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『柵と解放を経た今が』
セシルla0642

 ──生きて下さい。

 大切な身だから、大事な血だから、多分それも理由のひとつだったのだろう。
 確かに立場があった。義務があった。
 国を永らえる為に必要だと思われていたことは否定できないし、その理由もなかった。
 自分だって自覚していたから、必要と思うことには手を伸ばしてきたつもりだ。
 努力していたから、苦労していたから、そうやって過ごしてきた自分を、その生き方を見つめてくれたからこその理由でもあったのだろう。
 前に立つための鍛錬は蝕む助けになるばかりで、成果は芳しくなかったというのに。
 わかっていても止めるわけにはいかなくて、歯がゆい思いを何度したことだろう。
 繰り返すほどに神経が麻痺するなんて逃げ道は用意されるはずもない。

 ──前に向かって。

 願われずとも、立ち止まることは許されなかった。
 後ろを向く暇も惜しくて、手を伸ばす理由を口にすることが難しかった、
 できたのは涙をこぼすことだけで、足は変わらず進むべき道を踏破しようと動き続けていた。
 それがどれほど小さなことでも、日々何かの成長を得なければ耐えられなかった。
 低下や不足は怠慢の証だと思っていたし、その姿を晒すなんて選べなかった。
 焦燥感が常に付きまとう。道を戻るのは甘えだと強く刻み込んだ。
 背負った命に、重ねられた言葉に。誇らしく在れと自身を縛る。
 そうしなければ、動き続けてなどいられなかった。 

 ──幸せな人生を。

 ただ生きるだけなら難しくはなかっただろう。
 必要な最低限を満たすだけならばきっと苦労はなかったのだろう。
 食べて眠るだけなら身体は弱いままでも良かっただろう。
 生まれを思えばこそ、幸せの範囲は必然的に広くなっていた。
 ただ進むだけなら迷いなんてなかっただろう。
 自分一人の為だけの道ではないと示す枷が重く感じられるばかり。
 形のない言葉がいくつも重ねられ与えられた結果、正解もゴールも見えなかった。
 それでも、セシル(la0642)で居られたのは、その理由は。

 ──ワスレナイデ。

 ひとつの夢で、ひとり。
 倒れるのはそのたびに別の者だ。
 生まれ落ちたその瞬間から後継ぎとしての人生は始まっていて、ただのセシルである時間は無かった。
 人目のない場所で、自室で。静かに過ごす時でさえも、結局は選び抜かれた環境の中であることは変わりなく。
 セシルという個を感じるには賑やかすぎたのだ。
 生まれつき弱い身体は、求められるべき才覚が、騎士としての力には釣り合わない。
 基礎から徐々に鍛えても、負荷に耐えきれる保証はなくて。
 諦めなければいつか道は開けると信じることでどうにか保っていた。


