▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Flavor』
ケヴィンla0192


 それは、煙型のナイトメアなんていう良くわからない敵をぶっ倒した後の話。

 俺、ケヴィン(la0192)は一仕事終えた後、目的の場所へと向かって歩いていた。
 横浜スタジアムを横切り、玄武門を抜ける。
 警察署の横を突っ切ると『さて、ここからが中華街』という人々の熱気と欲望が渦巻いているのが素人目にも分かるほどだ。
 ……とはいえ、この中華街もかなりクリーンになったらしい。
 それこそ第二次世界大戦直後から高度経済成長の時期は様々な物が秘密裏に売買され、大概の物は手に入ると言われたらしいが、それも2000年を越えた辺りから規制が厳しくなり、表向きには殆どの店は足を洗ったという。
 ただ、光が強くなれば闇もその分濃くなるというのは自然の摂理ってやつで。
 “表向き”ってだけで、もちろん“裏の顔”を維持し続けている店も現存している。
 俺が向かっているのはそういう店だ。

「イラッシャ〜イ!」
 古めかしいガラス扉を押し開けば、恰幅の良い女将さんがゼロ円なスマイルで出迎えてくれた。
「オバチャン、二階上がるよ」
「アイヨ、イチバン奥空いてるヨ」
「サンキュー」
 俺はひらりと手を振って勝手知ったる二階へ。
 イチバン奥の座敷部屋に入ると、一見すると壁にしか見えない扉を横に引いて奥に続く長い階段を降りる。
 地下二階まで降りると、鉄製の扉があり、ノック。
「おやっさーん、たーすけてー」
「誰がおやっさんだ」
 扉の横にある小さな窓が空いて、うんざり声で出迎えてくれるのは、“裏”の店主。名前は知らない。聞いた事ないし教えて貰ってないから……いや、教えて貰ったかも知れないが覚えていない、が正解かも知れない。
 ただ、“彼”は女将さんの“息子”として迎え入れられたアンドロイドで、それが何の因果か「意思」に目覚め、イマジナリードライブ適正を得た。そして、多くがそうであるように、SALFに所属し、そして機能の三分の二を失うような大事故に遭い、前戦から退いた……という噂だ。
 真相は知らない。興味もない。
「んだよ……また腕やっちまったのか?」
「あぁ、これは……まぁ、自分で切り落としたに近いから問題ない。“正規ルートで治る”」
 俺は緊急放棄した結果、何もない左袖を右手でハタハタと振ってみせる。
「でぇ、いつものが欲しいんですけどぉ、ありますぅ?」
「何だ気持ち悪い。……今回は10本だけだな」
「げ。マジで? 少なくない?」
「今回うちのルートには引っかからなかったんだよ……数がいるなら余所行ってくれ」
「マジか……いや、買うけどさ」
 こういう闇ルートの店は全国探せばあるもんで、中華街以外にも北は北海道、南は沖縄まで日本国内なら各都道府県最低でも1件は把握しているが、それでも最近、入りが渋い。
 空振りにならなかっただけマシか、と財布からカードを取り出す。
 このカードは小切手代わりに切れる代物で、中に入れる金額は自由に決められる。ほぼほぼ現金という物を使わなくなった現代において、これは取引証拠を残したくないときや振込手数料をケチるときぐらいしか使われないが、不思議な事にこれが規制されることはない。
 ビックリするほどの巨額を吹っ掛けられ、値切り交渉の末、相場の2.5倍で取引を完了すると、口座から金額を移したカードを店主に渡す。
「毎度あり」
 ……疲れた。ほんとやってられん。ナイトメアとの戦闘よりよっぽどこの交渉の方が疲れた。
 店主から受け取ったのは俺の元の世界から流れ着いた電子煙草のリキッド+α。
 この“+α”の方が重要かつ問題だから裏でしか取引されないわけなんだが、そこは深く触れない、秘密ということで。

