー、二足の草鞋を履きこなし、しかも一分たりとも手は抜かない。心配してくれる人のためにも無理はしないと決めたばかりではあるが、それでも決して無為に時間を過ごすつもりは一切無い。夜の色のボールペンを走らせてびっしりと入った予定を縫うように、さらに予定を組むのも最早手慣れたものだ。
最愛の恋人――アウィン・ノルデン(la3388)もまた多忙を組み敷いて生きる同士の一人。故に、互いにきっちりと予定を合わせ、休みが重なる日はなるべく共に過ごすことも叶っている。

とまあ、然し。それもまた平時の話。


「はー……、これはどうしてなかなか」
普段から滅多に弱音を吐くことが無い冬呼が、深くため息を吐いた。そこですぐにはっとし、小さく誤魔化すように笑うのだが、ことさら今の電話先の相手にそれが通じるわけもない。
「ん、どうしたふゆ。疲れているのか……?」
受話器越しに、心配そうな声色ですぐさま問うのはアウィンだ。「まあ、こう立て続けに召集があれば無理もないよな」、と申し訳無さそうに続けるのに、冬呼は慌てて口を開く。
「それを言うならアウィンさんもでしょう! 同じSALFのライセンサーなんだから」
ライセンサーの仕事の多くは『事が起きてから動くもの』だ。もちろん情勢を掴み、それに合わせて予測立てをする面もあるが、それでもナイトメアの行動を完璧に先回りすることはできない。当然に被害が起きれば要請があり、正義感の強いライセンサーほど見過ごせずに否応なく仕事を受けることになりがちである。
ましてや此度、再三となる大規模作戦の召集が発布されたばかりだ。息つく暇も無いこの状況に、少々辟易してしまうのは何も冬呼だけではない。

「確かにそうなのだがな。いやでもふゆは身体のこともあるし、どうか無理なく」
彼女がよく彼女自身のことを気に掛け始めていることを、アウィンもよく知っている。その上で敢えて自分が口出しするのは少々気が引けるのだが、それでも心配なものは心配だ。顔の見えない電話先でややごにょごにょと語尾を濁す様子に、今度は誤魔化しでなく冬呼が笑う。
「それも、アウィンさんもだよぉ。危ない任務だって臆せず引き受けてるの、知ってるんだから」
エジプトだったっけ、などと続けると、真面目な様子のアウィンの肯定が返ってくる。
「ここが正念場なんだ。一層気を引き締めていかねばな」
「とまあ、恋人のアウィンさんがとても頑張っているのだもの。私だって負けたくないと思うわけさ」
わざと気取ったような声を出す冬呼に、ふふ、と今度はアウィンが笑った。冬呼のその言葉に、感情を押し隠すような様子は感じられなかった。
「次にゆっくり会える日はいつになるだろうかな……」
緊急につぐ緊急の出動に、赤で染まったスケジュール帳を捲る。お互いに予定はしっかりと管理する仕事人だ。彼女の手帳もまた、自身のものと同じような惨状であろうと容易に予測がつく。
「そうなんだよねえ……あ、ごめん。ちょっと呼ばれたから、切るね!」
「ああ、此方もそろそろ。本当に無理はなく、な?」
そこで、ふつりとスマホの音声は途切れ、後はただ断続的な電子音が鳴り続けるだけ。アウィンは暫し画面を見つめると、すぐに通話アプリを落とし会議室の方へ足を運ぶ。

