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『今年の六月はエオニアで皆一緒に』
不知火 仙火la2785)&東海林昴la3289)& 狭間 久志la0848)&ラルフla0044)&氷向 八雲la3202)&不知火 楓la2790)&柳生 彩世la3341)&アリア・クロフォードla3269)&日暮 さくらla2809

 鞄を手に送迎バスを降りれば、潮風の代わりに薔薇の香りが遠く鼻腔を擽る。目の前の施設の中でローズガーデンを見たのは約四ヶ月前のことだった。既にどこか懐かしく思いながら、直接顔の上へと降り注ぐ陽射しに目を細め、不知火 仙火(la2785)は吐息を漏らす。幸運にも時差ボケはなかったが、日本なら梅雨真っ只中でジメジメするところ、エオニアは初夏の気候だ。仙火がここ――王国屈指のリゾート、ランテルナを訪れるのは、これが二度目。今年の二月に幼馴染の不知火 楓(la2790)と共に来たのが最初だ。途中別行動を取っていたが、日暮 さくら(la2809)とも同行していた。今回はその二人とだけではなく、自身も含めて九名と大所帯でのSALFを介しない私的な旅行に来ている。振り返れば続々と降りてきたその面子が背筋を伸ばしたり凝り固まった身体をほぐしていた。任務中は世界中を簡単に行き来可能でも、一ライセンサーの肩書きを外した今は中々に重労働だ。しかし、それが醍醐味でもある。
「全員降りたな? じゃあ、行くか」
 年長者でいえば狭間 久志(la0848)がそれに当たるのだが彼は率先して皆を引っ張っていくタイプではないし、この面々の共通点を考えれば自分が前に出るのが妥当なところだ。仙火は視線を左から右へ順繰りに滑らせたのちに氷向 八雲(la3202)に辿り着く。一番最後に降りた彼は皆のやや後方で先程の声に応えるように無言でひらひらと手を振る。小さく頷き、玄関口から中へと向かった。頭を下げて出迎えるスタッフに軽く会釈し、ふと視線を感じてそちらを見れば前にも見たような顔がある。フロントに着き、代表として名を告げれば、小隊【守護刀】御一行様ですね、との言葉が返ってきた。その通りここに集まったのはインソムニア攻略など大規模作戦の際に行動を共にする仲間である。
 一人ずつ宿帳に記名し、予約の人数が揃っていることを確認すると、フロントのスタッフが鍵を二つ差し出してきた。この施設の宿泊場所は敷地内に連なるコテージなのだが、本来ならば一部屋四人までとなっているところ、国を挙げて推し進めている施策が功を奏しているらしく、どこも連日満員の宿泊客で賑わっている為、三部屋分も取れなかったのだ。ただ向こうがモニター参加時の名前を覚えていたことと、団体客としての適当な名称が思いつかずに小隊名を名乗ったことから日付変更を頼まれた際の言い淀みに、電話口の相手も諸々察したようだった。繁盛期に嬉しい悲鳴をあげていて対策を検討していたらしい裏事情もあり、六人で宿泊出来るようになる。当然ながら男女別だ。まず荷物を置き、それから観光に出向こうと仙火たちは一度コテージまで向かった。

