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『あの鐘を鳴らすのは』
狭間 久志la0848

 さて。そろそろ始めようかって感じだが、アイサツのひと言は決まったか?
 って、誰かに聞かせるもんじゃねーし、マイクもレコーダーもねー、心ん中で垂れ流すだけの独り言だがな。
 それでも体裁は整えとくとこなんだろうよ。様式美は大事だぜ?

 ……狭間 久志(la0848)。一応、SALFのランセンサーってやつだ。
 しかし、登録ナンバーで見たら一応どころか結構な古参だな。なんとなく気持ちが据わってねーのは、前職の“つもり”が抜けてねーからかもな。
 ちなみに前職ってのは傭兵。しかも地方公務員から転じて! だぜ? きっかけはよくわからんまま戦争に巻き込まれて大怪我負ったこと。だからって妙なもん埋め込まれて生き返らされて、武器押しつけられるとは思わなかったがな。
 正直、助けてくれてありがとうとは思わなかった。それまでは我が自治体問題のごく一部が相手だったのに、今度の相手は世界の平和を脅かす侵略者ですってんだぜ。落とされた先の地獄から生き地獄に引き上げられたってだけのハナシだろ。喜ぶとこがぜんぜんねーよ。
 っと、グチはさておき。そんで俺は、こっちのアサルトコアと似たような可変戦闘機に乗って、ナイトメアと似たような敵とやり合うことになったわけだ。マジでナンセンス。
 世界の有り様が似てるせいもあるが、やってることは前も今もほとんど変わらんな。ただあの頃は自分の食い扶持のこと、愛機に食わせる燃料やら弾やらのことばっか考えてた。
 いや、だって、こちとらしがない業務請負だぜ? 昔、傭兵の戦闘機乗りのコミック作品読んだときは「ふーん」って思ったくらいなもんだが、実際自分がそういう立場になると思い知る。戦闘機ってのは置いとくだけでカネが消えてく代物なんだって。
 まあ、そういうもんだ人生ってのは。そう思える性格だったからこそ、あれこれ飲み込んで跳び出せたし――ライセンサーもそうだが、戦うモチベーションを保つってのは猛烈に難しい――ためらわずに戦場へ踏み込めた。
 飽きない、懲りない、迷わない。少なくとも戦うってことに関しちゃ、俺はその三原則をきっちり守ってたって言い切れる。おかげで死なずに済んだし、似たような感じで生き地獄に引っぱり上げられた仲間とも会えた。
 最高の仲間だった。って、思っちまうのは、あの頃の俺が今の俺より「熱かった」からなんだろう。熱血だったってことじゃなく、こんなに冷め切ってなかったって意味で。
 そうだ。今の俺は冷めて、冷え切っちまってる。
 失くしちまったからだ。あの日、あのとき、俺は、胸に灯った火を……

 仲間たちの間から割って出たその女は、自分を“魔女”だと名乗った。
 言われたときはもちろん、なんだこの女って思ったさ。同じもん埋め込まれて戦場に放り込まれた同士、どっちもただの人間以上、あるいは人間以下だろうが。
 でも。心ん中で「なんだこの女」に疑問符が付く直前、俺の口は言っちまってたんだ。『戦場で逢う相手としちゃ悪くねぇな』。正直驚いたね。その頃からずいぶん斜に構えてたはずの俺が、装うより早く魅せられちまうなんて。
 でも、だからこそだ。俺は信じたんだよ――運命だって。