そんな日々が、もうそれなりに長く続いていた。





連日、SALFのロビーはばたばたと慌ただしい。だが冬呼とて、この空気にも多少は慣れてきた。多くのライセンサーが一斉に動くとなると、そうではない職員や現地のスタッフも共に動くことになる。ああ、大規模作戦なんだな、と思うくらいにはこの様相に馴染みつつあった。
多くの命を預かる仕事だと、冬呼は思う。教育的指導者はそれはそれで子供達の人生を預かる仕事であるといって過言では無いが、さらに直接的に命に関わる。人手が足りないと言われれば、それはもう喜んで自分の手を貸してしまうし、きっと同じライセンサーであった弟もそうしただろう。
(とはいえ、なぁ……)
当然に世界中を行き来して、あっちで戦いこっちで人助けをする――そんなことの繰り返し。なるほどかつての弟も忙しそうにしていたはずで、突然入る仕事に対応しては自分の時間が削れていく。いや、まあ、それ自体は慣れてはいるのだが。
「アウィンさん、大丈夫かな」
かの恋人は優しく賢明であるだけでなく、ライセンサーとしてとても優秀だ。そして大きな部分で『兵士』としての側面をも持つこの仕事において、その優秀さは即ち危険地へ赴くことが増えることも指している。
次に溢れそうになった言葉を、冬呼はぐっと飲み込んだ。そうして憂いを追い払うように、小隊の作戦議案を再確認すると本部窓口へと向かう。
「小隊分まとめて、支給品の受け取りをしたいのですが」
「神取さん。最近は忙しいですね。申請はすでにしてありますので、こちらの申請書をもって七番のカウンターへお願いします」
支給品の申請にEXISの調整、戦うだけではなくやることはいろいろとある。今はそう、自分にできることを精一杯やるべきだと、冬呼が受け取った申請書を確認しているその途中。
ロビーに設置されたモニターの画面がふいに切り替わった。最早見慣れてしまったワールドマップに、硬質な声のアナウンスがアラートと共に重なる。
『エジプト、カイロインソムニア付近で、ナイトメアによる中規模の拠点攻撃がありました。現地のライセンサーがただちに対応に当たっていますが、沈静化までは非常航路以外の運行は見合わせをさせて頂きます。エジプト――』
ばさばさと紙が散らばるような、乾いた音が聞こえた。一瞬遅れてそれが、今まさに自分が落とした申請書類であることに気付く。
その場所はちょうど、アウィンが別件の仕事で向かったところだと知っている。たったそれだけなのに、胸がざわざわと鳴るのだ。ああ、知っていたじゃないか。望む明日が続くなんて限らないのを。それを嫌になるほど、知っていたじゃないか。私は。





アウィンは目を通し終えた書類をテーブルへと置いた。此処はカイロにある拠点の一であり、任務として赴いているわけなのだが、この書類はそれに対するものではない。また別の任務の、小隊長より送られた作戦案の印刷物である。
ここのところずっと、こういった並行作業を余儀なくされている。何もアウィンだけの話ではなく、全般的に切迫した戦況であるからこそのことだった。故に、周囲の者にもそれなりの疲労が見て取れる。
「流石に、そろそろ落ち着いてくれると良いのだがな……」
なかなか行き違いも多く、ゆっくり冬呼に会えていないのも気にかかる。この大きな仕事を終えたら、断固として休暇を取り、どこか眺めの良いところへでも誘ってみよう――と決意して、アウィンは小さく息を零した。

そこで、アラートが鳴るのを聞いた。ただでさえ慌ただしい空気をしていたロビーを、ばたばたと忙しなく人々が行き交う。書類を片付け、アウィンは真っ直ぐに職員のもとへ歩み寄った。
「すまない、何かあったのだろうか?」
「ああ、ノルデンさん。いまちょうど、周辺でナイトメアが出たって話がですね。……ったく、こんな時に限って」
「なるほどな。――対応する者が必要だろう。どこへ集めている?」
幸い、任務のためにEXISも持ち込んでいる。冷静な様相で表情を崩さないアウィンへ、彼は少しだけ目を細めた。
「別任務だったろ、悪いな。南側だから、四番の会議室だったはずだ」
「大丈夫だ。なに、速やかに片付けば此方も助かる」

アウィンがかつて住んでいた、故郷であるカロスと同じく、此方の世界にもまた持つ者と持たざる者が居る。IMDというのは全ての者が扱えるというわけではないようで、そういう意味でもアウィンはやはり『持つ者』であった。だから何だということではなく、アウィン・ノルデンとしては当然に、この力でできることは全うしたい気持ちがある。

緊急だからだろう、作戦はシンプルな迎撃戦となった。ライセンサーというのはそれぞれ個性の強い集団であることが多く、故にざっくりと指示だけで後は各自で動くような調整も多いのだ。自身の武器を見直し、アウィンもまたすぐに現場へと向かうことになった。ふいに、冬呼のことを思った。『私だって負けたくない』などととんでもない、とアウィンは思う。彼女がずっと、類い希なる努力を続けていることを理解していた。この戦況下において、泣き言ひとつ漏らさず気丈でいる強さもある。まあ、自分にくらいは多少弱音を吐いたっていいのではないか、と思うことも多々あるのだが。
だからせめて、気付ける自分でいようと思う。そうして一つ頷いて、アウィンは戦線を駆けた。