 ◆◇◆

 ランテルナに着いてからの観光スケジュールは中々の慌ただしさだ――とはいえ、ラルフ(la0044)は無理に合わせようとは思わない。自らの意思で隊に所属している以上は作戦中に場を乱すなど言語道断。しかし休暇なら話は別で、仙火に来るか訊かれた際にも好きに動くと宣言している。
(別にこの国の為に頑張ってるわけでもないし、見回りだのする必要無いねぇ)
 とあくまでも観光客としてラルフは友人たちとジューンブライド市場を訪れ、しかし別行動し気ままに露店を眺めていた。首都エオスで行なわれているこの催し物は六月に結婚した夫婦は末永く幸せになれるという、謂れに因む。ワゴン内に並ぶ品々は単なる観光土産以外ではカップル向けのペアリングやペンダント等のアクセサリー、マートルのブーケが目立つ。
(この国だと売り物もギリシャ系が中心かね)
 市場と聞き浮かんだラルフの予想は当たっていて、地域色の強い飲食物も豊富だ。
(果物を使ったフルーツビールとか出せそうだけど、案外見当たらないもんだなぁ)
 地中海らしい気候はエオニアに恵みをもたらしている。その最たるものが桃に近い味のミーベルだ。桃のフルーツビールもあるので問題はない筈と休暇といいつつも視点はついこの国の復興に一役買いそうなアイディアへと向く。今ランテルナは要人の利用を視野に入れたサービスの向上を目指しており、昨年ラルフは従業員の一人として忙しなく調理に励むシェフに混じり気付いた改善点を述べる等している。だが幸いにもこの国の王女は実にまともだ。任務を受けている最中でもなしとラルフは思考を放り捨てた。またランテルナなり他の所なりに仕事で関わる機会があれば伝えるのも吝かではないが、頼まれてもいないのにわざわざ自ら言いに行く性分でもない。と、そんなことを考えながら歩いていると、ふと陽射しを受けてキラキラと光る純白の髪が視界に入った。ところどころ青いメッシュが入ったその髪の持ち主は柳生 彩世(la3341)に違いない。彼はあるワゴンの前でうーんという声が聞こえてきそうな程、その真面目さを優柔不断に変えて、発揮しているようだ。近付いていけば、店主と話している声が聞こえ、何やらどのアクセサリーを贈り物にするかで悩んでいる。色違いのものを複数見ている辺り、誰宛かの見当はつく。あのと声を掛ければ彩世の肩がびくんと跳ねた。蒼と紅、色違いの目がこちらを向いて、見知った顔にホッと気が緩んだのが分かる。
「戦うときに邪魔にならないようなものにすればいいんじゃないですか?」
 実際戦闘中に身につけるかどうかは別として、動く際の邪魔にならない、かつ存在感を主張し過ぎないものが彼の用途には合っているように思える。ラルフは本来面倒臭がり、というかやるべきこととやりたいこと以外は出来るならばしたくない性質だが、ただし身内に関しては例外だ。自身と彩世は口調からも分かる通り率直にいえばあまり親しい部類ではないものの、隊員として信用に足る人間ではあると思っているし、嫌われるよりかは好かれるほうがいいというものだ。
「分かった、そうしてみる! ありがとな」
 ニッと歯を見せるその笑顔に何だか毒気を抜かれたような気分になった。
「では邪魔をするといけないので、私はこれで」
 居心地の悪さを感じたのが半分、実際にそう思ったのが半分の胸の裡を隠し立ち去ればそれを知ってか知らずか、彼は引き止めるでもなく応と頷く。暫しして振り返れば丁度何にするか決めたようで店主に声を掛けているのが見えた。この国の文化を知る為に自分も何か買ってみるのも悪くないと考えながらラルフはぶらつきを再開することにした。