 二階の座敷に戻ると、フツーに豚バラ丼を注文して貪る。女将さんの作る豚バラ丼はメチャメチャ豚バラがジューシーでマジで美味い。シンプルな青菜炒めも美味いが、何よりコレ。そして何より安い。庶民の味方。
「あー、ほんと、学生時代に知りたかったわ……」
 といいつつ学生時代なんて殆ど覚えてないんだが。でも十代の頃なら多分これ2杯は行けてたと思う。
 流石に今このジューシーな豚バラ丼を2杯いったら胃が死ぬ。腹っつーより多分胃が無理。
 残念なのはこの店が全室禁煙という点だ。無事完食して、店を出る。
「また来てネー!」
 若干訛りのある声で送り出してくれるが、女将さん、実は日本語しか話せないことを俺は知っている。

 すぐに帰っても良かったんだが、魔が差してオモテの中華街を喫煙所までぶらりと散策することにする。
 細い路地へと入り、痩せ細ったサビ猫が大あくびしながら丸くなるのを横目に喫煙所を目指す。
 目的地まであと数10mという所で、俺の左袖がぐいと引っ張られた。
「?」
 見れば、3つぐらいの女の子が袖を引いていた。
「いやいや、客引きには早すぎるだろ……」
 たまにあるんだ。子どもを使って客引きやる店が。
「パパ」
「……は?」
「パパーーーーーーーっ!!」
「ハァッ!?」
 周囲の人々の視線が一気に突き刺さる。
「いやいやいや? 人違いデスヨ? おじょーちゃん」
 赤い靴を履いた女の子。異人さんを捕まえて大号泣。
 ひとまず少女を抱きかかえて道の隅へ。
 ……抱きかかえたら、抱き付いたまま離れてくれない訳ですがコレは……
「お嬢ちゃん、泣いてても分かんないからね? そんで、俺はパパじゃないんだよ?」
「カナ、間違えないもん。パパの匂いだもん!」
「いやいやいや」
 匂いて。何だ、そんなに臭うのか俺。
 ちょっと不安になったその時。「カナ!」と女の声が聞こえた。

「済みません、娘がご迷惑をお掛けしたようで」
「いえ、誤解が解けて何よりです」
 カナという少女は母親の足元にしがみついて涙目で俺を睨んでいる。
「パパの匂いなのに」
「でも、パパじゃないのよ」
 母親の悲しみを堪えているような表情に、別離の予感を察した俺は頭を掻く。
「旦那さんは……」
「放浪者、でした……先日、帰らぬ人になりました」
「あぁ……なるほど」
 何も珍しい話しじゃない。放浪者が出現するようになってもう20年以上経つ。家族を持つ者もいるし、子をなす者だっているだろう。
「……多分、主人と同じ煙草を吸っていらっしゃるんじゃないかと」
「……ん? これ?」
 先ほど買ったばかりのリキッドケースの一つを見せると、母親は「同じです……懐かしい」と頷いた。
 ……つーことはアレか。俺と同じ世界から来た可能性が高い。
 俺は逡巡の後、リキッド“だけ”を一つ取り出して母親の手に握らせた。
「電子煙草の本体がないと匂いも違うんだが……まぁ、蓋開けて匂い嗅いでみるくらいなら子どもでも許されるだろう」
「……有り難うございます」
 深々と頭を下げる母親の足元に点々とシミが落ちたのを、俺は気付かなかったふりをして少女の頭を撫でる。
「今度は間違えるなよ?」
 そして、ひらりと手を振って振り返らずに歩く。

 ――結局煙草は吸えないまま。
 まぁ、仕方が無い。家に帰ってから存分に吸うことにしよう。
 そう思った直後に煙草を入れている胸元に手を伸ばしている事に気付いて、俺は小さく苦笑いすると家路へと急いだのだった。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【la0192/ケヴィン/男/苦くて切ない香り】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。
 大変遅くなってしまって申し訳ありません。

 今でも大好きな場所の一つですが、昔のドラマなんかで描かれていた荒唐無稽な中華街の雰囲気には憧れた物です。
 そんな雰囲気を少しでも感じて頂ければ幸いです。

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.