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『シスター・イン・ザ・ナイトメア(2)』
白鳥・瑞科8402

 いくつもの呻き声が聞こえる。苦しげなその声を発しているのは、何人もの少女だった。
 人々を悪夢へと引きずり込む悪魔を倒せという任務を受けた白鳥・瑞科(8402)は、過去の事件の情報から敵が次に現れる場所と時間を推測していた。
 瑞科のその推測の通り、悪魔は旅行中の女子校の生徒達に狙いを定めたらしい。
「罪なき少女にこのような仕打ちをするなんて、許せませんわ」
 倒れ伏している一人の少女へと、そっと優しく聖女は手を触れた。
 少女達がただ眠っているだけだと確認し、瑞科は少しだけ安堵したような表情を浮かべる。
 けれど、その瞳には悪魔に対する怒りの炎が宿っていた。この少女達は悪夢を操る悪魔に囚われ、今もなお抵抗する事すら出来ずに苦しんでいるのだ。
「わたくしがきたからには、もう安心ですわよ」
 呟いた聖女の凛とした声が悪夢の中にも微かに届いたのか、僅かに彼女達の表情が和らぐ。だが、早急に悪魔を倒さなくては、少女達の精神はもたないであろう。
 その時、じっと佇む瑞科の背後にある影が、不自然に揺れた。
 影は徐々に膨れ上がり、その形を異形へと変える。そして、未だ振り返らずに少女達の方を見ている聖女へと、予告もなく悪魔は襲いかかった。
 不意打ちの攻撃。影は聖女を自らの世界、悪夢の中へと引きずり込もうと無遠慮に彼女に触れようとする。
 ――しかし、その腕が瑞科に触れるよりも前に、何かが影の身体を薙いだ。
 いつの間にか、瑞科の手には一本の剣が握られている。依然彼女は振り返る事なく、悪魔に背を向けていた。
 それでも、その切っ先は確かに悪魔を捉えていた。一瞥すらしていないのに、瑞科は見事悪魔を一刀両断してみせたのだ。
「挙げ句の果てに不意打ちとは、どこまでも卑怯な方ですわね。そのような手段を取らなければわたくしには勝てないと、本能で悟っていらっしゃるのかしら?」
 ようやく彼女は振り返る。奇襲を受けたというのに、瑞科は動揺する事なくどこまでも冷静な瞳で相手の事を見やった。艷やかな唇から、嘲り混じりの愛らしい笑い声がこぼれ落ちる。
 彼女は少女達が眠っている部屋へと入った瞬間から、気付いていた。悪夢を操る悪魔が、そっと身を潜めて瑞科を襲う機会を伺っていた事に。
「わたくしに、このような手は通用いたしませんわ。残念でしたわね」
 挑発するように、聖女は微笑む。その笑みはひどく美しく、悪魔の心すら震わせた。
 強く美しい魂ほど、悪魔を魅了するものはない。瑞科という女性は、今まで悪魔が見てきたどの獲物よりも魅力的な魂を持っていたのだ。
 致命的な一撃を受けている悪魔は、悔しげに苦悶の声をもらしながらも諦めきれずに瑞科を狙う。繰り出される攻撃は苛烈で、それ自体がさながら悪夢のようであった。
 それでも、この程度の攻撃は瑞科にとって悪夢の内には入らない。少女達に攻撃が向かわないようにしっかりと注意を払いつつ、瑞科は敵の攻撃をすべて剣で弾き返してみせる。
 悪夢の中に彼女を引きずり込む事すら叶わなかった悪魔は、そして、見た。こちらへと再び振るわれる、剣の切っ先を。
「これが所詮は現実ですわ。あなた様は、わたくしに指一本触れる事すらなく――敗北いたしますのよ」
 一閃。切り裂かれた悪魔は、悲鳴をあげる事すら出来ずに消滅する。
 こうして、瑞科のおかげで悪夢に囚われていた少女達は解放されたのであった。

 ◆

 少女達の寝顔が穏やかなものに変わっている事を確認し、聖女は優しげな微笑みを浮かべる。
 通信機で自らが所属している組織「教会」の医療に長けたチームに連絡をし、この場を任せる事にした瑞科は足早に部屋を後にした。
 任務が終わったら、拠点へと帰り神父に任務結果を報告するのがいつものルーティンだ。だが、瑞科は拠点へと続く道ではなく、あえて人けのない道を歩いていく。
(任務は、まだ終わっていませんわ)
 闇夜の静けさに支配されていた空間に、彼女の履いたブーツが地を叩く音だけが響いていた。ぞっとする程の闇が、瑞科の周囲を包み込んでいる。
「お待たせいたしましたわ。あの場所では、他の方を巻き込む可能性がございましたもの。この場所で、再戦といたしましょう?」
 不意に足を止めた瑞科は、人けのない開けた場所で虚空に向かってそう呟いた。彼女の声に応えるように、再び影が揺らめき形を作る。
 悪魔は倒されたフリをし、瑞科の隙を伺っていたのだった。もっとも、そんな目論見など瑞科にはすべてお見通しだったのだが。
 しかし、辺りにあるのは闇。少女達の眠っていた室内とは違い、僅かな明かりすらもここにはない。
 悪魔にとって、有利でしかない状況だ。それでも、やはり瑞科は微笑む。
 彼女が恐れを抱く理由はない。瑞科の澄んだ青色の瞳には、自らが勝利する未来しか映っていないのだから。



東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年07月08日

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