 ◆◇◆

 花開くようなという例えが似合う笑顔の花嫁が並んでいる。今日知り合ったばかりの者が多い筈なのに、まるで苦楽を共にした同志同然に見えるのは気のせいではないだろう。王国主催の、経済的弱者が対象の合同結婚式である。そんなこの国と境遇を同じくする若い彼らはとても綺麗で眩しく、楓は目を細めながらその姿を見守った。
『かんぱーい!』
 王女の音頭に合わせてこの広い会場に集った人々が一斉に手にしたグラスを掲げ、同じテーブルを囲んだ者同士隣の人とそれを合わせ音を響かせる。流石に経済的に厳しいお国事情もあり、立食での簡単な食事だが、その味は保証済みだ。ラルフなどは顔には出さないが感心したようにじっくり味わっている。テーブルを花嫁花婿が回っていき、楓らも話す機会があった。まさに幸せの絶頂と互いを見る目に篭る熱量に楓は花嫁と自身とを重ねてみる。自分が結婚する未来はまだ上手く思い描けない。けれど、羨ましいという感情が生まれたのは確かだった。
「ほら、仕方ねぇから俺が一緒に踊ってやるよ」
「もう、なんでそんな言い草なの。私のほうが絶対踊るの得意なんだから」
「なら足踏んで転んだりすんなよ。――まあそうなっても俺が受け止めてやっけど」
 ふふんとドヤ顔で胸を張る東海林昴(la3289)をアリア・クロフォード(la3269)ははいはいと流しながら差し出された手に手を重ね、ダンスホールの中心へと息の合った足取りで進んでいく。昴がアリアにしたように、彩世もまた、さくらを誘っているのが横目に見える。男装の麗人に見える者同士性別は違えども親近感を覚える彼がちらと視線を向けてきたような気がして楓は瞬きをした。苦労性仲間の久志は上手いこと女性に声を掛けられるのを避けていて、ラルフは何人か丁重にお断りしている間に勇者がいなくなり、八雲は気さくに応じると、乱暴な口調とは裏腹の紳士的な振舞いで女性をエスコートし人混みへと消える。同じテーブルにいて、今も残っているのは一人だけだった。即ち楓の幼馴染である仙火だ。こんなときも息ぴったりに目が合い、言葉に詰まった。仙火は普段はまっすぐな視線を宙に踊らせている。その反応に鼓動が高鳴って伝統音楽が遠くに聴こえた。
「楓も珍しくその格好だし……俺たちも踊るか」
「う、うん。そうしよう」
 何とか平常心を取り繕った仙火の言葉に逆に揺さぶられた。差し出された手を取って足を踏み出せばスカートの柔らかな布が寄せては返しと波のように揺れ動く。首を出し胸の圧迫感もない現状に違和感を覚えつつ、襟巻きで口元を隠したくなる。仙火に女子として見てもらいたい気持ちもあるから、リゾートでなら少しくらいと、そう思って鞄に詰めた女性らしい衣服。それに合わせて合同結婚式でもドレスを着ることにしたのだった。
(そんなふうに思えるのも心境の変化、かな)
 でなければ二人でダンスを踊ることもなかっただろう。前奏が流れる中、適当なスペースで立ち止まった仙火が振り返る。そして彼が言った台詞に楓ははにかみ、再び差し出された手を握った。

 ◆◇◆

「ねえ、具合でも悪い?」
 掛けられた声にさくらはハッと我に返る。見れば心配そうに顔を覗き込むアリアと更にその隣に同じような表情をした楓の姿があった。慌てて手を振り否定しようとして体に巻いたタオルがずり落ちそうになるのをかろうじて引っ張り上げる。さくらは二人に無用な心配をかけるまいと微笑んで「平気です」と答えると、改めて正面に向き直った。
「とても綺麗です。それに香りも……癒されそうですね」
 言って湯船に歩み寄れば気を取り直して二人もその後ろに続く。壁は白くドーム状の青い屋根が目印のコテージに用意されているのは専用の風呂で、この薔薇風呂もそのひとつだ。アリアはまるでお伽話みたいな光景だとはしゃいでいたので、水を差す形になって申し訳なさを感じつつ、さくらは一応つけていたタオルを取り払い、薔薇を避けて掛け湯をすると湯船に身を沈め吐息を零す。喉に魚の骨が刺さったような、僅かな引っ掛かりが徐々に取り払われていった。ジューンブライド市場に行き、合同結婚式に参加してと、充実しているが故の心地良い疲労も見る見る内にリフレッシュするようである。色とりどりの薔薇から目の前に浮かぶ真っ赤なそれを掬った。顔の前まで寄せればエレガントな香りが鼻に触れてくる。と、じーっと隠しもしない視線に彼女を見返す。
「どうしました、アリア」
「べっつに〜!」
 と一度は不貞腐れたように返すもその視線は二人の間を彷徨う。明らかに何か言いたげなのでそれこそ先程彼女がしたように眉を顰め「体調不良ですか?」と訊いてみた。アリアは明るくて感情表現が豊かな可愛い妹分だが、両親の背を追おうと懸命で無理をしてしまうこともある。だから隠しているのではないかと思ったのだが、頭と一緒にもふもふのうさぎ耳を揺らして否定した。
「……ただ、うちの小隊の女性陣はすらっと背が高くて、美人で薔薇が似合うなぁ……って、思っただけ」
 と最後には浴槽の底に手をつき、上半身を沈めながらぼそりと呟く。予想外な言葉を受け、さくらと楓は互いを見つめた。水面に浮かぶ薔薇の隙間からはお湯が半透明なので、うっすらと体が透けて見える。
「まあ、いいことばかりじゃないけど。さくらも前より大きくなったよね」
 くす、と悪戯っぽく笑みを浮かべて楓が言う。さくらは自分の上半身へと視線を落とした。彼女は上げて落とすタイプの冗談は言わないので本当だろう。
「それなら十九の私が成長しているのですから、アリアも充分成長期です」
「本当!?」
 勿論と首肯すれば彼女ははにかみ笑いをする。昴は大きかろうか小さかろうが気にしないだろうとそんな考えは胸の裡に仕舞った。昼に市場や合同結婚式で見た、この国の人々の幸せそうな表情を思い返す。彼女と昴もいずれは恋路を辿りそうなるのだろうか。遠い未来でも皆とずっとこうしていられればと願わずにはいられない。
「男子たちが何を話してるのかも気になるけど、今は女子三人で楽しく話したいね」
「うん、賛成!」
「それもいいですね」
 合流まで時間はたっぷりとある。気付けば仙火と楓のダンスを見て感じた名前のない感情はどこかに消えて、さくらたちは暫し話し込んだ。