結果として、損傷は軽微。どうやらナイトメア集団はそう大規模でも無かったようで、事態はすぐに沈静した。ともあれそれも、居合わせたライセンサー一同の協力があってのものだと、アウィンを始め酷く感謝を連ねられたのは言うまでもない。
一応だからと医療室で軽い検査と治療を受けて、アウィンがロビーへ戻ってきた頃は、もうすっかり日も落ちた夕刻であった。
「――アウィンさん!」
ふと、声がして振り返る。紫髪のツインテールを揺らし、肩で息をしている彼女を見て、アウィンは目を瞬かせた。
次の瞬間、小柄な体躯を跳ねさせて彼女が飛びついてくる。目を見開いたままのアウィンは、それでも一切体勢を崩すことなく受け止めた。
「……ふゆ?」
「あの! ごめんなさい! 大丈夫だとは思ったんだ、けど、どうしても心配で……小隊の人達も、行っておいでって言ってくれて」
名を呼ばれ、あわわわと矢継ぎ早に言う冬呼を、アウィンはやはりどこかぽかんとした様子で見つめ
「いや……ふゆ、だな。幻覚ではなく」
そう、真っ直ぐに真面目な顔で言うものだから、次に冬呼は盛大に吹き出した。

ロビーに並んで飲み物を飲みつつ、顔を付き合わせて近況の報告をするのも少し久しぶりに思えた。
「そうだったのか。あまり情報がそちらに届いていなかったのかもしれないな。心配を掛けた」
すまない、と続けるアウィンへ、冬呼はツインテールを揺らして首を横に振る。
「最近会えてなかったから、それで不安もあったのかも……それに」
それに、そう。今すごく、会えて良かったと思うから。冬呼は飲み込み続けていた言葉を確かめるように口に出した。
「あのね。不安もあったし、忙しいのも仕方ないって思ってたけど。会いたいなって思ったんだ」
言ってしまうとなんだかすごく恥ずかしくて、頬が熱くなるのがわかる。ああ、本当に。自分がこんなに人を深く愛せるのに驚いてしまう。自分は大人で、もっと分別があると思っていたのに、こんな――我が儘のようなことを言ってしまって。
「だから、迷惑だったらほんとごめんなんだけ、ど!?」
言葉を言い終わるより先に、アウィンが冬呼を抱きしめていた。おおお!? と言葉を失う冬呼を、なおも強く抱き寄せる。
「……、アウィン、さん?」
良く通るハキハキとした、いつもの冬呼の声色はもう無い。ややか細く、困ったような、それでいてどこか嬉しくもあるような声で名を呼ぶ。
「いや、わからないのだが、こうしなければならない気がして」
そう言って穏やかに目を細めるアウィンの顔は、冬呼以外に向けられることはそうそう無いものだ。
会いたかったというささやかな想いと、それに即してこうしてやってきてしまった事実。それが冬呼にとって珍しいものであると知っていた。神取 冬呼はとても強い人だから。だから、伸ばした指で柔らかく髪を撫でる。
「……いや、うん。これはなかなか嬉しいものだな」
感慨深くアウィンが呟くのを聞いて、冬呼はまた戸惑ったように頬を赤らめた。





「それでは行ってくる」
「うん。気をつけて」
幸せな時間はすぐに過ぎてしまうものだが、今の二人にとっては充分でもあった。
お互いに、帰ってくることを信じている。

望む明日が来ないかもしれないことを知っている。
それでも未来を作ることができることは、きっと『あなた』が教えてくれたのだ。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【神取 冬呼(la3621) / 女性 / 人間 / 溢れたのは一粒の願い 】
【アウィン・ノルデン(la3388) / 男性 / 放浪者 / ただ一つも溢さぬように 】


いつもお世話になっております。夏八木です。
情勢も少しずつ緊迫したものになっておりますので、
こういったこともあるのではないかな、と書かせて頂きました。
冬呼さんもアウィンさんも大変大人なデキる方なので、SALFではさぞ
重宝されているのだろうなと思います。
また、お二人の幸せな納品もたくさん拝見し、私もとても嬉しくなります。
どうかお幸せに……!! 発注、ありがとうございました!
おまかせノベル -
夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月06日

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