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『二人の未来は飛ぶ鳥の行く先のように』
鈴木 悠司la0706)&ロジー・ビィla1006

 とある建物の屋上にある喫煙所はその言葉から連想するような窮屈で肩身の狭いイメージとは真逆の空間だ。晴れの日に空を仰げば周りのビルの影響を受けることもなく一面の青が広がり、煙を燻らせながらそれを眺めると、心が洗われるようだった。しかし裏を返せば天候に左右されやすいということでもある。折しも今は六月。日本は丁度梅雨の時期で、そしてつい先程まで雨に降られていた。よりにもよって約束の日にと鈴木 悠司(la0706)は居るかどうかも分からない神様に恨み言を言いたくなりながら気持ち駆け足で階段を上っていく。もしかしたら先にやってきて、途方に暮れているのかもしれない。一気に駆け上がれば呼吸は乱れて、雨か汗かでじっとりと湿った感触を手の甲で拭うと、悠司はすっかりと見慣れたありふれた扉のドアノブに手を掛けて、少し緊張しながらも、ゆっくり回した。一歩踏み出して辺りを見回すも彼女の姿は影も形もない。
「……来ないのかな」
 どうやら通り雨だったようですぐに止んだが、まるでスコールのような激しさだった。何をするにしてもとりあえず落ち着こうとベンチの方に歩み寄り、雨晒しなのでその表面に水滴が水玉模様を作っているのを見ると悠司はバッグからタオルを取り出し、拭き取ってから座る。
 空を見れば雨雲はかなり流れていて、薄くたなびく白い雲から漏れ出る光はじわじわと気温を押し上げるようだった。もう少しすれば夏が来る。夏祭りとか花火大会とか、そういった行事を共に過ごすことが出来るだろうか。前までは考えられなかった未来に感慨深さを覚える。と夢心地になっていたせいで、扉越しに階段を上る音は勿論その扉自体を開く音にも全く気付かなかった。固く湿った足音が近付いてきたので分かり、約束は意識の埒外に誰か別の人が煙草を吸いに来たのだろうと思いながら悠司は顔を向ける。そして一瞬固まって視界に映る現実を認識した瞬間、勢いよく立ち上がる。
「途中、雨に打たれなかった? 大丈夫?」
 一番最初に口をついて出てきたのは彼女――待ち合わせ相手であるロジー・ビィ(la1006)を心配する声だった。だって自分とそう変わらない時間に着いたのだから、彼女もここに来る前に雨に打たれたに違いないのだ。ロジーは頬にかかった銀髪を一房摘み、にこりと笑みを浮かべてみせると、
「ええ、大丈夫でしたわ。丁度すぐ側に雨除けがありましたから、こうハンカチで」
 と言って、白いレースのそれを取り出すと頭頂部に軽く乗せた。まるで頭巾のような、或いは――浮かんだイメージを首を振って、頭から追い払う。いつか彼女と家族になれたら、なんて想像してしまうのは六月だから。
「良かった」
「……ふふ、悠司は本当に優しいですわね」
「え? そ、そうかな?」
 ――当たり前じゃない、恋人を心配するのは。
 そうさらっと言えたら、どれ程格好いいかと、そう思いはしても口は思うように滑ってくれず、照れて目を逸らしている間にもロジーは歩み寄ってきた。約四人が自然な雰囲気で腰掛けられそうなベンチに、間に小さな子供が一人入れるだけの余白を残すのが今の二人の距離だ。火傷を心配して手を取られたあの時よりは遠く、その後改めて座り直した時よりは近い。何時もの喫煙所。軽く断りを入れると愛煙家の二人は横に並んで、それぞれの銘柄の紫煙を空気に溶かす。同じ風景に見えても明らかに違うのは、それが偶然でなく約束しベンチに彼女と二人座っていること――。
 入れ違う一瞬の邂逅と待ち人が来ることを期待して通った日々。連絡先を聞かないままにまた会えるかどうかの偶然に賭けて、それは何度か叶った。だがそれだけだった。勿論他愛無い話をして過ごす時間は楽しいものだったし、自然な流れで連絡手段も確保した。それに会えば会う程、自分の気持ちが分かってきたのも確か。しかし、敢えて伝える必要は無いと想った。
(そのつもりだったけど……)
 何か具体的な切欠があった訳ではない。けれどもある日の深夜、気付けば彼女に電話を掛けていた。
 ――俺ね、ロジーさんの事好きみたい。
 電話越しの顔が見えない言葉にどれ程の感情が伝わるだろうか、そんな風に不安になったのを今でもはっきり覚えている。逃げ出すようにロジーの返事を先送りにしようとしたが返ってきた言葉は声だけでも高揚感が滲んでいて、彼女も好きだと言ってくれたのは覚えているが、予想だにしなかった為にその瞬間、何と想ったのか、現在ではよく想い出せない。