 ◆◇◆

「……エオニアの復興が順調に進んでいることを祝して、後俺たちの旅行が最後まで楽しいものであるようにと願って、乾杯!」
 普段は肩を並べて戦う八雲に振られ、即興でした割にスマートな仙火の音頭に合わせてぐっと身を乗り出し、昼間と違い皆で合わせたグラスは小気味のいい音を響かせた。乾杯と唱和させた声もその音も微妙にずれ、しかし逆にそれが綺麗な音の連なりになる。久志は皆が料理に舌鼓を打ち始めたのを確かめ、自らもそれを口に運んだ。
 食事は本来コテージまで運んでくれるのだが、それだと別々に食べることになるので、本館のホール内にあるレストランで一堂に会し楽しむことにした。肉や卵は控えめで野菜と果物、シーフードがメインの地中海食はハーブの風味も効いていて結構癖になる。
「うめぇな。海産物は何でも美味いが特に焼きホタテ貝が最高だ」
 他にも客がいるので声は小さめだが、八雲の興奮はいつになく子供っぽく目移りする隻眼に表れていた。多国籍に対応する為に用意された箸を使い、海の幸をふんだんに取り入れたオイル焼きを噛み締めるように味わう。さくらと楓は当然ながら、いつもは気安さが上回る、という意味で意識しない八雲と仙火の品性を感じる食べ方に感心した。
「だな。俺はラルフの料理も好きだけど前よりもクオリティー上がってる気がする」
「世辞を言っても何も出ないぞ?」
 自然と人たらし発言をかました仙火にもラルフは手を止めて素気無い視線を返す。しかし時と場所次第では作るのだろう。
 話題は次第に明日の行き先へと向かった。自由行動をしてもいいという話だし実際に市場では思い思いに買い物をしたが久志は特に行きたい場所もないので適当にぶらつくか誘われればついていく、という感じになるだろう。決まった相手でもいれば話はまた別だ。だが生憎と、ここに最愛の妻はいない。それどころか身長は縮み、能力の大部分も失い――再会出来ても、嘗て築いた関係を取り戻せるかも危うく感じる。表立っていたのはアリアだけだがさくらと楓も期待する中でのブーケトスに既婚者の自覚を取り戻した後、罪悪感に打ちのめされた。そのほろ苦さを忘れようとグラスを手に取った矢先不意に彩世が「あれっ」と言って首を傾げる。
「久志は酒は飲まないのか?」
 指摘され、飲む寸前で動きを止める。どのコースにするか悩んでいたので注文時は気付かれなかったが、流石に飲もうとすれば分かったようだ。仙火や楓はワインを飲んでいるのに久志のグラスに注がれているのは彼ら未成年と同じ透明な液体――アルカリイオン水である。皆が意外だと言わんばかりに一斉に視線を注いできた為、思わず顔を顰めてしまう。気まずさを誤魔化すように軽く喉を潤して、一旦置いてから口を開く。
「これでも一応、年長者なんでな。大人として羽目を外したりはしないぞ、うん。大人だからな」
「折角のリゾートなのですし、良いではないですか。時には羽を伸ばさないと疲れてしまいます」
「そうだぜ、久志。飲めるときに飲んどかねえとな」
「俺をお前らと一緒にするなよ?」
 天然っぷりを発揮して善意百パーセントで言うさくらはいいが仙火のニヤけ面には半眼を返さざるを得ない。彼と楓は若いのに無類の酒飲みなのだ。――いや若いからこそなのか。とはいえ多少は飲んでもいいかという誘惑と年長者として万が一の際のブレーキにという自制心の葛藤が前者に傾いていく。今ここで意固地になるほうが余程空気が読めないだろう。そう思案する間にも「飲んじまえよ」と八雲までもが便乗し、一応ポーズとして溜め息をつくと、久志はスタッフを呼んで二人と同じく赤ワインを頼んだ。ボトルが一本テーブル上に加わる。成人組で改めて音を鳴らした。
「早く八雲やラルフともお酒を飲めるようになりたいね」
 グラスを傾けホッと息をついた楓が言って微笑む。その後も乗せられるままに飲んで、酔い潰れる数時間後の未来を久志は知らず――。尚、父親さながらにさくらの恋愛事情に首を突っ込んで、実年齢はかなり年下の彼女に懇々と説教を受ける羽目になるのだった。