 魔女を名乗るだけあって、彼女は浮世離れしてた。たとえ同じ戦場にいても、なんだろうな、ちがう階層にいるみたいな感じで、いつ消え失せちまってもおかしくない感じ。
 気がつけば俺はいつも、彼女の姿を目で追ってた。視認できてる内は“居る”って……こりゃ願いよりもおまじないだな。
 で、彼女が行く先々にくっついてって監視して、今も居るって安心しては不安になって……ストーカーじゃなかったつもりだが、自分で信じられなくなってきた。というのは置いといて。
 なんとか自分に縛りつけておこうとした俺の必死を置き去って、彼女はいつの間にか俺の視界から消え失せてたんだ。
 俺ほどにわかってもらえる自信はねーが、全部、無くなったよ。五感はちゃんと働いてる。でも、そこに入ってくる刺激がなんなのか、彼女っていうフィルターを失くした俺は認識できなくなっちまった。色、音、におい、味、肌触り、あふれんばかりに在るはずの世界の真ん中で、俺は見ても聞いても嗅いでも食っても触っても、それがなんなのかわからなくなったんだ。
 でも、彼女を追っかけようって気にはならなかった。置いて行かれたのは俺が身勝手に縛ろうとしたからだ。人間ってのは失くして初めて気づくもんらしいが、俺も同じ轍を踏んじまった。後悔先に立たずってな。

 それからしばらくは魔女のこと忘れたくて、それにゃ戦うしかねーって思って戦場に出てた。
 不思議なもんで、心と同じように冷えて空っぽになった腹は飯を食わせろって騒ぎ立てるし、コクピットに収まれば戦場の最適解を無意識が弾き出して、燃料補給した体を突き動かす。もちろん愛機にもたっぷり食わせてあるから、あとはただ引き金を引くだけの簡単なお仕事ってやつだった。
 で、そうやってなんも考えずに戦ってる内、実感したことがある。戦場にゃ仲間がいてくれるし、それ以上に敵がいてくれるってことだ。
 不思議だが、そうとしか言えねーもんだ。俺の空っぽに触らねーよううまく立ち回りながら心配してくれて支えてくれた仲間より、空っぽのままじゃ及ばねー、力も技も心も尽くさなくちゃ届かねー強敵のおかけで、俺は人間の域に踏み留まれたって。
 これはもちろん仲間たちのせいじゃねーよ。斜に構えただけじゃなく、横まで向いちまった俺がただただみんなを受け入れられなかっただけでさ。
 でも、敵はそういうのに構わず真っ向から襲いかかってくんだろ? 仲間と真っ向からぶつかり合えなかった俺は、敵にその代役をおっかぶせてたってわけだよな。……心配ない。そのときの俺がどんなに恥ずかしい奴だったかは、ちゃんと思い知ってる。

 そうやって敵に助けられてる内にやっと俺も周り見るだけ気持ちの整理ができて、仲間が伸べてくれてた手を掴んで、助けてもらえるだけの余裕ができた。
 助けてもらうにゃ助けてもらえるだけの余裕が必要。ってのは、今も胸の端っこに刻んでる経験則だ。余裕がねー奴は、伸ばしてもらった手も“敵”に見えるもんだから。
 で、まあ、元通りとはいかねーまでも、やっと色のついた世界に還ってきて、俺は久々の食事で味を感じた。月並みだが、生きてるんだなって思ったさ。
 そして聞いたんだ。運命が鳴らした二度めの鐘音を。


 あらためて整理してみりゃ、なかなかにドラマチックじゃねーか。
 この世界に流れてきて、俺が知ってる奴が俺を知らないってことを何度も味わわされても壊れずいられるのは――それどころかまた仲間やら弟子やら抱え込む気力を保ってられるのは、そういう普通じゃない経験があってこそだぜ。
 信じらんねーことが起こるんだよ、人生ってやつには。
 だから、ああ、そうだな。いつかまた、鳴るのかもしれねーな。三度めの運命の鐘も。
 ただ、神様ってのがいるんなら頼みたいことがあるんだよ。なあ、新しい誰かじゃなくて、あいつを鐘の前に立たせてくれねーか?
 今度こそ、いっしょに行きたい……生きたいんだ。俺の空っぽを全部満たしてくれたあいつと。
 もし叶えてくれるなら、俺の全部を捧げるよ。
 だからどうか、
 もう一度、


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2020年07月06日

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