 恋人同士になった後もロジーと会って話す度にそういえば、彼女のことを何も知らないと気付かされる。
(じゃあ聞けば良い。言いたくないなら、それでも良いんだ。言いたくない事がある事すら俺は知りたい)
 ロジーは放浪者で、多かれ少なかれ別の世界で生きてきた人だ。彼女の故郷がどんな所だったのか、生い立ちもそうだし、この世界では一体どんな生活をしているのかも、色々なことを聞きたいと思う。丁度互いに煙草を堪能し、ひと息ついた頃合いだ。どう切り出すか悩んだ後に悠司は煙を吐き切ると口を開く。

 ◆◇◆

「俺さ、ロジーさんの事、もっと知りたいって思うんだ」
 聞こえた声に隣を見る。長くなった煙草の灰を脇の吸い殻入れに落とし、先端の熱を仄かに指に感じた。悠司は少し緊張した顔をしているが真剣さもよく窺える。今はまだ友人から恋人へと変わって日が浅い為、ほんの少し違和感というかむず痒さが残るのが実情。だがこうして居ることがとても不思議であるのと同時、心地好いと思うのだ。あの瞬間の偶然は必然になり、そして今此処に居る。一瞬のすれ違いから改めて顔を合わせるまでの間も、彼と一緒に居る以外特別なことなんて何も無い間も楽しいと感じることは幾度となく有った。けれど、互いに『特別』な気持ちを伝えてからの時間は何て幸せなんだろうと思う。
「ほら、最近は近頃何があったかとか、話題になってるような事とか、そんな話ばかりだったし。勿論その恋人……だからって、全部話さなきゃいけない訳じゃないと思う。だから、無理のない範囲で聞きたいな」
「そうですわね。悠司は何か具体的に聞きたい話がありますの?」
「具体的にかー。……うーん、なら家族の事とか知りたいかな? やっぱり影響が強いと思うし、どんな人なんだろうって凄い気になる。もしいつか世界を行き来出来るようになったら会ってみたいよね」
 おそらく悠司はロジーが思う程は深く考えずに言ったのだろう。しかしナイトメアとの戦いが終わった後のことまで見据えた発言に嬉しさを通り越し羞恥心が湧き上がる。ただ自分を不幸だとは思わないが折角求めてくれたのに期待に応えられないのが酷く残念だった。
「前にも少し話した通りあたしには殆ど昔の記憶がありませんわ。断片的に憶えている名前も知らない誰かの中にもしかしたら、家族もいるのかもしれませんわね。この世界で生活する分には特に何も困りませんし、記憶が曖昧でも、それはそれで楽しいものだと思っていましたが悠司に話す為に知りたいとそう思えるのですから不思議ですわ」
 別に死亡していると確定した訳では無いのだから、何一つ気に病む必要は無いと思うのだが彼の眉尻が下がったのを見て、ごめんと謝るのを聞きたくなくて、一気に言って微笑みを向けた。記憶が戻るに越したことは無いが今まで二の次だったのが正直なところで、しかし今では言葉にした通り、自分すらも知らない自分のことをもっと知りたいと思う。そして勿論、今隣にいる愛しい存在のこともだ。
「なら、もし思い出して人に話してもいいって思えたら一番に俺に話してくれる?」
「ええ。もしもそれが夜中でも今度はあたしから電話をしますわ。内容次第では朝まで付き合って貰いますわよ?」
「うん、勿論そうするよ。話を聞くくらいなら俺にも出来るから」
 明るくていつも笑顔で、けれど時には不安が覗く。それは電話中に聞いた本音だ。初めてまじまじと悠司の顔を見たときその瞳の奥には確かに哀しみの色が在ったが、今は少しだけ和らいでいる気がして微笑みが止まらない。いつかは完全に消し去れるのだろうか。
「記憶を失うより前の家族については覚えていませんが今一緒に住んでいる家族ならいますわよ」
「えっ、そうなの?」
「はい。ハスキー犬のラグーンさんとロシアンブルーのミュールさん。心から愛する家族ですわ」
「あー、動物が好きって言ってたっけ。そっか、独りじゃないならよかったよ」
 二匹ともとても聡い子だが、勿論動物なので、意思疎通が上手くいかないこともある。しかし、それもまた人生のスパイスというもの。家族であり、相棒であり、よき友人でもある彼らの存在には何度も助けられている。
「モフれる時間は最高に幸せですわね」
 そう締め括ると悠司は唇をむずむず動かしてから言う。