 ◆◇◆

 会話を邪魔しない程度に流れる生演奏が彩世の心を高揚させる。有り体にいえば場酔いをしていた。唐突に立ち上がったので全員が訝しげな視線を向けてくるもそれを自覚することもなく、彩世は隣に座るさくらの横に膝をつくと心配して向き直る彼女に顔を近付けた。あ、と誰かが呟くのが分かる。脈絡もなくくっつけた鼻をさくらは黙って受け入れ、同様に軽く擦り合わせた。すかさず尻尾をもふってくる手が優しくて擽ったい。それを絡めるとさくらの目が愛おしげに細められた。距離を戻せば当然尻尾と手も離れ、彼女は子供の頃からずっともふっているのに名残惜しげな表情をした。少しの罪悪感を覚えつつ、隣のアリアにもそうする。喜んでお返ししてくれて、ついでに彼女にももふられた。
「こいつの習性でさ、犬みたいに鼻と鼻をくっつけるのが親愛の証らしい」
「犬じゃなくて狼!」
「はいはい、超絶カッコいい白狼な?」
「自分は可愛い可愛いにゃんこの癖に」
「うるせー」
 なんて軽口を交わし昴とも狼キスをする。しかし幼馴染以外はどうかと心配したが杞憂だった。嫌がられたらしょんぼりしてやめようと思ったのに、説明を聞いた仙火は「いいぜ」と笑って受け入れて、ついでにもふもふされる。嬉しそうな表情に仙火ももふもふ好きかと思ったがそれだけではなく、
「いや、彩世の人となりや生い立ちに触れられた気がしたんだよ」
 そう照れ臭そうに言うから嬉しくなった。また昴が習性だと言った時点で楓は得心したようだ。微笑むと手を広げて受けてくれる。
「僕も君を大切な仲間だと思ってるよ」
 心の中を見透かしたような言葉を掛けられ少し恥ずかしい。いつもと違い胸と胸が触れ合いそうな近さなのもまたそうさせた。彩世はまだあまりよく恋愛を知らない。興味はあれども、幼馴染組は全員好きな人がいるから恋愛に発展することはないし、己が抱くのも親愛だ。その思いを形で示せれば充分。三人以外にしてもそうだ。尻尾を絡めにいく程度には仲がいいと少なくとも自分では思っている。なので、反応に幾らかの違いはあれど、応えてくれて嬉しかった。彩世にとってこの小隊は一つの群れだ。だから、彼らを守る騎士になりたいと願う。