 弱い体を前向きに捉えるならば、伸びしろが大きいという点だろう。
 新たな世界の地を踏み未知が溢れるという恐怖は、健康な身体を得たことで全て喜びへと反転する。
「しかも戦える力があるんだぜ? 上等じゃねぇか!」
 かつては剣を振るうことこそが至上とされていた。肉体を鍛え精神を鍛え直接戦うことこそが力だと望まれていた。
 必要なものを十全に振るえない、そも最低限の能力も得られない己の身体に内心では蔑みを覚えていたこともある。
 けれどそれはあくまでも、生まれ育った地での常識だ。
 今生きている世界の常識は違った。適性があれば力が得られる世界。力の行使が、その方向性はひとつではないと証明してくれる世界だ。
 手ほどきを受ける度に、力を増す度に思うのだ。かつての自分は適性の低い、難しい険しい山道をあえて登ろうとしていたのだと。
 力の使い方を知る程に、成果を見る度思い知る。視野の狭さに、遮られていた世界の狭さに、まだ見ぬ場所は広く多く果てしないのだと。
「あの頃を否定するわけじゃねぇけど」
 初めから楽な道を歩んでいたら、新たな道を前に興味を持つなんてこともなかったかもしれないと思う。
 苦しさを知っているからこそとれる道が広がったのだと思う。
 今は自身の得意な道を知れて、極めるための道筋も望めば手に入る。
 けれど幼い頃から続けていた習慣は、望んでいたからこそ続いてた鍛錬は、願われ続けていたからこそ希望となっていた想いは。
 今なお、セシルの基礎として共に在る。
「なにより、成果として返ってくるからな」
 健康な体であるというだけで、全ての努力は大小問わず実を結ぶのだ。
 確かに魔法等の術を扱う方が得意だと、癒しを行使する方が馴染みやすいと自覚している。
 けれど長年求めていた武力からは完全に手をきることはできない。
 そう在りたいと生きて前を向き幸せを望んで、だからこそ守れなかった過去の自分を忘れないためにも。
(結局、俺は俺でしか居られない)
 故郷から遠い地に居ても、故郷を忘れるわけがない。
 弱いままであっても受け入れていたのだから、強くなれる今拒絶する意味がない。
 なにより故郷で受けた様々なものを、返しきれたとは全く思えない。
(皆はもう俺の傍に居ない)
 返す相手を、想いを向ける相手を定められない。
(俺の中にしか)
 思い出すことだけができることで、願われたものの形がどれほどのものかは、もう推測するしかない。
「だったら、俺が好きに選んでいいって事でもあるだろ」
 守られてきた分、守り返せなかった分、足りないと渇望し続けていた力をふるう先は、自分で選んでいいはずだ。
 力をもたらしてくれた世界に返してもいいはずだ。
 故郷でできなかったことを、どれだけ望んでも手に入らなかった誰かを助けて守れる力を。
 忘れられない記憶を理由に、誰かの幸せを守るために、力を研いで前に進み続けて行けば、それは今生き甲斐となる。


 生来の向き不向きを考えれば、後方支援型を目指すのが最も手っ取り早い道なのだろう。
 攻撃も回復も力であることには変わらない。ただ、前線で皆を率いる能力までも求められていたことで、周囲とのバランスはとれなかった。
(向いてるってどれだけ言われても、なぁ?)
 誰かの戦いを後押しするその力はたしかに有用だと理解できる。
 けれど納得できるかは別だった。
(俺はずっと、背に庇われて来た)
 願う通りの力を得られず身動きが覚束ない自分を助けてくれた者達は皆、セシルが気付く前に危機を察して、身を挺して盾となった。
 力ある者達だ。凶刃を受けながらも逃さない。一撃で倒れることはなく、時間を稼ぎ状況を覆す鍵だった。
 その場で時を止めた者が居た。手当までもたない者も居た。決着がつくと同時に安堵で倒れ、けれど長くて数日の者も。
 自分の命のやり取りを目の前で見続けた。自分のかわりに召される命を見送ってきた。
(だから、守るなら見届けられる場所がいい)
 手応えが近い場所がいい。
 そうして守られて来たから、そうして守り返していきたい。
「向いてないとしても、動けるようになるんだから。好都合だな?」
 倒れにくくなるための護りを得た。
 距離があっても間に合う為の飛び道具を得た。
 確実に当てる一撃を得た。
 けれど何よりも、それまではどこか覚束なかった得物を握る手に、確かな芯が通る感覚を得た。
 気付けばこの世界に来てからの時間は年の単位を越えている。
(これが、今の俺だ)
 鍛える程に変わっていく実感がある、この世界に来てから随分と体格も変わったのだ。
 実感するほど、トレーニングの負荷を増やしている。
 毎夜見る夢は、力を得る程に、鍛える程に勢いを失っている。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【セシル/男/18歳/神腕術士/健康な体には適切な食事も大事だが、苦いあいつだけは断固拒否だ】
おまかせノベル -
石田まきば クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年07月13日

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