「……そこまで言うなら俺も触ってみたくなるよね」
「頭のいい子ですからすぐに懐いてくれますわよ!」
「だといいなー」
 怒られるかも、と殊の外真面目な顔をして悠司が言うので、思わず笑ってしまうと彼もつられたように笑顔になって二人、都会の喧騒が嘘のように遠ざかった空間で笑い声を零す。記憶の片隅に在る瞳の一つは悠司のそれと似ている気がした。しかし現在過ごすこの時間が、そして何より今隣に居る悠司が大切で、最初に興味を惹かれた切欠はそれでも、目の前にいる悠司自身が好きと断言出来る。そんな彼を形成する事柄を何でもいいから知りたいと願った。同じ質問を問い返す。
「悠司の家族はどういう方々ですの?」
「えっ? 俺の家族かあ……俺も凄く大切に思ってるよ。家族もそうだし、親戚にも華道や茶道の師範が多くてさ、男女も関係ないから俺も相当叩き込まれたなー」
「こう言っては失礼かもしれませんが、少し意外ですわ」
「うん、俺もそう思うよ。普段は活かす機会もないしね。剣道と弓道の方はばっちり役立ってるけど」
 音楽が好きで、セミプロとして活動しているというのは知っている。そのイメージが強いだけに本人は明言していないが名家の出身というのには驚かされた。前に和と表現したのも納得がいく。しかし厳しくはなかったのだろう。そのことは太陽のような笑顔を浮かべて話す悠司を見ていれば分かる。ロジーよりも幼く見えて実は年上の彼は弟と姪とを溺愛していて、弟は子供の頃はとても懐かれていたが、現在は構い過ぎて邪険にされているのだと悲しげな顔をして言う。嫌われているわけではなさそうなので、微笑ましくてついニコニコしてしまう。と零れた笑みに彼は「笑い事じゃないよ!」と拗ねた口調で言うが本人も堪え切れず、といった風に笑っていた。出逢った頃は独り暮らしをしていたが、今は実家に帰省しているのだと言い、そこで悠司はハッと何かを閃いたように瞳を輝かせると短くなった煙草を揉み消し、吸い殻入れに捨ててから身を乗り出す。
「そうだ、今度、家においでよ。皆、歓迎するだろうし、ロジーさんみたいな綺麗な人が来たら、きっと吃驚するよ」
「貴方の家族の迷惑でなければあたしも会いたいですわ。子供の頃の話等も聞いてみたいですし」
 恥ずかしがるのではと想像して口にした言葉に悠司はふと真面目な顔をする。今日の分は吸い終わったようで新しい煙草に火を点けなかったが、先程まで烟っていた煙が彼自身の匂いになって、同じように煙草の煙を纏うロジーのそれと混じり合った。
「あのさ、俺と、可能な限りだけど、ずっと一緒に居たいとか……思う?」
 聞かれた瞬間、フと目端に映ったのは扉上にいる一組の鳥の番いだった。
「ええ、あの鳥たちのように寄り添って行けたら……」
 一呼吸を置き、再び悠司に向き直る。はっきり目が合った。
「きっとあたしにとって、とても素敵な未来が待っているに違いありませんわ!」
 意識せずとも、悠司の隣にいるだけで浮かぶ微笑。手をついてロジーからも近付けば彼の目は愛おしげに緩く細められた。
「悠司と、ならば……」
 互いにそう願っていることを確かめ合う。二人の間にある手に先程まで煙草を持っていたロジーのものとはまるで違う細くて骨張った男性のそれが、悠司の手がそっと重ねられた。全てを包み込むような優しさで触れる手が温かくて心地いい。彼と描く未来は確かに今目の前にある。
 鳥たちの後ろからそれより明らかに小さな小鳥が数羽、顔を出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
まずは恋人同士になっていておめでとうございます!
互いにとても目を惹かれる出逢いながらも一目惚れ的な
恋愛感情を前面に押し出したようなものではなかった為
どうなるんだろうなと、勿論それを抜きにしたとしても
良き関係を築けていたのならそれで充分ではありますが
主に悠司さんの気持ち的により良い方向へ変わっていく、
そんな雰囲気を感じさせるエピソードで嬉しかったです。
イベントノベルの方でご依頼いただいたのもあったので
六月っぽい要素も交え、虹が架かった青空を背景に雨に
濡れても逞しく生きる鳥達を見ている二人を想像しています。
今回も本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月10日

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