 ◆◇◆

「そうだ、これ。忘れるところだった」
 そう言って彩世が手渡したのは小さな包みだった。それは幼馴染四人が女性陣のコテージで休憩していた頃のことだ。どうやら鞄に入れたままだったようで、皺々のそれを彩世も雑に扱ってるしと適当に開けば、出てきたのはヘアピンだった。昴が緑で彩世は純白、さくらが薄紫でアリアは空色――を除いた三色セットで、薔薇を模した飾りがワンポイントで付いている。さくらとアリア、それと男だがよく女に間違えられる彩世は似合うとして、自分がつけた姿を想像すると、何ともいえない気持ちになったが、ただまあヘアピン自体は使うし女子二人を尊重しておけば間違いないと昴も経験則として知っているので、貰うことにした。
「可愛い! 皆と一緒みたいですっごくいいね。流石彩世!」
「ありがとうございます、彩。大切にしますね」
 アリアははしゃぎ、一旦包装の中に戻したそれを抱き締めたさくらが柔らかく微笑む。幼馴染でも滅多に見ない珍しい表情だ。
「へへ、悩んだ甲斐あったぜ」
 と照れ臭そうに彩世は言う。がぺたんと床についていた筈の尻尾を全力で振りまくり、昴の腕には微風を飛ばし、さくらは猫じゃらしに誘惑される猫になる。アリアは変化がない為良しとした。
「市場で買ってきたのですね。以前アリアと一緒に、チョコレートのワゴンの手伝いをしたことがあったのが懐かしいです」
「お揃いのワンピースも着たしね。SNSの評判も良かったみたい。一杯可愛いってリプついて嬉しかったな」
「なんだよそれ、聞いてねェぞ!」
「わざわざ昴に言う必要あるの?」
「どうどう、落ち着けよ」
「オレは馬か!?」
「喧嘩は駄目ですよ」
 じゃれ合いをいつものように姉貴分のさくらが止める。温厚な人程怒らせると怖いのは定説だ。彼女の一声で場を収めて他の人と同様に各々ランテルナや周辺の名所を見て回ることにした。確かラルフはローマ時代の大浴場だったというランテルナ遺跡を見に行き、仙火は自分が焚き付けたからと色々な意味でぐったりした久志の面倒を見て男性陣のコテージにいる筈だ。当然のように楓も一緒である。八雲は、
「もちっと海鮮料理を追加で食べてくるぜ」
 と腹ごなしにと軽く運動してから緑色の手拭いを肩に掛けて意気揚々と先程のレストランへと向かった。で、自分は何をするか考えたところで昴はようやく昼間から立てていた計画を思い出し「あ!」と声をあげた。全員の視線が突き刺さったが、突発的状況に際し昴は冷静だった。今はさくらは当てにならないと判断し、気付けと念を込め彩世を見る。流石腐れ縁、察したらしい彼は勢いよくさくらの手を取った。
「なあさくら姉、そういやオイルマッサージのサービスがあるんだってさ! 薔薇やミーベルの種を使ってるとかなんとか。俺、ますます綺麗になったらさくら姉が見たいなー」
「どうしたのですか、彩」
 誤魔化し方ヘタクソか、というツッコミは胸に仕舞う。半ば強引に立ち上がらされたさくらは話題が話題なだけにアリアを見たし、彼女も乗り気そうだったが昴はその小さな肩に手を置く。
「オレらはローズガーデンを見に行こうぜ。ほら移動のとき見たいって言ってたろ」
「そうだった! でも時間は大丈夫かな?」
「二十四時間見学出来るって聞いたぞ」
「じゃあ善は急げ。ほら、起きて起きて昴」
「急かすなって!」
 どうにか誘いは成功し、引っ張り起こされて渋々行く素振りを取る。そんな昴は、はしゃぐアリアが二人に声を掛けなかったのを受けやっと諸々を理解したさくらが微笑ましく自分たちを見守っていたことには気付かず仕舞いだった。
「頑張れよ」
 そうニヤニヤして彩世が言ったのも勿論知らない。そんな彼は隙を突かれてまた尻尾をもふられていた。

 ◆◇◆

 一年中咲き乱れているとか、世界でも有数の品種の多さだとか、興味がなさそうな態度を取っていたとは思えない蘊蓄を昴は披露する。勿論アリアが知らない理由もなく、昴の前で話した気もするがそこはお姉ちゃんとして何も言わずにおく。――とは建前で彼が誘ってくれて嬉しいし、二人でここに来れたのもよかった。勿論幼馴染をはじめとする彼らのことは好きだが皆でわいわいと、というのは何か違うように思えたのだ。確かに綺麗なのに気付けばアリアの視線は昴の背へと吸い寄せられる。昔と同じで小柄なままの背丈。けれど彼は逞しくなった。多分アリアが女子で昴が男子だからではなくて、個人の力の差だ。それが眩しくて、少し小憎らしかった。なんて思っていたら昴が振り返る。
「ほら、これやるよ。たまたま持ってたのをたまたまやるだけだからな!」
 ぶっきらぼうな物言いで彼が差し出したのはピンクの薔薇の花束だった。一瞬そこら辺から引っこ抜いてきたのかと疑い、しかし綺麗にラッピングされているので違うと思い直す。市場で買ってきた後服の中かガーデン内の何処かに仕込んであったのでは。いずれにせよ用意周到でアリアはにんまりと笑みを浮かべた。
(ふっふっふー、相変わらず昴は素直じゃないなー。似合いそうなさくらや楓ちゃんじゃなく私に渡すんだから!)
 等と思っていると、
「なんだよ、その顔」
 と昴が不貞腐れたような低い声で言って、そのうち引っ込めてしまいそうだと思ったので、昴の人差し指に僅かに小指を触れさせる形で花束を手に取れば彼の手はすぐに離れていった。両手で掴み、胸の中にぎゅっと抱え込んだ薔薇の花束に顔を近付ける。上品というより甘い香りが漂った。
「貰わないと勿体ないから、貰ってあげる!」
 あくまでも特別に、勿体ないから仕方なしに。そう強調するも昴はちらっとこちらを見て、指先で頬を掻くとふっと視線を逸らした。心なしか顔が赤い。
「まー……まだ、“似合う”のは先になりそうだな……」
「今に立派なレディになるんだから見てなさい!」
 いつもだったら売り言葉に買い言葉になるが素直にありがとうと言えないまでも、アリアの機嫌はすこぶるよかった。花束を片手で持ち直し、もう片手の指を昴の鼻先に突きつけ宣言する。二人と比べて子供なのは百も承知。逆にいえばその分伸び代は一番だ。なんてことを考えていたら不意に昴が真剣な表情になる。二人の間をからりとした熱い夜風が吹き抜けた。
「なぁ、アリア――」
「そうだっ、いいこと思いついちゃったー」
 言葉を遮られた昴が面食らった顔をする。しかしどうせ大したことではないだろうとアリアは気にも留めず、彼の手を掴むとコテージに向かって歩き出した。昴は「おい」と声をあげるも大人しくついてくるので気にしない。日は暮れていてもまだ時間は早いので、充分調達出来る。そんなことを考えるアリアは知らない。自身の作るそれがとびっきり個性的なのを。

 ◆◇◆

「薔薇のお礼になんかデザートを作ってあげようかなーと思って! あ、彩世にもアクセサリーのお礼ね! 腕に縒をかけるから楽しみにしてて!」
 と言うとアリアは可愛く笑って始め、それを昴は止められなかった。無自覚なその感情を思えば然もありなんと八雲は脂汗を滲ませてまるでエルゴマンサー級のナイトメアに挑むときのような真剣な表情をした昴と彼とは全く対照的に鼻歌交じりでボウルの中の生卵を掻き混ぜているアリアの二人を、机に頬杖をついた格好で見つめる。他人事だと思ってと昴が恨みがましい目を向けてくる気もしたが実際他人事である。因みに、
「アリアの料理はさ、そのなんていうか……手品みたいなんだよ」
 そう言葉を濁した彩世でさえも名指しされた割に余裕に見える。手と尻尾を振り呑気に彼女を応援していた。
「――というわけなので、アリアの手伝いをしてくれませんか?」
 とさくらに懇願をされたラルフは彼女の隣につき、きっちりエプロンを身に付けててきぱき手解きしている。神経質そうに見えて案外適当な性格の彼も話を聞いたせいか、懇切丁寧な気がする。しかしまあ、
「いえ、あまり強く掻き混ぜてしまうと気泡が……」
「えっ、そうなの?」
 なんてやりとりをする辺り苦労は絶えなさそうである。それでも付き合うのは馴染んでいる証拠だ。
 仙火とさくらは材料の余りで苺入りの菓子を作り、楓はこの二人と、アリアとラルフの両名を見守っている。セルフでのバーベキューを楽しむ用途だろうか、設備の充実した台所は夜にも拘らずわいわいと賑やかだ。
「よぉ、まだ結構具合悪そうだな?」
 逃げるように食堂に戻ってきた久志にそう声を掛ける。手を上げる代わりに砂浜で拾ってきた石を適当に真上に投げては受け止めを繰り返した。お陰様でなとげんなりした声で返して久志は正面に座る。額を押さえ深く溜め息をついた。
「二日酔いになったら、思う存分笑ってくれ」
「酒は飲んでも飲まれるな、ってな」
「……全く以てごもっともで反論出来ねぇな」
 いつになくむすっと子供っぽい表情を見せる久志を見てにやにやと笑う。掴んだつるりとした感触の石を握り込んで、言ってやった。
「醜態を晒しても構わねぇってくらいに俺らのことを信頼してる証拠だぜ」
 その言葉に久志は瞠目し、眼鏡の位置を直しながら視線は横へと逸れる。否定しないから正解。しかし指摘はされたくないような話。距離を置きたがる気持ちは元より多くの世界を渡り歩いて宛ても何もない八雲には分からない。
「――なんてな」
 一人空回りしていた頃の仙火は見るに見かねて余計な世話も焼いたが深入りはしない。丁度「出来た!」というアリアの声が聞こえたので曖昧に話は打ち切った。現実は非情で十分の一の確率を引き当てることは出来なかったが、
「皆も食べる?」
 と本来プリンであるべき何かを手に純粋な眼差しを注ぐアリアへと、
「アリアの料理は昴だよな」
「そうだね、昴の担当だから僕らの出る幕はないかな」
「ええ、昴に全て任せます」
 仙火はいい顔で、楓は微笑を浮かべて、さくらはそっと目を逸らして返した。ダークマターとしか表現出来ない産物に勿論久志も空気を読み躱す。大人とは狡い生き物なのだ。
「強く生きろよ」
 最後にそう言った彩世が親指を立てる。そんな死刑宣告にも腹を据えた昴の眼差しは光を失わなかった。そして、屍になった――のではなく、夜が更けて皆が寝床に入った今でも時折静寂を破るような唸り声を響かせる。常に剥き出しの腹の上に手拭いを乗せて目を閉じた。
「企画してよかった」
 人数の関係で床に雑魚寝する八雲の右、寝言か否か呟く声にそうだなと返す。しかし眠りに誘われる最中ではそれが彼に届いたか分からなかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あれも書きたいこれも書きたい、なるべくなら取り零しも
したくないと試行錯誤した結果、駆け足気味になりました。
ヘアピンは昴くんとアリアちゃんのエピソード的に
どうかなと悩んだんですがわたしの脳みそでは男女共有の
お揃いに出来るアクセサリーが他に思いつかなかったので、
アリアちゃんは目の色、他の三人は髪の色をアクセントに
したヘアピンのセット(一応エオニア要素有り)と
させていただきました。久志さんの羽目の外し方も
一応頑張って周りの展開を考慮した結果のあれでしたが、
全然イメージと違っていたなら申し訳ない限りです。
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月09日

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